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【相打ち】

★1.刺し違え。

『徒然草』第115段  世捨て人のぼろぼろ達が宿河原で念仏を唱えているところへ、「しら梵字」が訪れ、師の仇である「いろをし房」を尋ねる。「いろをし房」は仲間に手出しを禁じ、「しら梵字」と2人、河原へ出て存分に闘い、刺し違えてともに死んだ。

『テーバイ攻めの七将』(アイスキュロス)  オイディプスの息子エテオクレスとポリュネイケスが、1年交替でテーバイを統治する。しかしエテオクレスは期限が来ても王位を譲らず、かえってポリュネイケスを国外へ追放する。ポリュネイケスは軍勢を率いてテーバイを攻め、兄弟は一騎討ちして刺し違え、死ぬ。

*最強の二人が、一対一の決闘をする→〔決闘〕8の『座頭市と用心棒』(岡本喜八)。

★2.互いに呪い合って、相手を動物に変える。

『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」  聖仙(リシ)ビバヴァスと弟スプラティカが、財産を2人で分けるか否かで言い争う。ビバヴァスは怒って「お前など象になってしまえ」と呪い、スプラティカは「お前なんか亀になるがいい」と呪い返す。互いの呪詛によって、ビバヴァスは亀になり、スプラティカは象になってしまった〔*亀と象は、後にガルダ鳥に食われた〕。

★3.猟師と猪の相打ち。

『パンチャタントラ』第2巻第3話  猟師が矢で猪を射ると同時に、猪は牙で猟師の腹を裂き、猟師も猪もその場に倒れて死んだ。そこへやって来たジャッカルが、猟師と猪の両方の死体を見て、「こんな食物にありつけるとは、俺に運が向いてきたぞ」と喜び、まず猟師の持っていた弓の弦を食べ始める。すると弦が切れ、弓の先端がジャッカルの上顎から頭部を貫通して、ジャッカルは死んでしまった。 

 *AとBが争い、通りかかったCがAとBを獲物として得る→〔横取り〕1dの漁父の利の故事。

 *猟師と狼の相打ち→〔狼〕5の『遠野物語』(柳田国男)42。

★4.互いにミサイルを相手国へ撃ち込む。

『秘密兵器』(ブッツァーティ)  第3次世界大戦が勃発し、ソビエトは秘密兵器「説得ガス」をアメリカへ撃ち込む。アメリカ人の脳は完全に説得され、大統領以下全国民が資本主義を捨てて、共産主義に転向する。アメリカもまた「説得ガス」をソビエトへ撃ち込み、ソビエトは書記長以下全人民が共産主義を捨てて、資本主義に転向する。両国の思想は入れ替わり、ふたたび冷戦が始まった。 

 

 

【合言葉】

★1.合言葉で、味方であるか否かを確認する。

『仮名手本忠臣蔵』10〜11段目「天河屋」「討入り」  堺の商人天河屋義平は、塩冶浪士たちに味方して、討入りのための武器を調達した。しかし義平は町人ゆえ討入りに参加できず、そのことを彼は残念に思う。そこで塩冶浪士たちは、天河屋義平の姓の「天」と「河」を合言葉とし、討入りの夜、「天」「河」と声をかけあって、味方か敵か判断した。後にこれが、「山」と「川」というように誤り伝えられた。

★2.警察や探偵が、合言葉を用いて犯罪組織に潜入する。

『お熱いのがお好き』(ワイルダー)  禁酒法時代のアメリカ。葬儀場の奥の秘密の酒場へ、警察の男が客となって潜入する。客「ばあさんの葬式に来た」、受付係「当葬儀場のご利用は初めてですね」、客「旅に出ていた。今日は棺運びだ」という合言葉のやりとりの後、客は席へ案内される。数分後、警官隊が扉を破って乱入し、経営者であるギャングたちを逮捕する。

『恐怖の谷』(ドイル)第2部  ピンカートン探偵社のエドワーズは、「マクマード」と名乗って、犯罪結社スコウラーズに潜入する。「暗い晩はいやなものだ」という合言葉に、「不慣れな他国の者には」と答えて、彼は結社の一員と認められる〔*エドワーズは、スコウラーズの悪事の証拠固めをして警官隊を呼び、組織を壊滅させる。以後、彼はスコウラーズの残党に追われ、命をねらわれる→〔顔〕3〕。

★3.合言葉を知らぬが、機転を利かせてその場をきりぬける。

『戦争と平和』(トルストイ)第4部第3篇  ドーロホフはペーチャを連れ、フランス将校の軍服を着て、フランス軍陣地の様子を探りに出かける。歩哨が怪しんで「合言葉は?」と聞くが、ドーロホフは「将校が戦線を巡視しているのに哨兵が合言葉を聞くという法はない」と叱りつけて、通り抜ける。

『日本書紀』巻28天武天皇元年7月  田辺小隅の軍が田中臣足摩侶の軍営を襲った時、敵味方を区別するため人に出会うたびに「金」と言わせ、そう言わぬ者を斬った。攻撃された足摩侶の軍は混乱したが、1人足摩侶のみは、とっさに合言葉と悟り、「金」 と言って脱出した。

★4.合言葉を知らないため、殺される。 

『二人の友』(モーパッサン)  普仏戦争のさなか、時計屋のモリソと小間物屋のソヴァージュが、パリ郊外で釣りをする。プロシャ軍が2人をスパイと見なして捕らえ、「フランス陣地へ入る合言葉を教えたら、放免してやる」と言う。しかし合言葉など知らぬ2人は何も答えられず、銃殺される。2人の釣った魚を、プロシャ兵はフライにして食べる。

 

 

【合図】

★1.吉報か凶報かを示す。意図的に、あるいは手違いにより、正しくない合図が送られることがある。

『妹背山婦女庭訓』3段目「吉野川」  吉野川を隔てて住む恋人どうしの久我之助・雛鳥に対し、帝を僣称する蘇我入鹿が、出仕と入内を求める。双方の親は、互いの息子・娘が入鹿の命令に従うなら花盛りの枝を、命令を拒否して死ぬなら花を散らした枝を、川に流して知らせ合うことにする。久我之助も雛鳥も死を選ぶが、一方の死を知ったら他方も生きてはいないので、双方の親は相手方の息子・娘を生かすために、偽ってそれぞれ花盛りの枝を流す。

『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第1章  アイゲウス王は息子テセウスに、クレタ島の迷宮から生きて帰れたら、船の黒帆を白帆に張り替えて合図するように命ずる。しかしテセウスは、冒険を終えて港に帰着する時、白帆を張るのを忘れてしまう。父王は黒帆を見て、テセウスは死んだものと思い、身を投じて死ぬ。

『国性爺合戦』3段目「甘輝館」  和藤内の明国再興の企てに、夫甘輝将軍が助勢してくれるならば、その妻錦祥女は白粉を溶いて遣水に流し、叶わなければ紅粉を流して合図をする。城外で待つ和藤内は、紅が流れるのを見て凶報と知るが、実はそれは錦祥女が自害して流した血であった。

『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)終章  トリスタンは毒槍で深手を負い、王妃イゾルデだけがこれを癒す術を知っている。トリスタンは、王妃イゾルデを迎えに行く友人に、「王妃が来てくれるなら船に白帆を揚げ、来ないなら黒帆をマストから垂らして、合図せよ」と請う。王妃イゾルデはトリスタンを救うべく船に乗り、白帆が揚がる。しかし、トリスタンの妻「白い手のイゾルデ」が、「黒帆が見える」と偽りを告げる。トリスタンは絶望して死ぬ→〔立ち聞き(盗み聞き)〕2

★2.秘密の重要な合図。当事者以外には合図の意味はわからない。

『サムエル記』上・第20章   サウルが「ダビデを殺そう」と考え、ダビデは野原に隠れる。サウルの息子ヨナタンがダビデを救うべく、野に放った矢を子供に捜させて、安全か危険かを合図する。「矢は手前にあるから取って来い」と言ったら安全、「矢は向こうにある」と言ったら危険を意味し、ダビデは身の危険を知ってその地を去る。

『新版歌祭文』「野崎村」   お染と久松とは、互いの恋をあきらめることを久作に告げつつも、目と目で心中の覚悟をひそかに知らせあった。

『曾根崎心中』「天満屋」  徳兵衛は、友人九平次に大金をだまし取られ、死なねばならなくなる。愛人の遊女お初が、座敷で客の相手をしながら、縁の下に隠れている徳兵衛に足先で合図を送る。徳兵衛はお初の足首をとって自分の喉をなで、自害の覚悟を示す。

『椿三十郎』(黒澤明)  悪人一味の屋敷に捕われた椿三十郎は、見張りの男達に「赤い椿を遣水に流したら、大勢の侍がこの屋敷に斬りこむ。白い椿を流したら攻撃中止の合図だ」と教える。見張り達は恐れて、たくさんの白い椿を流す。実は、色の赤白にかかわらず、椿を流せば攻撃開始の合図になるのだった。

『平家物語』巻5「咸陽宮」  荊軻が秦の始皇帝を襲い、刺し殺そうとした時、始皇帝は最愛の后の琴をもう1度聞くだけの猶予を請うた。花陽夫人が琴で「7尺の屏風は高くとも、躍らばなどか越えざらん・・・・」と弾き、始皇帝に逃げる方法を教えた。

*→〔川〕7の『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第22章・〔接吻〕4の『マタイによる福音書』第26章。

★3.客をもてなす合図。

『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版第42巻18ページ  サザエが訪問した家の主婦が盛んにタバコをふかすので、サザエは「癌のもとよ」と注意する。主婦は、「それならサインを変えなきゃ。煙を口から出したら店屋物を取らない客、鼻から出したら店屋物を取ってもてなす客、と決めて夫に合図しているの」と説明する。

『醒睡笑』巻之2「吝太郎」6  寺の住職が、「手を額に当てたならば客に上の酒を、胸をさすったら中の酒を、膝を叩いたら下の酒を出すように」と、弟子に言いつける。何度もそうしているうちに、檀家の人々もそれに気づく。ある時、例のごとく住職が膝を叩いて合図すると、客は「どうせなら額をなでて下され」と言った。

★4.生まれたのが男児か女児かを知らせる合図。

『十二人兄弟』(グリム)KHM9  王と妃の間に、男児ばかり12人が生まれる。王は「もし13人目に女児が生まれたら、その子に王国を与え、12人の息子は全員殺そう」と考える。妃は12人の息子を森へ避難させ、「私が男児を産んだら白い旗を、女児を産んだら赤い旗を、物見櫓(やぐら)に上げましょう」と告げる。やがて赤い旗が物見櫓に上がったので、12人兄弟は城へ帰らず、森の奥の小さな家に隠れ住む〔*生まれた女児は成長後、旅に出て兄たちを捜し出す〕。

『ペンタメローネ』(バジーレ)第4日第8話  7人息子が、「もし次にまた男が生まれるなら、自分たちは家を出よう」と決める。生まれたのが男児ならペンとインキ壺を、女児ならスプーンと糸巻き棒を窓に置いて合図することにするが、女児が生まれたにもかかわらず、産婆が間違えてペンとインキ壺を置いた。7人息子はそれを見て、旅に出る。

★5.遅すぎた合図。

『ローランの歌』  シャルルマーニュ大帝の大軍がスペイン遠征を終え、フランスへ帰還しようとする。大帝の甥ローランが2万の騎兵を率いて、殿軍(しんがり)を受け持つ。異教徒10万が、ロンスヴォーの谷でローランたちを襲う。ローランが角笛を吹き鳴らせば、すぐにシャルルマーニュ大帝の本隊が駆けつけるはずだった。しかし誇り高いローランが角笛を吹いたのは、味方の残りが60人になり、ローラン自身も致命傷を負ってからだった。

★6.夫への変わらぬ愛を知らせるハンカチ。

『幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ』(山田洋次)  中年男の勇作は喧嘩のあげく人を殺して、網走刑務所で服役する。勇作は、最愛の妻光枝に離婚を申し出る。しかし彼は光枝を忘れられず、6年の刑期を終えて出所した日に、「もしまだ自分を待っていてくれるなら、家の前に立つ竿に、黄色いハンカチをぶらさげてくれ」と書いたハガキを、夕張の自宅へ出す。勇作は、途中で知り合った青年と娘に励まされ、夕張へ向かう。家の前の高い竿には、何十枚もの黄色いハンカチが風に吹かれていた。

 

*合図の意味を誤解する→〔人柱〕2のおとめ桜の伝説。

 

 

【愛想づかし】

★1.遊女が悪人をあざむくために、わざと夫や恋人に冷たい態度をとる・愛想づかしをする。

『伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)3幕目「古市油屋の場」  福岡貢(みつぎ)は、名刀青江下坂(あおえしもさか)の折紙(=鑑定書)を捜している。その折紙を持つのは、悪人・徳島岩次である。貢の恋人・油屋の遊女お紺が、折紙を手に入れるために岩次に近づき、大勢の前で、わざと貢に愛想づかしの言葉を述べる。貢は怒って去り、岩次はお紺に心を許して、彼女に折紙を預ける。お紺は、折紙に自分の本心を記した手紙を添えて、貢に渡す。

『曽我綉侠御所染(そがもようたてしのごしょぞめ)(河竹黙阿弥)序幕「五条坂甲屋の場」  御所の五郎蔵の妻さつきは、生活のために廓へ身売りして花魁になる。星影土右衛門がさつきに横恋慕し、五郎蔵が百両の金策に苦労していることにつけこんで、「五郎蔵と別れたら百両やろう」と言う。さつきは、やむなく大勢の前で五郎蔵に愛想づかしの言葉を述べ、手切れ金だと言って百両を渡す。事情を知らぬ五郎蔵は怒り、百両を投げ返して立ち去る。

★2.愛する男の家族からの頼みにより、遊女が、男と別れる決心をする。

『心中天の網島』上之巻「河庄」  遊女小春は、紙屋治兵衛と深い馴染みであった。しかし治兵衛女房おさんからの頼みで、小春は心ならずも治兵衛と別れる覚悟を固める。治兵衛と別れるための良い方法を、小春は侍客に相談する。それを立ち聞きした治兵衛は、怒って格子の隙間から抜き身を突きこみ、小春を刺そうとする→〔心中〕2

*→〔娼婦〕8aの『椿姫』(デュマ・フィス)。

★3.妻が、夫の決心を鈍らせないように、夫に冷たい態度を見せる。

『武家義理物語』(井原西鶴)巻5−3「人の言葉の末みたがよい」  細田梅丸は、「重病の殿に万一のことあらば殉死する」と、妻に打ち明ける。妻は嘆く様子もなく平然と殉死を勧め、「貴方の死後は再婚する」とまで言う。梅丸は女の薄情さに恨みを抱くが、実はこれは、夫が未練を残さぬよう、ことさらつれない態度を取ったのだった。夫の死後、妻もすぐあとを追って腹を切った〔*原拠の『列女伝』巻5−5「蓋将之妻」では、いつわりの愛想づかしのモチーフはなく、妻が夫に、妻子にかまわず殉死すべきことを説く〕。

★4.権力者からの強要によって、女が恋人に別れを告げる。

『ブリタニキュス』(ラシーヌ)第2幕  皇帝ネロン(ネロ)は、正統な皇位継承者ブリタニキュスの恋人ジュニーを監禁し、求愛するが拒否される。ネロンは、彼女がブリタニキュスに愛想づかしを言うことを強要し、「さもなくばブリタニキュスの命はない」と威す。やむなくジュニーは、訪れたブリタニキュスをわざと冷たくあしらい、彼は絶望して去る。

