【尾】

★1.尾のある人。

『飢餓同盟』(安部公房)  花園町のキャラメル工場主任花井太助は、尾てい骨のあたりに時々痛みを感じ、尻尾らしいものができかけていた。花井はそれを気にしつつ、数名の同志と飢餓同盟を結成し、町に革命を起こそうとするが、失敗する。気づくと、尻尾は親指ほどの太さで、十五センチくらいになり、花井の意志に関わりなく動くようになっていた。

『日本書紀』巻3神武天皇即位前紀戊午年8月  カムヤマトイハレビコ(=後の神武天皇)が吉野に到った時、人が井の中から現れ、光って尾があった。その人は「国つ神、名は井光(ヰヒカ)」と名乗った。これは吉野首(オビト)の祖である。また、岩を押し分けて尾ある人が現れ「イハオシワクの子」と名乗った。これは吉野国栖の祖である〔*『古事記』中巻の類話では、井が光っていた、と記す〕。  

*尾のある子を産む→〔出産〕9

★2a.動物の尾を女の髪と思う。 

『古今著聞集』巻6「管弦歌舞」第7  ダキニの法を行なった知足院忠実は、満願の日、昼寝の夢に美女を見て彼女の長い髪をつかむ。その髪が切れたと見て目覚めると、手に狐の尾を握っていた。

『ささやき竹』(御伽草子)  西光坊が左衛門尉夫婦をだまし、十四歳の姫を長櫃に入れて、鞍馬山まで運ぶ。途中、関白が長櫃から姫を救い出し、代わりに牛を入れておく。夜、西光坊が長櫃を開けると牛が飛び出す。燈火の消えた闇の中で西光坊は牛の尾をつかみ、これを姫の髪と思って抱きつき、蹴倒される。

★2b.女の髪を動物の尾と思う。

『サザエさん』朝日文庫本第44巻65ページ  少年が近所のお姉さんの長い髪を一本もらい、兄に渡す。兄は「よく手に入ったなあ」と小躍りして喜ぶ。競馬ファンの兄は、それを名馬ハイセイコーのしっぽだと思い、額に入れて飾るのだった。

★3a.動物の尾に火をつけて罰する。火をつけた側の所有物が、そのために燃えてしまう。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)283「火を運ぶ狐」  狐を憎む男が、苧殻を狐の尻尾に結んで、火をつける。神がその狐を、火をつけた男自身の麦畠の中へ導き入れる。男は収穫物を失い、泣きながら狐を追う。

『ラーマーヤナ』第5巻「美の巻」  シータを救出すべくランカー島に潜入した猿のハヌーマンを、魔王ラーヴァナらが捕縛し、尾に火をつける。しかしシータの祈りによってハヌーマンの身は無事であり、ハヌーマンは束縛を切断して島中を飛び回り、尾の火でランカーの都を焼き尽くす。

★3b.多くの狐の尾に火をつけ、敵の畑を焼く。

『士師記』第14〜15章  サムソンがペリシテ人の女を妻とするが、彼の不在中に、女の父親が彼女を別の男に嫁がせてしまう。サムソンは怒り、ジャッカル(あるいは狐)三百匹の尾と尾を結び、二つの尾の間に一つのたいまつを取り付け、火をつけてペリシテ人の麦畑に放つ。火は麦を焼き、さらにぶどうやオリーブの木を焼く。

★3c.多くの牛の尾に火をつけ、敵軍を攻める。

『史記』「田単列伝」第22  斉の田単が燕の軍勢と戦った時のこと。田単は千余頭の牛を集め、それぞれに龍の絵模様を描いた衣を着せて、角に刃を縛りつけた。そして尾に葦の束を結び、油をそそぎ火をつけて、夜、外に放った。牛は尾が熱いので、怒って燕軍に突入した。五千人の兵が牛とともに攻め込み、燕軍は驚いて敗走した。 

★4.猿の尾の短いわけ。

『尻尾の釣り』(昔話)  猿に魚をだまし取られたかわうそが、仕返しに、「魚は寒い夜によく釣れるから、池の中に尻尾を入れ、魚が寄って来たら上へ放り投げよ」と猿に教える。しかし猿が冷たいのを我慢しているうちに氷が張り、むりやり尻尾を引き抜くと、半分切れてしまった(香川県香川郡直島町本村)。  

『古屋の漏り』(昔話)  虎狼が、自分の背に乗った馬泥棒を、古屋の漏りという化け物だと思って、穴に振り落とす。虎狼は、「穴の中に古屋の漏りが隠れている」と猿に語り、猿は尾で穴を探る。馬泥棒が尾をつかみ、猿と引き合ううちに、尾は根元から切れる(熊本県阿蘇郡)。

★5.窓の外を通り過ぎない尾。

『無門関』(慧開)38「牛過窓櫺」  牛が櫺子(れんじ)窓の外を通る。頭も角も胴体も脚も通り過ぎてしまった。しかし、なぜか尾だけが残っている〔*牛が歩いて行く。尾の半分が通り過ぎ、窓の中には尾の半分が残る。次いで、尾の四分の一が残り、八分の一が残り、十六分の一が残り、・・・というように、ずっと尾を見つめていると、いつまでたっても尾は窓を通り過ぎることができない〕。

*→〔競走〕5bの「アキレスと亀の距離は無限に縮まるが、ゼロにはならない」(アキレスと亀の故事)という考え方と同様である。

*→〔象〕5の「大象の体は窓を出て、尾が引っかかる」(『沙石集』巻10本−10)とも、関連があるだろう。 

★6.猫の尾と星の尾。

『一千一秒物語』(稲垣足穂)「黒猫のしっぽを切った話」  ある晩、黒猫のしっぽを鋏でパチンと切ると、黄色い煙になってしまった。頭の上でキャッ!という声がした。尾のないホーキ星が逃げて行くのが見えた。

 

*尾による教え→〔狐〕7の尾曳稲荷の伝説。

 

【王】

★1.王を求める民。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)44「王様を欲しがる蛙」  蛙たちがゼウスに「王様を授けて下さい」と頼み、ゼウスは木ぎれを池に放りこむ。ドブンという水音に蛙たちは恐れるが、木ぎれが動かないのでこれを馬鹿にし、「別の王様に取り替えて欲しい」と願う。ゼウスは立腹して水蛇を遣わし、蛙たちは食われる。

『サムエル記』上・第7〜10章  サムエルは預言者としてイスラエルの人々をさばき、ペリシテ人の侵攻を防いだ。サムエルが年老いたため、民は「我々に王を与えよ」と請うた。サムエルは、「王を立てれば、あなたがたはその奴隷になる」と説いたが、民はなおも王を求めたので、サムエルはサウルを王とした〔*サウルはまもなく神に見放され、後に戦死する〕。

『ペルシア人の手紙』(モンテスキュー)第11〜14信  邪悪なトログロディト族が疫病で死滅した後、徳高い二家族が生き残り、利己主義を拝し、共通の利益を目指して勤労に励む。時が流れ、人口が増えたので、国王を選ぼうとトログロディトの人々は考え、一人の長老に王冠をゆだねようとする。長老は「あなたがたは徳義心を守るよりも、王の法律に従う安易な道を選ぶのか」と嘆く。

