前頁

【笠(傘)】

★1a.雨に濡れる人に、笠を与える。

『今昔物語集』巻2−22  天竺に1人の人がいた。その人は前世で貧しい家に生まれたが、ある時、雨にぬれる人に、古い破れ笠を与えたことがあった。その功徳によって現世では、その人の頭上に常に天蓋があった。

★1b.雨や雪に濡れる仏像に、笠をかぶせる。

『笠地蔵』(昔話)  大晦日、爺が町へ笠を売りに行くが少しも売れない。帰り道、吹雪の中に立つ6体の地蔵に、爺は6つの笠をかぶせる。その夜、6体の地蔵が来て、爺の家に宝物の袋を投げこむ。

笠寺観音の伝説  鳴海長者の雑仕女・玉照は、ある日、野中で五月雨に濡れる十一面観音像を見、自分の笠をぬいで観音像にかぶせた。それから何日か後に、関白藤原基経の三男兼平中将が鳴海長者の屋敷に泊まった。兼平は玉照の美しさに目をとめ、京へ連れ帰って正夫人(玉照姫)とした。玉照姫は帝に奏聞し、観音像のために大きな寺を建立した(名古屋市南区笠寺町笠寺観音)。

笠森寺の観音の伝説  雨の日。道ばたの観音様が頭からびしょ濡れになっているのを見て、1人の美女が自分の蓑と笠をぬいで、お着せ申した。それが、全国の美女を捜し求める嵯峨の中将の目にとまり、彼女は天皇のお后になった(千葉県長生郡長南町笠森)。

★2a.女に傘を貸す。

『しぐれ』(御伽草子)  中将さねあきらが清水寺に参詣した時、急に時雨が降り出したので、雨具のない15〜16歳の姫君に、中将は傘を貸す。中将は姫君を自邸にともない、契りを結ぶ。しかし父左大臣が中将と右大臣の娘との結婚を決め、中将は右大臣宅に軟禁状態になって、姫君との仲は裂かれる。

*蛇の化身である美女に傘を貸す→〔雨宿り〕3の『雨月物語』巻之4「蛇性の婬」。

★2b.傘に入って来る女。

『ボク東綺譚』(永井荷風)  6月末の夕方、58歳の独身作家である「わたくし(大江匡)」は、玉の井の私娼窟を歩いていて夕立にあった。傘をひろげると、「旦那そこまで入れてってよ」と、女が飛びこんで来る。女はお雪という26歳の娼婦であった。「わたくし」はお雪の家へ行き、雨宿りをする。「わたくし」はお雪との関係を3ヵ月ほど続ける。

★2c.傘に入って来る死者。

『百物語』(杉浦日向子)其ノ81  雨の降る道を、傘をさして1人歩いていると、死んだ祖父や父や友人のことがしきりに思い出される。前方の角にたたずむ人があり、ものも言わず傘に入って来る。見ると、今まで思っていた懐かしい死者の顔である。そういう時には、すぐさま傘を死者に渡して、今来た道を戻ると良い、と言う。

★3.傘をさして空を飛ぶ。

『加賀見山再岩藤(かがみやまごにちのいわふじ)「汐入馬捨場」  局(つぼね)岩藤が、悪事の報いで斬られてちょうど1年後の春の日。彼女の死骸を捨てた汐入堤の馬捨場に、その亡霊が現れる。岩藤は生前同様の美しい裲襠(うちかけ)姿で、片手に扇を持ち、片手に日傘をさし、蝶を追って空に浮かび上がる。「咲きも乱れず散りもせず、八重九重に桜の盛り。げに眺めある風情じゃなあ」と下界の桜を愛でて、岩藤は空を飛んで行く。 

『メリー・ポピンズ』(スティーブンソン)  1910年のロンドン。幼い姉弟ジェーンとマイケルの父バンクス氏は銀行員で仕事一筋、母は婦人参政権運動にいそがしく、子供たちはさびしい思いをしていた。ある日メリー・ポピンズが、右手でこうもり傘をさし左手に鞄を持って、空から降りて来る。彼女はジェーンとマイケルの乳母になって、2人の世話をする〔*後にメリー・ポピンズはバンクス家を去るが、来た時とは逆に、左手に傘、右手に鞄を持って飛んで行く〕。

*普通は、傘をさしても空を飛べるわけではない。せいぜい、傘をパラシュート代わりにして、高い所から飛び降りるくらいである→〔うちまき〕2cの『愛宕山』(落語)。

★4a.古い傘から発生する妖怪。

『雨ふり小僧』(手塚治虫)  古傘から発生した雨ふり小僧が、村の分教場の中学生モウ太と友達になる。モウ太は、下駄ばきの雨ふり小僧に「ブーツを買ってやる」と約束するが、一家で町へ引っ越す嬉しさで、それを忘れてしまう。40年後、小さな会社の社長となったモウ太は、娘にブーツをねだられたのがきっかけで約束を思い出し、村へ行く。雨ふり小僧は橋の下でずっと待っており、モウ太が立派に成長したことを喜んで、消えてゆく〔*→〔器物霊〕の一種〕。

★4b.雨師(=雨を降らせる神)に仕える雨ふり小僧。

雨ふり小僧(水木しげる『図説日本妖怪大全』)  雨ふり小僧は雨師に仕える子供の妖怪で、雨の降っている野原などに現れる。ある晩、家に帰る途中の男が、不意の雨にあって困っていた。すると、柄のない傘をかぶり提灯を持った雨ふり小僧と行き会ったので、男は強引に小僧の傘を奪い取り、頭にかぶって走って逃げた。無事に家に帰り着いた男が、ほっとして傘を取ろうとすると、傘は頭から離れなくなっていた。

★5.傘を知らぬ里。

『西鶴諸国ばなし』(井原西鶴)巻1−4「傘(からかさ)の御託宣」  紀州の人の持つ傘が強風で飛ばされ、肥後国の山奥の穴里という所に落ちた。この里では誰も傘というものを見たことがなかったので、「これは神様であろう」と思って祀った→〔器物霊〕3

 

*「傘が降るから雨を寄こせ」→〔言い間違い〕5bの『近目貫』「白雨(ゆふだち)傘」。

 

 

【重ね着】

★1.鎧の上に衣を着る。

『大仏供養』(能)  悪七兵衛景清は、頼朝が奈良の大仏供養を行なうと知り、白張浄衣の神主姿に身をやつしてしのび入るが、浄衣の下に着た鎧の金物が光るのを、頼朝の重臣に見咎められる。

『日本書紀』巻13允恭天皇5年7月  殺人を犯した玉田宿禰が、允恭天皇のもとに召喚される。玉田宿禰は、衣の下にひそかに鎧を着て参上する。衣の中から鎧の端が出ているのを、天皇はみとめる。

『平家物語』巻2「教訓状」  武士を召集し法住寺の御所へ押し寄せようとする平清盛のところへ、嫡子重盛が諌めにかけつける。清盛はあわてて鎧の上に法衣を着、胸板の金具が見えるのをひき隠しつつ、対面する。

★2.逆に、法衣の上に鎧を着る。

『一谷嫩軍記』3段目「熊谷陣屋」  熊谷直実は、敵将平敦盛を救うために、16歳の我が子小次郎を犠牲にした。直実はこの世の無常を深く観じ、戦の陣中にありながら、源義経に暇(いとま)を請う。義経の許しを得て直実が鎧を脱ぐと、下にはすでに白無地の僧衣を着ていた。直実は出家して名を「蓮生」と改め、小次郎の菩提を弔った。

★3.死装束の上に羽織を着る。

『仮名手本忠臣蔵』4段目「判官切腹」  塩冶判官は殿中で刀を抜き、高師直に斬りつけたため、自邸での謹慎を命じられる。そこへ、石堂・薬師寺の両名が、「切腹申しつくる」との上意を伝えに訪れる。塩冶判官は黒の長羽織姿で応対し、薬師寺が「不作法だ」となじる。塩冶判官は笑って羽織を脱ぎ捨てる。下には、かねて覚悟の白の死装束を着けていた。

★4.重ね着が喪服のごとく見える。

『平家物語』巻3「医師問答」  維盛以下の公達が、浄衣の下に薄色の衣を着て岩田河の水に戯れた時、ぬれた浄衣に薄色がうつり薄墨の喪服のごとく見えた。これは、維盛の父重盛の死を暗示するものであった〔*延慶本『平家物語』巻3−21「小松殿熊野詣事」では、浄衣の色が重服にかわって河浪に映った、と記す〕。

★5.他国の軍服の下に、自国の軍服を着る。

『鷲は舞いおりた』(スタージェス)  ドイツの落下傘部隊16人がポーランド兵に変装して、イギリスの某村に降下する。その地で静養中のチャーチル首相を、ベルリンへ誘拐する計画であった。彼らはスパイではないので、ポーランドの軍服の下にドイツの軍服を着込む。戦闘になったら、ドイツ兵として堂々と戦うつもりであった。しかし事故のため1人が死に、ドイツの軍服が村人たちに見られてしまった。

★6.青色の軍服の上を、灰色の土埃がおおう。

『夕陽のガンマン(続)』(レオーネ)  南北戦争時代。ならず者のトゥコとブロンディが南軍の灰色の軍服を手に入れ、墓地に埋められた20万ドルを得ようと、荒野を行く。灰色の軍服を着た騎兵の一隊がやって来るので、トゥコは「南軍万歳」と叫ぶ。ところが灰色に見えたのは、軍服に積もった土埃で、それを払いのけると、北軍の青色の軍服があらわれた。トゥコとブロンディは、その場で北軍の捕虜になった。

 

 

【仮死】

★1.毒殺されそうな人物を救うために、仮死状態になる薬を飲ませる。

『黄金のろば』(アプレイウス)巻10  劇薬の調合を依頼された医者が、犯罪のにおいを感じ、代わりに仮死状態になるだけのマンドラゴラを与える。それを飲んだ少年が倒れ、無実の若者が殺人の濡れ衣を着せられて、死を宣告される(*→〔継子への恋〕1)。医者は法廷に行き、「少年は生きている」と皆に教える。

『モンテ・クリスト伯』(デュマ)101・117  検事総長ヴィルフォールの妻は、息子に財産を相続させるために、継娘ヴァランティーヌに少しずつ毒を飲ませて、殺そうとはかる。モンテ・クリスト伯爵が、毒薬を仮死薬とすりかえて、ヴァランティーヌに飲ませる。ヴァランティーヌは呼吸も心臓も止まり、死んだと見なされて埋葬される。彼女の恋人マクシミリアンは絶望して自殺しようとする。モンテ・クリスト伯爵がヴァランティーヌを蘇生させ、マクシミリアンと引き合わせる。

★2.女がいったん仮死状態になり、その後、男と駆け落ちする。

『閲微草堂筆記』  茉莉花(まつりか)の根を磨(す)り、酒に混ぜて飲むと、仮死する。根の長さが1寸ならば、仮死すること1日にして蘇生する。6〜7寸ならば、数日後に蘇生する。根の長さ7寸以上を用いれば、本当に死んでしまう。1人の娘が、婚約者がありながら、他の男と情を通じた。娘は男と相談の上で茉莉花を服し、死んだと見なされて葬られる。男は棺をあばいて娘を連れ出し、隣県へ駆け落ちした。

『無双伝』(唐代伝奇)  戦乱のため、王仙客とその許婚無双は、離れ離れになった。後に仙客は、無双が天子の後宮に入れられたことを知る。仙客は無双との再会を願い、義侠の人・古押衙(こおうが)に援助を請う。古は、「飲めばたちまち死に、3日後に生きかえる」という秘薬を無双に飲ませ、無双は死骸として外へ運び出される。古は無双を仙客のもとに送り届け、無双と仙客は他郷へ逃げて、末長く添い遂げた。

★3.女が仮死状態になり、男と駆け落ちしようとして失敗する。

『ロミオとジュリエット』(シェイクスピア)第3〜4幕  ロミオとジュリエットは出会ってすぐ相愛の仲になるが、ジュリエットにはすでに婚約者(パリス伯爵)が定められていた。ジュリエットは、パリス伯爵との結婚前夜に、42時間の仮死をもたらす薬を飲む。結婚式は中止になって、ジュリエットの身体は霊廟に安置される。ジュリエットが目覚める頃にロミオが来て、2人は駆け落ちする手はずだった。しかしロミオはジュリエットが本当に死んだと思い(*→〔死の知らせ〕3)、絶望して毒薬を飲む。

★4.実際に死んでしまい、その後に薬で蘇生させるものもある。

『聊斎志異』巻5−177「封三娘」  范家の十一娘は孟安仁との結婚を望むが、父親が某役人の息子との縁組を承諾してしまう。十一娘は嘆き、婚礼の前夜に縊死して葬られる。狐の化身が薬を飲ませて十一娘を蘇生させ、孟安仁と夫婦にさせる。

★5.喉につまった食べ物が取れて、仮死の女が息をふきかえす。 

『白雪姫』(グリム)KHM53  白雪姫が毒りんごを食べて死ぬ。小人たちが、四方八方から白雪姫の姿が見えるように、ガラスの柩(ひつぎ)に納める。森に迷い込んだ王子が、美しい姫の姿を見て、「柩を譲って欲しい」と請う。小人たちが柩を運ぼうとすると柩がゆさぶられ、姫の喉から毒りんごのかけらがとび出して、彼女は目を開く〔*ディズニー版アニメでは、王子の接吻によって白雪姫は目を開く。*初版グリム童話は→〔死体〕12〕。  

『誉田屋』(落語)  京都のちりめん問屋・誉田屋の1人娘、18歳のお花が重病になり、最後の望みで新粉餅(しんこ)を食べて死んだ。両親は、お花の遺体に、あの世の閻魔様へ差し上げる3百両を添えて、土葬にする。誉田屋の手代が3百両欲しさに墓をあばくと、お花の喉につかえていた新粉餅が取れて、お花は息を吹き返す。お花と手代はそのまま駆け落ちし、3百両を元手に、江戸で呉服屋を開く〔*後、お花の両親は江戸へ巡礼の旅に出て、娘と再会する〕。

★6.仮死状態で生まれた赤ん坊。 

『モンテ・クリスト伯』(デュマ)44・67  検事(後に検事総長)ヴィルフォールが愛人との間にもうけた私生児(男児)は、生まれた時、息もせず泣きもしなかった。ヴィルフォールは、赤ん坊は死んだものと思い、手提げ金庫に入れて庭に埋めた。それを目撃した男が、金が入っていると思って金庫を掘り出し、赤ん坊を発見する。赤ん坊は息を吹き返して成長し、殺人犯ベネデットとなった。ヴィルフォールは、そのことをまったく知らなかった→〔裁判〕3。  

 

 

【火事】

 *関連項目→〔放火〕

★1.大火事。

『振袖』(小泉八雲『霊の日本』)  江戸時代初め頃。娘が美しい若侍に恋わずらいして死に、形見の振袖が寺に納められた。住職は、その振袖を高い値で売った。ところがそれを買った娘は、「若侍の幻にとりつかれ、私は恋い焦がれて死ぬ」と言い、死んでしまった。次に振袖を買った娘も、その次に買った娘も、同様に死んだので、寺では振袖を焼いた。その火が寺の屋根に移り、江戸市中のほとんどを焼き尽くす大火事になった。これが明暦3年(1657)の「振袖火事」である。 

★2.ビル火災。

『タワーリング・インフェルノ』(ギラーミン)  サンフランシスコに138階の超高層ビル「グラス・タワー」が完成し、135階の大ホールでパーティが行なわれる。手抜き工事によって電線がショートし、81階で火災が発生する。皆が気づかないうちに火は燃え拡がり、小爆発が何ヵ所かで起こって、階段もエレベーターも使えなくなる。消防隊のオハラハンがヘリコプターで屋上へ昇り、ビルの設計者ロバーツと協力して、大ホールの上に位置する貯水槽を爆破する。380万リットルの水が一気になだれ落ちて、ようやく炎はおさまる。犠牲者は、一般人・消防士あわせて200人近くにのぼった。