『ルイザ・ミラー』(ヴェルディ)  ワルター伯爵は、息子ロドルフォが村娘ルイザと恋仲になったことを怒り、ルイザの父ミラーを捕らえる。伯爵の秘書ウルムが、ミラーの釈放を条件に、ルイザに「私が愛しているのは秘書ウルムであり、ロドルフォではない」という手紙を書かせる。手紙を見せられたロドルフォは絶望し、毒入りの水を飲み、またルイザにも飲ませて、2人は死ぬ。

★5.母親が、娘の幸福を願って愛想づかしをする。

『ステラ・ダラス』(ヴィダー)  ステラは、女手一つで育てて来た娘ローラの将来について考える(*→〔身分〕2a)。「無教育な私と一緒にいるより、上流社会に属する夫スティーブンのもとで暮らす方が、ローラのためには良いであろう」。ステラは、酒飲みの粗野な中年男と再婚するかのようにふるまい、ローラに向かって、「子供にはわからないでしょうけど、母親だって女なの。さあ、出て行って」と言い放つ〔*ローラは父スティーブンに引き取られ、やがて名家の令息と結婚する。ステラは娘の晴れ姿を遠くから見て涙ぐむ〕。

 

*愛想づかしの手紙→〔書き間違い〕4の『おぼえ帳』(斎藤緑雨)1。

 

 

【アイデンティティ】

★1a.自分が誰だかわからなくなる男。

『現代世界と禅の精神』(鈴木大拙)  宋代の仏眼和尚が、「自分とは何か?」という問題について、次のような譬えを出している。2匹の鬼が、旅人の四肢・頭・内臓などをすべて抜き取り、代わりに死体の四肢・頭・内臓などをつけた(*→〔入れ替わり〕6)。それでも旅人は、依然として生きていた。父母から受けた身体はなくなってしまい、今の身体は他人の死体だ。「いったい自分は誰か?」と、旅人は狂人のように迷い始めた。幸い旅人は、近くの寺のお坊さんに会って、迷いを解くことができた。

『ドグラ・マグラ』(夢野久作)  一切の記憶を失い精神病棟で目覚めた「わたし」は、大学生呉一郎の婚約者絞殺事件の記録を読み、「自分が呉一郎ではないか?」と思うが、目前の狂人解放治療場に呉一郎が立っているのを見て、呉一郎と「わたし」は別人であった、と安心する。しかし正木博士が「君は離魂病にかかっており、君自身の姿をあそこに幻視しているのだ」と言う。「わたし」は自分が誰なのかわからなくなり、現実の世界にいるのか夢を見ているのかも判断できない。

『人間そっくり』(安部公房)  「ぼく」は、「火星人」と称する男と議論したあげく(*→〔宇宙人〕3)、精神病院に入れられた。病院の医者が毎日、「ぼく」に問う。「ここは地球?それとも火星? 君は人間?火星人? 私は人間かな?火星人かな?」。この医者が正常な人間かどうかわからず、今いる場所も、火星に占領された地球かもしれず、逆に地球に占領された火星かもしれない。「ぼく」は地球人とも火星人とも言い得るのだ。

*鋳掛け屋スライは、「自分は殿様なのか」と思う→〔夢と現実〕3aの『じゃじゃ馬ならし』(シェイクスピア)「序劇」。

*自分が自分であることに、しだいに自信を失う→〔乗っ取り〕1bの『自信』(星新一)。

*知らず知らず仲間の口真似をしてしまい、自分が誰だかわからなくなる→〔真似〕5の『ダス・ゲマイネ』(太宰治)。

★1b.他人を見て、「これは自分だ」と誤認する男。

『粗忽長屋』(落語)  浅草の雷門の前に、行き倒れの死体がある。それを見た八五郎が「これは長屋の熊公だ」と思い、「お前が死んでるぞ」と熊公を呼んで来る。熊公も死体を見て「なるほど、これは俺だ」と認め、死体を引き取る。そして「死んでるのは確かに俺だが、それを抱いてる俺はいったい誰だろう?」と、首をかしげる〔*→〔財布〕1の『永代橋』(落語)にも、同様の場面がある〕。

『ナスレッディン・ホジャ物語』「ホジャ奇行談」  ホジャが旅に出る時、腰に紐で南瓜をくくりつけておいた。ある夜の宿で、いたずら者がホジャの紐をほどき、南瓜を自分の腰につける。翌朝ホジャは、腰に南瓜をつけた男が前を行くのを見て驚き、「わしは、あの男のはずだ。じゃあ、このわしは一体誰だ?」と言った。

*他人の行為を、「自分の行為だ」と誤認する男→〔靴(履・沓・鞋)〕3bの『笑府』巻6「認鞋」。

*自分を「他人だ」と誤認する男→〔坊主頭〕1bの『笑府』巻6「解僧卒」。

*自分たちは向こうの山の上にいる、と誤認する物語を連想させる→〔地図〕5

★1c.自分を落とした男。

『一千一秒物語』(稲垣足穂)「自分を落としてしまった話」  昨夜、電車からとび下りたはずみに、自分を落としてしまった。タバコに火をつけたのも、電車にとび乗ったのも、窓から街を見たのも、向かい側に腰かけたレディの香水の匂いも、ハッキリ頭に残っている。しかし気がつくと、自分がいなくなっていた。 

★2.自分が誰だかわからなくなる女。

『シンデレラの罠』(ジャプリゾ)  火事のため「私」は大火傷をして記憶を失い、「私」の幼な友達は焼死した。「私」は20歳の娘ミシェールで、莫大な遺産の相続人だと教えられるが、実は「私」はミシェールの幼な友達ドムニカで、ミシェールを殺し、彼女になり代わって遺産を得ようとしたのかも知れなかった。しかしミシェールは素行不良のため、遺産の受取人がドムニカに変更されたことが明らかになり、とすれば「私」はミシェールで、ドムニカを殺したのかも知れなかった。「私」は、自分がミシェールなのかドムニカなのか、わからない。

『知恵者エルゼ』(グリム)KHM34  エルゼが麦刈りをせずに畑で眠ってしまうので、夫ハンスが、多くの鈴つきの鳥網をエルゼにかぶせる。夜に目覚めたエルゼは、歩くたびに鈴が鳴るので驚き、果たして自分はエルゼなのかどうか疑わしくなる。家へ帰ると、ハンスから「エルゼならもう家にいる」と言われ、エルゼは「それなら私はエルゼではないんだ」と悲観し、村を出て行く。

『不思議の国のアリス』(キャロル)  不思議の国を訪れたアリスは、「今日はどうして何もかも変なのだろう。昨夜寝ているうちに、私が変わってしまったのだろうか」と首をひねる。「私が昨日の私と同じでないなら、私は誰だろう。私はエイダに変わってしまったのだろうか。それともメーベルになったのだろうか。きっとそうに違いない」とアリスは考え、泣き出す。

*自分の頭と他人の頭の区別ができない女→〔坊主頭〕1bの『坊主の遊び』(落語)。

★3.自分の実体は幻にすぎないと悟る男。

『円環の廃墟』(ボルヘス)  1人の男が円形の神殿廃墟で長期間に渡って夢を見、夢の中で若者を創造し現実化して、遠方の神殿に送り出す。若者が「自分の実体は幻だ」と気づくのではないかと、男は懸念するが、やがて老いた男に死が訪れた時、男は、自分もまた誰かに夢見られている存在にすぎぬことを悟る〔*→〔夢〕4の『ユング自伝』11「死後の生命」に類似する〕。

 *息子の夢から生まれた母親が息子を産む→〔母と息子〕3の『なぜ神々は人間をつくったのか』(シッパー)。

★4.アイデンティティを否定される男。

『ボルヘス怪奇譚集』「物語」  王がクシオスに「汝ではなくクシオスを死に処する」と宣告して、他国に追放する。その国でクシオスは名前を変えられ、新しい過去、新しい妻子が与えられる。クシオスが昔の生活を思い出すと、まわりがそれを打ち消して、「狂っている」とか何とか言い聞かせる。要するに皆が皆、クシオスに「お前はお前ではない人間だ」と告げるのだった(ポール・ヴァレリー『未完の物語』)。

★5.自分が白人か黒人かわからない男。

『八月の光』(フォークナー)  ジョー・クリスマスは、クリスマスの夜、孤児院の玄関先に棄てられていたので、そのように名づけられた。彼は見かけは白人だったが、5歳の時に「チビの黒ん坊」と言われ、自分は白人と黒人の混血ではないか、と疑うようになる。彼は白人としてのアイデンティティも、黒人としてのアイデンティティも持てぬまま、36歳で殺人を犯したあげく、捕われて虐殺される〔*虐殺の折、彼は去勢され、男としてのアイデンティティも奪われる〕。

★6.「私」は「あなた」であり、「あなた」は「私」である。

『マグノリアの木』(宮沢賢治)  霧の中、諒安(りょうあん)は険しい山谷の刻みを1人で渉(わた)って行く(*→〔心〕14a)。太陽が現れ、見ると一面にマグノリアの木の花が白く咲き、「けはしくも刻むこころの峯々にいま咲きそむるマグノリアかも」という声が聞こえる。1人の人がいたので、諒安は「歌ったのは、あなたですか」と問う。その人は「ええ、私です。また、あなたです。なぜなら私というものも、あなたが感じているのですから」と説く。諒安は「私もまた、あなたです。私というものも、あなたの中にあるのですから」と言う。 

★7.自分が未来の弥勒菩薩であることを悟る。

『弥勒』(稲垣足穂)第2部  昭和13年(1938)頃。30代の半ばを過ぎた江美留は、東京牛込の墓地の隣のアパートに、身辺無一物で独居していた。腹を空(す)かせ、裸体に古カーテンを巻き付けた彼は、盂蘭盆の朝に悟った。「今から56億7千万年の後、龍華樹(りゅうげじゅ)下において成道し、釈迦牟尼仏の説法に漏れた衆生を済度すべき使命を託された者は、まさにこの自分でなければならない」と。そんな夢を、たしかに明け方に見た。 

 

*化け物が、自分の素性を知らない→〔器物霊〕7の『徳利(とっくり)の化け』(アイヌの昔話)。

*自分が人間かアンドロイドかわからない→〔人造人間〕1の『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(ディック)。

*自分は人なのか蝶なのか→〔蝶〕3の『荘子』「斉物論篇」第2。

*自分は人なのか石なのか→〔石〕15の『ユング自伝』1「幼年時代」。

 

 

【赤ん坊】

★1.生まれたその日に立ち上がり歩行する赤ん坊。

『黄金伝説』3「聖ニコラウス」  聖ニコラウス(=サンタ・クロース)は、生まれたその日、産湯をつかわせようとすると、盥の中にすっくと立った。

『ジャータカ』「因縁物語」  ボーディサッタ(釈迦)は、誕生の日に大地に立ち、北へ7歩あゆんで「私は世界の第一人者である。最年長者である。最優者である。これは最後の生存である。いまやふたたび生存に入ることはない」に始まる言葉(誕生偈)を発した〔*『今昔物語集』巻1−2に類話〕。

『ヘルメスへの讃歌』  ヘルメスは、生まれたその日に揺りかごを抜け出し、アポロンの飼っている牛50頭を盗み出した〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第10章に同記事〕。

★2a.言葉を話す赤ん坊。

『コーラン』19「マルヤム」16〜35  未婚のマルヤム(=マリア)が子供を産み、一族の人々から非難される。マルヤムは「この子と直接話してほしい」と考え、子供を指さす。皆は「まだ揺籃の中にいる赤ん坊と、話などできるものか」と言う。するとその子供イーサー(=イエス)は、「私はアッラーの僕(しもべ)です。アッラーは私に啓典(=コーラン)を授け、私を預言者にして下さいました」と語り始めた。

『神仙伝』巻1「老子」  老子の姓は「李」である。一説に、母親が李(すもも)の木の下に行った時に、老子を産み落とした。老子は生まれるとすぐものを言い、李の木を指さして「これを我が姓となすべし」と言った。

『天才バカボン』(赤塚不二夫)「しゃべりハジメなのだ」「ボロショイサーカスの天才児」  バカボンの弟ハジメちゃんは天才児で、生後3週間で話をするようになる。パパは感心して、「わしゃ13ではじめてしゃべったのに」と言う〔*ただし「わしの生まれたはじめなのだ」では、パパは生まれてすぐ歩き「天上天下唯我独尊」と言うなど、ハジメ以上の天才児だったことになっている〕。

『日本書紀』巻22推古天皇元年4月  聖徳太子は、母の皇后が宮中を巡行して厩(うまや)の戸口に到った時、誕生した。聖徳太子は生まれてすぐものを言うことができ、優れた智恵があった〔*成人すると、1度に10人の訴えを聞き分けた〕→〔声〕9b

★2b.生まれてすぐ予言をする赤ん坊。

『小松左京自伝』第1章  太平洋戦争の敗色が濃厚になった頃。誕生したばかりの赤ちゃんが、「おぎゃー」と泣かずに、「日本は負けます」としゃべった、という不吉な噂が聞こえてきた。どこかの「咲かずの梅」が咲いたので、戦争は終わるという噂も流れてきた。

 *生まれてすぐ予言をするのは、→〔火事〕8aのくだん(水木しげる『図説日本妖怪大全』)と同様である。

★2c.しゃべれるのに黙っている赤ん坊。

『聊斎志異』巻11−439「汪可受」  湖広の黄梅県の汪可受は、3度の転生を覚えていた。最初は寺で勉強していたが、他人の騾馬(らば)を横取りしたため、騾馬に生まれ変わった。次いで農家の子として生まれたが、生まれてすぐにしゃべったので、父母が「不祥だ」と言って殺してしまった。今世では汪秀才の家の男児として生まれ、誕生時から何でもよくわかっていたが、殺されないように用心して、ものを言わずにいた。彼は唖と見なされた〔*3〜4歳を過ぎた頃、話すことも読み書きもできることを示して、父親を喜ばせた〕。

★2d.「わたしの父母は、あなた方ではない」と言う赤ん坊。

『和漢三才図会』巻第8・人倫親族「ふたご」  ある書にこういう話がある。〔第26代〕継体天皇の12年(A.D.518)3月3日、椀子(まりこの)皇子が生まれた。生まれた時、すでに歯牙があり、6ヵ月でものを言うことができた。そして言うことには、「わたしの父母は、あなた方ではありません。吾が父は、三国の春香というものです」と。天皇が三国の春香を召して問うと、春香は「臣に一子がありましたが、去年の正月、年5歳で眠ったまま死にました」と答えた。天皇は、千町の田を添えて、皇子を春香に賜った。皇子は春香夫婦の家に住み、父母に対するごとく仕えた。

*蘇生して、「ここは自分の家ではない」と言う人→〔蘇生者の言葉〕1

★3.生まれた時のことを知っている赤ん坊。

『仮面の告白』(三島由紀夫)第1章  「私」は自分が生まれた時の光景を見た。産湯を使わされた盥の内側から見ると、ふちにほんのりと光がさし、木肌がまばゆく黄金でできているようだった〔*しかし「私」は午後9時に生まれたのであり、さしてくる日光のあるはずがなかった〕。