★2a.神々が、治めるべき国を分配する。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第2章  クロノスとレイアの子であるプルートン(ハデス)・ポセイドン・ゼウスの三兄弟は、めいめいの支配する場所をくじ引きで決めた。その結果、ゼウスは天空・ポセイドンは海洋・プルートンは冥府の割り当てを得た。  

『古事記』上巻  イザナキが両目と鼻を洗った時、三柱の貴い御子、アマテラス・ツクヨミ・スサノヲが生まれた。イザナキは、アマテラスに高天原、ツクヨミに夜の食国(ヲスクニ)、スサノヲに海原を治めるように命じた。しかしスサノヲだけは父イザナキの命令に従わず、根の堅州国に移り住んだ。

★2b.王が息子たちに、治めるべき国を分配する。

『王書』(フェルドウスィー)第1部第6章「フェリドゥーン王」  フェリドゥーン王は、三人の王子それぞれの性格を見きわめた後に(*→〔龍〕2)、彼らの治めるべき国を決めた。長男サルムにはルーム(小アジア)とその西方を与えた。次男トゥールにはトルキスタンとシナを与えた。三男イーラジにはイランの国とその周辺を与え、さらに王剣・印璽・指輪・宝冠をも与えた〔*後にサルムとトゥールは嫉妬して、イーラジを殺した〕。 

★2c.王位を譲り合う。

『日本書紀』巻11仁徳天皇即位前紀  応神天皇は、ウヂノワキイラツコを皇太子とした後、まもなく崩御された。しかしウヂノワキイラツコは即位せず、皇位を異母兄のオホサザキノミコトに譲ろうとした。オホサザキもこれを固辞し、二人が譲り合って、皇位が空白のまま三年が経過した。ウヂノワキイラツコは「私が生きていては天下の煩いになる」と言い、自殺した〔*『古事記』中巻に類話。ただし「三年」という年数は記されない。また、ウヂノワキイラツコは早く世を去った、とするのみで、「自殺」とは記されない〕。 

★2d.二人の王が並び立つ。

『平家物語』巻8「名虎」  寿永二年(1183)八月二十日、後白河法皇の宣命により、京の閑院殿において、高倉院の四宮(後鳥羽天皇)が四歳で即位した〔*この時、平家は六歳の安徳天皇と三種の神器を擁して、九州にあった。四宮は、三種の神器なしで即位したのである〕。古書には「天に二つの日なし。国に二人の王なし」と言うが、平家の悪行ゆえに、京と田舎に、二人の王が並び立つこととなった。 

★3a.王の衣裳を着れば、王と見なされる。

『ギリシア奇談集』(アイリアノス)巻7−1  アッシリア王が、美女セミラミスの噂を聞いて召し寄せ、たちまち心を奪われる。セミラミスは、王の衣裳をたまわること・五日間アジアを支配すること・自分の命令に万民が従うことを願い、許しを得る。彼女は玉座にすわると、親衛隊に王の殺害を命じ、王権を手にした。

『文字禍』(中島敦)  アッシリアのアシュル・バニ・アパル王が重病にかかった時、侍医のアラッド・ナナは、王の衣裳を借り、それを着て王に扮した。死神エレシュキガルの眼を欺き、病気を王から自分の身に転じようとしてのことだった。  

*→〔入れ替わり〕2aの『王子と乞食』(トゥエイン)・2bの『絵姿女房』(昔話)。

★3b.衣裳がないのに、衣裳を着ていると思い込む王。

『はだかの王様(皇帝の新しい着物)』(アンデルセン)  王様が、「ばか者や自分の地位にふさわしくない者には見えぬ」という衣装を着たつもりで、はだかで町を練り歩く。町の人々は衣装が見えないことを他人に悟られないようにと、口々に「すばらしいお召し物だ」とほめる。一人の小さな子供が、「何も着ていない」と、見たままを口に出す。

*→〔隠れ身〕5は、これとは逆に、見えるものを「見えない」と言う物語。

 

*王様になった夢→〔夢〕2

 

【狼】

★1a.神や動物を呑みこむ狼。

『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)(スノリ)第51章  神々の黄昏(ラグナレク)の時、狼たちが太陽と月を呑み、フェンリル狼が大きな口を開けて進んで来る。その上顎は天に、下顎は大地につく 。オーディンが立ち向かうが、フェンリル狼に呑みこまれる。

『ピーターと狼』(プロコフィエフ)  森から灰色の狼が出て来て、牧場の池のアヒルを呑みこむ。ピーターが木の上から、輪にしたロープを垂らして狼の尻尾を縛り、捕らえる。狼の腹の中で、アヒルはまだ生きていて泳いでいる。

★1b.肉親に化けて、人や動物を呑みこむ狼。

『赤ずきんちゃん』(ペロー)  狼がおばあさんの家の戸をノックし、赤ずきんの声色で「お母さんのお使いで来た」と言う。おばあさんが戸の開け方を教えると、狼は家に入っておばあさんを食べる〔*その後、狼は赤ずきんも食べてペローの物語は終わるが、『赤ずきん』(グリム)KHM26では、赤ずきんもおばあさんも、狩人によって救い出される〕。

『狼と七匹の子山羊』(グリム)KHM5  狼が白墨を食べて声を変え、足に粉をぬって白くして、七匹の子山羊が留守番する家の戸をたたく。子山羊たちは、母親が帰って来たと思って戸を開け、七匹のうち六匹まで喰われてしまう→〔末子〕2

★2a.狼男。

『サテュリコン』(ペトロニウス)「トリマルキオンの饗宴」  月の輝く夜明け前に、ニケロスが知り合いの兵士を連れて愛人宅へ出かける。墓地を通る時、兵士が裸になって狼に変身し(脱いだ着物の周りに小便をして、着物を石に変える)、森の中へ去る。ニケロスは一人で愛人宅へ行き、「狼が家畜を襲ったが、首に槍を突き刺した」と聞く。帰宅すると、兵士が医者に首の傷の手当てを受けて、寝ていた。

『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)「おおかみ男クリーム」  のび太のママが、知らずに狼男クリームをぬって出かける。満月を思わせる丸いものを見るだけで狼に変身してしまうので、ドラえもんが追いかけて、茶碗やせんべいなど丸いものをママに見せないようにする。夜の帰り道、強盗が「金を出せ」と言って懐中電灯を突きつけるが、それを見たママは狼になり、強盗は悲鳴をあげて逃げる。帰宅したママは「私ってそんなに恐い顔かしら」と考えこむ。 

★2b.狼男のふりをする。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)419「泥棒と宿屋の主人」  泥棒が「私は三度欠伸をすると人食い狼に変身するから、ここに脱ぎ捨てて置く服を見張っていてほしい」と、宿屋の主人に言う。泥棒は二度欠伸をして狼のように吠える。三度目に泥棒が大口を開けると、主人は恐れて奥へ逃げこむ。泥棒は主人の晴着を盗んで去る。