★3.厩(うまや)の火事。

『論語』巻5「郷党」第10  孔子の屋敷の厩が、火事で焼けた。孔子は朝廷から帰って来ると、「怪我をした者はいないか?」とだけ言って、愛馬の安否は問わなかった〔*→〔夫〕8の『厩火事』(落語)ではこの故事をふまえ、女房がわざと転んで夫の茶碗を割り、夫が女房と茶碗のどちらを大事に思っているか、知ろうとする〕。 

★4a.火事によって家は焼けたが、聖母の絵姿は無事だった。

『キリシタン伝説百話』(谷真介)19「聖母の御絵のふしぎ」  4百年ほど前、天草の志岐という村に住む男が、書台に聖母の御絵を飾って、朝夕お祈りをしていた。ある日、火事で家が全焼したが、焼け跡の灰の中から、聖母の御絵が無傷で出てきた。紙に描かれた絵でありながら、少しもいたまず、焼けこげもなかった(熊本・天草)。 

 *放火によって寺は焼けたが、仏の画像は無事だった→〔放火〕5の『日本霊異記』上−33。

★4b.野火が起こったが寺は無事で、仏像は自ら外へ避難していた。

『今昔物語集』巻17−6  土佐国・室戸津の人里離れた所に、津寺という草堂があった。野火が燃え広がった時、1人の小僧が人里に現れ、火事を知らせ消火を請うた。人々が駆けつけると、草堂は一部が焦げただけで、焼けずに無事であった。等身大の地蔵菩薩像と毘沙門天像が、堂を出て庭に立っていた。「地蔵菩薩が火事を知らせ、毘沙門天が消火したのだ」と、人々は知った。 

 *内裏炎上の時、神鏡は南殿の桜の梢に避難した→〔飛行〕6aの『平家物語』巻11「鏡」。

★5.火事を知らせる。

『火事の知らせ』(昔話)  夜、村で火事があった時、吉よむ(きっちょむ)さんは顔を洗い着替えをして、悠々と庄屋さんの家へ行き、小さな声で「火事でございます」と言った。庄屋さんはなかなか目をさまさず、火事現場へ駆けつけるのが遅れて、代官にひどく叱られた。庄屋さんは吉よむさんに、「火事の時は、もっと早く、大声で知らせよ」と文句を言う。しばらくたったある夜、吉よむさんは丸太棒をふるって、庄屋さんの家の窓といわず雨戸といわず、めくらめっぽうに叩き壊し、大声で「火事じゃ」と叫んだ。庄屋さんが「家がつぶれる」と言って出て来ると、吉よむさんは「今度、村に火事のある時には、このくらいでよろしゅうがすかえ」と聞いた(大分県)。

★6a.火事の家から、子供を救い出す。

『奉教人の死』(芥川龍之介)  ある夜、長崎の町に大火事が起こり、傘張の娘の家も焔に包まれた(*→〔濡れ衣〕2)。美少年「ろおれんぞ」は火の中へ飛び込み、娘が産んだ幼子を救い出すが、自らは燃える梁(うつばり)に打たれて死んだ。焦げ破れた衣のひまから2つの乳房があらわれ、「ろおれんぞ」が女であることを皆は知った。

 *物語の最後で主人公が女であることを明かし、読者を驚かせるような書き方を、志賀直哉は批判する→〔語り手〕7の『沓掛にて』。

★6b.火事の家(=火宅)から、子供たちを避難させる。

『法華経』「譬喩品」第3  長者の邸宅が火事になった。中に大勢の子供たちがいるので、長者は「家から出よ」と呼びかけるが、子供たちは遊びに夢中で、言うことを聞かない。長者が「羊車・鹿車・牛車などの玩具を与えるから取りに来い」と言うと、子供たちは、玩具欲しさに走り出て来る。巧みな嘘(=方便)で長者は子供たちの命を救い、約束した玩具にまさる最高級の車を与えた。

★7.火事を喜ぶ人。

『今昔物語集』巻5−15  天竺の王宮が火事になり、王や家臣たちがあわてて財宝を運び出す。1人の僧が火を見て喜び、財宝の運び出しを制止する。王が僧を咎めると、僧は「王は財宝をむさぼっていたため、地獄・餓鬼・畜生の三悪道へ堕ちるはずだった。今日、財宝が焼けたので、王は三悪道へ堕ちる報いを免れた。喜ばしいことだ」と言った。 

*火事を消さず、焼けるにまかせる→〔運命〕2bの『十訓抄』第6−34。

『イスラーム神秘主義聖者列伝』「サリー・イェ・サカティー」  聖者サリーは、かつては小売商を営んでいた。ある日、バクダードのバーザール(市場)が火事になった。その報告を受けたサリーは、「これで私も、物欲から解放される」と言った〔*サリーの店は焼けなかった。それを知った彼は、自分の所有物をすべて貧者に与え、以後は神秘道を目ざした〕。 

★8a.火事を予言する。

くだん(水木しげる『図説日本妖怪大全』)  「くだん」は九州・四国地方の妖怪で、牛の腹から生まれる。生まれてすぐ何ごとかを予言して、たちまち死んでしまう。農家などで生まれた子牛が突然、人語を発して「2〜3日中に、どこどこの家が火事になる」と言う。そしてその言葉どおり、名指しされた家が火事になる。驚いた百姓が子牛の所へ行って、「おめえの言ったとおりだ」と言うと、もうすでに子牛は死んでいるので、百姓はまた驚くのである。

*牛面人身の「くだん」→〔牛〕3aの『くだんのはは』(小松左京)。

*人面牛身の「くだん」→〔牛〕3bの『件(くだん)』(内田百閨j。

『遠野物語』(柳田国男)96  遠野の町に芳公馬鹿(よしこうばか)という35〜36歳の男がおり、1昨年まで生きていた。彼は、路上で石などを拾って人家に打ちつけ、「火事だ火事だ」と叫ぶことがあった。するとその晩か次の日、物を投げつけられた家から必ず出火した。何度もこういうことがあったので、どの家でも用心したが、火事を免れた家は1軒もなかった。

*「八人」というのが、火事の予言だった→〔火〕6の『酉陽雑俎』巻2−82。 

*ろうそくの焔の色で、火事が予知できる→〔ろうそく〕5の『遠野物語拾遺』147。 

*火事を幻視する→〔幻視〕2・3

★8b.火事の前兆の、赤い着物・赤い旗。

『幽明録』20「赤い旗」  晋の義煕5年(409)のこと。霊視能力を持つ劉澄が、夜、曽営将軍の屋敷へ行き、赤い着物の子供が赤い旗を持っているのを見た。旗は丸くて、蓮の花に似ていた。数日後、曽営将軍の屋敷は火事で全焼した。 

 

*遠く離れた場所の火事を見る→〔千里眼〕2a・3

 

 

【貸し借り】

★1.前世での負債。

『日本霊異記』中−30  河内の国の某女が産んだ子供は、10余歳になるまで歩けず、たえまなく泣きわめいては、乳を飲み、物をむさぼり食って、母親(=女)を苦しめた。女がその子供を淵に捨てると(*→〔子捨て〕2)、子供は「あと3年苦しめてやりたかったのに」と悔しがった。この者は、前世で女に物を貸したが、女はそれを返済しなかった。そこでこの者は、今世で女の子供として生まれ、さんざん飲み食いして、前世の貸しを取り戻したのだった。

『聊斎志異』巻1−32「四十千」  裕福な男の夢に、ある夜何者かが現れ、「4万の負債を返せ」と言って奥の部屋へ姿を消した。まもなく妻が子供を産んだので、男は「前世での負債を取りに来たのだ」と悟り、4万の金銭(かね)を一室に置いて、子供の衣類・食物・薬代などを、ここから出した。3〜4年後、金銭の残りが7百ほどになった時、男は「4万の金銭もそろそろ終わりだ。お前は往くが良い」と子供に言う。すると子供は死んだ。男は残りの金銭で子供の葬儀をした→〔申し子〕4

★2a.現世で物を盗まれるのは、前世での借りを返すこと。

『妙好人』(鈴木大拙)「付録」3  石見国の妙好人・善太郎の家へ、ある夜、米盗人が入った。盗人は、近所から帰りがけの善太郎と庭先で出くわし、米俵を捨てて逃走した。善太郎は米俵をそのまま庭に放置し、家に入り仏前に灯明をあげて、「前世で借りた米を、今返させてもらうのだ。ありがたい、ありがたい」と念仏を唱えた。畑の大根を盗まれた時も、同じようにした。

★2b.現世の借金を来世に返す。

『ナスレッディン・ホジャ物語』「ホジャの商法」  学者風の2人がホジャの店で飲み食いしたあげく、「人間は輪廻転生するから、2〜3百年後に、われわれはまたこの世に生まれてくるだろう。今日の勘定はその時に払おう」と言った。ホジャは「お前らは、3百年前にも同じことを言ったじゃないか。その時の分も合わせて、今払え」と言い返した。

★3a.たくさんの膳や椀を借りる。椀貸し淵。

『貸し椀』(昔話)  昔、嫁どりや法事で御膳がたくさんいる時には、白こべ山の神様の所へ行き、穴場の前にお供え物をして、「御膳を百枚、お椀を3百貸しておくれ」というふうに頼んだ。すると翌日、お供え物の代わりに、御膳百枚、お椀3百が出してあった。使った後は、きれいに洗って穴場の前へ返しておいた。ところが欲の深い人がいて、御膳を1枚隠して返さなかったことがある。それからは、誰が頼みに行っても、貸してもらえないようになった(石川県小松市下八里町)。

『百椀とどろ』(松谷みよ子『日本の伝説』)  日向の国に百椀とどろという淵がある。嫁取りや葬式の時に淵まで行って、「何月何日、何人前の膳椀を貸してくり」と頼んでおくと、当日には膳椀が岩の上に並んでいた。ある時、馬鹿もんが「淵から膳椀が出るところを見たい」と思い、「急な客で、今すぐ膳椀10人前いる」と叫んだ。白い小さな手が椀を1つ持って水面から出たので、馬鹿もんはその手をつかんだが、逆に引っ張られて、馬鹿もんは淵へ転げ落ちた。それ以後は、何も貸してくれなくなった(宮崎県)。

★3b.中国版・椀貸し淵。

『酉陽雑俎』巻10−403  倶振提国(=西域の国)の城北の、真珠江を隔てて20里のところに、神がいる。春秋2回、国王が祭りを行なう時、必要な道具、金銀の器は、神の厨(くりや)から自然に出てくる。祭祀が終わると、消滅する。天后(=武則天)が人をやって試させたが、嘘ではなかった。

★4.債務の有無を証拠立てる領収書。

『シャルロッテ・フォン・クノープロッホ嬢への手紙』(カント)  オランダ公使が、銀製食器セットを購入した後に死去し、未亡人が代金を請求された。未亡人は、「夫は代金を支払ったはずだ」と思うが、それを証拠立てる領収書がない。未亡人はスヴェーデンボリ(スウェーデンボルグ)氏に、「亡夫に会って、聞いてほしい」と頼む。3日後、スヴェーデンボリ氏は、「ご主人と話して、『領収書は上階の1室の戸棚にある』と聞きました」と報告する→〔霊界通信〕1

★5.念仏を質物として、銭一貫文を借りる。

『和漢三才図会』巻第69・大日本国「駿河」  熊谷蓮生房(直実)が、ある富家に1貫文の借銭を請うた。主人が質物を要求すると、蓮生房は「これが質物だ」と言って、念仏10遍を唱える。主人はその誠に感じて、銭1貫文を与えた。後に蓮生房は借銭を返しに訪れ、主人に「質物を返して下さい」と言う。主人はどうすればよいのかわからなかった。蓮生房は「難しいことはありません。あなたも念仏10遍を唱えればよいのです」と説く。主人は念仏を唱え、一向専修の法を聞いて、妻ともども剃髪した。彼らが結んだ庵が、今の蓮生寺(藤枝市)である。

 

 

【風】

★1.風の神。

『オデュッセイア』巻10  トロイアから故郷イタケへの航海の途中、オデュッセウス一行は風の司アイオロスの島を訪れる。アイオロスは、オデュッセウスと部下たちを歓待し、順調な航海ができるよう、逆風を革袋に封じてくれる。しかし部下たちが革袋を開け、船はアイオロスの島へ吹き戻される。アイオロスは、「戻って来たのは、お前たちが神々に憎まれている証拠だ」と言い、オデュッセウスたちを追い払う。

『風の神と子供』(昔話)  秋の日。見知らぬ男が村の子供たちに「良い所へ連れて行ってやろう」と言い、尻から長いしっぽを出して子供たちをまたがらせ、風を起こして天に舞い上がる。男は、栗や柿や梨の木がたくさんある所へ子供たちを下ろし、風を吹かせて果実を落としてくれる。男は「南風」であり、帰りは「北風」が子供たちをしっぽに乗せて、村へ送ってくれた(新潟県古志郡山古志村)。

風の三郎さま(水木しげる『図説日本妖怪大鑑』)  新潟県のある村では、6月27日に風の神の祭りをする。朝早く、村の入口に、すぐにも吹き飛ばされそうな小屋を作る。それを通行人に壊してもらい、風に吹き飛ばされたことにして、風の神が村を除(よ)けて通るよう祈る。また別の村では、同じような小屋を「三郎山」という山の頂上に作る。風が吹くと子供たちが、「風の三郎さま、よそ吹いてたもれ」と、声を揃えて唱える。

 *小屋を壊すのは、→〔運命〕2aの『金枝篇』(フレイザー)第3章「共感呪術」で小屋を焼くのと、同様の考え方によるのだろう。

『風の又三郎』(宮沢賢治)  2学期の最初の日。1年生から6年生まで一教室で学ぶ小さな学校に、高田三郎が転校してくる。その日は二百十日であり、高田三郎が何かするたびに風が吹くように思われたので、子供たちは「あいづは風の又三郎だ」と言う。皆は毎日、高田三郎と遊ぶが、ある日、5年生の嘉助は、霧の中で、又三郎がガラスのマントを着、ガラスの靴をはいて、空を飛ぶさまを幻視する。嘉助は「あいづはやっぱり風の神だぞ」と思う→〔転校生〕1

★2a.神が風を起こす。

鶏石(高木敏雄『日本伝説集』第5)  紀伊国那賀郡粉河町の丹生大明神に、鶏形の大石があり、鶏石と呼ばれている。昔、蒙古が攻めて来た時、丹生大名神が鶏に乗り、神風を起こして戦った。その鶏が、後に石になったのである→〔鶏〕6

『日本書紀』巻2神代下・第10段一書第4  兄ホノスセリが釣りをする日、弟ヒコホホデミ(=ホノヲリ)は海辺へ行き、海神(わたつみ)の教えのとおり、口をすぼめて息を強く吐く嘯(うそぶき)をして、風を招いた。たちまち海神が疾風を起こし、ホノスセリは溺れ苦しんで降参した。ヒコホホデミが嘯をやめると、風もやんだ。

★2b.人が術を用いて風を起こす。

『三国志演義』第49回  魏の曹操が北方から大船団を率い、呉を討つべく揚子江を南下する。魏軍と呉軍は、赤壁のあたりで対峙する。時は健安13年(208)冬11月で、曹操軍に有利な西北の風が吹いていた。呉と同盟を結ぶ蜀の軍師・諸葛孔明は、奇門遁甲の術を用いて、東南の風を起こす。呉の船隊は、東南の追い風に乗って魏の船団に近づき、火を放つ。魏の船団は揺れを防ぐため互いに鎖でつないであったので、火が次々に船に燃え移って、曹操軍は大敗する。