『ブリキの太鼓』(グラス)第1部「蛾と電球」  オスカルは、精神の発育が誕生の時すでに完成していた。彼は生まれ落ちるとすぐ、産室の2個の60ワット電球と、そこへ飛んで来た蛾を見て、「この子が3歳になったらブリキの太鼓を買ってやろう」という父母の会話を聞いた。

★4a.抱くと重くなる赤ん坊。

『梅津忠兵衛のはなし』(小泉八雲『日本雑録』)  神の化身である女が、若侍・梅津忠兵衛に赤ん坊を抱かせる。赤ん坊はどんどん重くなって、250キロ以上にもなる。赤ん坊の重さはお産の重さであり、陣痛に苦しむ某家の母親の、まだ生まれていない赤ん坊を、梅津は抱いているのだった。梅津が「南無阿弥陀仏」と唱えると、仏が助けに来て、某家では赤ん坊が無事に生まれた。同時に、梅津の手の中の赤ん坊は姿を消した。

 *「出産の苦しみ」=「赤ん坊の重さ」と類似の発想で、「世界の苦しみ」=「わらんべの重さ」という物語もある→〔背中〕1aの『きりしとほろ上人伝』(芥川龍之介)。

子泣きじじい(水木しげる『カラー版妖怪画談』)  山奥で「オギャー、オギャー」と赤ん坊の泣き声がする。旅人が「どうしてこんな所に赤ん坊がいるのだろう」と思って抱くと、赤ん坊はしがみついて離れない。逃げようとしても、重さが50貫にも100貫にもなって、抱いた人は動けなくなってしまう(徳島県の伝説)。

★4b.産女(うぶめ)の赤ん坊。

産女(うぶめ)の伝説  お産で死んだ女の幽霊を「産女」という。ある男が、正月14日の夜に便所に行くと、若い女の幽霊が現れ、「赤ん坊を抱いてくれ」と頼む。赤ん坊はだんだん重くなるが、男は我慢して抱く。女の幽霊は、「赤ん坊を抱いてくれた礼に、金が欲しいか、力が欲しいか」と問う(山形県最上郡豊田村)→〔二者択一〕1a

『今昔物語集』巻27−43  9月下旬の暗夜。産女が出るという川を、平季武が1人で渡る。無事に渡り終え、向こう岸から引き返すと、川の中程に産女が現れ、「これ抱け」と言って赤子を季武に手渡す。季武は赤子を抱き、岸へ向かう。産女は「子を返せ」と言って追うが、季武は取り合わずに陸へ上がる。館へ帰って見ると、赤子は木の葉に変じていた。

『和漢三才図会』巻第44・山禽類「姑獲鳥(うぶめどり)」  九州の人が言うには、姑獲鳥は姿も声も鴎に似ており、小雨降る闇夜に、燐火とともに姿をあらわす。子を連れた婦人に変じ、人に遇うと「子を負うてくれ」と頼む。恐れて逃げる人は 寒気に襲われ高熱が出て、死ぬことがある。強剛な者が頼みを聞き入れて子を負うてやれば、危害は加えない。人家に近づくと背中は軽くなり、子は姿を消している。

★5.天界や異郷の存在が、男の赤ん坊の形で地上に派遣される。赤ん坊は地上で成長し、天界へは帰らない。

『古事記』上巻  高天原のアマテラスがアメノオシホミミに、「地上を治めよ」と命じた。アメノオシホミミが地上に降りる準備をしている間に、彼に新たな息子ニニギノミコトが誕生した。そこでアメノオシホミミに代わって、ニニギノミコトが地上に派遣された〔*嬰児の姿で降臨したと考えられる〕。ニニギノミコトは地上に降りた後、コノハナノサクヤビメと結婚し、そのまま地上にとどまった。

『失楽園』(ミルトン)第3巻  天上界の王座に神が坐し、自らが創造した世界を見下ろして、「悪魔が人間を堕落させるであろう」と予言する。神の右手に坐す御独子(おんひとりご)が、「私が地上に降りて、人間たちを救いましょう」と申し出る。神は御独子に、「受肉し、処女の子として地上に誕生せよ」と命ずる〔*御独子はマリアの胎内に宿り、そこから赤ん坊として出現し、イエス・キリストとして地上で生を終える〕。

『桃太郎』(昔話)  ある所に爺婆がいた。婆が川で洗濯をしていると、川上(=異郷)から桃が流れて来る。桃の中からは男の赤ん坊が現れ、「桃太郎」と名づけられる。桃太郎は成長後、犬・雉・猿を供に鬼が島へ行き、鬼退治をする。桃太郎は宝物を土産に持って帰り、天子様からも褒美をもらい、爺婆に一生安楽な暮らしをさせた(青森県三戸郡)。

*天界の釈迦は自らの意志で、地上に赤ん坊として生まれ出た→〔天人降下〕4aの『今昔物語集』巻1−1。 

★6.天界から女の赤ん坊の形で地上に送られ、成長後も地上にとどまって、天界へは帰らない。

『瓜姫物語』(御伽草子)  子のない翁・媼がいた。翁が畑の瓜を取って「このようなかわいい子を持てば嬉しかろう」と言い、媼が瓜を塗桶に入れてしまっておく。後、翁・媼は、天のはからいで子を授かる夢を見、塗桶を取り出すと、美しい女児が生まれていた。女児は成長後、守護代の奥方となる。翁・媼は国の総政所(まんどころ)をたまわって、豊かに暮らした。

★7a.天界から女の赤ん坊の形で地上に送られるが、成長後、地上にとどまることなく、天界に帰ってしまう。

『竹取物語』  翁が竹の中から、3寸ほどの大きさの女児を見つける。彼女は美しく成長し、「かぐや姫」と名づけられる。帝をはじめ多くの男たちが求婚するが、かぐや姫はすべて拒否する。実はかぐや姫は、天上で罪を犯したため地上に送られたのだった。その償いの期間が終了し、8月15日の夜、月世界の天人たちが迎えに来て、かぐや姫は昇天した。

★7b.赤ん坊が天に昇って星となった。

『和漢三才図会』巻第1・天部「星隕(お)ちて石と成る」  〔第7代〕孝霊天皇36年(B.C.255)正月、倭迹日襲姫命(やまとひそひめのみこと)が夫なくして孕(はら)み、奇児を産んだ。胞袋(えなぶくろ)は玉のようで、清通(すきとお)った中に男がいて、胞を破ろうとしていたが破れず、その夜、飛んで天に昇って星となった。今、銀河にある袋星(はららぼし)がこれである〔*袋星はどの星のことなのか不明〕。

 *『日本書紀』巻5の倭迹迹日百襲姫命(やまとととびももそひめのみこと)とは別の人物であろう→〔箱〕2

★8.赤ん坊に将来の進路を選ばせる。

『紅楼夢』第2回  賈宝玉の満1歳の誕生日。「この子が将来、何に向くか試してみよう」と、父が、この世のありとあらゆる品々(=筆や硯などの文具、おもちゃの刀や弓、その他いろいろなもの)を並べた。すると賈宝玉は、文具や玩具には目もくれず、すぐさま手をのばして紅白粉(べにおしろい)・簪(かんざし)・腕輪などをつかんだ。父は「いずれ放蕩者になるのが落ちだ」と言って、ひどく立腹した。

『子連れ狼』(小池一夫/小島剛夕)其之9「刺客街道」  拝一刀は、赤ん坊の大五郎に、「手毬と刀のどちらかを選べ」と命ずる。彼は大五郎に語り聞かせる。「手毬を選べば、裏柳生に殺された母親(*→〔首〕7)のもとへ送ってやる。刀を選べば、父とともに刺客道を行くのだ」。大五郎にはまだ父の言葉は理解できないが、いったん手毬を見た後、大五郎は刀の方へ這い寄った。

★9.母親による嬰児殺し。

『ファウスト』(ゲーテ)第1部  10代の処女マルガレーテ(グレートヒェン)は、ファウストに誘惑されて身ごもる。彼女は、生まれた嬰児を水に沈めて殺し、牢につながれる。ファウストはマルガレーテを牢から救い出そうとするが、彼女はそれを拒否して、神の裁きに身を任せる(=処刑される)。

*赤ん坊を川へ投げ捨てる→〔子捨て〕5

*子供を育てていけないので間引きする→〔堕胎〕3。 

★10.赤ん坊の幽霊、あるいは父親の幻想。

『空の怪物アグイー』(大江健三郎)  音楽家Dは、生まれた赤ん坊を障害児と誤診され、ミルクを与えず死なせた。赤ん坊は、死ぬまでにただ一言「アグイー」と言った。その後、白い肌着を着たカンガルーほどの巨大な赤ん坊アグイーが空を浮遊し、しばしばDの脇へ降りて来るようになった。Dはアグイーに手を差し伸べ、何ごとか話し合うこともあった。やがてDは自殺した。 

  

*赤ん坊の体内に麻薬を隠す→〔麻薬〕6bの麻薬ベビー(ブレードニヒ『ヨーロッパの現代伝説 ジャンボジェットのねずみ』)。  

*蛇を退治する赤ん坊→〔蛇退治〕2の『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章。 

*赤ん坊の取り替え・すりかえ→〔取り替え子〕に記事。

 

 

【悪魔】

★1a.悪魔と人間の契約。悪魔が人間の望みをかなえ、その代償に人間は魂を悪魔に与える。

『悪魔と悪魔のおばあさん』(グリム)KHM125  兵隊3人が、一打ちすると欲しいだけのお金が出てくる鞭を、悪魔からもらう。引き換えに、彼らは7年後に魂を与える契約をする。ただし、「謎に答えることができれば、魂はもらわなくともよい」と悪魔は言う。悪魔の祖母が、謎とその解答を悪魔から聞き出し、兵隊たちに教えてくれる。悪魔は去り、兵隊たちは鞭のおかげで、死ぬまで裕福に暮らした。

『フォースタス博士』(マーロー)  フォースタス博士は悪魔メフィストフィリスを呼び出し、「24年間の享楽生活と引き換えに、魂を地獄の王者ルーシファーに与える」との契約を結ぶ。フォースタスは魔術を使い、天空を駆け世界を旅して、欲望のおもむくままに生きる。24年の期限が近づいた時、彼はトロイのヘレンを呼び出して、抱擁し接吻する。最後の日の夜中の12時になり、フォースタスの身体は八つ裂きにされ、魂は地獄へ堕ちる→〔魂〕12

『魔弾の射手』(ウェーバー)  狩人カスパールは悪魔ザミエルと契約し、何でも望むものに命中する魔法の弾丸を得ている。しかしその代償として魂を悪魔に与える期限が翌朝に迫ったので、カスパールはあと3年の猶予を請い、「自分の代わりに狩人仲間マックスとその恋人アガーテの魂を渡そう」と悪魔に提案する。

 *金貨が出てくる袋を、悪魔からもらう→〔交換〕2の『影をなくした男』(シャミッソー)。

★1b.地獄堕ちと引き換えに、名画を描かせてやろう、との誘い。

『ハリンゲイの誘惑』(H・G・ウェルズ)  画家ハリンゲイが肖像画を描いていると、画中に悪魔の顔が現れ、「お前に傑作を描かせてやろう」と言った。しかしハリンゲイは「それと引き換えに地獄へ行くのはごめんだ」と断り、悪魔の顔を絵具で塗りつぶしてしまった。ハリンゲイはこの話を「私」にして、「でっちあげじゃない。真実だ」と主張する。たしかにハリンゲイは、これまでに傑作を描いていない。おそらく今後も描かないだろう。

 *命と引き換えに、名歌を詠む→〔歌〕1bの『今鏡』「打聞」第10「敷島の打聞」。

★1c.悪魔にだまされた人間が、愚かな契約をする。

『手なし娘』(グリム)KHM31  悪魔が、貧乏な粉引き男に、「水車の後ろに立っているものをくれれば、お前を金持ちにしてやる」と言う。水車の後ろはりんごの木なので、男は悪魔の申し出を承諾する。ところがその時水車の後ろには、男の娘が立っていた〔*悪魔は娘を連れて行こうとするが、娘が身体をきれいに洗い清めたので、手を出せない。悪魔は、男に命じて娘の両手首を切り取らせ、あきらめて去る〕。

★2.悪魔が神と賭けをして、人間を試す。

『ファウスト』(ゲーテ)「天上の序曲」〜第1部「書斎」  悪魔メフィストフェレスは、初老の学者ファウストを悪の道に誘いこめるかどうか、天上の神と賭けをする。メフィストフェレスはファウストの書斎を訪れて、「現世のあらゆる快楽を提供しよう」と申し出る。ファウストはメフィストフェレスの挑戦を受けて立ち、「もしも私が享楽に心奪われて向上の志気を失ったら、ただちに魂をお前に与えよう」と、約束する。

『ヨブ記』  ヨブに与えた恵みをすべて奪い、不幸のどん底に陥れても、彼は神への信仰を持ち続けるかどうか、悪魔と神が賭けをする。悪魔は神の許可を得て、ヨブの財産を奪い、子供を殺し、ヨブを病気にして苦しめる。

★3.欲のない人間には、悪魔の誘惑も無力である。

『イワンのばか』(トルストイ)  軍人のセミョーン・ほてい腹のタラース・ばかな百姓イワンの3兄弟を、仲違いさせようと3人の小悪魔が試みる。しかし無欲で勤勉なイワンのために、みな失敗する。イワンは国王になり、賢い人は皆外国へ去って、ばかな国民だけが残る。老悪魔が、手を使わず頭を使って働くことをイワンに勧め、高い櫓の上から、国民たちに演説する。やがて老悪魔は空腹のために倒れ、頭で梯子を1段1段たたきながら、地面まで落ちる。

★4.悪魔をつかまえる。

『鏡』(星新一『ボッコちゃん』)  男が小さな悪魔をつかまえ、いじめてうさばらしをする。悪魔は絶対死なず、傷つけてももとどおり回復するので、男は妻とともに悪魔に針を突き刺し、ハサミで尻尾を少しずつ切り取って楽しむ。しかしある日悪魔は逃げ去り、うさばらしの対象を失った夫婦は、ののしり合い、喧嘩をして死ぬ。

★5.悪魔との問答。

『マタイによる福音書』第4章   荒野で40日40夜の断食をしたイエスに、悪魔が「あなたが神の子ならば、石をパンに変えてみよ。高所から飛び下りてみよ」と迫り、「私にひれ伏すなら、すべての国々と栄華を与えよう」と誘惑する。イエスは「人はパンのみで生きるのではない。主なる神を試みてはならない」と答え、「サタンよ退け」と命ずる〔*『ルカ』第4章に類話〕。

★6.神に反逆し、戦う悪魔。地獄に住む悪魔。

『失楽園』(ミルトン)   サタンはもともとは大天使であったが、神に反逆して一味徒党もろともに地獄へ落とされた。神に復讐すべく、サタンはエデンの園に侵入し、神の被造物である人間を堕落させようと謀る。サタンは蛇の体内に入ってイヴを誘惑することに成功し、地獄へ帰還する。しかしたちまち神の罰が下り、サタンとその一味は蛇に変えられる。

『ヨハネの黙示録』第12章・第20章  世界の終末の時、大天使ミカエルとその使いたちが、悪魔である龍及びその使いたちと、天で戦う。悪魔たちは敗れ、天に居場所がなくなって、地上に投げ落とされ、深淵に封印される。千年の後、再び悪魔は人々を惑わせ、神に反逆させようとする。天からの火が彼らを焼き、悪魔は火と硫黄の池に投げこまれる。

