【雨宿り】

★1.雨宿りが縁で、男女が契りをかわす。

『雨やどり』(御伽草子)  按察大納言の姫君は初瀬観音参詣の帰途、五条辺で雨にあい、近くの家の門に雨宿りする。そこは右大将の息子中納言の乳母の家であり、訪れた中納言が姫君を見そめ、契りを結ぶ →〔取り替え子〕1

『木幡の時雨』  八月、中納言は初瀬詣での途中、木幡の里で時雨に遭って一軒の小家に雨宿りする。そこには故奈良兵部卿右衛門督の姫君が物忌みに来ており、中納言は姫君と契りを結び、数日滞在する。

『今昔物語集』巻22−7  内大臣高藤は、十五〜六歳の頃、鷹狩りに出て一軒の家に雨宿りをし、食事の世話などをしてくれた娘を寝所に呼び、一夜の契りをかわした。二人の間に生まれた女児は、後に宇多院の女御となり醍醐天皇を産んだ。

『小夜衣』上巻  冷泉院の皇子兵部卿宮は、山里に祖母尼と暮らす按察使大納言の姫君の噂を聞き、心を寄せる。山里を訪れた兵部卿宮は、激しい五月雨に遭って姫君の邸に雨宿りし、姫君と契りを交わす〔*後に兵部卿宮は帝、姫君は中宮になる〕。

『しぐれ』(御伽草子)  中将さねあきらが清水寺に参詣した時、急に時雨が降り出したので、雨具のない十五〜六歳の姫君に、中将は傘を貸す。中将は姫君を自邸にともない、契りを結ぶ。しかし父左大臣が中将と右大臣の娘との結婚を決め、中将は右大臣宅に軟禁状態になって、姫君との仲は裂かれる。

『十訓抄』第10−43  稲荷詣での和泉式部が時雨にあい、田を刈る童にあを(蓑の類)を借りて雨をしのぐ。翌日、童が「時雨する稲荷の山のもみぢ葉はあをかりしより思ひそめてき」と記した文を持って式部のもとを訪れ、式部はあわれと思って童を奥へ呼び入れる〔*『古今著聞集』巻5「和歌」第6に同話〕。

『大和物語』第173段  良岑宗貞は、五条あたりで雨にふられ、とあるさびれた家に雨宿りを頼み、その屋の娘と歌をよみかわすなどの後、一夜をともにすごす。

*→〔笠(傘)〕5aの『ボク東綺譚』(永井荷風)。

★1b.雨宿りをもっと大がかりにしたのが光源氏の物語である。

『源氏物語』「須磨」「明石」  光源氏が須磨の海辺で禊ぎをし、無実を訴える歌「八百よろづ神もあはれと思ふらむ犯せる罪のそれとなければ」を詠ずると、たちまち大暴風雨が起こる。何日も風雨は続き、落雷もあって光源氏は生きた心地もない。そこへ明石の入道が舟で迎えに来て、源氏は入道の館に落ち着く。源氏は、入道の娘明石の君と契りを交わし、姫君(=後の明石女御)をもうける。

★2a.契りをかわすまでにはならないばあいもある。

『伊豆の踊子』(川端康成)  秋の伊豆を一人旅する二十歳の「私」は、天城峠で驟雨に遭い、茶店に駆けこむ。そこには、これまで二度ほど見かけた旅芸人一行が休んでおり、その中に十七歳ほどに見える踊子(*実際は十四歳)もいた。「私」と踊子たちとは、下田まで数日間、行動をともにする。

『常山紀談』巻1 −13  若き日の太田道潅が鷹狩りに出て雨に降られ、小家へ蓑を借りに行くと、若い女が無言で山吹の一枝を折って差し出した。「七重八重花は咲けども山吹の実の一つだになきぞ悲しき」の古歌をふまえて、蓑のないことを示したのだった。

『定家』(能)  北国から京へ上った僧が時雨にあい、近くの亭に入って雨宿りをする。女が現れて「これこそ定家の時雨の亭(ちん)」と教え、定家と式子内親王との恋を語る。女は「自らは内親王の霊である」とあかして消える。

*西行が遊女の家に雨宿りする→〔僧〕2の『撰集抄』巻9−8。

『ピグマリオン』(ショー)の言語学者ヒギンズと花売り娘イライザも、雨宿りがきっかけで出会う。『ピグマリオン』の幕切れでは、二人の別れが暗示され、『ピグマリオン』にもとづくミュージカル『マイ・フェア・レディ』では、二人の結婚が暗示される→〔識別力〕3

★2b.情交の対象になりえぬ老婆に会う物語がある。

『羅生門』(芥川龍之介)  ある日の暮れ方、失業して行き場のない下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。彼は楼の上で一夜をすごそうと思って梯子を登り、死人の髪を抜く老婆と出会った。餓死するか盗人になるか迷っていた下人は、老婆の着物を剥ぎ取って、盗人になる道を選んだ〔*原話の『今昔物語集』巻29−18では雨は降らない〕。