『南総里見八犬伝』第9輯巻之33第154回〜巻之43,4第174回  文明15年(1483)、扇谷定正が、安房の里見家攻撃を計画する。丶大(ちゅだい)法師が「風外道人」と称して扇谷定正に近づき、「12月8日に乾(西北)の順風を吹かせるから、水軍を率いて、相模の三浦より安房の洲崎へ攻め寄せよ」と勧める。風外道人は、風を起こす力を持つ甕襲(みかそ)の玉を用いて乾の風を吹かせ、扇谷定正の船団は順風に乗って進む。しかしあと1里で洲崎という所で、風外道人は風を止め、逆風である巽(東南)の風に変える。そこへ里見軍の船隊が来て火をかけ、扇谷定正の船団は炎に包まれる。

★2c.つむじ風を起こし、その中心を真空にする。

『赤胴鈴之助』(武内つなよし)  赤胴鈴之助は、大鳥赤心斎から真空斬りを学んだ。手に持った剣をグルグル回して、つむじ風を起こす(竹の棒や木の枝を用いてもよい。何もない場合には、素手で風を起こしてもよい)。つむじ風の中心は真空になり、敵の身体が真空に触れれば、皮も肉も裂ける(ただし、血が噴き出るようなことはない)。気絶することもあるが、傷は浅い。真空斬りを使えば、1人で大勢の敵を倒すことができる。これは、かまいたち(*→〔三人の魔女・魔物〕3)の原理を応用したものである。

★2d.狐が風を起こす。

狐の風(水木しげる『図説日本妖怪大鑑』)  佐賀県地方では、狐の風を負うと精神に異常を起こす、といわれている。風を負うというのは、憑(つ)かれることである。旋風(つむじかぜ)に出くわしても風を負うといわれる。もし出くわしたら、唾を3度吐くと良い。 

★2e.自然の風か、魔法による風か、見分ける。

『ケルトの神話』(井村君江)「ダーナ神族と妖精と常若の国」  マイリージァ一族が、アイルランドのダーナ神族を攻める。ダーナ神族は魔法を用いて風を起こし、マイリージァの軍船は大波と霧に翻弄される。1人の兵士がマストのてっぺんに登り、大風のため甲板へ落とされたが、彼は死ぬ前に「上の方には風も霧もなかった!」と叫ぶ。それで風が魔法によるものとわかり、詩人アヴァルギンが呪文を唱えて風を鎮めた。 

★3.風を静める。

『江談抄』第1−19  臨時の奉幣の日。醍醐天皇が南殿(なでん)に出御された。それ以前から風が吹いていたが、天皇が神に拝礼なさる時、風はいよいよ強くなり、屏風も倒れそうであった。天皇は「見苦しい風だ。神を拝し奉る時に、このように吹くべきではない」と仰せられた。すると、たちまち風は止んだ。

南山田の級長戸辺(しもとべ)社の伝説  礪波郡の南山田に級長戸辺社がある。昔この地方は風が強く、農作物に多大の害を及ぼした。そこで延宝3年(1675)、加賀藩主前田利常が御田林1町1反を神社に寄進して、風神を祭った。以来風害がなくなり豊作が続いたので、人々は社殿を「吹かず堂(ふかんどう)」と呼び、諸地方から、風が吹かず五穀豊穣であるよう、祈願に来るようになった(富山県東礪波郡城端町南山田是安)。

『マルコによる福音書』第4章  イエスが弟子たちと一緒に舟に乗り、湖を渡る。イエスが眠っているうちに激しい突風が起こり、舟は波をかぶって水浸しになる。弟子たちがイエスを起こして「おぼれそうです」と訴えたので、イエスは風を叱り、湖に「静まれ」と命じる。すると風はやみ、凪になった〔*『ルカ』第8章に同話。『マタイ』第8章では「嵐を静めた」と記す〕。

★4a.竜巻で、吹き飛ばされる家。

『オズの魔法使い』(ボーム)  カンサスの大草原の真ん中の小さな家に、ドロシーと叔父叔母夫婦が暮らしていた。ある日、竜巻がやって来たので、叔父は家畜小屋を見に行き、叔母は地下室に避難する。ドロシーは愛犬トトと部屋の中に残っていたために、家ごと竜巻に巻き上げられて空を飛び、オズの国に着地する。

★4b.暴風にも、びくともしない塔。

『五重塔』(幸田露伴)  腕は良いが頑固一徹の大工・のっそり十兵衛が、谷中・感応寺の五重塔造営の仕事を請け負い、完成させる。落成式間近のある夜、何十年に1度という暴風雨が江戸の町を襲い、多くの家屋が倒壊する。十兵衛は五重塔の最上階に登り、板1枚・釘1本でも損じるならば、鑿を抱いて飛び降り命を捨てよう、と覚悟する。しかし五重塔は1寸1分のゆがみもなく、諸人の賛嘆の中で落成式を迎えた。

★5.風を受けて妊娠する。

風によって孕んだ先祖の神話  昔、まだ人間のいない時、天から男(シネリキュ)と女(アマミキュ)が、沖縄の島に降った。2人は家を並べて住んだ。彼らは性交はしなかったが、往来する風を媒介として、女は3人の子供を産んだ。第一子は諸方の主の始め、第二子はノロ(=女祭司)の始め、第三子は土民の始めである(琉球)。

『カレワラ』(リョンロット編)第1章  大気の娘イルマタルが、天空から海原へ降り、波間を漂った。風が吹いて処女イルマタルを身ごもらせ、海が彼女を身重にした。イルマタルは長い年月を経ても出産することができず、苦しんだ。彼女は天地を創造し(*→〔天地〕1a)、その後にようやく詩人ワイナミョイネンが、イルマタルの胎内から生まれ出た。彼は生まれながらに老人だった。 

『なぜ神々は人間をつくったのか』(シッパー)第7章「最初に男がいなかった場合」  女人国に住む女たちは、子供が欲しくなると屋根や山に登り、かがみこんで臀部を突き出して、風にさらす。風が性器に吹き込むと子供が腹に入る。女児が生まれればめでたいが、男児が生まれると女たちは嘆き悲しみ、赤ん坊を切り裂いて殺してしまう(インド、ワンチョ族。台湾、ブヌン族ほか)。   

 *アマゾンたちも、女児だけを養育した→〔乳房〕12の『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第5章。

*女護が島の女たちは、風によって身ごもる→〔女護が島〕2の『御曹子島渡』(御伽草子)・『風流志道軒伝』(平賀源内)巻之5。

★6.風が動くか、幡(はた)が動くか。

『無門関』(慧開)29「非風非幡」  寺の幡が、風でバタバタ揺れなびく。それを見て1人の僧は「幡が動くのだ」と言い、もう1人の僧は「風が動くのだ」と言って、決着がつかなかった。六祖慧能が「風が動くのでもなく、幡が動くのでもない。貴方たちの心が動くのだ」と言うと、2人の僧はゾッとして鳥肌が立った〔*この故事に対して、無門慧開は『風も動かない。幡も動かない。心も動かない』との見解を述べる〕。

★7.風が旗竿を吹き折る。

『水滸伝』第60回  晁蓋が軍勢を率いて曽頭市を攻めるに先立ち、梁山泊の好漢たちが壮行の宴を張る。その最中、一陣の狂風が巻き起こり、新たに作った晁蓋の認軍旗の竿を、真ん中から吹き折ってしまった。宋江や呉用が「これは凶兆だ」と言って出陣を止めるが、晁蓋はかまわず兵を進め、毒矢を頬に受けて落命する。

 

 

【風邪】

 *関連項目→〔病気〕

★1.風と風邪。

『風博士』(坂口安吾)  風博士は論敵の蛸博士によって妻を奪われたため、蛸博士を非難する遺書を残して、突然姿を消した。あとには一陣の突風が舞っているだけだった。風博士は死んで風となったに違いない。その証拠に、この日、この同じ瞬間において、憎むべき蛸博士はインフルエンザに冒されたのである。

★2.風邪の神。 

『風の神送り』(落語)  風邪がはやる時には、町内で張りぼての人形を作る。これを「風(=風邪)の神」として祀り、供え物をした後、囃したてて川へ流し捨てる。ところが、「風の神送ろ」と大勢が声を揃える中に、「お名残惜しい」という者がいる。「誰だ」と言って皆で引きずり出すと、町内の医者だった。

★3.風邪の用心。

『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第27巻103ページ  朝。うたた寝する波平の鼻の穴に、サザエがこよりを入れてくすぐる。波平は「ハークション」と、大きなクシャミをして飛び起き、あわててうがいをし、蒲団をひいて寝てしまう。「会社まで休まなくていいんじゃない?」と言うサザエに、波平は「いや。風邪はひき始めが大事だ」と答える。

*風邪のウィルスと、コンピュータ・ウィルス→〔宇宙人〕1aの『インデペンデンス・デイ』(エメリッヒ)。

★4.デートの証拠の風邪。

『殿方ご免遊ばせ』(ボワロン)  首相の1人娘ブリジットは秘書官ミシェルと結婚するが、彼は独身時代の愛人たちとの仲が続いていた。ブリジットは仕返しに、某国から来訪中のシャルル殿下とのデートを決行し、保養地で水泳をするなど楽しいひと時を過ごす。シャルル殿下の帰国の日。見送りの人々の中にいたブリジットと、飛行機に乗り込もうとするシャルル殿下は、ともに大きなくしゃみをする。水泳のせいで風邪をひいたのだ。これは2人だけの秘密だ。

*浮気の証拠のチフス→〔チフス〕2の『熱い空気』(松本清張)。

★5.流行性感冒(インフルエンザ)。

『愛と死』(武者小路実篤)  若い小説家の「僕(村岡)」は、先輩であり友人でもある小説家野々村の妹夏子と恋人どうしになり、婚約する。「僕」は巴里にいる叔父に招かれ、ヨーロッパ文化を自分の目で見るため、半年の予定で旅立つ。「僕」は、日本に残した夏子と毎日のように手紙をやり取りし、再会できる日を指折り数えて待つ。しかし日本へ帰る船の中で「僕」は、「夏子が流行性感冒(スペイン風邪)で急死した」との電報を受け取る〔*『愛と死』を映画化した作品『世界を賭ける恋』では、夏子は粟粒性結核で死ぬ〕。

*婚約者がインフルエンザになったので、心配する→〔凶兆〕5の『琴のそら音』(夏目漱石)。

 

 

【火葬】

 *関連項目→〔葬儀〕

★1a.死者を火葬にしたので、蘇生しても魂の戻るべき身体がない。

『天国から来たチャンピオン』(ヘンリー)  フットボール選手ジョーは交通事故で死に、天国へ向かうが、天使長が調べると、彼にはまだ50年もの寿命が残っていた。ジョーの死体は火葬されてしまったので、彼は、富豪レオ(妻と情夫に殺された)の身体を借りて生き返る。妻と情夫は、生きているレオを見て驚愕し、もう1度殺す。ジョーはレオの死体から離れ、チームの仲間トム(試合中の怪我で死んだ)の身体に宿る。ジョーはクォーターバックの名選手トムとして、新しい人生を始める。

★1b.自分の身体を火葬で失い、他人の身体を借りて蘇生したため、家族が二倍になった。

『伊勢や日向の物語』(書陵部本『和歌知顕集』所載)  〔第33代〕推古天皇の代(A.D.593〜628)のこと。日向国に住む佐伯経基と、伊勢国に住む文屋吉員が、同年・同月・同日・同時刻に死んだ。2人とも41歳であった。伊勢国の文屋吉員はまだ寿命が尽きていなかったが、遺体が火葬されたので、日向国の佐伯経基の土葬された身体を得て、よみがえった。その結果、文屋吉員は、本来の妻子に佐伯経基の妻子を加えて、妻2人・子5人を持つことになった。

 *『和漢三才図会』巻第71・大日本国「伊勢」に異伝がある→〔入れ替わり〕4b・4c

『日本霊異記』中−25  讃岐国鵜垂郡の衣女(きぬめ)は、山田郡の衣女の身代わりに冥府へ連れて行かれる。それに気づいた閻羅王が、鵜垂の衣女を家へ帰すが、彼女の遺体はすでに火葬されていた。そのため鵜垂の衣女の魂は、山田の衣女の身体を得て蘇生する。鵜垂の衣女の両親も山田の衣女の両親も、蘇生した衣女に家財を譲り与え、彼女は4人の父母を持つこととなった。

*蘇生して、「ここは自分の家ではない」と言う人→〔蘇生〕1の『聴耳草紙』(佐々木喜善)110番「生返った男」。

*小栗は土葬され、家来10人は火葬された→〔蘇生〕2cの『小栗(をぐり)』(説経)。

★2a.火葬しなくても遺体は腐敗する。

『馬の脚』(芥川龍之介)  北京在勤の忍野半三郎は脳溢血で死んだが、冥府の事務員から「人違いだった」と告げられる。忍野の戻るべき身体は、すでに脚が腐っていたので、死んだばかりの馬の脚が代わりにつけられる。蘇生した忍野は、烈しい黄塵の日、馬の生まれ故郷である蒙古方面へ駆け去った。

*他人の身体を借りて蘇生した人→〔蘇生者の言葉〕1の『酉陽雑俎』続集巻3−922。

★2b.遺体の代わりに得た新しい身体が不満、というばあいもある。

『田村の草子』(御伽草子)  将軍田村丸(俊宗)は、病死した妻・鈴鹿御前のあとを追って7日後に焦がれ死に、冥府へ行く。彼は冥府で暴れ、閻魔王に「妻を現世へ戻せ」と要求する。鈴鹿御前の遺体はすでになく、代わりに、同年齢の美濃国の女の身体が与えられる。田村丸は女を見て、「容姿が劣る。もとどおりにせよ」と立腹する。そこで東方浄瑠璃世界から薬を取り寄せ、女を美しく変身させた。

★3.生体から一時的に魂が抜け出ている間に、その生体を焼いてしまう。

『カター・サリット・サーガラ』「『ブリハット・カター』因縁譚」  インドラダッタ、ヴヤーディ、ヴァラルチの3人の婆羅門が、ナンダ王から10万金を得ようとする。しかしナンダ王が死去したため、インドラダッタがナンダ王の死体に乗り移って、「婆羅門に10万金を与えよ」と大臣に命ずる。大臣はこれを怪しみ、インドラダッタの抜け殻の身体を見つけて、火葬してしまう。戻るべき肉体を失ったインドラダッタは、そのまま贋ナンダ王となり、やがて快楽に溺れて堕落する〔*ヴヤーディは苦行をすべく去り、ヴァラルチは宰相となって王に仕える〕。

★4.仏(=釈迦)の火葬。

『今昔物語集』巻3−34  仏が涅槃に入ったので、弟子たちが遺体を火葬しようとしたが、棺に火を投げかけても、みな消えてしまった。仏の聖なる遺体は、世俗の火では焼けないのである。仏は大慈悲心をもって自らの胸の中から火を出し、棺を焼いた。

★5.火葬の煙。

『保元物語』下「崩御の事」  保元の乱の後、崇徳院は讃岐国に配流された。院は都へ還ることを願ったが、赦されなかった。配流後9年目の長寛2年(1164)に、院は46歳で亡くなった。都への思いが強かったのか、火葬の煙が都に向かってなびいたのは、恐ろしいことであった。