*地獄で氷漬けになっている悪魔→〔氷〕7の『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第34歌。

★7.「神」という言葉を聞いただけでも、悪魔は滅ぶ。

『イワンのばか』(トルストイ)  3人の小悪魔が百姓イワンの仕事を邪魔するが、皆イワンにつかまえられる。小悪魔たちは逃がしてもらう代わりに、病気を治す木の根をイワンに与え、麦束から兵隊を作る方法や、樫の葉を揉んで金貨にする方法を教える。イワンが小悪魔たちを祝福して「神さまがお前をお守り下さるように」と言うと、小悪魔たちは地面の中に飛び込んで、小さな穴だけが残った。

★8.悪魔に似た姿の宇宙生命体。

『幼年期の終わり』(クラーク)   20世紀後半の地球を、宇宙から高度な知性体が訪れる。彼らの力で、人類は有史以来初めての完全な平和と繁栄を享受するようになる。しかし知性体は悪魔そっくりの姿をしていたので、50年の間、その姿を人間たちに見せなかった→〔記憶〕5

★9.悪魔の子供。 

『オーメン』(ドナー)  外交官ロバートの息子ダミアン(*→〔同日・同月〕1c)が5歳になった時から、さまざまな凶事が起こり始める。誕生パーティの最中に、子守の女が首吊り自殺する。「ダミアンは悪魔の子だ」と警告する神父、ロバートの妻キャサリン、ダミアンに不審を持つカメラマンが、次々に殺される。ロバートは教会の祭壇上で、ダミアンを刺し殺そうとする。しかし一瞬早く、警官がロバートを射殺する。ダミアンは生き残り、ロバートの友人であるアメリカ大統領に引き取られる。

『ローズマリーの赤ちゃん』(ポランスキー)  新婚夫婦のガイとローズマリーが、マンハッタンの古いアパートに入居する。隣室のカスタベッタ老夫妻が親切にしてくれるが、ローズマリーは彼らに違和感を持つ。ある夜ローズマリーは、悪魔に犯される夢を見る。その夜、悪魔がガイに乗り移り、ローズマリーに悪魔の子をはらませたのだった。やがてローズマリーは赤ん坊を産み、カスタベッタ夫妻をはじめ大勢の魔族たちが集まって、誕生祝いをした。

★10.「悪魔」と呼ばれる。 

『誰』(太宰治)  落第学生の伊村が「私」にむかって、「なんじはサタン、悪の子なり」と言った。「私」は不安になり、悪魔についていろいろ本を読み、先輩に尋ねる。その結果、「私」は悪魔などという大それたものではなく、ただの馬鹿であることを悟って、胸の内がからりとした。ところが先日、「私」はまたもや「悪魔!」と呼ばれた→〔病気〕9a

 

*悪魔の片足は馬の足→〔片足〕4a

*悪魔が人間の子をさらう→〔取り替え子〕5の『ドイツ伝説集』(グリム)82「取り替えっ子」 。

*悪魔が人間に憑依する→〔憑依〕5

*策略をもって悪魔との戦いに勝つ→〔傷あと〕7の『パンタグリュエル物語』第四之書(ラブレー)第47章・〔名当て〕1の『煙草と悪魔』(芥川龍之介)。

*男性器を「悪魔」と呼ぶ→〔性器(男)〕7の『デカメロン』(ボッカチオ)第3日第10日。

*悪魔の接吻→〔接吻〕9bの『悪魔』(レールモントフ)。

 

 

【痣(あざ)】

★1.顔に青痣のある男。

『水滸伝』  楊志は、顔に大きな青痣があったので、「青面獣」と呼ばれた。彼は3代に渡る武門の家柄で、若年の頃、武挙(=武官試験)に合格し、殿司制使(=禁衛の武官)となった。しかし、たび重なる不運で、賊として官憲から追われる身となったため、楊志は梁山泊の一員になった。

★2.この世での使命を果たした後に、痣が消える。

『南総里見八犬伝』  八房は白黒のぶち犬で、黒い毛の所は牡丹の花に似て8つあったゆえ、「8つの花房」の意味で「八房」と名づけられた。犬塚信乃・犬江親兵衛たち八犬士もまた、各々、顔・背・肘・腿などに、牡丹の花に似た痣があった。八犬士の活躍によって、里見家は関東管領軍との戦争に大勝利し、房総の地に平和が訪れる。八犬士は里見家の8人の姫と結婚し、10数年が過ぎた頃、彼らの身体の痣はしだいに薄くなり、やがて消えてしまった〔*八犬士の持つ珠も、文字が消えて白珠となった〕。

★3.妊娠中に火を見たため、子供の身体に赤痣が現れる。 

『悪魔の手毬唄』(横溝正史)  青池里子は目鼻立ちの整った美女であるが、顔半分が赤痣におおわれていた。赤痣は顔面のみならず、首筋から全身におよんでいるらしかった。「妊娠中の母親が、強い火の気(け)、たとえば火事のようなものを見ると、生まれる子に赤痣が伝わる」と言われる。里子の母リカは妊娠中に、囲炉裏に首をつっこんで死んでいる夫源治郎の、焼け爛れた顔を見たのだった〔*源治郎が愛人をつくったため、リカが逆上して源治郎を殺したのである〕。

*妊娠中に象に襲われたため、象のような子供が生まれる→〔妊娠〕7bの『エレファント・マン』(リンチ)。 

★4.性空上人の顔の痣と、肖像画に落とした筆の墨跡。

『古今著聞集』巻11「画図」第16・通巻386話  絵師が性空上人の姿を描いた時、上人の顔に小さな痣があるのを見落として、描かなかった。ところがその時、地震が起こったため(*→〔地震〕2b)、絵師は筆を落とし、ちょうど上人の顔の痣のある箇所に墨がついた。その墨のあとは、痣そっくりであった。

 *→〔ほくろ〕3b・3cも同様の物語。  

 

*ハンセン病の兆候である赤い痣→〔ハンセン病〕2の『癩王のテラス』(三島由紀夫)。 

 

 

【足】

★1a.生まれながらに足に障害を持つ神。

『イシスとオシリスの伝説について』(プルタルコス)62   ゼウス(=アメン)は、生まれた時2本の足がくっついていたので歩くことができず、それを恥じて1人で暮らしていた。女神イシスが彼の下半身を切って2本に分け、楽に歩けるようにした。

『オデュッセイア』第8巻  鍛冶の神ヘパイストスは、生まれつき跛足であった→〔密通〕1a

『日本書紀』巻1・第5段本文  イザナキ・イザナミ2神の間に生まれた蛭子(ひるこ)は、3年たっても脚が立たない不具者だった。そこでアマノイハクスブネに載せ、風にまかせて棄ててしまった〔*イザナミが自分の身を犠牲にして現世に火をもたらしたごとく(*→〔火〕1a)、蛭子は脚が立たない運命を自ら引き受けることによって、人間に直立歩行能力を与えたのであろうか?〕。

 *蛭子は恵比寿になった→〔矢〕6の『和漢三才図会』巻第74・大日本国「摂津」。

*→〔冥婚〕6の『イシスとオシリスの伝説について』(プルタルコス)。

*片足・一本足の神→〔片足〕1

*脚が立たず、歩けない少年たち→〔精液〕6の『他人の足』(大江健三郎)。

★1b.傷を負うなどして足を悪くした人。

『オイディプス王』(ソポクレス)  テーバイのライオス王は、「自分の息子に殺される」との神託を得ていた。それで王は、生まれた息子の両足のくるぶしを留め金で刺し貫いて、キタイロンの山奥に捨てた。その子は羊飼いに拾われ、コリントス王に育てられて、「オイディプス(=腫れた足)」と呼ばれた。

 *「腫れた足」のオイディプスは、成長後、足にまつわる謎を解く→〔見立て〕4aの『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第5章。

『創世記』第32章  何者かがヤコブと一晩中格闘するが、その人はヤコブに勝つことができなかった。そこでその人は、ヤコブの腿の関節を打ってはずした。その人は「もう去らせてくれ。夜が明けるから」と言い、自分が神であることを告げて、ヤコブに祝福を与えた。ヤコブは腿を痛め、足を引きずって歩いた。

*→〔足〕9の弘法様の麦盗み(昔話)。

★1c.「足に傷を負った人が、後に失明する」との迷信。

『人間失格』(太宰治)「第三の手記」  「自分(大庭葉蔵)」は、むやみに世の中を恐れていた。それはたとえば、「裸足で歩くと足の裏からガラスの小さい破片が入って、その破片が体内を駆けめぐり眼玉を突いて失明させることがある」などの、「科学の迷信」をこわがるようなものだった〔*「足の傷から失明」という展開は、『オイディプス王』(ソポクレス)を連想させる。赤ん坊オイディプスの両足を、父が留め金で貫く(*→〔足〕1b)。オイディプスは成人後、自らの両眼を、母の着物の留め針で突き刺す(*→〔盲目〕2)〕。

★1d.足の奇病ゆえに死ぬ男。

『カンガルー・ノート』(安部公房)  「ぼく」の脛に、かいわれ大根が生え出し、皮膚科の医者は「私の手には負えない」と言って、「ぼく」を自走ベッドに寝かせて追い出す。「ぼく」はベッドとともに賽の河原へ行き、病院へ行き、最後に廃駅にたどり着く。かいわれ大根は脛に密生し、やがて「ぼく」は駅構内で死ぬ→〔後ろ〕3

★2.英雄が、足の踵を矢で射られて死ぬ。

『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第5章  アキレウスの唯一の弱点は、足の踵(かかと)だった。彼はトロイア戦争の折に、パリス(=アレクサンドロス)とアポロンによって、矢で踵を射られ、死んだ→〔弱点〕2

『バーガヴァタ・プラーナ』  ヴィシュヌ神の化身として地上に誕生したクリシュナは、多くの悪魔たちと戦ってこれらを退治した。彼は無敵の英雄であった。しかし猟師ジャラが、獣と思い誤って射た矢が、クリシュナの唯一の急所である踵に当たったため、クリシュナは死んだ。

*神武天皇の兄・五瀬の命は、足ではなく、手を矢で射られて死んだ→〔太陽〕9の『古事記』中巻。

★3.不死身の怪物の唯一の弱点が、足にある。

『アルゴナウティカ』(アポロニオス)第4歌  タロスの身体は青銅でできているが、くるぶしの腱の下に赤い血管があり、そこだけは薄い膜で覆われていた。彼がメディアやイアソンたちに岩を投げようとした時、岩の尖った先端がくるぶしを傷つけ、そこからイーコール(=体液)が流れ出したため、タロスは倒れた〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第9章に類話〕。

『クマルビ神話』(ヒッタイト)2「ウルリクムミの歌」  クマルビ神を父、岩を母として生まれ、全身岩のウルリクムミは、成長して背丈が天上にまで達し、天候神をおびやかした。天候神はウルリクムミを迎え撃ったが、苦戦した。そこで智恵の神エアの教えにしたがい、天候神は剣でウルリクムミの足を切って、ようやく倒すことができた。

★4a.靴が脱げないので、足を切ってしまう。

『赤いくつ』(アンデルセン)  カレンのはいた赤いくつは、足にくっついてぬぐことができず、彼女は死ぬまで踊り続けなければならない。カレンは首切り役人に頼み、赤いくつごと両足を切り落としてもらう。カレンは罪(*→〔踊り〕1)を後悔し、牧師館の女中となって、松葉杖をついて働く〔*カレンは最後には罪を許され、魂は神のもとに召される〕。

★4b.足の指や踵を切り落として、靴に合わせようとする。

『灰かぶり』(グリム)KHM21  「灰かぶり(=シンデレラ)」の2人の異母姉は、王子が持って来た靴に合うように、足の指や踵を切り落とした。王子が彼女らを城へ連れて行こうとすると、家鳩が「血が靴にたまっている。本当の嫁御はまだ家にいる」と教えた〔*『サンドリヨン』(ペロー)では、姉たちは靴に足が入らないので諦め、足は切らない〕。

 *指を細くして、指輪に合わせようとする→〔指〕9

★5.人間の身体に動物の足。

和泉式部の伝説   和泉式部は鹿から生まれたので、足先が2つに割れていた。これを隠すために作ったのが足袋である(佐賀県杵島郡などの伝説。*愛知県三河地方では、同様の話が浄瑠璃御前のこととして伝えられている)。

大宮姫の伝説  大宮姫は鹿から生まれたので、足先が2つに割れ、鹿の爪同様だった。姫は都の天子様の奥方となって寵愛されたが、鹿の爪を隠すため、夏でも足袋をはいていた。しかし女中たちが姫をねたんで無理やり足袋を脱がせたので、姫は恥ずかしさと悔しさで、故郷へ逃げ帰った(鹿児島県揖宿郡開聞町)。

*美女の足が驢馬の蹄(ひづめ)→〔女護が島〕6の『本当の話』(ルキアノス)。

*片足が動物の足→〔片足〕4

★6a.足で人を踏む。

『日本霊異記』下−7  大真山継は妻とともに、観音菩薩の木像を供養し、敬っていた。後に山継が罪を得て刑場に引かれた時、観音が足をあげて、山継の首から踏み通し、山継の身体を観音の脚絆とするように見えた。そこへ赦免の使者が来て、山継は死罪を免れた。

『富美子(ふみこ)の足』(谷崎潤一郎)  60歳の塚越老人は16歳の芸者富美子を妾にし、彼女の美しい足に接して悦びを感ずる。病を得て63歳で臨終を迎えた時、塚越老人は「息を引き取るまで、ずっとお前の足で私の顔を踏んでいてくれ」と命じ、富美子の足の下で無限の歓喜のうちに死ぬ〔*→〔見立て〕1の『瘋癲老人日記』は、『富美子の足』から43年後の作品〕。

 *足で顔を踏んでもらうのでなく、美女の人形の尻を、顔の上に載せる→〔人形〕7の『青塚氏の話』(谷崎潤一郎)。

★6b.足で人をまたぐ。

『義経千本桜』2段目「渡海屋」  安徳天皇は壇の浦で入水せず、船問屋・渡海屋銀平(=実は平知盛)の1人娘お安としてかくまわれた。源義経がお安の正体を疑い、義経の命令を受けた弁慶が「外出する」と言って、うたた寝をするお安の身体の上をまたいで行く。とたんに弁慶の足がしびれたので、お安=安徳天皇である、と義経は察知した。

 *ヤマトタケルは、胆吹山の神である大蛇をまたいで通った→〔蛇退治〕5の『日本書紀』巻7景行天皇40年是歳。

★7.裸足の女。

『とはずがたり』(後深草院二条)巻5  後深草院に寵愛された二条は、26歳で院の御所を退出、31歳頃に出家した。二条が47歳の嘉元2年(1304)7月、後深草院は62歳で崩御された。二条は御所にたたずみ、夜になって葬送の車が御所を出る時、縁先から走り下り、履物が見当たらぬまま、裸足で後を追う。足が痛く、葬列から遅れてしまうが、泣く泣く1人歩き続け、明け方に深草での火葬の煙を拝むことができた。

『モロッコ』(スタンバーグ)  モロッコに駐屯する外人部隊が、サハラ砂漠の戦線に向けて出発する。兵士たちの妻や恋人が一団となって、ついて行く。酒場の歌手アミーは、兵士の1人トムを愛している。アミーはフランスの富豪から求婚されるが、それをふりきって、トムの後を追う。彼女は靴を脱ぎ捨て、裸足になって砂漠を歩いて行く。