★2c.凶暴な男が、その性格にふさわしく、狼に化身する。

『変身物語』(オヴィディウス)巻1  ユピテル(ゼウス)が人間に身をやつして、下界を見回る。凶暴なアルカディア王リュカオンは、客として訪れたユピテルを就寝中に殺そうとしたり、人肉を料理して食卓に出したりする。ユピテルは怒り、雷電を放ってリュカオンの屋敷を破壊するが、彼は逃げ出す。リュカオンは田園までやって来て、そこで狼になってしまった。

★3.狼に育てられる子。

『ジャングル・ブック』(キプリング)  よちよち歩きの赤ん坊がジャングルに迷いこみ、狼の洞穴までやって来る。狼夫婦と仲間たちが、赤ん坊をモーグルと名づけて育てる。十年余りを経てモーグルは村へ降り、人間の養父母のもとで暮らすが、人喰い虎シーア・カーンを殺したことから、魔法使いと見なされ村人から排斥されて、再びジャングルへ戻る。

*→〔動物傅育〕の『英雄伝』(プルタルコス)「ロムルス」。

★4.狼の恩返し。

『聊斎志異』巻12−459「毛大福」  医師・毛大福が山の狼のできものを治療し、礼に金細工の包みをもらう。ところが、そのために毛大福は、最近あった細工師殺しの犯人と疑われ、捕らわれる。毛大福は役人に請うて山へ行き、狼に窮状を訴える。数日後、狼が県知事の所へ、破れ靴をくわえてやって来る。靴の主を探索すると某村の男で、彼が細工師殺しの真犯人とわかった。

 

*狼の口に腕を入れる→〔片腕〕2の『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)第34章・〔口〕7の『ほらふき男爵の冒険』(ビュルガー)。

*狼の争いをやめさせる→〔横取り〕1eの『日本書紀』巻19欽明天皇即位前紀。

*「狼が来た」という嘘→〔嘘〕6aの『イソップ寓話集』210「羊飼の悪戯」。

*犬が狼に化す→〔犬〕7cの『荒野の呼び声』(ロンドン)。

 

【大晦日】

★1.大晦日は、神・鬼・霊など超自然的存在と出会う時。または死と再生の時。

『今昔物語集』巻16−32  十二月晦日の夜更け、一人の生侍が一条堀川の橋を渡る時、百鬼夜行に出会う→〔唾〕1

『今昔物語集』巻24−13  地神(=土公神)に追われた陰陽師と大納言が隠れていると、「決して逃がさぬ。来たる十二月晦の夜半に集まり、あらゆる所を探せ」と鬼神たちに命ずる声が聞こえる。大晦日の夜、陰陽師と大納言は嵯峨寺の堂の天井に上がって呪文を唱え、難を逃れる。

『日本霊異記』上−12  僧・道登の従者万呂が、奈良山で人や獣に踏まれている髑髏を拾い上げ、木の上に置く。その年の大晦日の夕刻に、一人の男が万呂のもとを訪れる。男は「自分は兄に殺されたのだ」と告げ、「恩返しをする」と言って、万呂を或る家へ連れて行き、飲食を饗する。そこへ男の霊を拝するために母と兄が来て、兄の悪事が露顕する〔*同・下−27の類話では伯父が甥を殺す〕。

『マッチ売りの少女』(アンデルセン)  雪の大晦日、少女がマッチを売り歩くが、誰も買ってくれぬまま、夜になる。往来の二軒の家の間に少女はうずくまり、こごえた指先を暖めようと、マッチをする。マッチの光の中に、おいしそうなご馳走やきれいなクリスマスツリーが浮かぶ。祖母の霊が現れ、少女を腕に抱き上げ、天に昇って行く。新年の朝、街の人々は、マッチを持った少女の死体を見る。

*→〔笠(傘)〕1の『笠地蔵』(昔話)。

*→〔神〕6bの『沙石集』巻9−22。

*→〔兄弟〕1の『海の水はなぜからい(塩挽き臼)』(昔話)。

*→〔宿〕2の『大歳の客』(昔話)。

★2.大晦日にやって来る怪物。

『「年(ねん)」という獣』(中国の昔話)  毎年大晦日に「年」という獣がやって来るので、村人たちは山へ避難した。ある年の大晦日、乞食の老人が村はずれの一軒家の戸口に赤い紙を貼り、赤い着物を着て、「年」を待ちうける。老人は、両手に持った二本の包丁を叩きつけて絶え間なく音を立てた。「年」は赤い色と包丁の音を恐れ、逃げて行った。それ以来、大晦日には皆、戸口に赤い紙を貼り、赤い着物を着て、包丁で大きな音を立てて餃子を作るようになった(天津市)。

★3.大晦日は、祝祭の時である。

『こうもり』(J.シュトラウス二世)  オルロフスキー公爵邸の舞踏会に出たアイゼンシュタインは、仮面の貴婦人を口説くが、翌日になって、それが自分の妻ロザリンデの変装だったことを知らされる。物語は、大晦日の夜から翌朝にかけての出来事として設定されるばあいがあり、そのため『こうもり』は、年末年始に上演されることが多い。

★4.大晦日は、経済活動の区切り目である。

『大つごもり』(樋口一葉)  下女お峰は、病気の伯父の年越しに必要な二円の金を貸してくれるよう、主家の御新造に請うが、断られる。お峰はやむなく、大晦日に、主家の懸け硯の引出しにある二十円の札束から、二円を抜き取る。その後で、主家の腹違いの道楽息子石之助が、引出しの中の金をすべて持ち出し借用書を残して去ったため、お峰の盗みは知られずにすむ。

『世間胸算用』(井原西鶴)巻2−4「門柱も皆かりの世」  大晦日の一日、人々は、包丁を研いで自殺をほのめかしたり、離婚沙汰の夫婦喧嘩を見せたりして、押しかけてきた借金取りたちを驚かせ、追い返すのだった〔*この話をはじめ『世間胸算用』5巻全20話は、すべて大晦日の経済活動に関わる物語である〕。

*年末に店賃(たなちん)の払えぬ浪人→〔切腹〕6の『一のもり』「切腹」。

 

【教え子】

★1.教え子が教師を慕う。教師が教え子を愛する。

『田舎教師』(田山花袋)  林清三は「世の中に認められたい」との野心を持ちながらも、地方の小学教師の生活に甘んじている。彼は友人の妹に恋したり、貧しい娼婦のもとへ通ったりしたが、孤独であった。そんな中で、教え子の田原ひで子は清三を慕い、師範学校に進学した後も手紙を寄こし、遊びにも来た。清三は、ひで子とともに家庭を作ることを考えることもあった。しかし彼は肺を病み、二十代半ばで没した。

『春』(島崎藤村)  二十代初めの岸本捨吉は、東京・麹町の女学校の教師となり、教え子の安井勝子を恋する。しかし勝子には、親の決めた許嫁があった。失意の岸本は辞職し、放浪の旅に出て、死を思うこともあったが、家族や友人たちに支えられる。勝子は許嫁と結婚してまもなく、病死してしまう。自分の道を見出せず行き詰まっていた岸本は、仙台の学校に職を得て赴任する。汽車の中で、彼は「ああ、自分のようなものでも、どうかして生きたい」と願う。