★6.「このしろ」を焼いて、人を火葬したかのごとく欺(あざむ)く。

『和漢三才図会』巻第49・魚類(江海有鱗)「つなし(このしろ)」  「このしろ」を炙るとたいへん臭くて、屍(しびと)の匂いのようである。昔、野州の室の八嶋に美女があり、相思の男がいた。州の刺史(長官)がこの女を強引に自分の嫁にしようとしたが、女も父母もこれを拒絶する。一家は刺史の怒りを恐れ、「女は疫死した」と偽って、棺に数百の「このしろ」を入れて荼毘に付す。女は出奔し、難を逃れた。以来、この魚は「子の代(しろ)」と呼ばれるようになった。

 

*死者を火葬にした灰→〔灰〕2a

*帯を焼いて冥界へ送る→〔火〕4の『述異記』(祖冲之)「宝玉の帯」。

*銭の形の紙を焼いて、冥界で使う→〔紙銭〕

 

 

【仮想世界】

 *関連項目→〔多元宇宙〕

★1.自分が生まれなかった世界。

『素晴らしき哉、人生!』(キャプラ)  人生に絶望したジョージは川へ身投げしようとし、「生まれない方がよかった」と言う。2級天使クラレンスがジョージを救い、彼が生まれなかった仮想世界へ連れて行く。その世界では不幸な事故のために、ジョージの弟は子供時代に死んでおり、アルバイト先の主人は投獄されていた。どちらも、ジョージがいれば防ぐことができた事故だった。彼の妻となるはずのメアリーは、寂しい独身生活を送っていた。ジョージは自分の人生の意義を知り、現実の世界 ―― 愛妻メアリーと4人の子供が待つ家 ―― へ帰って行く。

★2.現実世界の歴史と仮想世界の歴史。

『高い城の男』(ディック)  1947年、第2次世界大戦は枢軸国の勝利に終わり、日本とドイツが世界を支配した。1962年、日本統治下の米国西海岸では、日独が大戦に敗れた仮想世界を描く小説が、ベストセラーになっていた。作者は『易経』の助けを借りてこの小説を書いたのであり、『易経』の示すところによれば、日独が敗戦国である世界こそが真実の世界なのだった。しかし誰もそのことを認識できないのだった。

『地には平和を』(小松左京)  昭和20年(1945)8月15日に日本は降伏せず、本土決戦に突入する。15歳の少年兵河野康夫は、米兵との戦闘で重傷を負い、死に瀕していた。それは、未来の狂人歴史学者が創り出した世界だった。狂人歴史学者は、「無数の歴史を並行させ、人類はその中から最も理想的な世界を選ぶべきだ」と考えていたのだ。しかし時間管理庁が、本来の軌道から外れた歴史を消して、基元世界に収斂させる。河野康夫は死ぬことなく成人し、結婚して、平和な日本で暮らした。

★3.一人の小説家の想像の産物である世界。

『火星人ゴーホーム』(ブラウン)「作者のあとがき」  『火星人ゴーホーム』(*→〔宇宙人〕1d)の読者から、火星人事件の真相を問う手紙が来ました。では、恐るべき真相をお教えしましょう。火星人はSF作家ルークの想像の産物ですが、火星人だけでなく、実は、この宇宙と、そこにある森羅万象のことごとくが、ルークの想像のうちにのみ存在しているのです。まだあります。そのルークを創りだしたのは、この「私(ブラウン)」なのです。 

『星新一の内的宇宙(インナー・スペース)(平井和正)  若き日の星新一は、経営不振の星製薬の2代目社長を無理やり押しつけられた。債鬼に追われ訴訟を起こされ、気が狂うほどの苦しみの中で、彼は過酷な現実を忘れようと、妄想の世界に入り込んだ。星新一は心の中で『SFマガジン』を作り、小松左京や筒井康隆を作り、日本SF界のすべてを想像=創造してしまった。日本のSF作家たちは、星新一の内的宇宙の中に存在しているのだ。星新一が妄想をやめれば、皆消えてしまうのだ。

★4.コンピュータが作り出した仮想世界。

『マトリックス』(ウォシャウスキー)  未来社会。人類は、コンピュータが作り出す仮想世界の網目(マトリックス)の中に、取り込まれていた。人々はプログラムされた夢を見て、それを現実だと思って一生を終えるのだ。このことに気づいた少数の男女が、真の現実世界を取り戻そうと、コンピュータ軍団に戦いを挑む。青年ネオは厳しい訓練で肉体を鍛え上げ、コンピュータ側のエージェントである男たちと闘う。彼は、人間世界の救世主としての使命を負っているのだ。

 

 

【片足】

★1.片足・一本足の神。

『古事記』上巻   クエビコ(=崩彦)は足は歩けないが、天下の事をことごとく知っている神であった。クエビコは、今でいう「山田のそほど(=山田のかかし)」のことである。

 *後には「そほど」を「僧都」と解するようになった→〔藁人形〕3の『和漢三才図会』巻第78。 

 *自身は動かず、1ヵ所にいながら世界のことを知るというのは、北欧神話のオーディンと同様である→〔烏(鴉)〕2の『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)第38章。

道陸神(どうろくじん)様と弁天様の伝説  道陸神様が美女の弁天様に恋したが、弁天様は池の中に逃げ込んで一本橋をかけた。道陸神様は一本足なので、一本橋を渡れず、しかたなく池の傍らに立っている。そのため、足の悪い人は道陸神様を拝んで、わらじを供えるのだという(群馬県邑楽郡千代田町赤岩)。

*片足の山姫(姫神)→〔片足〕5。 

★2.一本足の人形。

『しっかり者の錫の兵隊』(アンデルセン)   錫の材料不足のため、一本足の玩具の兵隊ができた。兵隊は、片足を上げた踊り子の紙人形を見て、「彼女も一本足なんだろう。自分の嫁にちょうどいい」と思う。しかし兵隊は子供の手で、踊り子は風に吹かれて、ストーブに放りこまれ一緒に燃えてしまう。

★3.傷を負って片足になった人。

『宝島』(スティーブンソン)  ジョン・シルバーは海賊で、銃撃によって片足を失った。彼は松葉杖を使い一本足で器用に動き回り、前身を隠しコックとなって、宝島を目指す船に乗り込む。彼は船員たちをそそのかして反乱を起こし、宝の横取りをたくらむが、やがて形勢不利と見て、反乱の首謀者でありながら寝返り、船長や「わたし(少年ジム・ホーキンス)」たちの側につく。

『白鯨』(メルヴィル)  かつてエイハブ船長は、白鯨モービー・ディックのために片足を喰い切られた。一本足になったエイハブは鯨骨製の義足をつけ、白鯨に復讐すべく、30人の乗組員を率いてピークォド号で大洋に乗り出す。ピークォド号は赤道付近で白鯨を見つけ、追跡と死闘が3日続く。白鯨はピークォド号に体当たりし、沈没させる〔*ただ1人生き残った乗組員イシュメイルが、この物語の語り手となる〕。

★4a.悪魔の片足は馬の足。

『三人の職人』(グリム)KHM120  3人の職人が、仕事を求めて旅をする。りっぱな服装(みなり)の人が、「私の言うことを聞いてくれれば、お前さんたちを大金持ちの旦那にしてあげる」と声をかけてくる。その人の足もとに目をつけていると、馬の足と人間の足とが片方ずつ見えたので、職人たちは、「こいつは悪魔だ」と気づく〔*悪魔は職人たちに手伝わせて、ある殺人者の魂を取って行った〕。

『ファウスト』(ゲーテ)第1部「ライプチヒなるアウエルバッハの酒場」  悪魔メフィストフェレスが人間の姿になり、ファウスト博士を書斎から連れ出して、学生たちがたむろする地下酒場へ案内する。学生たちはメフィストフェレスを見て、「こいつ、なんで片足を引きずっているのだろう」と不審がる〔*左足が馬の足なので、引きずっていたのである〕。メフィストフェレスは学生たちを翻弄し、ファウスト博士とともに酒樽に乗って飛び去る。

★4b.足の形をした根。半分は人間の足、半分は小羊の足。

『悪魔の足』(ドイル)  人間の足の形と小羊の足の形とが半々になった植物の根があり、その形状から「悪魔の足」と名づけられている。これを燃やすと猛毒の気体が発生し、脳中枢に働きかけて、人を恐怖と死へ追いやる。モーティマという男が財産の独り占めをねらって「悪魔の足」を用い、兄弟2人を発狂させ、妹ブレンダを殺した。ブレンダの恋人だったスターンデール博士が、同様の方法でモーティマを殺し、復讐した。ホームズはスターンデール博士を告発せず、そのまま去らせた。

★5.片足の登山。 

雷電山の山姫の伝説  雷電山の頂上に片足の姫神が住み、神楽を奏していた。この姫神に逢うには、片足で山上まで登らねばならない。1人の青年が神楽を聞き、「姫神に逢いたい」と思いつめ、片足で山を登り始める。しかし9合目で力尽き、両足を地に着けてしまった。疲労に絶望が加わり、青年は死んだ。以来、姫神の神楽の音も絶えた(埼玉県比企郡玉川村日影)。

★6.片足で立つ王。 

『金枝篇』(初版)第3章第1節  シャムでは春季に、本物の王とは別に、一時的な仮の王が任命される。彼は3日続く儀式の間、右足を左膝に乗せ、木にもたれかかって片足で立っている。冬季の儀式では、彼は天蓋の木枠で身体を支え、3時間ほど、椅子の上に片足で立つ。もし片足を下ろしたら、彼は財産を没収され、彼の一族は奴隷となる定めだ。片足を上げ続けるというのは、おそらく本来は、稲を高く実らせるための呪術であったろう。

★7.片足に靴をはき、片足は裸足の男。

『アルゴナウティカ』(アポロニオス)第1歌  イオルコスの王ペリアスは、「片方だけサンダルをはいた男に気をつけよ」との神託を得る。やがて、王位の正統な継承者イアソンがやって来る。彼はアナウロス河を渡る時、一方のサンダルを流れの中でなくし、片足は裸足のままペリアスの前に現れる〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)巻1−9に類話〕。

『今昔物語集』巻6−3  達磨和尚が死に、埋葬して14日後、朝廷の使者宗雲が、葱嶺(パミール高原)で天竺に帰る達磨に出会った。達磨は片足に草鞋をはき、片足は裸足だった。後に達磨の墓へ行き棺を開いて見ると、遺体はなく、ただ履の片方だけが残っていた。

★8.片足に足袋をはき、片足は裸足の女。

『足袋』(松本清張)  商事会社の総務部長・村井英男(42歳)は、謡曲の師匠・津田京子(38歳)との不倫関係を断ち切った。しかし京子は、村井の家に無言電話を何度もかけ、深夜、家のまわりをうろついた。ある朝、村井の家の郵便受けに、白足袋の左の片方が投げ込まれた。やがて玉川上水から、和服姿の京子の溺死体が上がる。遺体の脚は、白足袋を右の片方だけはき、左は素足であった。

 

*片足に下駄、片足に草履→〔二者択一〕3cの 黒住宗忠の逸話。

 

 

【片腕】

★1a.怪物の片腕(前足)を取る。

『今昔物語集』巻27−22  兄弟2人が夜の狩りに行く。怪物が兄を襲うので、弟が矢を放って怪物の片腕を射切り、その片腕を持って帰宅する。家では老母がうめいている。兄弟が怪しんで火をともし、持ち帰った片腕を見ると、それは老母の手だった〔*弥三郎婆鍛冶屋の婆千匹狼などの伝説も、しばしば、狼の前足を切り取って自家または他家へ行き、片腕を失った老婆を見る、という展開を示す〕。

『捜神記』巻18−17(通巻429話)  陳郡の謝鯤が、客が必ず殺される宿に1泊する。夜中に黄色い着物の男が現れ、「戸を開けろ」と言う。謝鯤は、男が窓からさし入れた片腕を、力をこめて引き抜き、男は逃げ去る。夜が明けてから見るとそれは鹿の前脚であり、以後、この宿には怪異は起こらなくなった。

『太平広記』巻432所引『広異記』  男が2頭の虎に追われて木に登る。虎たちは人間の言葉で「朱都事を呼ぼう」と相談し、やがて虎がもう1頭やって来る。男は山刀をふるい、「朱都事」と呼ばれる虎の前足の爪を斬り落とす。その後、男が朱都事という人の家を探りに行くと、「手に怪我をした」と言って寝ている。報告を受けた役人たちが家に火をかけ、朱都事は虎の姿になって逃げ去った。

★1b.怪物が、取られた片腕を取り返しに来る。

『ベーオウルフ』  怪物グレンデルがデネ(=デンマーク)のヘオロット宮殿を夜ごと襲い、人々を殺す。イェーアト族(=スウェーデン南部を支配)の王の甥べーオウルフが、グレンデルと戦うためにデネに赴く。べーオウルフはグレンデルと格闘して片腕をもぎ取り、グレンデルは荒地の沼へ逃げ去る。しかし次の夜、グレンデルの母である女怪が襲来し、息子の片腕を奪い返す。

『羅生門』(御伽草子)  渡辺綱が羅生門に赴き、名刀膝丸をふるって鬼童子の右腕を斬り落とすが、帰途奪い返される。後、源頼光が病気になり、「大和国宇多郡の森に住む鬼神を退治すれば治る」と、ある者が言う。綱は森へ行き、名刀髭切で牛鬼の片腕を斬り落として持ち帰る。牛鬼は頼光の母に化けて、腕を取り戻しに来る〔*能『羅生門』『太平記』巻32「鬼丸鬼切の事」など類話は数多い〕。

*怪物が片腕を取り返しに来る物語の近代版が、→〔手〕3bの『手』(モーパッサン)。

★2a.片腕を取られる人。

『源平布引滝』3段目「九郎助住家の場」  百姓九郎助の娘小万が、源氏の白旗を守って琵琶湖を泳ぎ、平宗盛の船に救い上げられる。平家の侍たちは、小万の手から白旗を奪い取ろうとする。源氏方に心を寄せる斎藤別当実盛が、「白旗を平家に渡しては源氏の恥。女の命よりも旗が大事」と判断し、白旗を握る小万の片腕を、水中に斬り落とす〔*九郎助と彼の孫(=小万の子)太郎吉が、源五郎鮒を取ろうと打つ網に、小万の片腕がかかる。九郎助は、小万の片腕を利用して、葵御前の難儀を救う→〔出産〕5〕。

『平家物語』巻9「忠度最期」  薩摩守忠度が岡部六野太の頸を打とうとした時、六野太の童が馳せ来て打刀を抜き、忠度の右腕を肘もとから斬り落とす。忠度は片腕で六野太を投げのけて西に向かい、十念をとなえる。

*狼の口に片腕を入れて、噛み切られる→〔狼〕5

*「真実の口」に片手を入れ、噛み切られたふりをする→〔口〕7

★2b.片腕を取られたので、銀の腕をつける。

『ケルトの神話』(井村君江)「銀の腕のヌァザとブレス王」  ダーナ神族の王ヌァザは、フィルヴォルグ一族との合戦で片腕を斬り落とされた。医術の神ディアン・ケヒトが、銀の腕を作ってヌァザの肩につけ、彼は「銀の腕のヌァザ」と呼ばれるようになった〔*ヌァザの切り落とされた腕は土の中に埋めてあったが、後にケヒトの息子ミァハがこれを取り出し、呪文を唱えて、もとどおりヌァザの身体につけた〕。

★2c.片腕を取られたので、鉄の鉤(かぎ)をつける。

『ピーター・パン』(バリ)5  昔、海賊フックはピーター・パンに右腕を切り落とされ、以来、鉄の鉤(かぎ)をつけるようになった。フックは「髪をとかしたり、その他あれこれと用を足すのに、鉤の方が手の何十倍も役に立つ」と、強がりを言う。そして、いつの日にか、この鉤でピーター・パンを引き裂いてやろう、と思う。