★8.足の裏に文字を書く。

『かげろふ日記』下巻・天禄3年2月  私(藤原道綱母)は一昨日の夜、「誰かが私の右の足の裏に『をとこかと(男門)』という文字を書き付けたので、驚いて足を引っ込めた」という夢を見た。夢解きに尋ねたところ、「お子様が将来、大臣公卿になられる兆しです」と言った〔*『おととかと(大臣門)』と解釈する説もある〕。

*死んだ男児の左の足の裏に墨をつける→〔ほくろ〕1cの『現代民話考』(松谷みよ子)5「死の知らせほか」第3章の1。

★9.脚を切り裂いて、傷口の中に物を入れる。

『華厳宗祖師絵伝』「元暁(がんぎょう)絵」  新羅の勅使が海底の龍宮を訪れ、龍王から『金剛三昧経』を授けられて、地上へ戻る。水中を行くので、経典が損じないように、龍王は勅使の脛を割(さ)いて〔*勅使は「痛くないだろうか」と心配する〕、その中に経典を納める。龍王は、勅使の脚に薬をつけて傷を癒してやり、それから海中へ送り出した。

『弘法様の麦盗み』(昔話)  弘法大師が唐の国ではじめて麦を見、「日本へ持ち帰ってふやしたい」と思うが、誰も種子を売ってくれない。そこで弘法大師は自分の腓(こむら)を切り裂き、麦の種を隠した。弘法大師は棒をつき、痛む足でようやく日本に帰った。

 

 

【足跡】

★1a.姿が見えなくても、足跡を残せば、居場所を知られてしまう。

『今昔物語集』巻4−24  若き日の龍樹菩薩と2人の仲間が、隠形薬で姿を消し(*→〔隠れ身〕2)、王宮の后たちを犯す。しかし、王が床に粉をまいたために、3人の足跡がついて、居場所がわかってしまう。2人は切り殺され、龍樹だけが、后の御裳(みも)の裾(すそ)に隠れて助かった〔*『龍樹菩薩伝』では、龍樹と3人の親友のうち、龍樹だけが助かる。「龍樹菩薩に関する俗伝より」と記す『青年と死』(芥川龍之介)では、2人の青年AとBが女たちを犯し、「死」がBの命をとる。Aは死を恐れずに直視したので、命を助けられる〕。

『風流志道軒伝』巻之4  浅之進(志道軒)が、仙人からもらった羽扇を背負って姿を消し、清国・乾隆帝の後宮に忍び入る。警護の者たちが床に細かい砂を散らしておくと、足跡がついたので、火把(たいまつ)を投げかける。羽扇も着物も燃えて、丸裸になった浅之進が現れ、捕らえられる。

*灰を床にまいて、足跡を取る→〔灰〕5aの『ダニエル書への付加』(旧約聖書外典)。

★1b.足跡が見えないよう、雪や花で隠す。

『跡隠しの雪』(昔話)  弘法大師が、貧しい老女の家を訪れ宿を請う。老女は隣家の稲木から稲を盗んで来て、ご飯を炊いて大師をもてなす。老女は足が悪く、足跡で盗みが発覚するだろうと考えた大師は、その夜雪を降らせて、老女の足跡を消す。それが11月23日の夜だったので、毎年その日には雪が降る(京都府船井郡和知町細谷)。

『キリシタン伝説百話』(谷真介)52「一度に咲いたソバの花」  百姓夫婦が畑にソバの種をまいていた時、7〜8人のキリシタンが畑を通って逃げて行った。畑には彼らの足跡がたくさん残った。まもなく追手の役人がやって来たが、種をまいたばかりなのに、畑一面に真っ白いソバの花が咲いて、キリシタンの足跡を隠した。役人が引き上げるとソバの花は消えて、ふたたび足跡が現れた(熊本・天草)。

★2.密会の折の足跡。

『ドイツ伝説集』(グリム)457「エギンハルトとエマ」  青年エギンハルトがカール大帝の娘エマの居室を訪れ密会する。翌朝には雪が積もっており、男の大きな足跡があっては密会が露顕するので、エマがエギンハルトを背負って彼の宿所まで運ぶ〔*父帝はそのありさまを見て、2人の中を許す〕。

『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第24章  マルケ王は后イゾルデと騎士トリスタンの仲を疑い、寝室の床に穀粉をまいて出かける。トリスタンは、足跡をつけぬよう、イゾルデのベッドまで跳ぶ。

*箒で、灰の上の足跡を消す→〔灰〕5bの『ジャン・クリストフ』(ロラン)第9巻「燃ゆる荊」。

★3.行きの足跡と帰りの足跡。

『空き家の冒険』(ドイル)  シャーロック・ホームズとモリアティ教授がライヘンバハ滝の断崖まで行って決闘し、ホームズが生き残る。ホームズは自らの生還を隠すため、帰りの足跡を残さぬようにしたいと考える。そこで、滝から帰る小道を、靴を前後逆にはいて戻ろうかと思うが、そうすると滝へ向かう足跡が3人分できてしまい、かえって怪しまれるので、小道を諦めて危険な崖を攀じ登る。

 *沓を前後逆にはいて足跡をつける→〔靴(履・沓・鞋)〕6

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)142「老いたライオンと狐」  老ライオンが洞穴で病気のふりをし、見舞いに来る動物たちを食った。狐が遠く離れて挨拶するので、ライオンが「中へ入らないのか?」と問うと、狐は「洞穴へ入る足跡は多く、出て行く足跡が1つもないのを見ていなかったら、入ったでしょうがね」と言った。

『ジャータカ』第20話  蓮池に羅刹(=デーヴァダッタの前世)がいて、水辺に下りて来るものを食った。猿の王(=ボーディサッタの前世)が見ると、池へ行く足跡はあるが、帰って来た足跡がないので、家来の猿たちに「池に下りて水を飲むな」と命じた。そして、岸辺にすわり葦の茎で水を吸って飲む方法を教えた。羅刹はがっかりして去った。

★4.神の足跡。

『伊予国風土記』湯の郡(逸文)  スクナヒコナは、大分の速見から引いた温泉の湯につかって蘇生し、立ち上がって足踏みをした。その足跡は、今も温泉の中の石の上にある→〔温泉〕2a

*天の大神の足跡が、琵琶湖になった→〔湖〕1aの琵琶湖の始まりの伝説。

★5.鬼・異類の足跡。

『古今著聞集』巻17「変化」第27・通巻590話  延長7年(929)4月25日の夜、宮中の所々に鬼の足跡が見られた。大きな牛の足跡に似て、そのひづめの跡には青く赤い毛が混じっていた。1〜2日の間に足跡は次第に消えた。

『古今著聞集』巻17「変化」第27・通巻594話  天慶8年(945)8月10日の朝、紫宸殿前の左近の桜の下から永安門まで、鬼の足跡・馬の足跡などが数多く見えた。

*→〔天狗〕1の『太平記』巻5「相模入道田楽をもてあそぶ事」。

★6.巨人の足跡。

『史記』「周本紀」第4  堯の時代、姜原は、野で巨人の足跡を踏み妊娠した。1年後に彼女は子供(=周の后稷)を産み、不吉なことと思って路地うらに捨てた→〔動物傅育〕

『歴史』(ヘロドトス)巻4−82  スキュティアには、岩に印されたヘラクレスの足跡がある。人間の足跡に似ているが、その長さは2ペキュス(=約90センチ)もある。

*→〔巨人〕5aの『常陸国風土記』那賀の郡。

★7.河童の足跡。

『遠野物語』(柳田国男)57  川岸の砂の上に、しばしば河童の足跡がある。雨の日の翌日などには、特によく見られる。猿の足と同様に親指は離れているが、全体は人間の手の跡に似ている。長さは3寸(=約9センチ)足らずである。

★8.一本足の足跡。

一本だたら(『水木しげるの日本妖怪紀行』)  紀州・熊野の山中には、一本だたらという妖怪が今でも住んでいるという。その姿を見たものはいないが、一本足で一つ目、人に似た獣のように考えられている。一本だたらは、雪の山中に幅1尺ほどの大きな足跡を残す。一本足で跳んで歩いたような足跡だ。

★9.にせの足跡。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第10章  ヘルメスは生まれてすぐ活動を始め、アポロンの飼う牝牛を盗んだ。足跡をごまかすために、牝牛の足には靴をはかせた。

★10.足跡からわかること。

『セレンディッポの三人の王子』1章  セレンディッポ(=セイロン)の3人の王子が旅をしていて、ラクダを捜す男と出会った。3王子は道中でラクダの足跡を見ていたので、「そのラクダは、片目が見えず、歯が1本欠けており、脚が悪い。片側にバター、もう片側にハチミツの荷を積み、身重の女を乗せていただろう」と言った。3王子はラクダの足跡だけから、これらのことを察知したのだが、「ラクダを盗んだ犯人」と見なされてしまい、牢屋へ入れられた。   

★11.大きな足跡と小さな足跡。

『屍鬼二十五話』(ソーマデーヴァ)第24話  貴族チャンダシンハと息子シンハパラークラマが森へ狩りに行き、2人の女の足跡を見つける。大きな足跡は年長の女、小さな足跡は若い女だろうから、父チャンダシンハは大きな足跡の女を妻とし、息子シンハパラークラマは小さな足跡の女を妻としよう、と父子は相談する。父子は2人の女を捜して結婚を申し込む。ところが、大きな足跡は若い王女で、小さな足跡はその母親だった→〔系図〕3

 

*人を導く足跡→〔馬〕5の『捜神記』巻13−9(通巻327話)。

*足跡のない虎→〔虎〕2の『傾城反魂香』(近松門左衛門)「土佐将監閑居の場」。 

*犯人の足跡がない→〔雪〕3の『本陣殺人事件』(横溝正史)。

 

 

【足音】

★1.人間が歩く足音。

『西鶴諸国ばなし』(井原西鶴)巻1−5「不思議のあし音」  公冶長は諸鳥の声を聞き分けたが、その末流ともいうべき1人の盲人は、一節切り(ひとよぎり)を吹きつつ、大道を行く人々の足音の調子から、その人数・性別・風体などを正確に聞き分け、言い当てた。

*びっこの足音→〔歩行〕3bの『人間の足音』(川端康成)。

★2.妖怪が歩く足音。

『妖怪談義』(柳田国男)「妖怪名彙(ビシャガツク)」  越前(福井県)の坂井郡。冬の霙(みぞれ)雪の降る夜路を行くと、背後からびしゃびしゃと足音が聞こえることがある。それを「ビシャがつく」と言っている。

『妖怪談義』(柳田国男)「妖怪名彙(ベトベトサン)」  大和(奈良県)の宇陀郡。1人で道を行く時、ふと後ろから誰かがつけて来るような足音を聞くことがある。その時は道の片脇へ寄って、「ベトベトさん、先へお越し」と言うと、足音がしなくなるという。

★3.幽霊が歩く足音。

『遠野物語』(柳田国男)22  佐々木喜善氏の曾祖母が老齢で死去し、親族が集まって座敷で通夜をする。母と祖母だけは囲炉裏の両側にすわって、火を絶やさないようにしていた。裏口から足音がして、亡くなった曾祖母が普段の着物姿で歩いて来る。2人の女の傍を通る時、曾祖母の裾が炭取に触れると、丸い炭取だったのでくるくると回った。

 

 

【仇討ち】

★1a.父の仇を討つ。

『あきみち』(御伽草子)  あきみちは、父の仇金山八郎左衛門を討つため、 北の方を遊女に仕立てて、金山のもとへ送る。北の方と金山八郎左衛門との間には子まででき、用心深い金山も北の方に心を許して、秘密の岩穴の寝所を教える。あきみちは寝所に待ち伏せし、金山八郎左衛門を討ち取る。

『捜神記』巻11−4(通巻266話)   父の仇楚王を狙う少年眉間尺(みけんじゃく)は、父の鍛えた名剣で自らの首をはね、その首と剣を旅人に託す。旅人は眉間尺の首を持って楚王に拝謁し、楚王は眉間尺の首を釜で3日3晩煮る。首がなかなか煮えぬので楚王が釜の中を見た時、旅人が剣で楚王の首を打ち落とす。つづいて旅人は自分の首も切る。眉間尺・楚王・旅人の3つの首が釜の中で煮えて、どれがどれだか区別がつかなくなる。

『曽我物語』  十郎が5歳、五郎が3歳の年、父河津三郎祐泰は工藤祐経の郎党に殺された。十郎・五郎は曽我祐信に養われ、父の死から18年目に、富士の巻狩りの場で仇祐経を討った。

『ハムレット』(シェイクスピア)  ハムレットは、父王の仇クローディアスを討とうとして、誤って大臣ポローニアスを殺す。ポローニアスの娘オフィーリアは父を失った衝撃で正気を失い、水死する。オフィーリアの兄レアティーズは怒り、クローディアスにそそのかされて、毒剣でハムレットに致命傷を負わせる(*→〔剣〕5b)。ハムレットは、クローディアスを剣で刺し毒を飲ませて、父王の仇を討つが、自らも力尽きて死ぬ。

*→〔眠る怪物〕3の『古事記』下巻(目弱の王)・〔母殺し〕1の『エレクトラ』(エウリピデス)。

★1b.父の仇を眼の前にしながら、討たない。 

『恩讐の彼方に』(菊池寛)  実之助が3歳の時、父の旗本中川三郎兵衛は奴僕の市九郎に殺された。実之助は19歳で仇討ちの旅に出る。27歳の春、彼は九州に到って市九郎と出会う。市九郎は出家し名前を「了海」と変えて、洞門を掘っていた。老い衰えた了海を見て、実之助は、洞門貫通の日まで仇討ちを延期し、自らも掘削を手伝う。1年半後の秋の夜、洞門は貫通するが、もはや実之助に了海を討つ意志はなかった。

★1c.父が殺されそうなことを知った子供たちが、先回りして父の敵を討ち、父の命を救う。 

『沙石集』巻7−6  武蔵の国でのこと。人妻と間男が共謀し、「筑紫から帰って来る夫を、待ち伏せて殺そう」とたくらむ。7歳と5歳の2人の子供がこれを知り、「間男を殺して、父の命を救おう」と相談する。2人とも幼くて力がないので、5歳の弟が、昼寝する間男の胸に刀の尖端を当て、7歳の兄が槌で刀を打ちこんで殺した。

★2.兄の仇を討つ。

『敵討義女英(かたきうちぎじょのはなぶさ)(南杣笑楚満人)  駿河の桂新左衛門・浅太郎父子と下総の舟木逸平・茂之介父子は 、伊豆の温泉で知り合い、親しく交際する。ところが息子同士がひそかに決闘し、浅太郎は討たれ、茂之介も傷を負って後に死ぬ。桂新左衛門は、舟木逸平が浅太郎を殺したと誤解し、帰国して次男岩次郎に「兄の仇を討て」と遺言して病没する。仇討ちの旅に出た岩次郎は美女小しゅんと恋仲になるが、彼女は舟木逸平の娘であり、岩次郎が闇の中で兄の仇と思って討ったのは小しゅんの首だった。舟木逸平と岩次郎の間の誤解がとけ、岩次郎は舟木逸平の養子になる。