★2a.教師が教え子と関係を持つ。

『欲望という名の電車』(ウィリアムズ)  ブランチ・デュボアは、結婚相手が自殺して以来(*→〔同性愛〕2)、精神の平衡を失った。彼女は孤独と恐怖から逃れるために、何人もの行きずりの男たちに身をまかせる。ハイスクールの教師となったブランチは、十七歳の男子生徒と関係を結び、そのことが明るみに出て職を失う。彼女は町にもいられなくなり、ニューオリンズの貧民街に住む妹のもとへ、身を寄せる。

『若い人』(石坂洋次郎)  二十六歳の間崎慎太郎は、北海道の女学校の国語教師である。同僚の橋本スミ子先生と、十八歳の生徒・江波恵子が、間崎に好意を寄せ、間崎の心は二人の間を揺れ動く。ある夜、間崎は、船員たちの喧嘩の一方に加勢し、大怪我をする。間崎は江波恵子の家へ運ばれ、恵子が看病して、やがて二人は結ばれる。しかし恵子は、その後の橋本先生の様子を見て、橋本先生が間崎を深く愛していたことを悟り、間崎に別れを告げる。

★2b.教師が教え子と結婚する。

『雪の日』(樋口一葉)  山里の名家の一人娘として育った「我(薄井珠)」は、小学校の桂木一郎先生にかわいがられ、「我」も桂木先生を慕っていた。「我」が十五歳、桂木先生が三十三歳の時、二人のことが村の噂になり、親代わりの伯母から、「我」はひどく叱られた。雪の日、「我」は意を決して桂木先生の下宿を訪れ、二人はそのまま東京へ出て結婚した。しかし夫となった桂木先生は思いのほか冷淡で、今では「我」は結婚を悔やんでいる。

*→〔父〕10の『波』(山本有三)。

★3.十二人の教え子。

『二十四の瞳』(壺井栄)  昭和三年四月、瀬戸内海べりの村の分教場に、学校を出たばかりの大石久子先生が赴任する。受け持つ一年生は、男子五人・女子七人の、計十二人だった。いろいろな出来事の中で子供たちは成長して行く。大石先生は結婚するが、太平洋戦争で夫は戦死した。戦争が終わり、かつての一年生たちが、大石先生のために会を開く。十二人のうち、男子三人は戦死、女子一人が病死、一人が行方不明になっていた。集まった七人のうちの一人磯吉は、戦争で両眼を失っていた。

★4.家庭教師とその教え子。

『新エロイーズ』(ルソー)  青年サン=プルーは、デタンジュ男爵家の一人娘ジュリの家庭教師となり、やがて二人は相思相愛の仲になる。しかしサン=プルーが平民なので、父男爵は二人の結婚を認めない。ジュリは父の意志に従い、五十歳近いヴォルマール男爵の妻となって、二児を産む〔*ヴォルマール男爵は人格者で、サン=プルーとジュリの仲を理解していた〕。サン=プルーとジュリはいつまでも互いを思い合っていたが、ある日ジュリは、湖に落ちた子供を救うために水に入り、それがもとで病み、死んでゆく。

『未完成交響楽』(フォルスト)  貧しい青年作曲家シューベルトは、伯爵家令嬢カロリーネの家庭教師となって、音楽を教える。二人の間に恋が芽生えるが、伯爵は結婚を許さない。カロリーネは陸軍士官と結婚式を挙げ、シューベルトは披露宴で、自作の交響楽をピアノ演奏する。しかし曲が終わり近くになった時、カロリーネは失神してしまう。シューベルトは演奏を中止し、その後の楽譜を破り捨てて、「わが恋の終わらざる如く、この曲も終わらざるべし」と書きつける。

*女性家庭教師が、七人の教え子たちの母になる→〔七人・七匹〕4の『サウンド・オブ・ミュージック』(ワイズ)。

★5.小説家とその教え子。

『煤煙』(森田草平)  妻帯者である二十代の小説家・小島要吉は、文学懇話会「金葉会」で、女子大学出の眞鍋朋子を知る。強い自我を持つ朋子に要吉は魅せられ、文学書を貸し、彼女の習作を批評する。朋子も要吉に恋心を抱くが、接吻はするもののそれ以上の関係を許さず、要吉も強いて求めない。朋子は自らの心を持て余し、「先生の手で殺して」と要吉に訴える。二人は心中するために那須塩原の雪山を登るが、要吉は互いの愛を確信できず、「生きよう」と考える。

『蒲団』(田山花袋)  竹中時雄は三十代半ばの小説家で、妻と三人の子供がいる。女学生芳子が「弟子になりたい」と望んで、時雄の家の二階に住み込む。時雄は若い娘との生活に心ときめき、彼女と過ちを犯しそうになるが、踏みとどまる。やがて芳子には、田中という学生の恋人ができ、二人は性関係を結ぶ。時雄は嫉妬し懊悩しつつ、芳子を田中と別れさせ、親元へ帰す。芳子が去った後、時雄は、芳子が使っていた蒲団を押入れから引き出し、彼女の夜着に顔を埋めて泣いた。

★6a.教え子たちが、退職した「先生」をいつまでも慕い続ける。

『まあだだよ』(黒澤明)  「先生」は還暦間近で学校を退職したが、教え子たちは「先生」を慕い続け、「先生」を囲む「摩阿陀(まあだ)会」を毎年催した。教え子たちが「まあだ(死なないの)かい?」と問いかけ、「先生」は元気よく「まあだだよ!」と答えて、ビールの大杯を一気に飲み干すのである。十七回目の「摩阿陀会」で、喜寿の「先生」は不整脈の発作を起こし、幹事役の四人が「先生」を家まで送る。主治医は「心配ないでしょう」と言う〔*しかし四人が、眠る「先生」の隣りの部屋に泊り込んで酒を飲むのは、要するに「お通夜」をしているのだろう〕。

★6b.教え子たちが、教師を追放する。

『野分』(夏目漱石)  中学校教師・白井道也は「金力と品性」という題で演説し、大会社役員の暴慢と人々の拝金主義を戒めた。町の有力者たちは道也を批難し、中学生たちは扇動されて道也を追い出しにかかった。夜、大勢で道也の家におしかけて喊声をあげ、石を投げ込んだのである。道也は辞職した〔*その時の中学生の一人・高柳周作は、数年後に道也と再会し、「私は、先生をいじめて追い出した弟子の一人です」と打ち明け、自身に必要な百円の金を、道也のために用立てた〕。

★6c.教え子の事故死。

『父ありき』(小津安二郎)  堀川は、金沢の中学校の教師であった。東京箱根方面への修学旅行の時、生徒の一人が堀川の注意を聞かず、湖でボートに乗って溺死した。親から預かった大事な子供を死なせたことに、堀川は責任を感じ、辞職する。彼は「二度と教職にはつかない」と決心し、役場や会社に勤めつつ、男手ひとつで一人息子を育てる。息子は大学を出て教師になる→〔父〕4b