 *戦傷で、両手とも鉤の義手になる→〔兵役〕5aの『我等の生涯の最良の年』(ワイラー)。

★2d.片腕に鉤手(フック)をつけた殺人鬼。

鉤手の男(フック・マン)(ブルンヴァン『消えるヒッチハイカー』)  彼と彼女が車を停めてデートしている時、カーラジオがニュースを告げた。「気の狂った殺人鬼が、精神病院を抜け出した。その男は片腕がなく、鉤手(フック)をつけている」。彼女が怖がるので、彼は猛スピードで車を走らせ、彼女を家まで送り届ける。彼が運転席を降り、彼女の側のドアを開けに行くと、ドアには血だらけの鉤手がひっかかっていた。

★2e.片腕の静脈に、ねじを装着する。

『ねじ式』(つげ義春)  「ぼく」は漁村の海辺へ泳ぎに来て、メメクラゲ(*→〔書き間違い〕3)に左腕を噛まれた。静脈が切断され、出血多量で死ぬかもしれないので、「ぼく」は医者を捜しまわる。産婦人科の女医が「お医者さんごっこをしてあげます」と言い、裸になって「ぼく」と一緒に寝る。女医は麻酔なしで「ぼく」を手術し、ねじを装着して血管をつないでくれた。それ以来、ねじを締めると血流が止まって、「ぼく」の左腕はしびれるようになった。 

★3.若い女の片腕。

『片腕』(川端康成)  「私」は娘の右腕を一晩借り、アパアトメントの自室に帰る。「私」は娘の腕と語り合い、自分の右腕を肩からはずして、娘の腕を自分の肩につける。「私」はそのまま安らかに眠るが、ベッドに置かれた自分の右腕が横腹に触れたので、飛び起きて戦慄する。「私」は娘の腕を肩からもぎ取って、自分の右腕を再び肩につける。

★4.自らの片臂を切り落とす。

『無門関』(慧開)41「達磨安心」  達磨が面壁座禅し、二祖慧可が雪の中に立つ。慧可は自分の片臂を切り落として「師よ、我が心を安んぜよ」と請う。達磨は「心を持って来い」と言い、慧可は「心を捉えられぬ」と答える。達磨は「すでに汝を安心せしめた」と言う。

 *自らの両臂を焼く→〔手〕8の『法華経』「薬王菩薩本事品」第23。

★5.子供たちの片腕を切り落とす。

『地獄の黙示録』(コッポラ)  ベトナム奥地へ侵攻したアメリカ軍が、収容所内の現地の子供たちに小児麻痺の予防注射をする。ところがその直後にベトコンが来て、注射された子供たちの片腕をすべて切り落としてしまった。小さな腕が、山のように積み上げられた〔*「神」となったカーツ大佐が特殊部隊にいた時の体験として、ウィラード大尉に語る話〕。

*予防接種を恐れる東洋人→〔牛〕5の『半七捕物帳』(岡本綺堂)「河豚太鼓」。

 

*片腕の男→〔濡れ衣〕1fの『逃亡者』(デイヴィス)。

 

 

【片目】

 *関連項目→〔一つ目〕

★1a.片目を射る。左目を射る・射られるという物語が多い。

『三国志演義』第18回  夏侯惇は左眼を射られ、矢を引き抜くと眼球までいっしょに抜けてきた。彼は「これは父母の血だ。棄ててなるものか」と言って、そのまま口に入れ呑みこんだ。

『神道集』巻4−17「信濃国鎮守諏訪大明神秋山祭の事」  奥州の賊・悪事の高丸は、諏訪明神の化身である侍の矢で、左目を射られた。

『南総里見八犬伝』第6輯巻之5第60回  犬飼現八は、夜の庚申山で、馬に乗った妖怪(赤岩大角に化けた山猫)の左目を射る。妖怪は眼瘡治療の薬として、胎児を求める→〔切腹〕2

『平家物語』巻9「二度之懸」  後三年の役の折、16歳の鎌倉権五郎景正(景政)は、左の眼を射抜かれながらも、返し矢を射て敵を討った→〔片目〕6の『和漢三才図会』巻第65。

*→〔百足〕2の『日光山縁起』下。

★1b.片目を抉る。

『黒猫』(ポオ)  「わたし」は酔って、飼い猫プルートーの片目をナイフで抉り、後には木に吊るして、縛り首にしてしまった。そのことを悔いた「わたし」は、ある夜、酒場でプルートーそっくりの猫を見て、家に連れて来た。しかし翌朝見ると、その猫はプルートー同様に、片目がつぶれていた。

『封神演義』第7回  姜皇后は、「紂王暗殺を企てた」との濡れ衣を着せられて、片目を抉り取る刑を受ける。執行吏が、長さ8寸・直径8分(ぶ)の竹筒を皇后の眼窩に立て、拳で叩くと眼球は飛び出た。

★2.自らの片目をくり抜く。

『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)(スノリ)第15章  北欧の主神オーディンは、ミーミルの知恵の泉を一口飲むために、片目を代償にした(『巫女の予言』28に同話)。

『国性爺合戦』初段  明の右軍将李蹈天が、自らの左目をくり抜いて韃靼の使者に捧げる。これは、李蹈天が明を裏切り韃靼に味方する、との合図だった。

*自らの両目を抜き取る→〔目〕3a・3b

★3.片目が抜け出る。

『墓場の鬼太郎』(水木しげる)  幽霊族の最後の生き残り夫婦が山奥から人間界に出てくるが、しばらくして2人とも死ぬ。土中に埋葬された母親の身体から、鬼太郎が誕生する。古寺に放置された父親の死体は腐乱し、片目が抜け出て手足が生え、目玉親父となる。

『用明天王職人鑑』初段・4段目  妖術師伊賀留田の益良の右目が抜け出、小仙人の姿となって空を飛び、さまざまな悪事を働くが、誕生間もない聖徳太子の左の掌から発した光に打たれて、地に落ちる。刀で刺し貫くと、もとの目玉の形にもどった。

★4.神像の目を取る。

『播磨国風土記』揖保の郡浦上の里  神嶋の石神の顔に五色の玉があり、胸に流れる涙があってそれも五色である。昔、新羅の人が石神を見て珍しい宝石と思い、神の顔を壊して1つの瞳を抉り取った。それゆえ石神は泣いているのである。

★5.二人の片目を足し合わせれば一人の両眼と等しい、という計算。

『ギリシア奇談集』(アイリアノス)巻13−24  ザレウコスは、「姦通者はその両眼を抉り取る」との法規を定めたが、彼の息子が姦通罪で捕らえられてしまった。彼は息子が完全に失明するのを救うため、自分の一眼を息子の一眼に代えて抉らせた。

★6.片目の魚。

片目の鯉の伝説  薬師様を祀る慈林寺の坂下に、龍燈の池がある。この池に棲む鯉や鮒や亀は、すべて片目である。それは、目を患う人が薬師様に祈り、病気平癒のお礼として池に放した鯉や鮒が、病人の身代わりに片目になったのである。それゆえ、「この池の魚を釣ったり悪戯したりすると、目がつぶれる」と言われる(埼玉県川口市安行慈林)。

『和漢三才図会』巻第65・大日本国「出羽」  鎌倉権五郎景政が鳥海弥三郎と戦って右眼を射られたが、景政は返し矢を放って鳥海を射殺した(*→〔片目〕1aの『平家物語』巻9「二度之懸」)。景政は眼にささった鏃(やじり)を抜き、鳥海山の麓の川で眼を洗った。それで、この川にいるかじかは、一眼が眇(すがめ。=「つぶれた眼」あるいは「やぶにらみ」)である。

★7.片目の蛙。

片目の蛙の伝説  泰澄大師産湯の池で眼を洗えば、眼病が治る。眼病の者や眼のつぶれた者が大師に願をかけると、大師は蛙の目をもらって人に下さるので、この池の蛙は片目であるという(福井県鯖江市三十八社)。 

 

*右眼で見ると人間、しかし左眼で見ると名刺→〔名前〕2の『S・カルマ氏の犯罪』(安部公房)。

 

 

【語り手】

★1.信頼できない語り手。語り手が必ずしも事実を語らない。

『アクロイド殺人事件』(クリスティ)  財産家アクロイドが刺殺された。アクロイドの知人である医師の「私」は、生前のアクロイドの様子、殺人現場の状況、探偵ポアロの推理の過程などを、事実の通りに記述する。しかし「私」は、「私」がアクロイドを殺した前後10分間の行動についてはすべて省略し、記述しなかった→〔録音〕2b

『藪の中』(芥川龍之介)  盗賊多襄丸が、旅人金沢武弘・真砂夫婦を藪の中で襲い、あとに武弘の死体が残された。この出来事の経過について、多襄丸、武弘の死霊、真砂の3人は、それぞれに食い違う物語をする。誰が本当のことを述べているのか、あるいは3人とも偽りを述べているのか、わからない〔*『羅生門』(黒澤明)では、事件を目撃した木こりが「真相」を物語るが、別の男が「お前の言うことも当てにならない」と言う〕→〔謎〕5

★2a.越境する語り手。物語の語り手(あるいは作者)と作中人物が交渉する。メタ・フィクション。

『朝のガスパール』(筒井康隆)  小説家櫟沢は、商社の常務貴野原征三や秘書石部智子たちの登場する物語『朝のガスパール』を新聞に連載し、作中人物の貴野原はパソコン・ゲーム「まぼろしの遊撃隊」を楽しんでいる。現実と虚構の間の壁、虚構と虚構内虚構の間の壁が破れ、新聞連載を終えた櫟沢はパーティ会場で、貴野原や智子、遊撃隊のキャラクター深江や平野、さらにはトルストイ、ゾラ、筒井康隆などと出会う。

『不滅』(クンデラ)  小説家の「私」は、プールで老婦人を見たことをきっかけに、アニェス、その夫ポール、アニェスの妹ローラなどの人物を想像(=創造)し、彼らの物語を書く。物語の途中で、アニェスは交通事故死する。アニェスたちの物語の着想を得てから2年後の同じ日同じ場所で、「私」は作中人物のポールとローラに出会い、会話する。

★2b.語り手である「筆者」と、作中人物「医師リウー」が、同一人物であることが最後に明かされる。

『ペスト』(カミュ)  オラン市のペスト発生から終息にいたる期間の、医師リウー、新聞記者ランベール、神父パヌルー、判事オトン、心を病む男コタール、著作をこころざすグランなど、さまざまな人間模様を、語り手である「筆者」が記録する。物語の最後になって「筆者」は、自分がリウーであることを明かす。医師として多くの市民と関わり、彼らの思いを感じ取れる状態にあったので、リウーは「筆者」となるのに適切な存在だったのである。

★2c.語り手の「わたし」が、物語に登場する人物「ムーン」であることが、最後に明かされる。

『刀の形』(ボルヘス)  顔に弧を描く刀傷を持つ男が、ボルヘスに語った物語。「昔、『わたし』はアイルランド独立のために戦った。新入りの同志ムーンは役立たずで、おまけに卑怯者だった。ムーンは身の安全のために、仲間の『わたし』を敵に密告したのだ。『わたし』はムーンを追い詰め、彼の顔に半月型の刀傷を刻みつけてやった。最後まで話を聞いてもらうために、こんな話し方をした。『わたし』が、ムーンなのだ」。

★3.語り手が死んでしまうが、また生き返る。

『山谷五兵衛』(武者小路実篤)  60代半ばの「僕」は、8歳年下の友人山谷五兵衛を主人公に長編小説を書く。小説の中で「僕」と山谷は様々な話題・思想を語り合う。主人公の山谷が死ねば小説を終えることができるが、そうするわけにはいかないので、作者イコール語り手の「僕」が、山谷との対話中に死んで、小説は終わる。「僕」はやがて不死鳥となって生き返り、新たな作品に取りかかるであろう。

★4.語り手が死者である。

『地獄』(川端康成)  「私」は7年前に死んだ。死人どうしが会うことはなく、死の世界はまったくの孤独である。それで「私」は、生きている友人西寺と時々短い話をする。近頃、西寺は雲仙を訪れた。昔、「私」の妹が西寺と一夜の関係を結び、翌朝妹は登別温泉の地獄に落ちて死んだ。雲仙温泉の地獄は登別の地獄と似ているのだった。

『われを憐れめ』(マラマッド)  コーヒーのセールスマンだった初老の男が語る。「私は、つぶれかけた食品店の未亡人エヴァに同情し、経済的な援助をしようとした。しかしエヴァは私を嫌い、私の好意をすべてはねつけた。私は弁護士の所へ行き、私の全財産がエヴァのものになるように遺書を作成した。それから家へ帰って自殺した」。男は自らが死にいたった事情を、霊界の生活調査員に語り続けた。

*百物語の語り手が死者である→〔録音〕1の『現代民話考』(松谷みよ子)12「写真の怪 文明開化」第2章の8。

★5.語り手が犯罪者であることが、最後に明かされる。

『アルセーヌ・ルパンの逮捕』(ルブラン)  大西洋を西進する快速船に、「ルパンが変名で乗り込んだ」との電信がもたらされる。乗客の1人である「ぼく」は、美しいネリー嬢と親しくなり、誰がルパンなのか、推理を語り合う。ルパンではないかと見なされた男が、本物のルパンによって縛られ、金を奪われたため、乗客たちは混乱と恐怖の中に置かれる。やがて船はアメリカに着き、港で待つガニマール警部は、意外なことに「ぼく」を逮捕する。「ぼく」こそがルパンなのだった。

『私』(谷崎潤一郎)  「私」が一高の寄宿寮にいた頃、しばしば盗難事件があった。同室の平田は「私」を疑っていたが、「私」の潔白を信じてくれる友人もいた。ある晩、部屋に誰もいなかったので、「私」は平田の机から10円の小為替を抜き取ったところを、取り押さえられた。それは「私」を捕らえるための罠であり、「私」は友人たちの前で、自分に盗癖があることを告白した。

*→〔語り手〕1の『アクロイド殺人事件』(クリスティ)。

★6.語り手が遠い昔に殺人を犯したことが、最後に明かされる。 

『天城越え』(松本清張)  印刷業を営む50歳すぎの「私」は、「刑事捜査参考資料」という本の印刷を、老刑事から頼まれる。それは30数年前の、未解決に終わった殺人事件の記録だった。「私」は感慨深くその記録を読んだ。老刑事は、「犯人が今頃わかっても、時効だからどうすることもできません」と言った。殺人犯は、当時16歳だった「私」であり(*→〔道連れ〕2)、老刑事はそれを知っていて、「私」に印刷を依頼したのだった。

★7.物語の最後に真相を明かす、という語り方。 

『沓掛にて』(志賀直哉)  芥川君の『奉教人の死』は、主人公が実は女であることを読者には知らさずにおき、最後に真相を明かして、読者に思いがけない想いをさせるような筋だった。「私(志賀直哉)」は、「筋としては面白いが、仕舞いで背負い投げをくわすやり方は、読者の鑑賞がその方へ引っ張られるため、そこまで持って行く筋道の骨折りが無駄になり、損だと思う」と芥川君に云った。芥川君は素直に受け入れてくれ、「芸術というものが本統に分っていないんです」といった。

 

 

【河童】

★1.河童婿。

『現代民話考』(松谷みよ子)1「河童・天狗・神かくし」第1章の2  大正5年(1916)頃。利根川支流の片品川に住む河童が美男に化け、村の庄屋の娘のもとへ通った。男が帰った後は、いつも床がぬれていた。娘は、針に木綿糸をとおして男の裾に縫いつけ、朝になって糸をたどって行くと、片品川の深い淵であった。身ごもっていた娘は、男の正体が河童と知って、淵に身を投げた。河童と娘の子孫は、今もその淵に住んでいるらしい(群馬県利根郡白沢村)。