★3.男が出会う女は、生身の人間でなく、妖怪の類であることもある。

『雨月物語』巻之4「蛇性の婬」  紀の国三輪が崎の青年豊雄が、知人の家で雨やみを待っていると、美女が来て軒で雨宿りをする。豊雄は女に傘を貸し、その縁で二人は親しくなる。女は某役人の未亡人で「真名子(まなご)」と名乗るが、その正体は蛇だった。真名子は豊雄の美貌に執着し、豊雄が大和の石榴市(つばいち)へ逃げればその後を追い、豊雄が三輪が崎へ帰って結婚すれば、真名子は新妻富子に憑依する→〔初夜〕2

★4.風雅な雨宿り。

『撰集抄』巻8−19  殿上人たちが東山へ桜狩り(=花見)に出かけたところ、急に雨が降って来た。皆があわてる中、藤原実方中将は、桜の木のもとに身を寄せて「桜狩り雨は降りきぬ同じくは濡るとも花のかげに宿らん」と詠んだ。彼の装束はすっかり濡れてしまったが、人々は「風雅なふるまいだ」と賞賛した。これを聞いた藤原行成は、「歌は面白し。実方は痴(をこ)なり」と言った。

 

*通夜の家に雨宿りする→〔葬儀〕4の『通夜』(つげ義春)。

 

【雨】

★1.不吉な雨。

『彼岸過迄』(夏目漱石)「雨の降る日」  或る年の十一月の雨の日、紹介状を持った客が、高等遊民松本恒三の家を訪れる。客間で応対している間に、松本の末娘二歳の宵子が急死する。以来、松本は雨の日の来客をいやがり、会わないようになる。

『武器よさらば』(ヘミングウェイ)第19・24・41章  看護婦キャサリンは「雨がこわい。雨の中で自分が死んでいる姿が時々見える」と言う。雨の夜フレデリック中尉はキャサリンと別れて前線へ行き、雨の夜二人は憲兵に逮捕されそうになって逃げる。そして雨の夜にキャサリンはフレデリックの子を死産して死ぬ。

★2.人を死にいたらせる雨。

『雨の朝パリに死す』(ブルックス)  小説家を目指すチャーリーは、美貌のヘレンと結婚する。しかし原稿不採用が続き、チャーリーの心はすさみ、酒びたりになる。夫婦仲も悪くなって、ともに女友達・男友達を作る。真冬の朝ヘレンが帰宅するが、ドアにチェーンキーがかかっており、チャーリーは酔って寝ているので、彼女は家に入れない。ヘレンは氷雨に打たれて身体をこわし、死ぬ。

『浮雲』(成瀬巳喜男)  富岡とその愛人ゆき子は、戦中から戦後にかけ、何度も別れてはまた縒りを戻す。富岡は妻帯者で、他の女とも浮気をする。ゆき子も米兵や義兄と関係を持つ。富岡は屋久島の営林署に赴任し、病身のゆき子はせがんで彼に同行する。医者は、一年中雨が降り続く多湿の島での生活を、懸念する。ゆき子は宿舎で寝たきりとなり、激しい風雨の日、富岡が森林を巡回中に、息を引き取る。

*英雄ヤマトタケルも、氷雨に打たれて病み、死んでゆく→〔剣〕3の『古事記』中巻。 

*雨に打たれて病む子供、雨に打たれて煙突から落ちる掃除夫→〔落下〕5の『おばけ煙突』(つげ義春)。

*雨女を吸い込むと風邪をひく。死ぬこともある→〔息〕5の『百物語』(杉浦日向子)其ノ80。  

★3.雨の夜の怪物。

『夷堅志』(宋・洪邁)「雨夜の怪」  夜遊びに出た七〜八人の学生たちが、驟雨に遭う。彼らは酒屋で単衣(ひとえ)の衾(よぎ)を借り、衾の四隅を竹でささえて、大勢がその下に入って走る。松明(たいまつ)を持って夜廻りする男がこれを見、驚いて逃げる。翌日、夜廻りは府庁に「昨夜、大雨の中、一つの怪物が現れた。上は四角で平らだった。下にニ〜三十の足があり、ぞろぞろ歩いた」と報告した。  

『平家物語』巻6「祇園女御」  五月雨の夜に白河院が、祇園に住む愛人のもとへ出かける。御堂のそばに発光体が現れ、頭は銀の針のごとく、左右の手に槌のような物と光る物を持っていた。供をしていた平忠盛が組みつくと、それは化け物ではなく、御燈(みあかし)当番の老法師が油瓶と火を持ち、藁束を笠代わりにかぶっていたのだった。

★4.雨の夜に、狸が人間を妖怪と見間違う。

『夜窓鬼談』(石川鴻斎)上巻「驚狸」  小糠雨の夜、目黒村の村長が行人坂を歩く。笠をかぶった子供が、片手に徳利、片手に通い帳を下げて、村長につきまとう。老眼の村長は、左手に傘と燈籠を持ち、右手に眼鏡を持って、子供を見る。子供は叫び声をあげ、狸に変じて逃げ去る。燈籠の火が眼鏡のレンズに反射して巨眼に見え、狸は村長を妖怪と思ったのだった。

★5.雨を牢に入れる。

『古事談』巻1−74  白河院が一切経を金字で書写し、その供養を法勝寺で行なおうとしたが、雨のために三度も延期になった。四度目の供養日もまた雨が降ったので、白河院は怒り、雨を器に受けて獄舎に置いた。