★7.夜間中学の教え子たち。

『学校』(山田洋次)  夜間中学には、年齢も職業もさまざまな生徒たちが学んでいる。小さな町工場で働くイノさんは五十歳を過ぎてから、読み書きを学ぼうと入学した。イノさんが生まれて初めて書いたハガキは、美しい田島先生へのラブレターだった。しかしイノさんは重い病気にかかり、死んでいった。担任の黒井先生と生徒たちは、イノさんを偲びつつ、人間の幸福とは何か、話し合う。自閉症で登校拒否だったえり子は、「私は進学して、学校の先生になる。そしてこの夜間中学へ帰って来る」と黒井先生に語る。 

 

【おじ・おば】

★1.叔母と甥が結婚する。

『古事記』上巻  ウガヤフキアヘズは、天つ神の子孫ホヲリ(=山幸彦)と海神の娘トヨタマビメとの間に生まれた。トヨタマビメは正体を見られたために(*→〔のぞき見〕1b)海へ帰り、代わりに妹タマヨリビメが海の世界からやって来て、ウガヤフキアヘズを養育した。ウガヤフキアヘズは成長後、叔母にあたるタマヨリビメと結婚する。ウガヤフキアヘズと叔母タマヨリビメの間には四人の皇子が生まれ、その末子が神武天皇である〔*『日本書紀』巻2・第10〜11段に類話〕。

『源氏物語』「賢木」  朱雀帝の母は弘徽殿大后である。弘徽殿大后は自分の妹・六の君(=朧月夜)を尚侍として、朱雀帝に入内させる。朱雀帝は、母の妹すなわち叔母にあたる朧月夜を、寵愛する〔*しかし朧月夜は光源氏とも関係を持ち、光源氏失脚の一因を作る〕→〔雷〕2

★2.(血のつながらぬ)叔母と甥が関係を持つ。

『源氏物語』「葵」「賢木」  光源氏は、故前坊(=皇太子)の未亡人、七歳年上の六条御息所を愛人とする〔*二人の間に子供は生まれない〕。前坊は、桐壺帝の同母弟であり、桐壺帝の次男光源氏から見れば叔父にあたる。その妻だった六条御息所と光源氏とは、(直接の血のつながりはないが)叔母・甥の関係である。

★3a.叔父と姪が関係を持つ。

『新生』(島崎藤村)  妻をなくした岸本捨吉には、四人の幼い子供たちが残された。姪の節子が、住み込みで家事や育児を手伝いに来ているうちに、岸本と節子は関係を持ち、節子は妊娠する。その時、岸本は四十二歳、節子は二十一歳だった。岸本は一人フランスへ旅立ち、節子の産んだ男児は養子に出される。三年を経て岸本は帰国するが、ふたたび節子と関係してしまう。岸本は兄義雄(=節子の父)から義絶され、節子は台湾の叔父(=岸本のもう一人の兄)に引き取られる。

★3b.叔父と姪の性関係は、二十世紀の日本では禁忌である。

『犬神家の一族』(横溝正史)  青沼静馬は、犬神佐兵衛が五十歳を過ぎて愛人に産ませた息子である。佐兵衛の恩人の縁者・珠世が犬神家の財産を受け継ぐので、静馬は「珠世と結婚しよう」とたくらむ。しかし、実は珠世は佐兵衛の孫娘であり、静馬と珠世は叔父・姪の関係になるのだった。それを知った静馬は、珠世との結婚を断念した〔*犬神松子が静馬を利用して犬神家の財産を得ようとしたが、「もはや静馬は役に立たない」と思って、松子は静馬を殺した〕。

★4a.仲の良い叔父と姪。

『めし』(成瀬巳喜男)  大阪の会社に勤める初之輔と妻三千代は結婚して五年、子供はいない。三千代は、家事に追われる毎日に疑問を感じている。そこへ初之輔の姪・二十歳の里子が、親の勧める縁談を嫌って家出し、やって来る。初之輔は親切に里子の面倒を見、里子は「私ほんとは初之輔さんみたいな人が好きなのよ」と言う。三千代は心穏やかならず、東京の実家に帰り、このまま東京で職を捜そうと思う。しかし女一人の自立は困難であり、迎えに来た初之輔と一緒に、三千代は大阪へ帰る。

★4b.殺人犯の叔父が、姪を殺そうとする。

『疑惑の影』(ヒッチコック)  遠方の叔父(=母の弟)チャーリーが訪れるというので、彼と同名の姪チャーリーは喜ぶ。姪は昔から叔父が大好きだった。しかしやがて姪は、叔父が逃走中の連続殺人犯であることに気づく。叔父は姪に「もし君がしゃべれば、母上は悲しみ、父上は職を失うだろう」と言って開き直る。叔父は、自分の正体を知った姪を、列車から突き落として殺そうとするが、逆に彼の方が落ちて死んでしまう。

★5.甥がおば(伯母または叔母)を捨てる。

『大和物語』第156段  信濃の国更級の男が妻に責められて、若い時から親同然に一緒に暮らしていたおばを、背負って山へ捨てに行く。しかし家へ帰った男は、山に照る月を見て後悔し、「我が心なぐさめかねつさらしなやおば捨て山に照る月を見て」と詠歌する。男は再び山に登り、おばを連れ帰る。

★6.姪がおば(伯母または叔母)を捨てる。

『俊頼髄脳』(源俊頼)  昔、ある女が姪を養女として、長年育てた。ところが、おばがしだいに年老いて来ると、姪はおばの世話を厄介に思うようになった。八月十五日の夜、姪はおばをだまして山に登らせ、頂上に置き去りにしたまま、家へ逃げ帰った。以来、その山を「おば捨て山」と呼ぶようになった。

★7.甥が伯父を救う。 

『パルチヴァール』(エッシェンバハ)第5巻・第9巻・第16巻  聖杯城のアンフォルタス王は、かつて毒槍で睾丸を突かれ、長期間その傷に苦しんでいた。少年パルチヴァールが城を訪れるが、彼は、アンフォルタス王が母方の伯父であることを知らなかった。また、王の苦しみの理由を問いさえすれば、王の傷は癒えるはずだったが、それもせずにパルチヴァールは城を去った(*→〔禁忌〕3)。しかし後にパルチヴァールは再び城を訪れて、アンフォルタス王に傷の具合を問い、神の慈悲により王は回復した。

★8.叔父と甥が戦う。

『アーサーの死』(マロリー)第1巻第19章  アーサーは、ユーサー・ペンドラゴン王とイグレインとの間に生まれたが、それに先立って、イグレインはティンタージェル公との間に娘マーゴースをもうけていた。アーサーは成長後、ロット王妃となったマーゴースに出会って恋し、彼女を異父姉と知らず関係を結んで、モードレッドが誕生する。モードレッドにとってアーサーは、父であると同時に、母の異父弟ゆえ叔父でもある。後年、モードレッドはアーサーに戦いを挑む→〔父〕1