 *糸をたどって、男の正体が神・蛇・みみず・木などであることを知る→〔糸〕2a

『遠野物語』(柳田国男)55  松崎村の川端の家の女(=人妻)のもとへ、怪しい男が毎晩通って来る。その正体は河童であろうというので、婿や姑が女を守って側に寝るが、河童の侵入を防ぐことはできなかった。深夜に女が笑う声を聞いて、「さては河童が来ているな」と知りながら、婿も姑も身動きできないのである。やがて女は、河童の子を産んだ→〔出産〕2。 

★2.河童駒引き。

『遠野物語』(柳田国男)58  夏の日。男が馬を冷やすために、淵へ連れて行く。河童が現れて、馬を淵へ引きこもうとする。しかし逆に馬に引きずられ、河童は厩の前まで来てしまい、馬槽の中に隠れる。村人たちが集まって、河童を殺そうか許そうか評議するが、結局、「今後は村の馬に悪戯をしない」と固く約束させて、河童を放免した。

ねね子河童(水木しげる『図説日本妖怪大鑑』)  利根川に棲む「ねね子(弥弥子)河童」は、女の河童である。いけすの魚を盗んで食べたり、子供を川へ引きずり込んだり、胡瓜畑を荒らしたり、悪いことばかりしていた。ある夏の夕暮れ、ねね子は馬を川へ引き込もうとして、侍に捕らえられた。ねね子は侍に詫び、切り傷の妙薬の秘法を教えて、水中に没した。 

*「ガータロ(河童)」が人を水へ引き込む→〔鎌〕7の『紀伊国狐憑漆掻語(きいのくにのきつねうるしかきにつくものがたり)』(谷崎潤一郎)。

★3.河童の詫び証文。

河童の詫び証文の伝説  柳瀬川に1匹の河童が棲んでいた。河童は夏になると、水泳に来た子供を淵に引き込んで腸を裂き取り、仲間の河童へ中元として贈っていた。ある時、河童は馬を引きずり込もうとして、馬子につかまる。持明院の和尚が河童を詰問し、河童は「今後は悪事をしません」と誓って、証文を書く。証文は、その後永く持明院に保存された(埼玉県所沢市久米)。

★4.相撲をとる河童。

河童相撲の伝説  祭りの相撲に、2人の強い男がやって来て、村の若者たちを負かした。2人の正体は河童だった。河童の腕は、押す力に対しては強いが、引かれると簡単に肩から脱けてしまう。そのことを知った村の若者たちは、翌日の相撲では、2人の男の両腕を力いっぱい引っ張り、脱いてしまった。男たちは降参し、ダラリと下がった腕をかかえて逃げて行った(遠野市附馬牛)。

一人相撲(水木しげる『図説日本妖怪大全』)  筑前国姪浜(めいのはま)の久三という男が、河童5匹と川原で相撲をとる。河童は身体がヌルヌルしてつかまえどころがなく、久三は苦戦するが、一計を案じ、河童の股に手をさし入れ、逆さまにして次々と投げ倒した。近所の人たちが集まって観戦したが、不思議なことに河童の姿は見えず、久三が1人で相撲をとっているように見えた。

『和漢三才図会』巻第40・寓類恠類「川太郎」  川太郎は西国・九州の渓澗・池川に多くいる。10歳ぐらいの小児のようで、裸形で立って歩き、人語を話す。頭の巓(いただき)に凹形があり、ここに一掬(すく)いの水を盛ることができる。相撲を好む習性があり、人を見ると招いて相撲に誘う。人がこれを相手にする場合には、まず俯仰して頭を揺(ふ)ると、川太郎も俯仰数回し、その間に頭の水の流れ尽きたのも知らず、力つきて倒れる(もし頭に水があると、力は勇士に倍する)。

★5.厠にひそむ河童。

『夜窓鬼談』(石川鴻斎)上巻「河童」  筑後の柳川は河童の多い所である。夜、藩士某の美貌の妻が厠に入ると、手をのばして陰部をまさぐる者がある。妻は匕首でその手を斬り取る。手の指は3本で長い爪がついていた。翌晩、童子が来て、「私は河童です。淫らな心を起こして片腕を失いました」と侘びるので、妻は河童の片腕を返してやる。河童は、腕をもとどおりつなぐ妙薬を持っており、その薬の作り方を妻に教えた。

★6.河童が命を棄てて、雨を降らせる。

『河童の雨ごい』(昔話)  沼の河童が「人間の仲間に入れてもらえず、魚や亀の仲間にもなれないので面白くない」と言って、いろいろ悪さをして村人を困らせる。旅の坊さんが河童に、「人のためになることをすれば、人間に生まれ変われるかもしれない」と教える。夏に日照りが続いたので、河童は「自分の命と引き換えに、村に雨を降らせて下さい」と、何日も飲まず食わずで神さまに祈る。やがて雨が降り出し、滝のような雨に打たれながら、河童は死んでいった。

*龍が体をばらばらにされる、という犠牲をはらって雨を降らせる→〔雨乞い〕3a

★7.河童の皿。

猿猴(えんこう)すべりの伝説  滝に棲む猿猴(=河童)が、頭の上の皿をいろいろに化けさせ、人間が手を出すと水中へ引きずり込んだ。上野介(こうずけのすけ)という男が、水に浮かぶかんざしを拾おうとして、猿猴に片腕をつかまれる。大力の上野介は、逆に猿猴を引きずり上げ、縄でしばった。しかし、女中の持つ柄杓(ひしゃく)の水気が皿にかかったので、猿猴は力を回復し、縄を切って逃げて行った(広島市安佐北区白木町)。  

★8.河童の教え。

『現代民話考』(松谷みよ子)1「河童・天狗・神かくし」第1章の14  九頭竜川の河童たちが、口々に「川の水をかえてくれ」「もう住んでおれん」「あの川の水は人間にも良くない」と、村人に訴える。しかし九頭竜川はこれまでと変わりなく、青く澄んでいるので、村人は河童の訴えを無視する。そのうち河童たちは、どこかへ行ってしまった。村人の1人が、方言調査に来た学生に、この話をする。学生は川の水を採取して、検査機関に持ち込む。その結果、九頭竜川がカドミウムに汚染されていることがわかった(福井県)。

★9.河童の変形の「ガッパ」。

『大巨獣ガッパ』(野口晴康)  南太平洋上のオベリスク島に、島の守り神ガッパがいる。ガッパは水陸両棲の爬虫類で、翼も持っており、空を飛ぶことができる。顔面は河童に似て、くちばしがある(頭の皿や背中の甲羅はない)。巨大な卵から生まれたガッパの子を、日本人探検隊がさらって行く。父ガッパと母ガッパが、子ガッパを追って日本へやって来る。父ガッパと母ガッパは熱海に上陸し、関東の諸地方を破壊した後に、子ガッパを取り戻す。親子3頭は空を飛んで、オベリスク島へ帰る。

★10.河童の世界のアダムとエバ(=イヴ)。

『河童』(芥川龍之介)14  河童の国で一番勢力のある宗教は「近代教」、別名「生活教」だ。神である「生命の樹」が、1日のうちにこの世界を創造し、はじめに雌の河童を造った。雌の河童は退屈のあまり、雄の河童を求めたので、神は雌の河童の脳髄を取り、雄の河童を造った(*『創世記』第2章では、神がアダムのろっ骨を取ってエバを造る→〔骨〕1a)。神はこの2匹の河童に、「食えよ、交合せよ、旺盛に生きよ」という祝福を与えた(『創世記』第1章では、神は「生めよ、殖えよ、地に満てよ」と祝福する→〔息〕2a)。 

*河童の国の詳細については→『河童』(芥川龍之介)

  

*河童の足跡→〔足跡〕7の『遠野物語』(柳田国男)57。

*河童に尻子玉を抜かれる→〔泳ぎ〕5bの『現代民話考』(松谷みよ子)1「河童・天狗・神かくし」第1章の4。

 

 

【蟹】

★1.蟹が蛇を殺す。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)196「蛇と蟹」  蟹と蛇が一緒に暮らしていたが、蛇はいつも意地悪であった。怒った蟹は、蛇が眠っているのを見すまし、喉をはさんで殺した。

『沙石集』(古典文学大系本)拾遺61  大・中・小・3匹の蟹が、蛇と闘ってはさみ殺した。もっとも功績のあった小蟹が、3つに切断した蛇の、頭の部分を得て食った。

★2.蟹が蛇を殺して、人を救う。

『太平広記』巻464所引『広異記』  大海の島に宝の山があり、商人たちが宝を船いっぱいに積んで出帆する。山の神である大蛇が追うが、蛇の敵の大蟹が海中から現れて蛇の首をはさみ殺し、商人たちは無事だった。

『パンチャタントラ』第5巻第15話  バラモンが旅立ちにあたり、母のすすめで蟹を旅の道連れとして樟脳の袋の中に入れておく。彼が樹の下で眠った時黒蛇が近づいたが、蛇は樟脳の芳香を好み、それを食おうとして袋の中の蟹に殺される。

★3.蟹が蛇を殺して、娘を救う。

蟹沼の伝説  沼近くの村に長者がいた。娘が夜泣きをするので、屋敷の庭に遊ぶ子蟹を、おもちゃとして与えた。以来、娘の夜泣きは止まり、すくすく成長する。子蟹も、娘から食べ物をもらって大きくなり、一族を増やす。嵐の夜、大蛇がやって来て娘を襲うが、蟹の一族が大蛇を殺して、娘を救った(秋田県由利郡由利町)。

『日本霊異記』中−8  蛇に呑まれようとする蛙を救うため、女が蛇の妻になることを承知する。約束の夜、家を閉じ祈願をしてこもる女のもとへ蛇がやって来るが、1匹の大きな蟹が、蛇をずたずたに切り殺して女を救う〔*中−12の類話では、8匹の蟹が蛇を殺す〕。

★4.蟹が蛇に味方する。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第5章  ヘラクレスが9頭のヒュドラ(水蛇)と闘った時、大蟹が蛇に味方してヘラクレスの足を噛んだ。ヘラクレスは大蟹を殺した後に、ヒュドラを退治した。

★5.悪人は死後、蟹に生まれ変わる。

『閲微草堂筆記』「姑妄聴之」巻15「蟹の前世」  この世で悪事を働いた人間は、蟹に生まれ変わる(*→〔命乞い〕2)。他の生物と異なり、蟹は生きたまま釜に投げ入れられ、熱湯で茹でられてから、食膳に供せられる。茹で上がるまでに長い時間がかかり、その苦しみは堪えがたい。これは悪事の報いである。

『無門関』(慧開)35「倩女離魂」は、悟れぬ人間が突如として死を迎える時のありさまについて、「熱湯に落ちた蟹が手足をバタバタさせるようなものだ」と説く。

★6a.平家蟹。

『耳なし芳一のはなし』(小泉八雲『怪談』)  壇の浦の海戦で、平家一門はまったく滅びてしまった。それ以来7百年もの間、この海や浜辺は、平家の怨霊に悩まされてきた。平家蟹という奇妙な蟹がおり、甲羅が人間の顔になっていて、平家の武士たちの魂だ、といわれている。

★6b.島村蟹。

『狗張子』(釈了意)巻1−5「島村蟹のこと」  細川高国の家臣島村左馬助は、わずかな過ちゆえに殺された。彼の亡魂は蟹となり、摂州尼が崎に多く湧き出た。これを島村蟹という。他の蟹より小さく、表面に皺(しわ)がたくさんある。

★6c.毛蟹。

『毛蟹の由来』(中国の昔話)  猿に追われて、蟹が穴へ逃げ込む。猿は穴の中に尻尾を突っ込んで、めちゃくちゃに振り回す。蟹は大きな鋏(はさみ)で、猿の尻尾をはさむ。猿は痛さにびっくりして尻尾を抜き取るが、たくさんの猿の毛が、蟹の鋏にくっついて残った。毛は年ごとにふさふさしてきて、代を重ねるうちに毛蟹となった(浙江省)。  

★7.蟹缶詰の「献上品」。

『蟹工船』(小林多喜二)  蟹工船のストライキが、帝国海軍によって制圧された。漁夫たちは、誰が敵であるか、そして敵たちがどのようにつながりあっているか、身をもって知らされた。漁期の終わり頃、漁夫たちは蟹缶詰の「献上品」を作った。「おれたちの本当の血と肉を搾り上げて作るものだ。さぞ、うめえこったろ」「石ころでも入れておけ! かまうもんか!」。皆、そんな気持ちで作った。

★8.蟹を養う爺と、蟹を喰う婆。

『聴耳草紙』(佐々木喜善)75番「ココウ次郎」  爺が、池に棲む蟹たちに毎日握り飯を与え、「ココウ次郎」と呼んでかわいがった。ある日、爺の留守に、婆が「ココウ次郎」と呼んで蟹たちを集め、喰ってしまい、甲羅を垣根の向こうへ棄てた。帰って来た爺は、蟹が1匹もいないので不思議に思う。何日かたって、烏が樹の枝にとまり、「甲羅(かあら)は垣根。身は婆(ばんば)」と鳴く。爺が垣根まで行くと、蟹の甲羅がたくさん散らばっていた。

 *虱を飼う人と、虱を食う人→〔虱〕4の『虱』(芥川龍之介)。

★9.巨大な蟹のような姿。

『シャム双生児の秘密』(クイーン)  探偵エラリイと彼の父クイーン警視が、外科医ザヴィヤー博士邸の客となる。夜、クイーン警視は、2階の暗い廊下の奥に、巨大な蟹のようなものを見て驚愕する。扉のカチリという音がして、蟹はどこかの部屋へ姿を消した。それは、16歳のフランシスとジュリアンのシャム双生児だった→〔シャム双生児〕1c

 *複合体(動物+器物、複数の動物)を、1体の化け物と見誤る→〔見間違い〕2

★10.かに座。

『星の神話・伝説集成』(野尻抱影)「かに座」  中国の28宿では、かに座を鬼宿(きしゅく)と呼んだ。鬼(き)は、たましいのことで、かに座の中心にあるプレーセペ星団が青白くぼうっと光っているのを、魂と見たのである。インドでは、釈迦が生まれた日に、月がこの星宿に位置していたというので、めでたい星宿としている。プレーセペ星団を、釈迦の胸にある卍に似ていると形容している。

 

*大蟹退治→〔斧〕4の『蟹淵と安長姫』(昔話)。

*化け蟹との問答→〔謎〕1の『蟹問答』(昔話)・『東海道名所記』巻5「近江国・蟹が坂」。

*蟹が、砂浜に映る自分の月影におびえる→〔尼〕3の『陰火(尼)』(太宰治)。

 

 

【金】

 *関連項目→〔金貨〕〔硬貨〕〔紙幣〕〔紙銭〕

★1a.金が人の手から手へ巡る。

『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)(鶴屋南北)  笹野屋三五郎の父了心の古主不破数右衛門は塩冶浪士で、御用金百両を必要としていた。三五郎は、父の古主のために百両を調達すべく、女房小万を使って薩摩源五兵衛をだまし、百両を奪う。だまされたと知った源五兵衛は怒り、小万をはじめ何人もの人を切り殺す。ところが源五兵衛とは、不破数右衛門が世をしのぶ仮りの名であり、実は、源五兵衛=数右衛門なのだった。三五郎が源五兵衛から奪った百両は、父了心の手を経て、ふたたび源五兵衛の手に入ったのである〔*三五郎は、「小万たちが死んだのは、もとは自分の愚行ゆえ」と悟って自害する〕。