★6.雨音。

『絵本太閤記』  蜂須賀小六が日吉丸に「三日以内に名刀村正を盗み出したら、お前にやろう」と告げる。雨の夜、笠をかぶった日吉丸が忍び込む隙を伺っているようなので、蜂須賀小六は一晩中眠らず、雨音に耳をすませる。実は日吉丸は、雨だれの下に笠だけを置き、自分自身はぐっすり眠っていた。明け方に蜂須賀小六が疲れてまどろんだ時、日吉丸は盗みに入り、刀を手に入れた。

★7.雨の日は、屋外で働く職人や商人は仕事にありつけず、賃金を得られない。

『雨』(広津柳浪)  雨が十日以上も降り続き、紺屋の手間取り職人吉松(きちまつ)は生活に困窮する。彼は恋女房お八重とともに、六畳一間の貧民長屋で雨の止む日を待つ。そこへお八重の母親お重が、金の無心に訪れる。吉松は、親方から預かった客の着物を質に入れ、金を作ってお重に渡す。客の着物に手をつけては世間に顔向けできず、吉松とお八重は長屋から姿を消す。二人の行方も生死も不明であった。

 

*雨の中の男女→〔誘惑〕3bの『雨』(モーム)。 

*黄金の雨となったゼウス→〔箱舟(方舟)〕3の『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章。 

*雨の日の物語・雨の夜の物語→〔物語〕

 

【蟻】

★1.人間が蟻に変ずる。蟻が人間に変ずる。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)166「蟻」  今の蟻は、昔は人間だった。彼らは勤勉だったが、隣人の収穫を羨望し、盗み続けたので、ゼウスがその貪欲に怒り、蟻にしてしまった。姿は変わっても心は変わらず、今でも蟻は、畠から他人の大麦や小麦を集めて、貯えている。

『変身物語』(オヴィディウス)巻7  オイノピア(=アイギナ)島を疫病が襲い、人々は死に絶える。アイアコス王が、父であるゼウスに、「樫の木を這う蟻たちと同じ数の市民を与えよ」と願う。蟻たちはにわかに大きくなり立ち上がって、大勢の男たちになる。王は彼らを「ミュルミドン(=蟻男)」と名づける〔*後にミュルミドンは、アキレウスに従ってトロイアに遠征する〕。

★2.蟻の恩返し。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)235「蟻と鳩」  泉に溺れる蟻に、鳩が木の葉をちぎって落としてやり、蟻は葉に這い上がって助かる。その時、鳥刺しが、もち竿で鳩を捕らえようとするので、蟻が鳥刺しの足に噛みつく。竿がそれて、鳩は逃げ去る。

『捜神記』巻20−8(通巻456話)  川中の葦の茎にしがみつく蟻を、船に乗る男が見つけ、陸に上げてやる。その夜、男の夢に蟻の王が現れて礼を述べる。十年後、無実の罪で男は牢に繋がれるが、蟻が足枷を噛み切ってくれたので、牢から逃げ出せた。

★3a.蟻の援助。

『黄金のろば』(アプレイウス)第6巻  女神ヴェヌスが、息子エロス(クピード)の妻となったプシュケを憎み、大麦・小麦・粟・小豆・豌豆などを混ぜ合わせて一山にし、「夕方までにこれを一粒ずつ種類別に選り分けよ」と命ずる。プシュケが途方にくれていると、蟻たちが彼女に同情し、きれいに選り分けてくれる。

★3b.蟻の会話。 

『蟻』(小泉八雲『怪談』)  中国の台州に住む男が、ある女神を信仰していた。ある朝、女神が現れ、男の両耳に油のようなものを塗って、「蟻の言葉を聞け」と教える。男は、家の土台石の上にいる二匹の蟻に耳を寄せる。蟻たちは、「ここは宝物が埋めてあるので、地面が冷たい。もっと暖かい所へ行こう」と話し合っていた。男が石のまわりを鍬で掘ると、金貨の詰まった壺がいくつも出て来る。男は大金持ちになった。

★4.勤勉な蟻。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)112「蟻とセンチコガネ」  夏の盛りに、蟻が大麦小麦を集め貯えているのをセンチコガネが見て、「皆がのんびりしている季節に汗水流すとは、ご苦労なことだ」と言った。冬になって、センチコガネが食物を請いに来た時、蟻は「君もあの時苦労していたら、今餌に困ることもなかったろうに」と言った。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)373「蝉と蟻」  蟻は夏の間に穀物を穴蔵に溜めこんだ。冬に、腹をすかせた蝉が来て、食物を請うた。蟻が「夏の間、何をしていたのか」と聞くと、蝉は「忙しく歌っていた」と答えた。蟻は笑って「夏に笛を吹いていたのなら、冬には踊るがいい」と言った。

★5.蟻の国。

『南柯太守伝』(唐代伝奇)  淳于汾は、いつも屋敷の南の槐の木陰で酒を飲んでいたが、ある日、夢で大槐安国へ行った(*→〔夢オチ〕1)。目覚めて槐の根元の洞を掘ると、寝台を一つ置けるくらいの穴があって、土を積んで城郭や宮殿の形が作ってあり、何万もの蟻がいた。周辺にもいくつか穴があり、それらは辺境の南柯郡や隣国などであった。