*父でも叔父でもある人→〔兄妹婚〕2fの『無常』(実相寺昭雄)。

★9.おば(伯母または叔母)の身代わりとしての姪。

『源氏物語』  光源氏は継母にあたる藤壺女御を恋い慕い、秘密の子(=後の冷泉帝)をもうける。しかしその後、藤壺女御は光源氏の求愛を厳しく退けた。光源氏は藤壺女御の面影を求め、藤壺女御の兄の娘、すなわち藤壺女御の姪にあたる紫の上と結婚するが、子供は授からなかった。後に光源氏は、藤壺女御の妹の娘で、やはり藤壺女御の姪にあたる、女三の宮を妻として迎える。ところが女三の宮は光源氏との間ではなく、柏木との間に子供(=薫)をもうけた。しかも光源氏は、それを自分の子として育てねばならなかった。

★10.叔母への慕情。

『マルテの手記』(リルケ)  パリに住む「ぼく(マルテ)」は、デンマークの貴族の末裔で、二十八歳の貧しく孤独な詩人である。「ぼく」の母は、「ぼく」が幼い頃に病死した。母の末の妹、「ぼく」にとっては叔母にあたる独身のアベローネが、母の娘時代の話を聞かせてくれ、それをきっかけに「ぼく」とアベローネのつながりができた。「ぼく」は彼女に、多くの手紙を書き送った。今思えば、それはラブレターだった。しかしアベローネは、「ぼく」の思いを受け入れることはなかった。

 

【夫】

 *関連項目→〔妻〕

★1a.働かぬ夫。

『ヴィヨンの妻』(太宰治)  男爵家の次男で詩人の大谷は放蕩無頼の生活を続け、小料理屋椿屋の多額の借金を踏み倒した上に、五千円を盗み出す。大谷の妻は、借金返済のために椿屋で働く。大谷はあいかわらず客としてやって来て、勘定は妻に払わせる。

『厩火事』(落語)  姉さん女房が髪結いをして働き、年下の夫が昼間から家で酒を飲んでブラブラ遊んでいる。ある時、女房が仕事で遅くなったのを夫が怒り、喧嘩になる。女房は「もう別れたい」と仲人に相談に行き、仲人の入れ知恵で、夫の愛情を試すことにする→〔夫〕8

『鎌腹』(狂言)  太郎は方々を遊び歩き泊まり歩いてばかりで、屋根の漏りの修繕まで妻にさせる。妻が「山で木を切って来い」と命じても太郎が行かないので、妻は怒って棒を振り上げ「お前を打ち殺して私も死のう」と言って太郎を追う→〔切腹〕4

『天才バカボン』(赤塚不二夫)「天シャイバカボン」  バカボンのパパは、しっかり者の妻に甘えて、定職につかず、いつも息子バカボンといっしょに遊んでいる。パパは妻を母親と混同し、「ねえママ、わしもおよめさんほしいのだ」と言ったことさえあった〔*妻は怒ることもなく、「ばかね。なにいってんの」と言うだけだった〕。

『夫婦(めおと)善哉』(織田作之助)  道楽者の若旦那・維康(これやす)柳吉は妻も子もある身であるが、芸者蝶子と駆け落ちして所帯を持つ。三十歳過ぎの柳吉は、二十歳の蝶子を「おばはん」と呼び、「小遣い足らんぜ」と請求する。蝶子は懸命に働いて二人の生活を支える。しかし少し金がたまると柳吉が遊興に使ってしまう。それでも二人は別れることなく、仲良く「めおとぜんざい」を食べに行ったりもする。

*働かぬ男が、妻や愛人を道連れに無理心中する→〔心中〕7a

★1b.夫になることさえ面倒がる怠け者。

『オブローモフ』(ゴンチャロフ)  地主のオブローモフは領地からの収入に頼り、食べて寝るだけの怠惰な日々を送っていた。彼は美女オリガと知り合い、「結婚して、自分の生活を変えよう」と思うが、領地の整理や新居の用意など、結婚に際してのいろいろな手続きが面倒で、すべきことを一日延ばしにして、結局何もしない。オリガはオブローモフに見切りをつけ、彼と別れる。その後オブローモフは、親切な未亡人の世話を受け、もとの安楽な生活に戻る。彼は美食と運動不足のため、三十代の若さで脳溢血の発作を起こし、就寝中に死ぬ。

★2.自慢の夫。

『ニーベルンゲンの歌』第14歌章  グンテル王の妃プリュンヒルトと、ジーフリト(ジークフリート)の妻クリエムヒルトが、互いの夫の自慢を始め、口論になる。クリエムヒルトは怒り、「プリュンヒルトの初夜の床に最初に入ったのは、グンテル王でなくジーフリトだ(*→〔にせ花婿〕2)」と、暴露する〔*プリュンヒルトは「名誉が失われた」と夫グンテル王に訴え、臣下ハゲネがジーフリト暗殺を発議する〕。

★3.夫さがし。

『天稚彦草子』(御伽草子)  長者の末娘が天稚彦(天稚御子)の妻になる。ある時、夫・天稚彦は天へ昇り、そのまま帰らない。妻は一夜ひさご(=一夜のうちに天に届くまで成長する瓢箪や夕顔)を植え、つるを伝わって天に到る。妻は、ゆふづつ(宵の明星)・箒星・すばる星などに尋ねて天稚彦の居所を知り、再会する→〔難題〕2b

『黄金のろば』(アプレイウス)第4〜6巻  プシュケが約束を破って夫エロス(クピード)の姿を見たため、エロスは怒って飛び去る。プシュケは夫を捜し求め、国々を巡歴して、エロスの母女神ヴェヌスの館に到る→〔難題〕2b

*→〔忘却〕2gの『ほんとうのおよめさん』(グリム)KHM186。

★4.夫の真の姿。

『黄金のろば』(アプレイウス)第4〜6巻  プシュケの夫は夜にだけやって来て、けっして姿を見せない。姉たちが「お前の夫は大蛇だ」と言うので、プシュケは不安になり、暗闇に眠る夫を明かりで照らす。彼女がそこに見出したのは大蛇などではなく、美しい青年だった。それは愛の神エロス(クピード)であった→〔夫〕3

『日本書紀』巻5崇神天皇10年9月  倭迹迹日百襲姫は、夜しかあらわれぬ夫(=オホモノヌシノカミ)に、姿を見せてくれるようせがむ。夫が「明朝、汝の櫛笥の中に入っている」というので見ると、小蛇がいた〔*『今昔物語集』巻31−34の異伝では、女の名も男(=神)の名も記されない。女は油壺の中に小蛇を見出しておびえ、男は怒って女の陰部に箸を突きたてる〕→〔性器〕3

『変身物語』(オヴィディウス)巻3  セメレは、自分のもとに来る男が本当にユピテル(ゼウス)である確証を得たいと思い、「あなたが正妃ユノー(ヘラ)と抱擁し合う時と同じ神々しい姿を示して、私を抱いてほしい」と願う。しかし、電光と雷鳴をともなって現れたユピテルの姿に接して、セメレは焼け死ぬ〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第4章では、セメレは恐怖の余り死ぬ〕。