『三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)(河竹黙阿弥)  短剣庚申丸の代金百両を十三郎が落とし、おとせが拾う。お嬢吉三がおとせから百両を奪い取るが、これを見ていたお坊吉三と争いになる。和尚吉三が仲裁に入り、百両を預かる。和尚が父伝吉の家に百両を置いて去ろうとすると、伝吉は「こんな金はいらぬ」と、百両を投げ返す。百両はその場に居合わせた釜屋武兵衛が拾うものの、武兵衛はお坊に脅され百両を取られる。やがて、庚申丸と百両をめぐる複雑な事情を3人の吉三は知り、短剣と百両とは、最後に十三郎の養父八百屋久兵衛の手に渡る。

★1b.金(あるいは宝物)が夫・妻・および第三者の間を巡る。

『史記』「孟嘗君列伝」第15  秦に赴いて捕らわれた孟嘗君が、秦の昭王の寵姫に助けを請い、寵姫は、天下一品の狐白裘を代償に要求する。狐白裘はすでに昭王に献上済みなので、孟嘗君の家来が宝物殿から狐白裘を盗み出して、寵姫に贈る。寵姫は昭王に進言し、おかげで孟嘗君は釈放される。

『人生の回転木馬』(O・ヘンリー)  ランシーと彼の女房が離婚手続きを治安判事に依頼し、ランシーは、なけなしの5ドル紙幣を手続き料として治安判事に支払う。ところが、女房が手切れ金5ドルをランシーに要求したので、ランシーはその夜、顔を隠して治安判事を脅し、彼から5ドル紙幣を奪って、翌日女房に渡す。しかしいざとなると離婚の決心がつかず、夫婦はよりを戻す。治安判事は、あらためて婚姻の儀式を行い、手数料5ドルをランシー夫妻に請求する。

『デカメロン』(ボッカチオ)第8日第1話  グルファルドは友人ガスパルルオーロの妻アンブルオージャを口説き、アンブルオージャは「2百フィオリーノほど金を都合してくれたら応じよう」と答える。グルファルドは一計を案じ、「商用で必要だから」と偽って、ガスパルルオーロから2百フィオリーノを借り、その金を、立会人のいるところでアンブルオージャに渡す。そしてグルファルドはアンブルオージャへの思いを遂げ、その後ガスパルルオーロに「借りた金は奥様に返した」と言う。アンブルオージャは、グルファルドから金を受け取ったことを認めざるを得ず、2百フィオリーノを夫ガスパルルオーロに渡した。 

*宝が人の手から手へ巡る→〔宝〕9a

★2a.金の使いこみとその穴埋め。

『三四郎』(夏目漱石)  野々宮さんが、妹よし子にヴァイオリンを買ってやるための20円を、金の必要な広田先生に貸す。その金を返しに行く使いの与次郎が、馬券を買ってなくしてしまい、穴埋めに三四郎から20円を借りる。与次郎は、いつまでも金を返さない。三四郎はやむなく美禰子に30円を借り、それを返すため、国の母に30円の送金を頼む。母は、三四郎ではなく野々宮さんに30円を送り、野々宮さんは三四郎に説教しつつ金を渡す。しかし、その金が巡り巡ってヴァイオリンに変形したとは、野々宮さん兄妹は気づかない。

『東海道中膝栗毛』(十返舎一九)「発端」  喜多八が「15両の使いこみをした」というので、弥次郎兵衛がその工面をすべく、15両の持参金つきの孕み女を嫁に取る。ところが、その女を孕ませたのは他ならぬ喜多八であった。喜多八は、孕ませた女に15両をつけてどこかの適当な男に押しつける算段をし、実はそのために金が必要なのだった。

★2b.借金とその返済。

『ラッパのひびき』(O・ヘンリー)  ウッズ刑事は、過去に悪人カーナンから千ドルを借り、返済できずにいた。そのため、カーナンが殺人を犯したことを知りながら、逮捕できない。カーナンはウッズ刑事を嘲笑し、さらに、新聞社にも挑発的な電話をしてからかう。新聞社は、「カーナン逮捕に千ドルの賞金を出す」と広告する。ウッズ刑事はカーナンを逮捕し、賞金として得た千ドルをカーナンに返済する。

★3.金を払わずに、その音だけを聞かせる。

『英雄伝』(プルタルコス)「デミトリアス」  若いエジプト人がある宮女に思いをかけ、巨額の金を約束する。ところが、ある夜エジプト人は宮女への思いを遂げた夢を見て満足し、現身の女を得る欲望を失う。宮女が約束の金を請求すると、裁判官が、全額を容器に入れゆり動かして「この音は宮女のもの」と裁く。

『掛け声の代価』(昔話)  男が大木を伐っていると、ある男が拍子をとって掛け声をかけ、あとから掛け声の代金を請求する。大岡越前守が、金を盆の上に落とし、その音だけを受け取れ、と裁く。

*→〔硬貨〕3にも記事。

★4.「金を与える」という言葉だけを聞かせる。

『百喩経』「伎楽人の演奏の喩」  伎楽人が王の前で演奏した。王は「千金を与えよう」と約束する。あとで伎楽人がもらいに行くと、王は「汝は音楽で我が耳を楽しませてくれた。わしも『金を与える』と言って、汝の耳を楽しませたのだ」と言った。

★5.金(かね)が蛇に変じ、蛇が金(かね)に変ずる。

『天福地福』(昔話)  正月に、正直爺は天福を授かる夢を見、隣の爺は地福を授かる夢を見た。正直爺は畑から大判小判の入った瓶を掘り出し、「これは地福だから」と言って、隣の爺に教える。隣の爺が取りに行くと、瓶の中身は蛇だったので、怒って正直爺の屋根の窓から投げこむ。蛇は大判小判に変じて降りそそぎ、正直爺は「天福が授かった」と喜ぶ(新潟県南蒲原郡)。

*金(かね)が、後に木の葉に変ずる→〔葉〕4a・4b・4c

*黄金(きん)のどんぐりが、後に茶色のどんぐりに変ずる→〔裁判〕1aの『どんぐりと山猫』(宮沢賢治)。

★6.金(かね)を蛇とすりかえる。

『金(かね)は蛇』(昔話)  夫婦が金を壺に入れて地に埋め、「人が見たら蛇になれ」と言いおく。泥棒が金を盗んで、代わりに蛇を入れる。夫婦が壺を掘ると蛇が出てくるので、「おれたちだ。金になれ」と言う。

*宗教者にとって、金銭は毒蛇同然のものである→〔毒蛇〕4

★7.乗り物の代金。

『浮世床』(式亭三馬)初編・巻之中  客が駕籠かきに「南鐐(2朱銀)をやるから急いでくれ」と注文する。駕籠は最初は速いが、しばらく行くとゆっくりになるので、客は「急ぎじゃ。南鐐じゃぞ」と言う。駕籠は速くなるが、すぐまた遅くなり、客は「急いだら南鐐。遅けりゃやらぬ」と言う。目的地へ着いて、客が南鐐1片を与えると、駕籠かきは「『南鐐やる』と3度言ったから、南鐐3片よこせ」と要求する〔*→〔願い事〕1の『サザエさん』・『マハーバーラタ』と同様の発想〕。

*船賃をただにする方法→〔乗客〕9aの『薩摩守』(狂言)。

★8.にせ金。

『ドクトル・マブゼ』(ラング)  マブゼ博士は秘密の地下室で、手下たちに贋紙幣を作らせていた。彼はいろいろな人物に変装して、株価の操作・いかさま賭博・殺人など、数々の犯罪を行なうが、フォン・ヴェンク検事に正体を見破られ、地下室に逃げ込む。そこでマブゼ博士は、かつて殺した人物たちの幻影を見て錯乱状態になる。正気を失った彼は、贋紙幣の山に埋もれて1枚1枚数えているところを、逮捕される。

『二銭銅貨』(江戸川乱歩)  「私」が下宿の机に置いた二銭銅貨は2つに割れる変造貨幣で、中に暗号を記した紙片があることを、同居人の松村が発見する。実はこれは、「私」の悪戯だった。松村が暗号を解いて捜し出した総額五萬圓の札束の紙幣は(*→〔暗号〕3)、よく見ると、すべて「圓」の字の代わりに「團」の字が印刷してあった。「十圓」「二十圓」ではなくて、「十團」「二十團」という、おもちゃのにせ札だったのだ。

『冥土の飛脚』上之巻   忠兵衛は、友人八右衛門の50両を、遊女梅川身請けの手付け金として、使ってしまう。忠兵衛は鬢水入れを小判のごとく包み、それを八右衛門に返すところを義母に見せて、義母を欺き安心させる。

*金と石のすりかえ→〔すりかえ〕1

★9a.使えないお金。

『黄いろのトマト』(宮沢賢治)  ペムペルとネリの兄妹が作る畑に、珍しく黄色いトマトの実がなった。2人はそれを、黄金でできているのだと思う。サーカスが来て、人々が金貨を払って入場するので、ペムペルとネリは黄色のトマトを番人に渡してサーカスを見ようとする。番人は怒ってトマトを投げつけ、2人は泣きながら帰る。

★9b.せんべいのお金。

『百万円煎餅』(三島由紀夫)  昭和30年代。健造と清子の若夫婦は、自分達の性行為の秘密ショーをして、報酬を得ていた。ある夜、2人は5千円という高額の報酬をもらった。帰り道、健造は「これをビリビリ破いたら胸がすっとするんだが」と言う。清子は「その代わりに」と言って、先ほど買った「百万円」の焼判を押した紙幣型の煎餅を渡す。しかし煎餅は湿っていて、なかなか破れなかった。  

★10.賞金稼ぎ。

『夕陽のガンマン』(レオーネ)  盗賊インディオと手下たちにかけられた賞金2万数千ドルをねらって、若いガンマン・モンコと初老のモーティマー大佐が、手を組む。2人は手下たちを次々に射殺し、最後はモーティマーが1対1の決闘で、インディオを倒す。賞金は山分けのはずだったが、モーティマーはインディオへの恨み(*モーティマーの妹はインディオの愛人だったが、自殺した)を晴らしたことで満足し、賞金をすべてモンコに与える。

★11.金が金を呼ぶ。

『マタイによる福音書』第25章  主人が、下僕Aに5タラントン、Bに2タラントン、Cに1タラントンを預けて、旅に出た。Aは5タラントンを元手に商売をして5タラントンをもうけた。Bも同様にして2タラントンをもうけた。Cは穴を掘って、1タラントンを隠しておいた。旅から帰った主人はAとBを褒め、Cを叱責する。主人はCから1タラントンを取り上げてAに与え、「持てる者は、さらに与えられて豊かになる。持たざる者は、持っている物までも取り上げられる」と言った〔*『ルカ』第19章に類話〕。 

★12.年金。

『二老人』(国木田独歩)  明治40年(1907)頃。60歳の石井老人は、1年前に官職を停(や)めて、恩給3百円を貰う身分になった。月に割るとわずか25円だから、妻と娘2人の4人家族で質素に暮らしている。再就職の話もあったが、石井老人は「勤めはもう御免だ」と思う。秋の日、石井老人は日比谷公園のベンチにかけていて、旧知の河田翁に出会った。河田翁は婦人会の集金掛をしており、15円を使い込んだため、その後始末に駆け回っていた。 

 *年金額が少なく、困窮する老人→〔犬〕1cの『ウンベルトD』(デ・シーカ)。  

 

*金はたくさんあるが、食物を得られない→〔長者〕2aの福田の森の伝説、→〔二者択一〕1の産女(うぶめ)の伝説。→〔願い事〕3の『変身物語』巻11(ミダス王)も同類の物語。

 

 

【鐘】

★1.水底の鐘。

『俵藤太物語』(御伽草子)  俵藤太は琵琶湖の底の龍宮を訪れ、引出物に重宝の釣鐘を贈られる。異類異形の鱗(うろくず)たちが鐘を唐崎の浜へ引き上げ、小蛇が鐘の龍頭をくわえて三井寺まで運ぶ。三井寺では、多くの人が参詣して鐘供養が行なわれる。

『沈鐘』(ハウプトマン)  ハインリヒが造った鐘が、教会を嫌う森の精によって湖に落とされる。ハインリヒは妖女に魅せられて妻子を捨てる。妻は湖に身を投げて死に、彼女の手が湖底の鐘に触れる。湖底から鐘の音が聞こえ、ハインリヒは錯乱する。

『ドイツ伝説集』(グリム)203「ダッセル近郊の悪魔の水浴び場」  悪魔が教会から持ち去った鐘が、底なし沼に眠っている。潜水夫が鐘を引き上げようとしたが、鐘のそばに黒犬と恐ろしい人魚がいて妨げた。

『用明天王職人鑑』3段目  龍宮の紫金を材として鋳造された天竺祇園精舎の鐘が、先帝欽明天皇の代に異朝から渡ったが、筑紫の海に捨てられた。敏達天皇の代に、その鐘は播磨潟の海の底から波に打たれて現れた。「諸行無常是生滅法・・・・」の経文を木遣り唄として、人々は鐘を引き上げた。

★2.鐘の中に入る・隠れる。

『道成寺』(能)  道成寺の鐘供養の場に白拍子が来て、人々に舞いを見せた後、釣り鐘を落としてその中に姿を消す。白拍子は大蛇と化して鐘の中から現れ、僧たちの必死の祈りによって、日高川の深淵に身を沈める→〔禁制〕3a

『道成寺縁起』  熊野参詣の美僧が、清次庄司の妻に恋慕され追いかけられて、道成寺の鐘の中に身を隠す。しかし女は大蛇と変じて鐘に巻きつき、僧を焼き殺す。

『用明天王職人鑑』3段目  天竺祇園精舎の鐘が播磨潟から引き上げられ、「尾上の鐘」と命名されて鐘樓が建てられる。鐘供養の日に遊女が参詣し、自分を捨てた旧夫五位の介諸岩と出会って怒り、鐘樓の鐘を落としてその中に飛び入る。高僧の祈りにより、女は大蛇と変じて現れ、「今よりは夫婦の守り神となろう」と告げて昇天する。

★3a.鐘をついて時を知らせる。

『蛇の玉』(昔話)  蛇女房が、自分の子供にしゃぶらせるために両方の目玉をくり抜いて与える。蛇女房は「私はもう世の中を見ることができません。この子が大きくなったら三井寺の鐘つきにして下さい。鐘の音で朝夕を知って暮らします」と夫に請う。子供は目玉をなめて成長し、鐘つきになる。

*人が撞かなくても自動的に鳴って、時を知らせる鐘→〔禁忌〕8bの『今昔物語集』巻31−19。

*日没を告げる鐘を、それより1時間前に鳴らす→〔時計〕3bの『吾輩は猫である』(夏目漱石)11。

★3b.鐘をついて、龍神を池に封じる。

『夜叉ケ池』(泉鏡花)  毎日3度、鐘を撞いて、夜叉ケ池に棲む龍神に聞かせねばならない(*→〔封印〕1b)。それを怠ると、龍神は天地を馳せ廻り、池から津浪が起こって村里は水没する、との言い伝えがあった。長年、弥太兵衛老人が鐘をついていたが、ある夜、弥太兵衛は急病で死んだ。たまたまそこへ来合わせた萩原晃は、臨終の弥太兵衛に請われ、彼に代わって鐘を撞くことを引き受けた→〔水没〕1

★4.鐘をつかない。

つかずの鐘の伝説  成相寺の「つかずの鐘」は、慶長15年(1610)に鋳造されたものである。寺が鋳造の奉加金を集めに麓の村を廻った折、赤ん坊を抱いた女が「貧しくて、この子の他には差し上げるものがない」と言って断った。鐘鋳造の当日、鋳型に湯を流し込んでいる時、女がその側を通ろうとして倒れ、煮えたぎる湯の中へ赤ん坊を落としてしまった。鋳あがった鐘は、つくと、赤ん坊の泣き声のような音がしたので、つかないままになった(京都府宮津市大字成相寺)。