*兄の仇を討とうとして、なかなか討てない→〔すれ違い〕1の『大菩薩峠』(中里介山)。

★3.父・兄の仇を討つ。

『真景累ケ淵』(三遊亭円朝)  羽生村の名主・怱右衛門は、妾お賤とその情夫新吉(*→〔兄妹婚〕5)の手で絞殺された。怱右衛門の長男・怱次郎とその妻お隅は、剣客・安田一角によって斬殺された。怱右衛門の次男である少年怱吉は、父および兄夫婦の仇を討とうと、旅に出る。怱右衛門の死から7年後、新吉は怱吉と出会って前非を悔い(*→〔鎌〕1)、安田一角の居所を怱吉に教えて自害する。怱吉は関取花車の助力を得て、安田一角を討つ。

★4.父・夫の仇を討つ。

『謝小娥伝』(唐代伝奇)  謝小娥は、男装して父と夫の仇を討った→〔男装〕3a

★5a.夫の仇を討つ。

『黒衣の花嫁』(トリュフォー)  教会の尖塔の上の風見鶏をライフルで撃とうと、5人の男が戯れる。手元が狂って、結婚式を挙げて教会から出てきた花婿に銃弾が当たってしまい、花婿は死ぬ。花嫁ジュリーは夫の仇を討つため、5人の身元を調べて1人ずつ殺してゆく。4人まで殺したが、5人目は詐欺罪で収監されていたので、ジュリーはわざと逮捕されて刑務所へ入り、5人目の男を刺殺する。 

『ニーベルンゲンの歌』  グンテル王の妹クリエムヒルトはジーフリト(ジークフリート)と結婚するが、ジーフリトは家臣ハゲネによって暗殺された。彼女は夫の仇を討つために、フン族のエッツェル王の後妻となる。クリエムヒルトは、ハゲネと兄王グンテルをはじめ、騎士・兵卒およそ1万人をエッツェル王の宮廷へ招き、フン族の戦士と闘わせて皆殺しにする。クリエムヒルト自身も、その残忍な所業を見かねた1人の武将の手で、斬り殺された。

★5b.夫を殺した人物でなく、夫の死の原因となった物を、敵(かたき)と見なして討つ。

『富士太鼓』(能)  宮中で管弦の催しがあり、楽人・浅間が、太鼓の役を命ぜられる。そこへ富士という楽人が、太鼓の役を望んでおしかけて来たので、浅間は富士を憎み、殺してしまう。夫の死を聞いた富士の妻は、「太鼓ゆえに夫は死んだ。太鼓が夫の敵(かたき)である」と言い、夫の形見の衣裳を着て、撥を剣代わりに、太鼓を打ちすえて恨みを晴らす。夫・富士の霊も来て、妻に力を添える。

★5c.暴行された妻と娘の仇を討ちたいと思うが、犯人が特定できないので、同類の犯罪者を何人も殺す。

『狼よさらば』(ウィナー)  犯罪が多発するニューヨーク。設計技師ポールの妻と娘が、不良青年の3人組に暴行された。妻は死に、娘は廃人になった。犯人は特定できない。怒りに燃えるポールは、夜の街を歩いて、犯罪者を見つけては拳銃で撃ち殺す。市民たちは、「誰かが警察に代わって、悪人を罰しているのだ」と喜ぶ。ポールは路上強盗と撃ち合って負傷し、病院へ運ばれる。警察はポールを逮捕せず、「転勤して他の町へ行け」と言う。

★6.主君・主人の仇を討つ。

『鏡山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)  お家横領を たくらむ局(つぼね)岩藤は、邪魔になる中老尾上に「名香蘭奢待(らんじゃたい)を盗んだ」との濡れ衣を着せ、満座の中で尾上を草履で打ちすえる。その恥辱で尾上は自害する。召使のお初が主人尾上の潔白を明らかにし、岩藤を斬り捨てて、仇を討つ。

『仮名手本忠臣蔵』  高師直の悪口雑言に堪えかねて、塩冶判官は殿中で刃傷に及び、そのため判官は切腹、塩冶家は断絶、所領は没収される。家老大星由良之助が浪士を率いて師直屋敷に討ち入り、主君の仇を討つ。

*槍持ちの男が主人の仇を討つ→〔酒〕9の『血槍富士』(内田吐夢)。

★7.友人の仇を討つ。

『イリアス』  トロイア戦争の10年目、アキレウスがアガメムノン王と対立して戦線を離れ、アカイア軍は劣勢になる。アキレウスの親友パトロクロスが、アキレウスから武具を借りてトロイア軍に攻め入るが、ヘクトルに倒される。アキレウスは怒り、戦場に出てヘクトルと一騎討ちして殺し、親友の仇を討つ。

★8.親の敵(かたき)と知らずに殺す。意図せずに行なわれた仇討ち。

『怪談牡丹灯籠』(三遊亭円朝)  飯島平左衛門は若き日に、酔って言いがかりをつける黒川孝蔵を斬った。18年後、飯島の家に召し抱えた草履取り孝助は、偶然にも黒川の子だったので、飯島は「いつか孝助に討たれてやろう」と思う。孝助は飯島を父の仇と知らず忠義を尽くし、ある夜屋敷に忍び込んだ悪者を槍で突くが、それはかねて覚悟の飯島であり、孝助は意図せずに父の仇を討ったのだった〔*後、孝助は、主人飯島に害をなした御国・源次郎をも討つ〕。

『仮名手本忠臣蔵』5段目「山崎街道」  斧定九郎は闇夜の道で百姓与市兵衛を襲って殺し、50両入りの財布を奪う。そこへ与市兵衛の婿・早野勘平が来て、猪と間違えて鉄砲で斧定九郎を撃ち殺す。勘平は人間を殺してしまったことに驚き逃げ去るが、結果的に彼は、それと知らぬまま舅の仇を討ったわけであった→〔誤解による自死〕1

『三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)(河竹黙阿弥)「吉祥院本堂」  伝吉の息子十三郎が百両を落とし、それが何人かの手を経て、お坊吉三の所有になる。伝吉がお坊吉三に「百両を貸してほしい」と言うが、お坊吉三は断り、争いの末、お坊吉三が伝吉を斬り殺す。後にお坊吉三は、伝吉が父の敵(かたき)だったことを知る。かつて伝吉はお坊吉三の父安森源次兵衛から短刀庚申丸を盗み、そのため安森源次兵衛は切腹したのだった。

★9.動物の動物に対する仇討ち。

『かちかち山』(昔話)  狸が婆を殺し、婆汁を作って爺に食べさせ、逃げる。泣き悲しむ爺に、兎が「仇討ちしてやる」と言う。兎は狸の背負った柴に火をつけて火傷をさせ、傷口に辛子をすりこんで苦しめ、泥舟に狸を乗せて水に沈めてしまう。

『猿蟹合戦』(昔話)  猿が渋柿を投げつけ、蟹の甲羅を砕いて殺す。蟹の子が、親蟹の無残な死骸を見て仇討ちを誓い、石臼・焼栗・大蜂に助太刀を請う。彼らは計略をかまえ、「親蟹の初七日」と言って、猿を蟹の家へ招く。炉の中から焼栗が飛び出、庇から大蜂が刺し、石臼が猿の背中に乗る。蟹の子が、はさみで猿の首を切る〔*臼につぶされて猿が死ぬ、という形もある〕。

*虱の、人間に対する仇討ち→〔虱〕3の『古今著聞集』巻20「魚鳥禽獣」第30・通巻696話、『聊斎志異』巻8−304「蔵蝨」。  

★10.日本および西欧の伝説・昔話などをもとに創作された、動物仇討ち物語。

『こがね丸』(巌谷小波)  里の荘官(しょうや)の番犬・月丸は、虎の金眸(きんぼう)大王に喰い殺された。月丸の死後まもなく生まれた子犬・黄金丸は、強くなって父の仇を討とうと、武者修行の旅に出る。旅の途中で知り合った猟犬の鷲郎が、黄金丸に力を貸す。彼ら2匹は、金眸の家来である狐の聴水を捕らえ、金眸の棲む洞の様子を聞き出す。黄金丸と鷲郎は洞に乗り込み、金眸と闘う。黄金丸は咽喉に噛みつき、鷲郎は睾丸に食いついて、ようやく金眸を倒すことができた。

★11.「仇討をする」と嘘を言って、大勢の見物人を集める。

『高田の馬場』(落語)  浅草の奥山で、若い姉弟が父の仇の侍と出会い、勝負を挑む。しかし、ここは観音様の境内だから血で汚すのは恐れ多いというので、双方が相談し、「明日、巳の刻に高田の馬場で果し合い」との約束をする。当日は大勢の見物人が高田の馬場に集まり、茶屋・料理屋は満員になる。実は、侍と姉弟は親子であり、「仇討だ」と言って人を集め、繁盛する店から礼金をもらって暮らしをたてていた。

*花見の趣向で仇討ちの茶番を演ずる→〔共謀〕5a・5b

★12.敵(かたき)討ちの否定。

『大菩薩峠』(中里介山)第15巻「慢心和尚の巻」  兄の仇を討とうとする宇津木兵馬に、慢心和尚が「敵討ちは大嫌いじゃ」と言う。兵馬「しからば、悪人をいつまでもそのままに置いてよろしいか」。和尚「よろしい」。兵馬「それがために善人が苦しめられ、罪なき者が難渋し、人の道は廃(すた)り、武士道が亡びても苦しうござらぬか」。和尚「苦しうござらぬ」。兵馬「現在、恥辱を受け、恨みを呑む人の身になって見給え」。和尚「誰の身になっても同じこと。わしは敵討ちをするひまがあれば、昼寝をする」。

 

*殺される男が泡に仇討ちを請う→〔泡〕7の『泡んぶくの仇討ち』(昔話)。

 

 

【あだ名】 

★1.容姿や服装を見て、あだ名をつける。

『宇治拾遺物語』巻11−1  重明親王の息子・左京大夫源邦正は顔色が青かったため、皆が「青常の君」と呼んだ。村上天皇(=源邦正の従弟)がこれを咎め、皆はあだ名で呼ぶことを慎(つつし)んだが、堀川中将兼通が、うっかり「青常丸」と言ってしまった。このため、堀川中将は皆に御馳走を出して償うことになった。当日、堀川中将と随身は青色の装束を着て、青磁の皿や瓶に青色の食べ物を盛って現れたので、皆大笑いした。

『坊っちゃん』(夏目漱石)  「おれ(坊っちゃん)」は物理学校を卒業して、四国の中学校の数学教師になった。教員たちと初対面の挨拶をしながら、「おれ」はみんなにあだ名をつけてやった。校長は薄髯で色黒、眼の大きな狸のような男だから「狸」、教頭はフランネルの赤いシャツを着ているから「赤シャツ」、英語の古賀はうらなりの唐茄子を食ったみたいに顔色が蒼く、ふくれているから「うらなり」、数学の堀田は叡山の悪僧というべき毬栗坊主だから「山嵐」、画学の吉川は芸人風だから「野だいこ」だ。

★2.同音異義語で、二重の意味を持つあだ名。

『かげろふ日記』中巻・天禄2年6月・12月  夫兼家との仲がうまくいかず、私(藤原道綱母)は「尼になってしまおう」と思って、鳴滝の山寺にこもった。しかし兼家が迎えに来たので、尼にならずに都へ帰った。兼家は私に、「あまがへる(「尼帰る」と「雨蛙」を掛ける)」というあだ名をつけた。兼家が「来るよ」と約束したのに来なかった時、私は「おほばこの神の助けやなかりけむちぎりしことを思ひかへるは(おおばこの神の助けはなかった。約束を変えるなんて)」と詠んだ〔*おおばこの葉で蛙は元気になるという〕→〔草〕3の『野草雑記』(柳田国男)。

『なよ竹物語』(別称『鳴門中将物語』)  後嵯峨帝が某少将の妻を恋慕して、時々、宮中に召した(*→〔横恋慕〕3)。それまで某少将は隠者同然の身で、世間から忘れられていたが、帝は彼を近習の1人とし、ほどなく中将に昇進させた。口さがない人々は、彼に「鳴門の中将」という異名をつけた。鳴門はわかめの産地で、良き「め」(わかめの「め」と女の「め」をかける)ののぼる所だからである。

★3.Aが口にした言葉が、そのままAのあだ名になる。

『大菩薩峠』(中里介山)第15巻「慢心和尚の巻」  恵林寺の和尚は、人から話を聞いていて、それが終わると非常に丁寧なお辞儀をして、「お前さんより、まだ大きなものがあるから、慢心してはいけません」と言った。領主や大名に招かれて御馳走になった時も、諸仏菩薩を拝んだ後も、同様のことを言った。そこから和尚は、「慢心和尚」と呼ばれるようになった。「慢心してはいけません」というのは、人に向かって言うのではなく、自分に向かって言うのであるらしかった。

『眉山』(太宰治)  若松屋の女中トシちゃんは、「僕」が連れて行く客=すべて小説家、と思い込んでいた。ピアニストの川上六郎氏を案内した時、トシちゃんは「川上」という姓を聞いて、「ああ、わかった。川上眉山」と言った。「僕」たちはトシちゃんの無智にあきれ、かげで彼女に「眉山」というあだ名をつけた。若松屋を「眉山軒」などと呼ぶ人もいた〔*そのうちトシちゃんは、重症の腎臓結核であることがわかり、店をやめた〕。

★4.いつもあだ名で呼んでいるので、本名を忘れてしまう。

『現代民話考』(松谷みよ子)7「学校ほか」第1章「笑い」の1  戦時中の中学校では、生徒が教員室に入る時、大声で「○○先生の所に××の用で参りました」と言わねばならなかった。ところが生徒仲間では、日ごろ先生をあだ名で呼んでいるので、咄嗟に本名が出てこない。しかたなく、また大声で「帰ります」と言って出て来た。こんな友人が何人もいた(東京都)。

★5.カップルについたあだ名。

『日曜日』(三島由紀夫)  役所勤めの幸男と秀子は、ともに20歳の恋人どうしである。月曜から土曜まで勤勉に働き、日曜日は2人のデートの日だ。山や海、遊園地や映画など、いつも3ヵ月先まで予定が立ててあり、2人には「日曜日」というあだ名がついた。ところが、ある日曜日、混雑したプラットホームから落ちて、2人は電車に轢かれてしまった。同僚たちは空っぽの2つの椅子を見て、「ごらん! 日曜日は死んでしまった」とつぶやいた。 

  

 

【頭】

★1a.頭に角をつけて鬼の姿になる。

『鉄輪(かなわ)(能)  女が、別の女に心を移した夫を恨み、貴船神社に日参して呪詛する。社人の教えにしたがい、女は身に赤い衣を着、顔に丹を塗り、髪に鉄輪(五徳)を逆さに載せて3つの足に火をともし、鬼神となる→〔藁人形〕1b

『八つ墓村』(横溝正史)「発端」  大正年間(1912〜26)。田治見要蔵は妻子がありながら、19歳の鶴子を犯して強引に妾にした。しかし鶴子は何度も実家へ逃げ帰り、ついに郷里を出奔して遠方の親戚に身をよせる。要蔵は逆上し、春の夜、つけっぱなしの棒型懐中電灯2本を、鬼の角のごとく白鉢巻で頭に結びつけた姿で村中を巡り、猟銃と刀で32人を殺した。