★6.蟻の大群が、不特定多数の人々を襲う。

『アリの帝国』(ウェルズ,H・G・)  人間が未開状態から現代の文明を築いたように、蟻もまた進化する。アマゾン川上流地域に、体長二インチ(=五センチ強)以上もある新種の蟻の大群が出現し、人の住む集落を襲い出す。二十匹に一匹の割りで巨大蟻がいて、全体を統率しているように見える。蟻は毒を持ち、刺された人間は死んだ。ブラジル政府は駆除方法を求めて、五百ポンドの賞金を提示する。やがて蟻は南米全域に広がり、数十年後にはヨーロッパにも向かうであろう。 

*鳥の大群が、不特定多数の人々を襲う→〔鳥〕7aの『鳥』(デュ・モーリア)。

★7.蟻を踏みつぶさない。

『今昔物語集』巻1−30  帝釈天が阿修羅王との合戦に負けて逃げ帰る道に、多くの蟻がいた。帝釈天は「このまま逃げれば、蟻たちを踏み殺してしまう。そんなことをすれば死後は悪処に生まれるだろう。仏道を成就することもできないだろう」と考え、阿修羅王のいる方へ引き返した。阿修羅王は、「帝釈天が反撃して来た」と誤解し、逃げて行った。   

 

*蟻に糸をつけて曲がりくねった穴をくぐらせる→〔糸〕4

 

【あり得ぬこと】

★1a.「枯れた植物が芽吹く・根づく」という、あり得ぬことを想定し、それが実現する。

親鸞の伝説  親鸞が一本の枯竹の杖を、根を上にして大地に突き刺し、「もし南無阿弥陀仏の教えが後世に広まるならば、この杖も必ず根をおろし芽を吹くであろう」と言った。その竹は逆さのまま根づき、現在の鳥尾野の竹林になった。今でも、枝が下を向く竹が発生し、これを「親鸞上人の倒枝杖(さかさだけ)」と呼ぶ(新潟県新潟市)。

『タンホイザー』(ワーグナー)第3幕  ローマ法王が、「ヴェヌスブルクで快楽に耽った者は、我が持つ杖に新緑の芽が出ぬごとく、永遠に救われない」とタンホイザーに宣告する。タンホイザーは絶望して死ぬが、法王の杖には新緑が芽吹く。

★1b.「調理した食物が芽吹く・根づく」という、あり得ぬことを想定し、それが実現する。

『宇治拾遺物語』巻15−1  難を避け身を隠す皇太子(=後の清見原天皇)が、山城国田原で焼き栗と茹で栗を「思うこと叶うべくは生い出て木になれ」と言って埋めた。やがて皇太子は帝位につき、焼き栗・茹で栗は形変わらず生え出てきた。

お菊と小幡の殿様の伝説  小幡の殿様の侍女お菊は、無実の罪で殺された(*→〔針3a〕)。母が悔しがり、「もしお菊が無実だったら、炒り胡麻から芽を出してやる」と言って、炒り胡麻をまいた。すると何本もの芽が出た(群馬県甘楽郡妙義町中里)。

★1c.「馬に角が生え、烏の頭が白くなる」という、あり得ぬことを想定し、それが実現する。 

『平家物語』巻5「咸陽宮」  燕の太子丹は、秦国に十二年間捕らわれていた。丹は「故国へ帰り、老母に会いたい」と訴えるが、始皇帝は「馬に角が生え、烏の頭が白くなる時まで待て」とあざ笑う。丹が天地に祈ると、角ある馬が宮中にやって来て、白い頭の烏が庭木に止まる。始皇帝は驚き、丹を燕に帰す。

*「太陽が東へ沈む」ということを想定し、それが実現する→〔太陽〕4c

★2.あり得ぬはず、と安心していたことが意想外の形で現実化する。

『マクベス』(シェイクスピア)第4〜5幕  「女が産んだ者にマクベスを倒す力はない」「バーナムの森が動き出さぬ限りマクベスは滅びぬ」との予言を魔女たちから得て、マクベスは身の安全を確信する。しかしイングランドの兵が木の枝をかざして進軍する有様は、森全体が動くごとく見え、月足らずで母の腹を裂いて生まれたマクダフが、マクベスを討った。

★3.あり得ぬことが起こった、との妄想を抱く。

『奇怪な再会』(芥川龍之介)  中国人女性尨@は軍人牧野の妾になるが、愛人金(きん)を忘れることができなかった。易者に「東京が森や林にでもなったら、その人に逢えるかもしれぬ」と言われた尨@は、金の身代わりのようにして飼っていた犬に死なれてから、心を病む。縁日の植木屋の前で、尨@は「とうとう東京も森になったんだねえ」と嬉しそうにつぶやく。

★4.あり得ぬことを想定する。

『笑林』26「鼻を噛み落とす」  甲と乙が喧嘩して、甲が乙の鼻を噛み切った。役人が甲を罰しようとすると、甲は「乙が自分で自分の鼻を噛み切ったのです」と言う。役人「鼻は口よりも高い所にある。噛めるはずがない」。甲「乙は踏み台に乗って噛みました」。

『ナスレッディン・ホジャ物語』「おお神さま(アッラー)!」  夜の庭に怪しい人影があったので、ホジャは弓で射て、見事に土手っ腹に矢を命中させる。翌朝見ると、人影と見えたのは、洗濯紐に吊るした自分の法衣だった。ホジャはひれ伏して神さまに礼を言い、「これがありがたがらずにおれようか。もし、あの土手っ腹に穴を開けた法衣の中にわしが入っておったら・・・・」と妻に説明する。