★5.無間(むげん)の鐘。

『鏡と鐘』(小泉八雲『怪談』)  遠江の無間山の寺で、新しい大きな鐘が鋳造された。この鐘をつき破った者には多くの財宝が授かる(*→〔鏡〕12)というので、毎日大勢が押し寄せて、朝から晩まで力いっぱい鐘をついた。その音が耐えがたく、寺僧たちは鐘を沼まで運び、沈めてしまった〔*本物の鐘が沼の底なので、以後、何か別の物を無間の鐘に見立てて叩き、財を願うようになった〕→〔見立て〕3

無間の鐘の伝説  昔、仙人が、粟が岳頂上の松の枝に小さなつり鐘をかけた。「この鐘を7度つけば、末永く長者になれる」というので、強悪無道な荒石長者が、粟が岳に登って鐘をつく。そのとたん彼は地獄の底に落ちた。食事は蛭と化して食べることができず、苦しんで死んだ。以来、「女房の朝寝と無間の鐘は、朝のご飯が蛭(昼)になる」という歌ができた(静岡県掛川市粟が岳)。

 

 

【金貸し】

★1a.冷酷な金貸し。

『金色夜叉』(尾崎紅葉)  学生・間貫一(はざまかんいち)の婚約者・鴫沢宮は、富山唯継の財力に心を動かし、富山の求婚を受け入れる。宮を恨む貫一は、「生きながら悪魔となろう」と誓い、学業を捨てて高利貸しとなる。彼は冷酷な取り立てを友人に諌められ、暴漢に襲われたりもするが、ひたすら商売に精を出し、財を築く。

『われから』(樋口一葉)  金村与四郎は、月給8円の下級官吏だった。美貌の妻・美尾は、出世しそうもない夫を見限り、生まれてまもない女児を置いて、失踪する〔*高級軍人の妾になった、と考えられる〕。怒った与四郎は役所を辞め、「赤鬼の与四郎」と呼ばれる金貸しとなって財を築くが、人の生き血をしぼった報いか、50歳にもならないうちに脳充血で急死した。

★1b.金貸しが、借り手の身体を傷つける。

『ヴェニスの商人』(シェイクスピア)第1幕  高利貸しシャイロックは、無利息で金を貸すアントーニオを憎み、仕返しの機会をねらう。バッサーニオがシャイロックに3千ダカットの借金を申し込み、アントーニオがその保証人になったので、シャイロックは、「もし期限までに返済できないばあいは、アントーニオの身体の肉1ポンドを切り取る」との条件を出す。

『チート』(デミル)  日本人富豪の鳥居は、さまざまな美術品を収集し、自分の所有物であることを示すために、焼きゴテを当てて印を押していた。ある日、実業家夫人エディスが金に困って、鳥居から1万ドルを借りる。何日か後にエディスは金を返しに来るが、鳥居は受け取らず、エディスの左肩に焼きゴテを当てる〔*日本で「国辱映画だ」との非難の声があがり、後に「日本人富豪鳥居」から「ビルマ人富豪ハカ・アラカウ」へ設定が変更された〕→〔火傷(やけど)〕4a

★2a.金貸しの男を殺す。

『真景累ケ淵』(三遊亭円朝)  盲目の鍼医・皆川宗悦は、高利貸しをしていた。安永2年(1773)12月20日、宗悦は、小普請組の旗本・深見新左衛門の家へ金を取り立てに行き、酔った新左衛門に斬り殺された〔*殺した新左衛門には、新五郎・新吉という息子がおり、殺された宗悦には、お志賀・お園という娘がいた。後、新五郎はお園と(*→〔因果応報〕1)、新吉はお志賀と(*→〔蒲団〕6)、互いの素性を知らぬまま関わりを持った〕。

『遥かなる山の呼び声』(山田洋次)  北海道。田島耕作の妻は、高利貸しから借りた金が返せず、縊死した。通夜の席で、高利貸しが「そう簡単に死なれてはたまらない。どうしてくれるんだ」と暴言を吐いたので、耕作は高利貸しを殴り殺す。耕作は逃亡し、酪農を営む未亡人・民子の家に、作男として雇ってもらう。しかし捜査の手がのびていることを知り、耕作は自首する。民子は、耕作が刑期を終えて戻って来る日を待とうと決意する。

★2b.金貸しの老婆を殺す。

『霧の旗』(松本清張)  薄給の小学校教員・柳田正夫は、金貸しの老婆から借金をして、返せないでいた。ある夜、彼が利子を支払いに老婆の家を訪れると、老婆は何者かに殺されていた。柳田正夫は犯人と見なされ、逮捕される。彼の妹・桐子は弁護料の工面ができず、高名な大塚弁護士に兄の弁護を依頼しても、断られてしまう。柳田正夫は控訴中に獄中で病死する→〔暴行〕1a

『心理試験』(江戸川乱歩)  官吏の未亡人である60歳近い老婆が、金貸しをして蓄財する。苦学生蕗屋清一郎は、「老婆が大金を持っていても無意味で、自分のような未来のある青年の学資に使うのが合理的だ」と考え、老婆を絞殺して、植木鉢の底に隠してある5千円余を奪う。

『罪と罰』(ドストエフスキー)第1部  貧窮ゆえ大学を中退したラスコーリニコフは、アパートに住む金貸しの老婆アリョーナを斧で殺し、金品を盗む。「自分は非凡な人間だから、無価値な存在である老婆の財産を、有効に活用する権利がある」と、ラスコーリニコフは考えていた。しかし犯行の直後に、アリョーナの義妹リザヴェータが帰って来たので、彼はリザヴェータをも殺してしまい、この予定外の殺人に動揺する。

★3.金貸しの妾。

『雁』(森鴎外)  19歳のお玉は、60代半ばの父親と2人暮らしであるが、すでに1度、結婚生活に失敗した身の上である。お玉は父に楽な生活をさせるために、実業家と称する末造の妾になる。しかし末造は、大学の小使い上がりの高利貸しだった。

『初すがた』(小杉天外)  19歳のお俊は、1歳年下の龍太郎と恋仲だったが、苦しい家計を助けるため、「小しゅん」と名乗って清元の芸人になる。ある時、小しゅんは新聞記者笠田に身を汚され、さらに、自分が実は某将官の妻の私生児だったことを知ってしまう。小しゅんは龍太郎との恋をあきらめ、養父母への義理を立てて、50歳近い高利貸し斧岡の妾となる。

★4.金貸しは、死後地獄へ堕ちる。

『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第11歌・第17歌  ヴェルギリウスは「私(ダンテ)」に、「高利貸しは、労働せずに利子で生活しているから、神の愛にそむく」と教える。「私」は地獄の第7圏谷の突端へ行って、首に財嚢をぶら下げた高利貸したちを見る。降り注ぐ苦患の焔に火傷して、彼らは悲嘆にくれていた。両手はせわしなく動いて、火の粉をはたき、焦土をひっかいていた。  

 

*慾ふかの金貸しが、狐に化かされる→〔金貨〕5の『とっこべとら子』(宮沢賢治)。

 

 

【金を拾う】

★1.三方一両損。

『大岡政談』「畳屋・建具屋出入りの事ならびに一両損裁許の事」  3両拾った建具屋が、落とし主の畳屋に届けるが、畳屋は「3両は、拾ったお前のものだ」と言って、つき返す。畳屋も建具屋も、互いに相手に「3両を受け取れ」と言って、争いになる。大岡越前が自分の懐から1両出して合計4両とし、畳屋と建具屋に2両ずつ与える。越前は、「畳屋も建具屋も、3両得るはずのところ、2両になって1両の損。この越前も1両の損。3人そろって1両ずつ損したのだ」と裁く。

『本朝桜陰比事』(井原西鶴)巻3−4「落し手有拾ひ手有」  京都でのこと。2人の男が褒美目当てに、「3両を受け取れ」「いや、受け取らぬ」と争って、公儀へ訴え出る。訴えを聞いた御前(ごぜん)は、「3両が不要なら、金の捨てようはいくらでもある。それなのに、2人でわざわざ訴え出るのは怪しい」と言って厳しく詮議し、彼らを追放の刑に処した。

『名判決』(星新一『ちぐはぐな部品』)  2人の男が褒美目当てに、「3両を受け取れ」「いや、受け取らぬ」と争って、大岡越前守に訴え出る。越前守は「三方一両損の判決は誤りだった。私は責任をとって切腹する。お前ら2人は打ち首だ」と言う。驚愕した2人は、「命ばかりはお助けを」と泣き叫ぶ。越前守は「反省するなら助けてやる」と言い、「お前ら2人は打ち首にならず、私も切腹せず、3人ともに命が助かった。三方命得(いのちどく)だ」と解説する。

★2.五十文を費やして十文を拾う。

『太平記』巻35「青砥左衛門が事」  夜、滑川(なめりがわ)に銭10文を落とした青砥藤綱は、50文を費やして続松(たいまつ)を買い、それを明かりにして、10文を拾い上げた。彼は、「川底に10文を失ったら世の損失だが、続松代の50文は商人の手に渡り、経済活動に使われる。合計60文の銭が少しも無駄にならず、天下の利となった」と言った。

『武家義理物語』(井原西鶴)巻1−1「我物ゆへに裸川」  夜、滑川に銭10文を落とした青砥藤綱は、3貫文(3千文)を出して大勢の人足を雇い、銭を捜させた。1人の男が「川底の銭など、とても見つかるまい」と考え、手持ちの銭を川底から拾い上げたかのごとく偽って差し出し、褒美の金をだまし取った。後にこれを知った藤綱は、その男を滑川に入れて、川底の銭を捜させる。秋から冬にかけて、97日目に、ようやく男は10文の銭をすべて拾い上げた。

★3.落ちている金を拾って財を成す。

『西鶴諸国ばなし』巻5−7「銀が落としてある」  江戸へ出て財をなした人が、故郷大阪へ帰った。近所の男がその人に「何の商売をすればもうかるか?」と尋ねたので、その人はからかって「落ちている金を拾うのがよい」と答えた。男はそれを真に受けて江戸へ行き、馬鹿正直に金を拾いまわり、やがて富貴の身となった。

『地見屋』(落語)  貧乏長屋に住む吉兵衛は、他の店子(たなこ)と違い、毎月きちんと家賃を払う。家主(おおや)が不思議に思って、「お前さんの商売は何だ」と尋ねる。吉兵衛は「私は地見(じみ)です」と答える。彼は毎日、夜明けから日暮れまで、地面を見て江戸市中を歩き回り、落ちている財布・紙入れ・簪などを拾っていた。それで立派に生計が立つのだった。

★4.大金を拾うが、それを届けず自分のものにしてしまう。

『酒中日記』(国木田独歩)  「自分(大河今蔵)」は薄給の、年若い小学校長である。「自分」の母は堕落し、しばしば金を借りに来る。学校改築費用の一部として「自分」が預かった大金百円を、母は奪い去る。途方にくれた「自分」は、青山の原で、3百円の札束が入った手提げ鞄を拾い、それを着服してしまう。妻は「夫が盗みをした」と思い、子供を背負って井戸に身を投げる〔*「自分」は辞職し、数年後、酔って水死する〕。

★5.金を落とした人と拾った人の縁組み。

『武家義理物語』(井原西鶴)巻5−1「大工が拾ふ明ぼののかね」  かつて石田光成の妾だった美女花園が引越しの途中、銀3貫目を落とす。もと武士だった大工九左衛門がそれを拾って持ち帰るが、九左衛門の妻は、夫が盗みをしたと疑い、役所へ訴える。しかし、花園が銀を落としたことを届け出、九左衛門の嫌疑は晴れる。役人は九左衛門の妻を非難し離縁させ、九左衛門と花園を結婚させる。

*金ゆえ身投げしようとする人と、それを助けた人との縁組み→〔身投げ〕1bの『文七元結』(落語)・『耳袋』巻之1「相学奇談の事」。

 

 

【壁】

★1a.壁を通り抜ける。

『壁抜け男』(エイメ)  中年男デュティユルは、壁や塀を通り抜ける能力が自分に備わっていることに気づく。彼は盗賊になり、わざと逮捕され、何度も脱獄する。美しい人妻が閉じこめられている寝室に入りこんで愛し合ったりもする。しかし、壁抜け症状を治療する薬を誤って飲んだため、彼は塀を抜ける途中で身動きできなくなる。

『聊斎志異』巻1−15「労山道士」  男が労山の道士に、壁抜け術の伝授を請う。呪文を習い、塀をめがけて走りこむと、いつのまにか塀を抜けている。男は帰宅して、妻に術を見せようと塀に突進する。しかし壁に激突し、男は額に瘤を作って倒れてしまった。

★1b.壁を通り抜けて、少し過去へ戻る。

『一千一秒物語』(稲垣足穂)「散歩前」  ある晩、「自分」は散歩から帰って来て、壁を見ていた。ドン!と後ろから突かれた、と思ったら、壁の外へ出ていた。「自分」は、まだこれから散歩するところだったのに気がついた。   

★2.壁に穴を開ける。

『蒙求』9「匡衡鑿壁」  前漢の匡衡は学問好きだったが貧しく、読書のための燈火がなかった。隣家には燈火があったので、匡衡は隣家との境の壁に穴を開け、その光を引いて書物を読んだ。

★3a.人間が壁に変身する。

『S・カルマ氏の犯罪』(安部公房)  朝起きると、「ぼく」は自分の名前を忘れていた。胸の中がからっぽになった感じがして、雑誌に載っている曠野の写真を見ると、「ぼく」は曠野を胸の中に吸い込んでしまう。「ぼく」は部屋の壁をも吸い込み、曠野に壁が生える。壁は成長を始め、「ぼく」の身体いっぱいになり、さらに大きくなる。「ぼく」は変形し人間の姿を失う。見渡す限りの曠野。その中で、壁となった「ぼく」は静かに果てしなく成長して行く。

★3b.人間が壁にはりついて一体化する。

『オノレ・シュブラックの消滅』(アポリネール)  オノレ・シュブラックが人妻と密会中、亭主がピストルを片手に現れた。裸のオノレ・シュブラックは壁に追いつめられ、「消えてしまいたい」と念ずる。すると身体が平べったくのび、色も壁と同じになって、彼は壁と一体化した。亭主はあっけにとられ、妻を射殺して去った〔*その後もオノレ・シュブラックは、何度か壁と一体化して難を逃れるが、最後には亭主がピストルを壁に乱射し、彼を殺す〕。

★4a.行く手をふさぐ壁。

『妖怪談義』(柳田国男)「妖怪名彙(ヌリカベ)」  夜道を歩いていると、行く先が急に壁になり、どこへも行けなくなることがある。それを「塗り壁」と言って、怖れられている。棒で下の方を払うと壁は消えるが、上の方をたたいてもどうにもならないという。

『妖怪談義』(柳田国男)「妖怪名彙(ノブスマ)」  野衾(のぶすま)は、人の前面に壁のように立ち塞がり、上下左右ともに果てがない。腰を下ろして煙草を吸っていると消える。   

★4b.外地で出会った「塗り壁」。

塗り壁(水木しげる『図説日本妖怪大全』)  第2次大戦中、「ぼく(水木しげる)」は南方のジャングルを1人さまよっていて、「塗り壁」に出会った。押してみたら、コールタールを固めた感じのもので、右へ行っても左へまわっても前進できない。「ぼく」は20〜30分ウロウロしていたが、疲れたので腰を下ろして一休みした。その後でもう1度進んでみると、不思議なことに、今度は普通に進むことができた。どうやら、一服したのがよかったらしい。 

 

*壁の中に死体を隠す→〔動物教導〕2の『黒猫』(ポオ)。

*牢獄の壁にトンネルを掘る→〔トンネル〕2c・2d

 

次頁