★1b.頭に髑髏をのせて変身する。

『酉陽雑俎』巻15−577  昔からの言い伝えによると、野狐が妖怪になる時には、かならず髑髏を頭にのせて、北斗にお辞儀をする。髑髏が落ちなければ、人間に化けるのだ。

*頭に何かをかぶって姿を消す→〔隠れ身〕2の『居杭』(狂言)・〔帽子〕9の『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章。

*髻に薬木をさして姿を消す→〔隠れ身〕2の『今昔物語集』巻4−24。

*頭巾をかぶる→〔鳥の教え〕8の『聴耳頭巾』(昔話)。

*箱をかぶる→〔箱〕6の『箱男』(安部公房)。

★1c.頭に金環をはめる。

『西遊記』百回本第14回  三蔵法師は、我儘勝手な孫悟空の頭に、金環をはめる。三蔵が呪文を唱えると金環は悟空の頭を締めつけるので、以後、悟空は三蔵の指図に逆らうことなく、西天取経の旅の供をする。

★1d.頭にかぶったものが取れなくなる。

『徒然草』第53段  仁和寺の法師が宴席で、酔って3本足の鼎を頭に深くかぶり、舞う。ところが、舞い終えた後に鼎を抜くことができず、医者もさじを投げる。鼎の回りに藁しべを入れ、無理やり引くと、耳鼻が欠けながらも、ようやく抜ける〔*頭部にくっついたまま取れないという点で→〔面〕1aの『鉢かづき』・〔面〕3の『磯崎』と類縁の発想〕。 

★2a.頭から木が生える。

『ほらふき男爵の冒険』(ビュルガー)「ミュンヒハウゼン男爵自身の話」  「ワガハイ(ミュンヒハウゼン男爵)」が狩りに出て弾丸を撃ち尽くした時、思いがけず見事な大鹿が現れた。「ワガハイ」は桜んぼの種を銃にこめ、大鹿の両の角の間めがけて撃った。大鹿は逃げ去ったが、1〜2年後、10フィート余りの桜桃の木が頭から生えた大鹿に、「ワガハイ」は出会った。今度は本物の弾丸で撃ち倒し、「ワガハイ」は鹿の上肉と桜桃ソースにありついた。

 *桜んぼを食べた男の頭に桜の木が生える→〔ウロボロス〕4aの『あたま山』(落語)。

★2b.頭から人が生まれる。

『大般涅槃経』(40巻本)「聖行品」  善住王の頭に水泡のようなできものができ、10ヵ月たってできものを開くと、そこから1人の端正な男児が生まれた。父王は喜び、男児を「頂生」と名づけた〔*頂生は「私は必ず転輪聖王になるだろう」と宣言したが、三十三天へ昇って帝釈天の位を奪おうとしたため、人間界に堕ちた〕。

 *額から神や人が生まれる→〔額〕6。 

★3.多くの頭(顔・首)を持つ怪物。

『今昔物語集』巻2−34  バラモンの息子が沙門から仏法を学びながらも、師である沙門を罵り、「お前は愚かで智慧がない。頭は獣同然だ」と言った。この罪によって、息子は魚に生まれ変わった。その魚には、駱駝・驢馬・牛・馬・猪・羊・犬など、100の畜生の頭がついていた。

『神統記』(ヘシオドス)  原初の時、ガイア(大地)とウラノス(天)から生まれた多くの子の中に、コットス、ブリアレオス、ギュゲスという巨躯の3人(ヘカトンケイル)がいた。彼らの肩からは100本の腕が伸び、50の首が生えていた。

『神道集』巻4−18「諏訪大明神の五月会の事」  〔第58代〕光孝天皇の時代(884〜887)に、信濃国戸隠山に鬼王がいた。鬼婆国の乱婆羅王から52代の子孫で、官那羅といい、その本体は身長2丈・足が9つ・顔は8つの姿だった。鬼王は戸隠山を出て浅間嶽にいる所を、満清将軍によって捕えられた。 

*50の頭、もしくは3つの頭を持つケルベロス→〔犬〕7aの『神統記』(ヘシオドス)。

*10の頭を持つ魔王ラーヴァナ→〔島〕6aの『ラーマーヤナ』。

*9つの頭を持つ水蛇ヒュドラ→〔封印〕1aの『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第5章。

*双頭の蛇→〔蛇〕9aの『太平広記』巻117所引『賈子』。

*双頭の鳥→〔鳥〕11の『和漢三才図会』巻第44・山禽類。

★4.巨大な頭部だけの怪物。

『ルスランとリュドミラ』(プーシキン)第3歌  魔法使いチェルノモールは小男だったが、彼の兄は巨大な身体をしていた。チェルノモールは兄の背丈をうらやみ、そして憎んだ。チェルノモールは兄をだまして、その頭を切り落とす。兄の胴体は腐り、巨大な頭だけが荒野にころがっていた。旅のルスランに、頭が「やあい、騎士よ! 一突きしてわしを喜ばせてくれ」と、呼びかける。ルスランは槍で頭を突き刺し、頭の下にあった剣を手に入れる→〔髪〕1

★5a.頭を胴体から離して生活する。

『ほらふき男爵の冒険』(ビュルガー)「海の物語」第10話  月の住民は(*→〔月〕1a)、頭を右の小脇に抱えている。旅行や仕事で出かける時には、頭を家に残しておく。身体がどんなに遠くへ行っても、家にいる頭と相談して采配をあおぐことができるからだ。逆の場合もある。身分ある連中は、下々(しもじも)の事情を知りたいと思っても、直々(じきじき)に足を運ぶことはせず、身体は在宅のまま、頭だけを派遣する。頭はおしのびであちこち出没し、情報を得て帰館するのだ。

★5b.頭をつけかえる。

『屍鬼二十五話』(ソーマデーヴァ)第6話  美女マダナスンダリーの夫がガウリー女神を拝み、「私自身を女神への生贄にしよう」と考えて、自らの頭を斬り落とす。マダナスンダリーの兄がそこへ来て、彼もまた自分の頭を斬り落とす。嘆き悲しむマダナスンダリーに、ガウリー女神は「頭と胴体を継ぎ合わせれば、2人とも生き返る」と教える。マダナスンダリーはあわてていたため、夫の頭を兄の身体に、兄の頭を夫の身体につけてしまった→〔夫〕10

*首をつけかえる→〔首〕8の『聊斎志異』巻2−47「陸判」。

★5c.脳髄の半分をつけかえる。

『ガリヴァー旅行記』(スウィフト)第3篇第6章  「私(ガリヴァー)」は、飛ぶ島ラピュータ支配下のバルニバービ国を訪れた。そこでは、対立する2政党を融和させる方法が研究されていた。それは、対立政党の各百人の頭部を脳髄が真っ二つになるように切断し、切り取った部分を交換して反対派の頭につければ、1つの頭蓋骨の中で半分ずつの脳が議論して、調和のとれた考えが生まれる、というものであった。

★6.頭痛と蛇。

『今昔物語集』巻3−11  釈迦族の男が国王となり、龍宮の王の娘を后に迎える。后はふだんは人間の姿をしていたが、眠る時と性交の時には、后の頭から蛇の頭が9つ出て、舌なめずりをした。国王は気味悪く思い、蛇の頭をすべて切り捨ててしまう。そのため国王の子孫である釈迦族の人々は皆、絶えず頭痛に苦しむようになった。

『百物語』(杉浦日向子)其ノ25  京に大雹が降った時のこと。ある寺の妻女が頭痛に苦しみ、額のあたりを揉んでいた。指先に何かがヌルリと触れるので、払いのけると小さな黒蛇だった。空から1すじの黒雲が降りて来て、蛇をすくい、天へ昇って行った。たちまち大雹は止み、妻女の頭痛も治った。

★7.頭痛を動物に移して治す。

『金枝篇』(初版)第3章第13節  ムーア人は頭痛が起こると、仔羊か山羊を捕らえ、これを倒れるまで打ち据えることがある。こうすれば頭痛がこの動物に移し替えられる、と彼らは信じている。

*頭痛を咒(まじない)で治す→〔病気〕4の『寒山拾得』(森鴎外)。

 

*院(法皇)の頭痛の原因→〔髑髏〕3a

 

 

【穴】

 *関連項目→〔落とし穴〕〔冥界の穴〕

★1.住処・隠れ家としての洞穴。

『うつほ物語』「俊蔭」  仲忠は三条京極の廃邸で生まれ、幼い頃から山や川へ行って食料を求め、母(=俊蔭女)の世話をした。仲忠は6歳の時、母とともに北山の奥に入り、4本の杉が合わさって根もとが大きな空洞になっている所に、移り住んだ。猿たちが木の実や芋や果物などを持って来て、養ってくれた〔*仲忠が12歳の時、父兼雅がたまたま山を訪れ、父子ははじめて対面した〕。

『オデュッセイア』第9巻  オデュッセウスと部下たちは航海の途中、一つ目巨人キュクロプス族の国に漂着する。オデュッセウスは部下の中から12人を選び、キュクロプス族の1人ポリュペモスが住む洞窟の1つを、訪れる。ところがポリュペモスは洞窟に彼らを閉じこめて、毎日朝夕2人ずつ、オデュッセウスの部下を喰う。

『タンホイザー』(ワーグナー)第1幕  騎士であり歌人でもあるタンホイザーは、愛の女神ヴェヌスに誘惑されて、ヴェヌスブルク(ビーナスの丘)の洞窟で性愛の歓楽に耽る。そこは、太陽も月も星も見えない世界である。バラ色の靄(もや)の中にいてタンホイザーは、澄んだ青空・緑の野・小鳥の歌・鐘の響きをなつかしむ。彼は自由を求め、ヴェヌスに別れを告げて(*→〔名前〕1b)、人間世界へ戻る→〔歌〕8b

『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第27章  マルケ王によって追放されたトリスタンとイゾルデは、荒涼たる山中に向かい、大昔に巨人たちが愛の営みをする時の隠れ家として作られた「愛の洞窟」に住みつく。

『南総里見八犬伝』第2輯巻之1第12回  長禄元年(1457)の秋、八房は伏姫を背に乗せて、富山に入った。川を越えた所に南向きの洞(ほら)があり、八房はそこにとどまって前足を折り、伏した。伏姫は八房の心を悟って、背から下りた。伏姫は八房とともにその洞に住んだ〔*1年後、金碗大輔が富山に登り、八房と伏姫を銃で撃った〕。

*砂の穴の底にある家→〔宿〕7aの『砂の女』(安部公房)。

★2.異郷へ通ずる穴。

『鼠の浄土』(昔話)  爺が豆を1粒、鼠穴に落としてやる。すると鼠が礼に来て、爺を家へ招待する。爺が目を閉じて鼠の尻尾を持つと、爺の身体は小さな鼠穴を抜けて、鼠の家の座敷に着く。爺はごちそうを食べ、土産をもらって帰る。これをうらやんで隣りの爺も鼠の家へ行くが、猫の鳴きまねをして鼠たちをおどかしたために、鼠たちは皆逃げ、真っ暗な中に隣りの爺は取り残される(秋田県雄勝郡稲川町久保。*この昔話にもとづく『おむすびころりん』では、爺がおむすびを落として鼠の国へ行く)。

『不思議の国のアリス』(キャロル)  少女アリスは、チョッキを着た兎が走っていく後を追い、垣根の下の大きな兎穴に飛び込む。穴ははじめ水平だったが、突然下り坂になり、深い井戸のような所へアリスは落ち込む。長い落下(*→〔落下〕5d)の後、アリスは不思議の国に到る。アリスはそこで、気違いお茶会に行ったり、トランプの裁判に出たりする。

『幽明録』  男が山の深い穴に落ち、仙界に到る。男は、碁を打つ人に会い、帰り道を教えてもらい、仙薬を食べて飢えることなく半年後に現世に戻った。

*→〔異郷訪問〕3

*枕の両端の穴を抜けて異郷へ行く→〔枕〕2の『枕中記』(唐・沈既済)。

*童子の耳の穴を抜けて異郷へ行く→〔耳〕3の『玄怪録』2「耳の中の国」。

*異郷へ通ずる井戸→〔井戸〕7。 

*異郷へ通ずるトンネル→〔トンネル〕1a・1b

★3a.富士の人穴。

『富士の人穴』(御伽草子)  仁田四郎忠綱が富士の人穴へ入り、富士浅間(せんげん)大菩薩の案内で六道を巡る。大菩薩は、地獄極楽の有様を3年3月の間他言することを禁ずるが、本国へ帰った仁田は、主君頼家の命令で人穴の中の体験を物語り、その場で命を失う。

『和漢三才図会』巻第56・山類「洞」  富士山に、俗に人穴と言われる洞がある。建仁3年(1203)6月3日、鎌倉2代将軍頼家が仁田四郎忠常に命じて、洞を調べさせた。翌日、彼は洞から出て来て報告した。「狭く闇(くら)い穴の中は蝙蝠が群れ飛び、白蝙蝠もおりました。徐々に穴は広くなり、鍾乳があり大河がありました。姿貌(すがたかたち)の奇異な神人がおり、私の従者4人は、これを見て倒れ死にました」〔*「浅間大菩薩が安座していたのだ」と古老は言う〕。

★3b.蓼科(たでしな)山の人穴。

『諏訪の本地』(御伽草子)  甲賀三郎の妻・春日姫は、伊吹山で魔物にさらわれ、行方知れずとなった。三郎は姫を捜して、兄の太郎・次郎とともに日本中の山々を巡る。信濃国・蓼科嶽の深い人穴へ、長い綱をつけた籠に乗って降りると、大きな御堂があり、春日姫が涙にくれて読経していた〔*そこは、おんき国といい、その主が姫をさらったのだった〕。三郎は姫を籠に乗せて地上へ送るが、三郎自身は、兄次郎の奸計によって、穴の底に置き去りにされてしまった。

★4.底知れぬ穴。

『おーい でてこーい』(星新一『ボッコちゃん』)  底なしの穴が見つかり、1人が「おーい、でてこーい」と呼びかけて、小石を投げ入れる。ついで皆がさまざまなゴミ類を投げこみ、都市の汚染問題は解決する。年月がたち、ある日空から「おーい、でてこーい」という声が聞こえ、小石が1つ落ちてくる。

『録異記』(五代蜀・杜光庭撰)巻8  伏義・女カの廟所の隅に底知れぬ深い穴がある。旱魃の年には、金製や銀製の品物をこの穴に投げ入れると、雨が降る。

★5.穴を掘ってその中へ言葉を言い入れる。

『大鏡』「序」  大宅世継は、ひさしぶりに夏山繁樹と対面し、話し合えることを喜ぶ。彼は「思うことを言わずにいると、腹のふくれる心地がする。だからこそ昔の人は、言いたいことがある時には、穴を掘ってその中へ言い入れたのだろう」と語る。

『変身物語』(オヴィディウス)巻11  ミダス王のおそばづきの理髪師が(*→〔理髪師〕3a)、地面に穴を掘り、その中へ「王様の耳はろばの耳」と小声でささやいて、穴を埋めた。やがてその場所に多くの葦が生え、そよ吹く南風にゆり動かされた葦たちは、「王様の耳はろばの耳」とささやくようになった。

★6.身体に開いた穴。

『捜神後記』巻2−7(通巻18話)  天竺の人・仏図澄は、永嘉4年(310)に洛陽に来た。彼の脇腹には穴があり、綿で塞いでいた。夜、読書する時に綿を抜くと、穴から光が出て部屋を照らした。朝には流水の側まで行って、腹の穴から五臓六腑を引き出して洗い、また腹中に収めた。