★5a.夫の弱点・秘密を、妻や愛人が敵に教える。敵にあたるのが、妻のもとの夫・あるいは新しい夫、というばあいもある。

『士師記』第16章  サムソンの愛人デリラは、ペリシテ人から莫大な褒美とひきかえにサムソンの力の秘密を探り出すよう依頼される。サムソンはデリラの問いに、三度、嘘を教えるが、彼女の追求に堪えきれず、四度目に「髪を剃り落とされたら私の力は去り、弱くなる」と打ち明ける。デリラはそのことをペリシテ人に告げる。

『俵藤太物語』(御伽草子)下  平将門の寵妃小宰相は、将門の影六体と本身一体の見分け方(日や灯にむかう時本体にのみ影ができる)・および将門の体は総身黄金だがこめかみだけが肉身であることを、俵藤太秀郷に教える。秀郷は将門の本体のこめかみを弓で射て殺す。

『ニーベルンゲンの歌』第15〜16歌章  ジーフリト(ジークフリート)暗殺をたくらむハゲネが、ジーフリトの妃クリエムヒルトに、「戦場でジーフリト殿を守護するには、どうしたらよいか?」と問う。クリエムヒルトは「背中に一ヵ所だけ急所があります(*→〔葉〕1b)。そこを守って下さい」と教える→〔目印〕7〔*『ニーベルンゲンの歌』では、妻は夫の身を守るために急所を教えるが、*→〔忘却〕2cの『ニーベルングの指環』(ワーグナー)では、妻は夫の死を望んで急所を教える〕。

『二人兄弟の物語』(古代エジプト)  バタの妻は、彼女の髪が機縁となってファラオの愛人になる。彼女は、夫バタの心臓が杉(あるいは松)の谷の、杉の花の上に置いてあることを、ファラオに告げる。ファラオは杉の谷に兵士を送りこみ、杉を切り倒す。バタは死ぬ→〔魂〕1b

『補江総白猿伝』(唐代伝奇)  身の丈六尺ほどの白猿が大勢の美女を山奥へさらい、自らの妻妾としていた。将軍・欧陽コツが、さらわれた妻を捜し求めて、白猿の住処(すみか)にたどり着く。女たちが「白猿は、麻を中に隠して強くした絹で縛れば、動けない。全身が鉄のように堅いけれども、臍下数寸の所は刃物を通す」と教える。欧陽コツは白猿を殺し、多くの宝物と美女たちを携えて帰還する。

*妻が、第二の夫の秘密の寝所を、第一の夫に教える→〔仇討ち〕1aの『あきみち』(御伽草子)。

★5b.夫の悪事を、妻(または愛人)が別の人に語る。

『くもりのないお天道さまは隠れているものを明るみへ出す』(グリム)KHM115  仕立屋が、道で出会ったユダヤ人を金欲しさに殺す。時が過ぎて、仕立屋は結婚し子供も二人できるが、ある朝ふと妻に過去の殺人を語ってしまい、口止めをする。妻は名づけ親の女に内緒話としてこのことを語り、三日もたたぬうちに町中の人の知るところとなる。仕立屋は処刑される。

『証言』(松本清張)  石野課長は、愛人千恵子との生活が公けになれば出世の妨げになると考え、愛人宅近くですれ違った杉山のアリバイを否定し(*→〔アリバイ〕3)、そのため杉山は死刑を求刑される。しかし千恵子はそのことを若い恋人に語り、恋人は友人に語って、やがて石野は偽証罪で告訴される。

*→〔泡〕の『泡んぶくの仇討ち』(昔話)。

★6a.夫の秘密。重婚。

『ジェーン・エア』(C.ブロンテ)  ジェーンは、ロチェスターの養女の家庭教師として彼の屋敷に住みこみ、やがてロチェスターから求婚される。屋敷内には謎の女が出没し、笑ったり徘徊したり火を放ったりするので、ジェーンはおびえる。ジェーンとロチェスターの結婚式の当日に、謎の女はロチェスターの妻で、精神病のために、屋敷内の一室に十五年間幽閉されていたことが明らかになる。

『ゼロの焦点』(松本清張)  禎子は、東京の広告代理店勤務の鵜原憲一と、見合い結婚した。しかし鵜原は結婚後一ヵ月もたたないうちに、金沢へ出張して消息を絶った。禎子は夫を捜して金沢へ行き、鵜原には金沢に内縁の妻田沼久子がいたことを知った〔*鵜原は禎子との結婚を機に、田沼久子との関係を清算するつもりだったが、彼は室田佐知子によって殺された〕→〔一人二役〕1a

★6b.夫の秘密。妻以外のもう一人の女。 

『明暗』(夏目漱石)  津田由雄は、清子と相思相愛のつもりでいた。ところが清子は突然津田と別れ、関という男に嫁いでしまう。津田はその後お延と結婚するが、「なぜ清子は自分のもとを去ったのか?」と、こだわり続ける。津田が痔の手術で入院中、彼の旧友小林がお延のもとを訪れて、「津田には秘密がある」と、ほのめかす。お延は「夫には女がいるのだろうか?」と考え、夫の秘密を知ろうとする〔*作者漱石死去のため、『明暗』は未完である〕。

★6c.夫の秘密。物乞い。

『唇のねじれた男』(ドイル)  郊外に住むセントクレアは、毎朝ロンドンに出勤し、変装して乞食となっていた。まともに働くよりも乞食になって物乞いする方が、はるかに多くの収入になるのだった。セントクレアの妻は、夫がいくつかの会社に関係する仕事をしているものと信じていた。

『孟子』巻8「離婁章句」下  妻妾を持つ男が、外出するといつも酒や肉をたらふく食べて帰り、「富貴の人と会食して来た」と言っていた。不審に思った妻が、ある日夫の跡をつけると、夫は墓場へ行き、墓参の人々に供え物の残りをねだって食べていた。

★7.夫の帰還・生還。

『伊勢物語』第24段  女が、三年戻らぬ夫をあきらめて、別の男と結婚する。ところが新枕の夜、夫が帰って来て「この戸をあけよ」とたたく。女と歌のやりとりをした後、事情を知った夫は去って行く。女はあとを追い、力尽きて、清水のある所で死ぬ。

『イノック・アーデン』(テニスン)  イノックは遠洋航海に出たまま十年余り帰らない。イノックが死んだものとあきらめた妻は、幼ななじみのフィリップと再婚 し子供も生まれる。そこへイノックが無人島から生還するが、妻が親友と再婚して幸せに暮らしているのを知り、自分の正体を隠してひそかに働き、死んでゆく。

『東海道四谷怪談』「深川三角屋敷」  お袖は、父四谷左門・姉お岩・夫佐藤与茂七の仇を討つために、やむなく直助と夫婦の契りを結び、彼の助力を得ようとする。 ところが、そこへ死んだはずの夫与茂七が訪れ、お袖は絶望して死を選ぶ→〔闇〕2

『懐硯』(井原西鶴)巻1−4「案内しつてむかしの寝所」  淡路島の漁民久六が東国の海へ出稼ぎに行き、帰らなかった。荒天で多くの船が沈んだと聞いた妻は、夫は死んだものと諦めて、同じ浦の漁民木工兵衛と祝言をあげた。一夜あけた朝に久六が戻り、妻を刺し殺し木工兵衛を討って、その刀で自害した。