*棺桶の中の死人が、その棺桶をかつぐ→〔棺〕4aの『片棒』(落語)。

★5.あり得ぬもの。

『徒然草』第88段  ある人が、小野道風(894〜966)書写の『和漢朗詠集』を秘蔵していた。別の人が、「藤原公任(966〜1041)撰の『和漢朗詠集』を小野道風が書写したというのは、時代が矛盾するのではないか」と問うと、その人は「だからこそ世に稀な物なのだ」と答えて、いよいよ珍重した。

*源頼朝の幼い頃の髑髏→〔髑髏〕3dの『再成餅(ふたたびもち)』「開帳」。

★6.あり得ぬ不幸。

『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第40巻24ページ  サザエがトランプ占いをして、「7が三枚そろった。幸運だわ」と喜ぶ。カツオが「じゃあ不幸は?」と聞くと、サザエは「13が五枚そろった時」と答える。「そんなことありっこないじゃないか」と言うカツオに、サザエは真剣な顔で「あってたまるか」と言い返す。

 

【アリバイ】

★1a.空間の操作。犯行時刻に、犯人が現場から遠く離れた場所にいるように見せかけて、にせのアリバイを作る。

『完全殺人事件』(ブッシュ)  リッチレイは、イギリスに住む伯父を遺産目当てに殺す。犯行日の前後、リッチレイは自分によく似た男を雇ってフランスの諸地方を旅行させ、アリバイ工作をする。

『樽』(クロフツ)  パリに住むボワラックは、月曜日に近郊のレストランの電話を借りて、自宅と事務所に電話するふりをする。彼は火曜日の同時刻には遠方のカレーにいて、「パリ近郊のレストランから」と偽って、自宅と事務所に電話する。レストランの給仕は、ボワラックが電話を借りたのが月曜か火曜か記憶があいまいであり、ボワラックは「火曜はパリ近郊にいた」と皆に信じさせることに成功する→〔樽〕4a

『点と線』(松本清張)  昭和三十二年一月二十日午後、安田辰郎は羽田から飛行機で福岡へ行き、その夜香椎の海岸で人を殺す。翌二十一日、彼は飛行機で羽田へ戻り、すぐに札幌行きの飛行機に乗り継ぐ。警察の調べに対し安田は、「二十日は北海道出張で、十九時十五分上野発の急行に乗り、翌二十一日九時九分青森着。九時五十分発の青函連絡船に乗り、十四時二十分函館着」と答える。当時は列車と船による移動が一般的だったので、警察は飛行機の利用に思いいたらず、安田のアリバイをくずすことができない。

*→〔取り合わせ〕1cの『虚無への供物』(中井英夫)。

*→〔人形〕3の『カリガリ博士』(ウイーネ)。

*空間を瞬時に移動して、アリバイ作りをする→〔空間〕2dの『電送人間』(福田純)。

★1b.時間の操作。実際に犯行が行なわれた時刻の数分〜数十分後に、見せかけの犯行時刻を設定して、犯人がにせのアリバイを作る。

『アクロイド殺人事件』(クリスティ)  アクロイドは午後八時四十分から五十分までの間に自室で殺された。犯人は、アクロイドの声を吹き込んだ録音機を、午後九時三十分に作動するようにセットして犯行現場を立ち退き、九時十分に自分の家に帰りつく。その後でアクロイドの秘書が主人の声を聞き、「アクロイドは九時三十分には生きていた」と思いこむ。

『偉大なる夢』(江戸川乱歩)  月明かりの夜、五十嵐新一青年と南京子は、五十嵐老博士が何者かに襲われて遠方の窓から救いを求め、倒れる姿を見る。実はそれは、別人が老博士に変装していたのであり、本物の老博士は、それより十数分前に、新一青年の手で瀕死の重傷を負わされ、倒れていた。そうとは知らぬ京子は、「老博士が襲われた時、新一青年は自分の傍にいたのだから、絶対に犯人ではない」と考える〔*犯人あるいは共犯者が、被害者に変装する点で→〔死因〕2cの『英草紙』第8篇「白水翁が売卜直言奇を示す話」と同様〕。    

『皇帝の嗅ぎ煙草入れ』(カー)  イヴ・ニールの寝室に、前夫がよりを戻すために忍び入る。前夫は窓のカーテンの隙間から向かいの家を見て、「老人が嗅ぎ煙草入れを眺めている」と言う。数分後、再び前夫は窓外を見て「老人が殺されている」と言い、そのさまをイヴに見せる。実は、前夫は老人を殺しておいてからアリバイ工作のためイヴの所へ来たのだが、イヴは前夫の言葉の暗示により、生きている老人を見たように思いこみ、「たった今、何者かが老人を殺したのだ」と錯覚する。