『風流志道軒伝』巻之4  浅之進(志道軒)は、風来仙人から得た羽扇で空を飛び、穿胸国へ行く。この国では男女ともに胸に穴があり、貴人が出かける時も駕籠は用いず、胸の穴に棒を通して運ぶ。浅之進は国王の姫君の婿に選ばれるが、胸に穴のないことを知られ、追い出される。

*のっぺらぼうの顔に穴を開ける→〔顔〕6の『荘子』「応帝王篇」第7。

★7.のぞき穴。

『九郎蔵狐』(落語)  人を化かす狐を退治しようと、百姓九郎蔵が野原で見張っていると、狐がきれいな娘に化け、重箱に馬糞を詰める。娘は九郎蔵の家へ行き、妻に牡丹餅を勧める。九郎蔵は戸の節穴からのぞき見、「それは馬糞だ」と注意したとたん、馬に蹴られて目を回す。九郎蔵は、化かされて馬の尻の穴をのぞいていたのだった。

*のぞき見一般については→〔のぞき見〕

★8a.穴の中に入り、体が大きくなってしまって、外へ出られない。

『狼と狐』(グリム)KHM73  狼と狐が穴蔵に入り込んで、樽詰めの塩づけ肉を食べる。狐は、おなかが大きくなりすぎないように気をつけるが、狼は、かまわずに食べ続ける。百姓がやって来たので、狐は穴から跳び出して逃げる。狼は、おなかがふくれて体が穴につまってしまい、棍棒で打ち殺される。

『バナナフィッシュにうってつけの日』(サリンジャー)  バナナフィッシュたちは、バナナがどっさり入っている穴の中に泳いで入って行く。彼らは、穴の中でバナナをたくさん食べる。78本も平らげた奴もいる。バナナフィッシュたちは肥ってしまい、穴の戸口につかえて2度と外へ出られず、バナナ熱にかかって死んで行く〔*青年シーモアは、幼い少女にこの話を聞かせた後、拳銃自殺する〕。

*岩屋から出られない山椒魚→〔山椒魚〕1の『山椒魚』(井伏鱒二)。

*岩穴から出られない人→〔石〕2の『今昔物語集』巻5−31。 

★8b.穴に入れた腕が引き抜けない。

『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「昭和新山」  若い男が、珍しい石を探して昭和新山に登り、岩穴に右腕をつっこんで抜けなくなる。早く救出しないと、硫黄のガスと熱気によって男は死んでしまうので、ブラック・ジャックがヘリコプターで救助に向かい、手術を行なう。腕を切断すると、岩穴から男の手と石ころがズルズル抜け落ちてくる。男は穴の中の石をつかんでいたから、腕が抜けなかったのだ。

 *猿の手が瓶から抜けない→〔瓶(びん)〕5の『スーフィーの物語』7「猿の捕まえ方」。 

 

 

【兄嫁】

★1a.兄嫁に誘惑される。

『水滸伝』(120回本)第24回  蒸し団子売りの武大は醜い小男で性格もおとなしかったため、妻の潘金蓮は武大を馬鹿にしていた。武大の弟・武松は、兄とは対照的に背丈8尺の偉丈夫だったので、潘金蓮は武松に言い寄る。しかし武松はこれをはねつけて去る〔*潘金蓮はその後、薬屋の西門慶を情夫とする〕。→〔夫殺し〕1

『二人兄弟の物語』(古代エジプト)  アヌプとバタは、同じ母・同じ父から生まれた兄弟だった。兄アヌプには妻があり、弟バタは独身だった。ある日、バタは兄嫁から誘惑されるが、これを退けた。兄嫁は自分の行ないを夫に告げ口されることを恐れ、逆に「バタが私を誘惑した。私が拒否したのでバタは暴力をふるった」と夫アヌプに訴えた。アヌプはこれを信じてバタを追い、バタは逃げた。

*夫の弟のみならず、夫の部下を誘惑する物語(*→〔継子への恋〕3)・夫の子供を誘惑する物語(*→〔継子への恋〕1)もある。

★1b.兄嫁と一夜をともに過ごすが、何事も起こらない。

『行人』(夏目漱石)「兄」34〜38  「自分(長野二郎)」は、兄一郎の妻直(なお)とともに和歌山まで出かける(*→〔妻〕6a)。昼間のうちに帰るつもりが、思いがけず暴風雨が来襲したので、「自分」と直は旅館に泊まらざるをえなくなる。停電し真っ暗になった部屋で、直は帯を解き浴衣姿になり、化粧をする。そして「いつでも死ぬ覚悟がある」と「自分」に告げ、誘惑するかのごとき態度をとる→〔性交せず〕3

★2.兄嫁との結婚。

『ハムレット』(シェイクスピア)第1幕  クローディアスは兄のデンマーク王を毒殺し、兄に代わって国王となる。彼は、兄王の妃であったガートルードと結婚する。デンマーク王の息子ハムレットは、母ガートルードが夫を殺した男に嫁したことを、激しく非難する。

*兄嫁との結婚を命ぜられるが、子供は作らない→〔精液〕5の『創世記』第38章(オナンの物語)。

★3.兄嫁を恋する。

『乱れる』(成瀬巳喜男)  礼子は戦時中に静岡に嫁いできたが、すぐに夫は召集され、戦死してしまった。以来18年間、礼子は夫の弟妹や姑の世話をしつつ、家業の酒屋を営んできた。亡夫の弟・25歳の幸司は、11歳年上の兄嫁・礼子を思慕し、ある日、愛を告白する。礼子はいたたまれず、家を出て故郷の山形へ帰る。幸司は後を追い、2人は銀山温泉の宿に入る。しかし礼子は幸司の愛を受け入れることができない。幸司は1人で酒を飲みに出かけ、崖から転落死する。

 

 

【姉弟】

★1a.姉弟の対立と和解。 

『古事記』上巻  弟スサノヲは、姉アマテラスが耕作する田の畦を壊し溝を埋め、また、忌機屋(いみはたや)の屋根から馬を落とし入れて機織女を殺す、などのことをした。アマテラスは恐れて天の岩屋戸にこもったので、八百万の神はスサノヲを罰し、高天原から下界へ追放する。出雲国に降りたスサノヲは、ヤマタノヲロチを退治し、その尾から見出した剣(=草薙の太刀)をアマテラスに献上した。

★1b.姉が自らの青春を犠牲にしてでも、弟の夢を叶えてやろうとする。

『巨人の星』(梶原一騎/川崎のぼる)  貧乏長屋で育った星飛雄馬は、父・一徹から野球の特訓を受けていた。母はすでに亡く、姉・明子が家計のやりくりをして、飛雄馬を応援する。巨人軍入団後の飛雄馬が父・一徹と対立した時、明子は飛雄馬のマンションに同居して彼を支える。しかし、「飛雄馬が野球の鬼になりきるためには、彼を1人にする方が良い」と考えて、明子は姿を消す。弟を思う心に変わりはなく、「精神力を発達させるのは心の悲しみである」との言葉を記したハガキを送って、飛雄馬を励ますこともあった〔*巨人軍の川上監督は、明子を「美しくきよらかで万事ひかえめな、日本女性のかがみ」と評した〕。

 *兄思いの妹→〔兄妹〕2aの『男はつらいよ』(山田洋次)。 

★2a.蛇になった姉が弟を襲う。 

『姉は蛇』(昔話)  米屋の子供である姉と弟がいた。姉は米を量る仕事をしていたが、いつも桝目をごまかしていたため、蛇になってしまった。夜、姉は布団から抜け出し、大蛇に変身して池の中へ入るのだ。弟がそのことを父に教えるが、父は信ぜず、弟を家から追放する。弟は旅をして、熊や鷲を家来にし、長者の娘婿になる。何年かして弟が家に帰ると、両親も近所の人も死に絶え、姉だけがいた。姉は大蛇の正体をあらわして、弟を襲う。熊が大蛇の尾をくわえ、鷲が大蛇の両眼をくじり取って、弟を助ける(長崎県壱岐郡郷ノ浦町)。

★2b.羊になった弟が姉を救う。 

『姉アリョーヌシカと弟イワーヌシカ』(ロシアの民話)  みなしごの姉アリョーヌシカと弟イワーヌシカが野原を歩く。水が入った羊のひづめを見つけ、イワーヌシカはその水を飲んで子羊になってしまう。アリョーヌシカは、通りかかった貴族に見そめられて、彼の妻になる。魔女がアリョーヌシカの首に石をくくりつけて水へ投げ込み、自分がアリョーヌシカになり代わる。子羊(=弟)が水辺で泣き、貴族はアリョーヌシカを助け出す。子羊はイワーヌシカの姿に戻り、皆幸せに暮らす。魔女は罰せられる。

★3a.姉弟が山へ行き、姉だけが帰って来る。 

『さんせう太夫』(説経)  さんせう太夫の館で、姉安寿は浜の潮汲み、弟つし王(厨子王)は山の柴刈り、という重労働を課せられる。安寿が「弟と一緒に仕事をしたい」と請い、さんせう太夫は「2人とも山へ行け」と命ずる。安寿は山道で、つし王に「逃げよ」と命じ、1人で館へ帰って「弟は道に迷ったらしい」と言う。さんせう太夫は安寿を拷問にかけ、殺してしまう〔*『山椒大夫』(森鴎外)では、安寿は厨子王を見送った後、館へは帰らず、沼に入水する〕。 

 *つし王は沓を前後逆にはいて逃げた、という伝説がある→〔靴(履・沓・鞋)〕6の『奇談異聞辞典』(柴田宵曲)「逆沓(さかぐつ)」。 

★3b.姉弟が森へ行き、姉だけが帰って来る。

『ローエングリン』(ワーグナー)第1幕  ブラバント公国の領主没後のある日。公女エルザは弟ゴットフリートを連れて森を散策中に、弟とはぐれてしまい、1人で城へ帰って来た。魔女オルトルートが、ゴットフリートを白鳥に変えてしまったのである(*→〔変身〕1a)。オルトルートの夫であるテルラムント伯爵が、「エルザは国を自分のものにするために森で弟を殺した」と言い、エルザを弟殺しの罪で告発する→〔夢で見た人〕1

★4.姉弟が継母に殺される。 

『継子と鳥』(昔話)  姉と弟がいた。木挽きの父が出稼ぎで留守の時、継母が、煮え湯の釜に麻幹(おがら)の橋を架けて、「この上を渡れ」と姉弟に命じる。姉弟が橋を渡ると麻幹は折れて、2人は煮え湯の中へ落ちて死んでしまう。継母は姉弟の死体を埋め、そこに竹を立てる。父が帰って来て、子供たちがいないことを不審に思っていると、2羽の雀が竹に止まって「父さん恋しや、チンチクチンチク」と鳴く。父は姉弟の死体を見つけ、継母を木挽き鋸でひき殺す(岡山県真庭郡八束村花園)。

★5.弟が子息(しそく)なら、姉は八足(はっそく)。 

『八足(別名『姉の八足』)(落語)  無学な男が本家の旦那の家へ行っていると、子供が迎えに来た。旦那が「お前の子息か?」と聞くので、男は「四足だなんて、よくも畜生にたとえたな」と怒る。旦那は「子息とはむすこのことだ」と説明して、「子息はこの子1人かい?」。男「はい。姉の八足は、まだ学校から帰りません」。

 

*『斜陽』(太宰治)では、姉は「生きよう」と決意し(*→〔出産〕12)、弟は自殺する(*→〔麻薬〕1)。 

 

 

【尼】

★1.ヨーロッパの尼僧が、アジアやアフリカへ派遣される。

『黒水仙』(パウエル他)  ヒマラヤ山麓の寒村に、学校と診療所を作ってほしい、との依頼を受けて、イギリスから5人の尼僧が赴任する。しかしキリスト教国とは異なる環境で、尼僧たちの心も動揺する。病気の赤ん坊が診療所へ運ばれたが死んでしまい、「尼僧たちが赤ん坊を殺した」と村人は言う。尼僧の1人が、村にいる唯一の白人男性に恋い焦がれ、錯乱状態で転落死する。結局尼僧たちは、半年もたたぬうちに村を去る。

『尼僧物語』(ジンネマン)  ベルギーの医師の娘ガブリエルは家族や恋人と別れ、修道院に入る。彼女はシスター・ルークの名を与えられ、神に仕えて沈黙と服従の日々を送る。彼女はアフリカのコンゴの病院での看護の仕事を志願し、外科医フォチュナティへの尊敬の念は恋心に近いものになる。しかし、やがてガブリエルはベルギーに呼び戻される。第2次大戦が始まり、父はナチスによって射殺された。ガブリエルは、尼僧として俗世に完全中立の立場を貫くことはもはや不可能であると悟り、修道院を出る。

★2a.尼僧の水浴。

『百物語』(杉浦日向子)其ノ88  ある人が泉の側を通りかかり、1人の尼僧が沐浴するのを見た。尼僧は短刀で自分の腹を切り裂き、内臓を取り出して洗っている。見た人は、その生臭さで気を失いそうになった。尼僧は、おそらく八百比丘尼の類だったのだろう。彼らは数百年も生き、時折、真水で内臓を洗わないと、腐れてしまうのである。

★2b.尼僧の入浴。

『捜神後記』巻2−5(通巻16話)  晋の大司馬・桓温(312〜373)の屋敷に、1人の尼僧が逗留する。尼僧はいつも長時間入浴するので、桓温がのぞき見る。尼僧は刀で腹を裂いて臓物を取り出し、首を斬り落とし手足を刻んでいた。尼僧はもとの姿にもどって、桓温に「帝位を奪おうとする者は、あんなふうになる」と忠告する。桓温は帝位簒奪の計画を取りやめ、臣下として生涯を終える。

★3.不思議な尼。

『陰火(尼)』(太宰治)  9月29日の夜更け、若い尼が「僕」の部屋を訪れた。尼は、「月夜の蟹が痩せているのは、砂浜に映る自分の醜い月影におびえ、終夜ねむらずよろばい歩くからです」というお伽噺をし、蒲団に横たわって、「私が眠ると、如来様が毎晩遊びにおいでになるので、ご覧なさい」と言う。尼は眠ったまま、にこにこ笑い続け、そのうちだんだん小さくなって、2寸ほどの人形になった。

 *Kは砂浜に映る自分の月影を見て、昇天した→〔昇天〕4の『Kの昇天』(梶井基次郎)。 

★4.尼天狗。

『稚児今参り』(御伽草子)  天狗にさらわれた稚児を捜して(*→〔稚児〕3)、姫君が山中をさすらい、尼天狗の庵にたどり着く。「仏の道に入りたい」と念願していた尼天狗は、「自分の身を犠牲にしてでも、稚児を救ってやろう」と考える。尼天狗は、子供の天狗たちをだまして稚児を取り戻し、姫君のもとへ返す。そのため尼天狗は、子供の天狗たちに殺されてしまう。尼天狗は稚児と姫君から手厚い供養を受け、「私は兜率の内院に生まれた」と夢で知らせた。

  

*悪魔が尼僧にとりつく→〔憑依〕5の『尼僧ヨアンナ』(イヴァシュキェヴィッチ)。 

*尼の死体→〔死体消失〕3の『宇治拾遺物語』巻6−2。 

*尼の産んだ赤ん坊→〔髑髏〕8の『酉陽雑俎』続集巻3−929。 

 

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