*時計を遅らせてアリバイ工作をする→〔時計〕3aの『化人(けにん)幻戯』(江戸川乱歩)。

*複数の殺人犯たちが互いのアリバイを証明しあって、捜査を攪乱する→〔共謀〕4の『オリエント急行殺人事件』(クリスティ)。

★2.真のアリバイを証明しようとする。

『幻の女』(アイリッシュ)  ヘンダースンは妻と喧嘩して夜の街へ出、バーで出会った名も知らぬ女を誘って食事をし、劇場でショーを見て別れる。帰宅すると妻が殺されており、彼は逮捕され死刑の判決を受ける。ヘンダースンにはアリバイがなく、その夜行動をともにした「幻の女」だけが、彼の無実を証言することができる。収監されたヘンダースンに代わって、親友ロンバードが「幻の女」を捜すが、実はロンバードこそ、ヘンダースンの妻を殺した真犯人であり、彼は口封じのため「幻の女」を殺そうとする〔*→〔濡れ衣〕1fの『逃亡者』(デイヴィス)と類似の設定〕。

★3.無実の人のアリバイを、嘘を言って否定する。

『証言』(松本清張)  四十八歳の石野は、西大久保に愛人を住まわせていた。ある夜、愛人宅を出たところで、石野は顔見知りの杉山とすれ違う。同時刻に向島で殺人事件があり、杉山が容疑者として逮捕される。石野が証言すれば、杉山のアリバイは成立するのだったが、石野は愛人との生活を隠すため、「自分は西大久保には行ってない。だから杉山にも会わなかった」と嘘を言う。

★4.ある事件のアリバイを証明すると、別の事件の犯人であることがバレてしまう。

『死刑台のエレベーター』(マル)  ジュリアンはビルの一室で殺人を犯した後(*→〔写真〕7)、エレベーターに一晩閉じ込められる。翌朝、彼はエレベーターから脱出したが、遠方で起こった殺人事件の犯人と間違えられ、逮捕されてしまう。アリバイを証明すれば、自らの犯した殺人が露見する恐れがあるので、ジュリアンは何も言えない。しかし警察の追及に堪えられず、とうとう彼は「エレベーターの中にいた」と言う。ところが警察は「バカバカしい」と言って、取り合わない。

★5.目撃者の愚かな錯覚から、犯人の意図せぬアリバイが成立してしまう。

『断崖の錯覚』(太宰治)  「私」は恋人の雪を、断崖から百丈(=300メートル)下の海に突き落とした。その直後に、山の木こりが来て崖下をのぞき、「女が浪さ打ちよせられている」と言った。木こりは(不思議なことに他の人々も)、「私」が雪を突き落とした、とは考えないようだった。とすると、波打ち際の雪の死体と、山を散歩していた「私」の間には、百丈もの距離があるので、自動的に「私」のアリバイが成立してしまった。

 

【泡】

★.生と死に関わる泡。

泡子塚の伝説  西行が旅の途中、醒ヶ井の茶屋に立ち寄った。その折、西行に恋した茶屋の娘が、西行の飲み残した茶の泡を飲んで懐妊し、男児を産んだ。旅の帰途、このことを聞いた西行は男児を見て、「もしも我が子ならば、もとの泡に還れ」と念じた。男児はたちまち泡となってしまった(滋賀県坂田郡米原町醒井。*→〔口〕1の『捜神記』巻11−33の変形)。

『泡んぶくの仇討ち』(昔話)  番頭が旅先で主人を殺す。折からの豪雨で水たまりにできる泡に向かい、主人は「仇を討ってくれ」と訴えて息絶える。番頭は「主人病死」と報告し、主人の妻の婿になる。主人の三年目の法要の時、夕立で寺内の水たまりに泡が立つのを見て、番頭は「泡に頼んでも仇討ちなどできぬ」と思い、笑う。主人の妻が「なぜ笑ったのか」とその夜問う。番頭は油断して三年前の悪事を語る。主人の妻は役所へ訴え出る〔*『大菩薩峠』(中里介山)第36巻「新月の巻」で、もと雇人幸内の霊がお銀様にこの物語を語る〕。

『史記』「周本紀」第4  夏后氏の頃、二匹の神龍が現れ口から泡(沫)を吐いた。それを匱に納め、夏・殷・周、三代の間開く者がなかったが、周のレイ王の末年に開くと、泡は宮庭に流れ出し、取り除くことができなかった→〔性器〕1b

『神統記』(ヘシオドス)  クロノスが父ウラノスの性器を大鎌で切断して、海へ投げた。海に漂う性器の回りに白い泡(=精液)が湧き、その中に美しい乙女アフロディーテ(ヴィーナス)が誕生した。

『人魚姫』(アンデルセン)  人魚は不死の魂を持たないので、三百年の一生を終えると、水の上の泡になってしまい、あの世に生まれ変わることはない。人魚姫は人間の王子に恋し、王子が隣国の姫と結婚した夜、海に飛びこみ、溶けて泡になる。しかしその身体は泡から抜け出て空気の精の世界へ昇る。三百年の後、彼女には不死の魂が授かるであろう。

*→〔難題〕8の『マハーバーラタ』第5巻「挙兵の巻」。

 

【暗号】

★1.古代の暗号。

『日本書紀』巻3神武天皇元年正月  道臣命は、神武天皇の密命を受け、敵方にわからせず味方にだけ通じるように定めた倒語(さかしまごと)をもって、わざわいを払いのぞいた。倒語が用いられたのは、これが初めである。

★2.数字による暗号。

『クロスワード・パズル』(三島由紀夫)  ある年の一月末、男女のカップルがホテルに泊まり、女が「301」の部屋の鍵を持ち帰ってしまった。美男のボーイである「僕」が鍵の返却を要求すると、女からは、別のホテルの「217」の鍵が送られて来て、「2」と「17」の間に口紅で線が引いてあった。「僕」はそれが二月十七日を意味すると気づき、その日、女と逢った。「僕」は三月一日にも逢瀬を期待したが、それは叶わなかった。

『813(続)』(ルブラン)  「813」と書かれた紙片があり、それは機密文書の隠し場所を示していた。8+1+3=12なので、廊下に並ぶ十二番目の部屋を意味する、とルパンは推理した。12はまた、時計を連想させ、文字盤の8・1・3の所を押してから十二点鐘を打たせると、文字盤上の装飾が落ちて、小箱が現れた。

★3.点字を利用した暗号。

『二銭銅貨』(江戸川乱歩)  二銭銅貨が二つに割れて中に紙片があり、「南」「無」「阿」「弥」「陀」「仏」の六文字をいろいろに組み合わせた意味不明の文字列が書かれていた。それは、点字が六つの点の組み合わせから成ることを応用した暗号で、盗まれた五万円のありかが記されていた〔*しかしそれは犯罪とは無関係のいたずらで、五万円はおもちゃの紙幣だった〕。

★4.「e」の字が多用されることを手がかりに、暗号を解読する。

『黄金虫』(ポオ)  サリヴァン島に住むルグランが浜辺で見つけた羊皮紙には、仔山羊の絵と、意味不明の多くの数字・記号が書いてあった。仔山羊は英語で「キッド」ゆえ海賊キッドのことであり、全体は英語の暗号だろうとルグランは推理し、英語でもっとも多く使われる文字は「e」であることを手がかりに、暗号を読み解いて財宝を発見する。

『踊る人形』(ドイル)  キュビットの妻エルシーの所へ、踊る人形の絵を連ねた通信が届く。それは、エルシーの婚約者だった男が復縁を迫る暗号文で、男はキュビットを殺し、エルシーは自殺を図る。英語でいちばん多く使われる文字が「e」であることを手がかりに、ホームズが暗号を解読し、踊る人形の絵を描いて男を誘い寄せ、逮捕する。

★5.暗号解読器。

『ロシアより愛をこめて』(ヤング)  国際犯罪組織スペクターが、ソ連の暗号解読器入手と、イギリス情報部のジェイムズ・ボンド殺害とを計画し、ボンドをイスタンブールへおびき寄せる。ソ連領事館の女性職員タチアナの手引きで、ボンドは暗号解読器を盗み出し、二人はオリエント急行に乗ってロンドンへ向かう。スペクターに雇われた殺し屋グラントが、二人を追う→〔心中〕7b

★6.暗号による日記。

『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)「大予言・地球の滅びる日」  「暗き天にマ女は怒る。この日○終わり悲しきかな」と記された、不思議な日記が見つかる。のび太たちは「○は地球を意味するから、これは世界滅亡の予言だ」と恐れる。しかしそれはドラえもんの暗号日記で、「暗き天(=点)」は0点、「マ女」はママ、「○」はドラやきのことだった。 

 

【暗殺】

★1.王や大臣などの暗殺。

『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第6章  ミュケナイ王アガメムノンは、妃クリュタイムネストラとその愛人アイギストスによって、暗殺された。妃は王に、袖口も首穴もない下着を渡し、王がこれを着ようとしている時に殺害した。そしてアイギストスが、ミュケナイ王となった。

『史記』「呉太伯世家」第1・「刺客列伝」第26  刺客専諸が、酒宴の席上、焼き魚を呉王僚にすすめる。専諸は王の前に到った時、焼き魚の腹中から匕首を取り出し、王を刺した。

『士師記』第3章  エフド(エホデ)が、両刃の剣を上着で隠し、モアブ王エグロンにみつぎ物を持って行く。「申し上げるべき機密がある」とエフドは言い、高殿で王と二人きりになる。エフドは剣で王の肥えた腹を刺し、高殿の戸に錠をおろして去る。

『日本書紀』巻24皇極天皇4年6月  三韓進調の日に蘇我入鹿を謀殺すべく計画が練られる。六月十二日、帝が大極殿に出御し、倉山田麻呂が三韓の上表文を読み上げる。声が震えるので入鹿は不審に思う。中大兄らが躍り出し、剣で入鹿の頭や肩に切りつける。入鹿が驚き立ち上がるところを、佐伯子麻呂の剣が片足をはらう。

『マクベス』(シェイクスピア)第1〜2幕  マクベスは「やがて国王になるだろう」と魔女たちから聞かされ、その予言を現実化すべくスコットランド王ダンカンを暗殺しようと思いつつ、ためらう。しかし妻の強い説得に負け、城を訪れたダンカン王を刺殺する。

*→〔凶兆〕3aの『ジュリアス・シーザー』(シェイクスピア)。

★2a.剣をふるったり鉄槌を投げたりして暗殺を試みるが、失敗する。

『史記』「留侯世家」第25  張良は大力の士とともに秦の始皇帝をつけ狙い、始皇帝が東方に遊幸した時、重さ百二十斤の鉄槌で撃った。しかし誤って鉄槌を属官の乗る副車に当て、暗殺は失敗した。

『史記』「刺客列伝」第26  荊軻は毒を染ませた匕首を地図の中に隠し、地図を秦王(始皇帝)に献上する時、至近距離から刺そうとした。しかし秦王は身をかわし、暗殺は失敗した。後、高漸離は筑(楽器)の妙技をもって秦王に近づき、鉛を筑の中に仕込んで撃ちかかった。しかし高漸離は眼をつぶされていたため、当たらなかった。

*→〔人質〕3の『走れメロス』(太宰治)・〔身代わり〕9bの『史記』「刺客列伝」第26。

★2b.銃撃して暗殺しようとするが、その瞬間相手が動いたので失敗する。

『ジャッカルの日』(フォーサイス)  パリ解放記念日。モンパルナス駅前広場で行われる式典最中にドゴール大統領を銃撃すべく、アパート六階から殺し屋ジャッカルが狙う。ジャッカルが引き金を引いた瞬間、大統領は退役軍人に勲章を授与してその頬に接吻するため、頭を前に傾ける。銃弾は大統領の頭の後ろ一インチの所を通過し、暗殺は失敗する。

『知りすぎていた男』(ヒッチコック)  コンサート会場で、暗殺者が某国首相をねらう。音楽のクライマックスにシンバルが鳴り響く、その瞬間に狙撃すれば銃声が聞こえず、首相が倒れても暗殺と気づかれないだろうと、暗殺者は計算していた。暗殺計画を知った医師の妻ジョーは、暗殺者が銃を構えるのを見て、大声で悲鳴を上げる。首相が驚いて振り返ったため、発射された銃弾は外れて、首相は命拾いした。

★2c.暗殺の未遂。

『戦争と平和』(トルストイ)第3部第3篇  モスクワに乗りこんだナポレオンを暗殺すべく、ピエールは短剣を隠し持ってアルバート広場へ向かう。しかしその時すでにナポレオンはクレムリン宮殿に入っており、暗殺は実行できなかった。ピエールは放火犯と見なされて、フランス兵たちに捕らえられる。

★3.暗殺を恐れる人。

『三国志演義』第72回  曹操は常に暗殺を恐れており、左右の者に「わしはよく人を殺す夢を見るから、寝ている時には近づくな」と命じていた。ある時、昼寝中に蒲団を落としたので、近習がかけなおそうと近寄ったところ、曹操は起き上がって近習を斬り殺し、また眠った。しばらくして曹操は目を覚まし、驚いたふりをして「誰のしわざだ」と尋ねた〔*しかし部下の楊修だけは、曹操の演技を見抜いた〕。

★4.暗殺を事故死として取り扱う。

『Z』(コスタ=ガヴラス)  軍事政権下の某国。反政府運動の指導者である議員が、広場での集会後、二人組の乗る小型トラックに襲われる。議員は、棍棒で一撃されて死ぬ。政府は「議員はトラックにはねられた」と発表し、交通事故死として処理する。実際は、憲兵隊や警察の上層部が暗殺を計画し、実行したのだった。予審判事が、裁判で真相を明らかにしようとする。しかし、証人たちが次々に病気や事故で死んでいき、事件は闇に葬られた。

 

*チャーチル首相を暗殺したと思ったら、それは影武者だった→〔影武者〕2の『鷲は舞いおりた』(スタージェス)。

 

【安楽死】

★1.自殺をはかった人を安楽死させる。

『高瀬舟』(森鴎外)  喜助は、弟が剃刀で自殺をはかり、死にきれずに苦しむのを見て、請われるままに手を添えて死なせる。喜助は弟殺しの罪で遠島となり、京の高瀬川を小舟に乗せられて下る。護送の同心庄兵衛は、「果たしてこれが罪であろうか」と疑念を抱くが、「奉行の判断に従おう」と思う。

★2.不治の病気の人を安楽死させる。

『裁きは終りぬ』(カイヤット)  モーリスは不治の癌におかされたため、愛人である女医エルザの手を借りて安楽死する。しかしモーリスが遺産をエルザに与えたので、モーリスの妹ニコルが「財産目当ての殺人だ」と、エルザを告発する。裁判の席上、ニコルは「モーリスが病気になった後に、エルザは若い愛人を作った」と暴露する。陪審員たちが議論し、「無罪」との意見も出たが、結局「懲役五年」の判決がエルザに下された。 

★3.安楽死専門の医者。

『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「ふたりの黒い医者」  ドクター・キリコは、もと軍医だった。兵士たちが爆弾で身体をふきとばされ、苦しんでいるのを安楽死させて、彼は皆から感謝された。彼は、難治患者の安楽死専門の医者となり、「死神の化身」とあだ名される。ある時、ドクター・キリコに安楽死を依頼した患者を、ブラック・ジャックが手術して治した。しかしその直後に、患者は自動車事故で死んでしまった。ドクター・キリコは哄笑し、ブラック・ジャックは「それでも私は人を治すんだ。自分が生きるために」と叫んだ。

★4.安楽死を願って失敗する。

『子不語』37「人蝦(ひとえび)」  ある男が「安楽に死にたい」と願い、「それには酒と女で健康を害するのが一番だ」と考える。しかし数年間酒色にふけっても、男は死ねなかった。彼は下腹部の神経が切れ、頭が垂れ下がり、背は丸くなって、煮た蝦のごとく前かがみの姿勢で、這って歩いた。人々は彼を「人蝦」と呼んだ。こういう状態が二十年余り続き、八十四歳でようやく死んだ。

 

 

 

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