『万の文反古』(井原西鶴)巻4−1「南部の人が見たもまこと」  夫利兵衛が最上川の洪水で死ぬ。百ヵ日の法要をすませて、女房こよしは利兵衛の弟利左衛門と結婚するが、二三日も過ぎぬうちに利兵衛が無事帰る。利兵衛・利左衛門兄弟は刺し違え、こよしは行方知れずになる。

★8.夫の愛情を試す。

『厩火事』(落語)  髪結いをして働く女房が、昼間から酒を飲んで遊んでいる夫の愛情を試そうと、わざと転んで、夫が大事にしている瀬戸物茶碗を割る。夫が「怪我はないか?」と聞くので、女房は「瀬戸物よりも私の身体を心配してくれるんだねえ」と喜ぶ。夫は「お前に怪我されると、明日から遊んでて酒を飲むことができない」と言う〔*→〔火事〕5の『論語』巻5「郷党」第10の故事をふまえた話〕。 

『番町皿屋敷』(岡本綺堂)  旗本青山播磨と腰元お菊は相愛の仲だったが、お菊は、「播磨に縁談がある」と聞いて不安になり、家宝の皿を一枚わざと割って、播磨の愛情を試す。播磨は、お菊が粗相して割ったと思い許すが、実は播磨の心を試すために故意に割ったと知り、お菊を手打ちにする→〔宝〕3a

★9.天国の神を、夫とする。

『尼僧物語』(ジンネマン)  ヨーロッパの尼僧たちがアフリカのコンゴに派遣され、布教と医療活動に従事する。彼女たちの夫は人間界の男でなく、天国の神である。現地の人には、そのことがなかなか理解できない。一人の男が、赴任したばかりのシスター・ルークに、「あなたにも夫がいるのか?」と問う。シスター・ルークは「私の夫は天国にいます」と答える。男は、夫は死んだのだと誤解し、「お気の毒に」と言う。

  

*夫が死んだ妻をたずねる→〔冥界行〕5

 

【夫殺し】

★1.女が愛人と共謀して、自分の夫を殺す。

『アガメムノン』(アイスキュロス)  アガメムノン王は十年に及ぶトロイア遠征を終え、故郷アルゴスへ凱旋する。王の遠征中に妃クリュタイメストラ(=クリュタイムネストラ)は、王の従兄弟アイギストスと姦通していた。クリュタイメストラは、帰館したアガメムノン王を浴室へ導き、両刃の斧で三度打って殺す。彼女は斧を持ってアルゴスの長老たち(=コロス)の前に現れ、夫殺しの正当性を主張する〔*→〔暗殺〕1の『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第6章に、暗殺方法についての別説〕。

『水滸伝』百二十回本第24〜26回  蒸し団子売り武大の妻・潘金蓮は、薬屋の西門慶と情を通じ、彼と共謀して、邪魔な夫を毒殺する。武大の弟武松がこのことを知り、潘金蓮と西門慶を斬り殺し、二人の首を兄の霊前に供えて、仇を討つ〔*『金瓶梅』第1〜9回は、『水滸伝』のこの物語に肉付けしたもの。ただし『金瓶梅』では、武松は西門慶と間違えて別人を殴り殺し逮捕される。潘金蓮も西門慶も無事で、二人は夫婦になる〕。

『テレーズ・ラカン』(ゾラ)  ラカン夫人の一人息子カミーユと姪テレーズは幼い頃から一緒に育ち、やがて結婚する。しかしテレーズは、病弱なカミーユに飽き足りず、カミーユの友人である逞しいローランを愛人とする。テレーズとローランは共謀してカミーユをボート遊びに誘い、川に突き落として溺死させる〔*テレーズとローランはその後カミーユの幻影に苦しめられ、最後には二人とも毒を飲んで死ぬ〕。

『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(ヴィスコンティ)  中年男ブラガーナの経営する安食堂に、旅の男ジーノが立ち寄る。彼は何日か滞在するうちに、ブラガーナの若妻ジョヴァンナと愛人関係になる。ある夜、彼ら三人は車に乗り、泥酔状態のブラガーナを残して、ジーノとジョヴァンナは走る車から飛び降りる。車は斜面へ転落し、ブラガーナは死ぬ。しかし警察は、ブラガーナの自損事故ではなく殺人だ、と見破る〔*ジーノとジョヴァンナは車で逃げるが、前方を走るトラックと接触し、川に転落する。ジョヴァンナは死に、ジーノは逮捕される〕。

*→〔泣き声〕2

*→〔過去〕5bの『輟耕録』(陶宗儀)「女の知恵」・〔死因〕4の『鍵』(谷崎潤一郎)・〔霊〕6bの『英草紙』第8篇「白水翁が売卜直言奇を示す話」・〔二人夫〕3の『テス』(ハーディ)。

★2.女が、三人の夫を死にいたらしめる。

『地霊』(ヴェデキント)  初老のシェーン博士は、愛人ルルの魔性から逃れるために、彼女をゴル博士と結婚させる。ゴル博士は、ルルが画家シュヴァルツと一室にいるところへ乗りこみ、怒りの発作で倒れて死ぬ。ルルの新しい夫となった画家シュヴァルツは、シェーン博士からルルの過去を聞かされて衝撃を受け、剃刀で頸動脈を切って自殺する。ルルはシェーン博士と正式に結婚するが、シェーン博士の息子アルヴァもルルに求愛するのでシェーン博士は激昂し、ピストルをルルに渡して「自殺せよ」と言う。ルルはシェーン博士を撃ち殺す〔*『ルル』(ベルク)の原作〕。

★3.夫殺しの未遂。失敗。

『今昔物語集』巻29−13  民部大夫則助の妻が、密夫と共謀して則助を殺そうとする。天井に男をしのばせ、則助が寝入ったら鉾で突く手筈だった。しかしこの計画を、事前に則助に知らせた人がいたので、則助は男を捕らえて検非違使に引き渡した〔*不思議なことに則助は、その後も妻と暮らした〕。

『テレーズ・デスケイルゥ』(モーリヤック)  夫ベルナールは病気治療のため、砒素剤を常用する。ある日、火事の知らせに気を取られた夫は、砒素剤を倍量飲んでしまい、苦しむ。これに暗示を受けた妻テレーズは、以後、夫に飲ませる砒素剤の量を増やす〔*夫は死なず、二人は別れる〕。

『ナイアガラ』(ハサウェイ)  ジョージとローズ夫妻が、ナイアガラ瀑布観光に訪れる。ローズには秘密の愛人テッドがおり、ローズはテッドに夫殺しを依頼する。テッドは観光トンネル内でジョージを襲うが、格闘の末、殺されたのはテッドの方だった。ジョージはローズを追い、彼女を絞殺した後、小型船に乗って逃走する。しかしエンジンのトラブルで、船は滝壺へ落ちて行く。

★4.女が、夫のみならず、夫との間に生まれた子供までも殺す。

『桜姫東文章』  吉田家の息女桜姫は、ある夜盗みに入った釣鐘権助に犯されて、身ごもる。後に桜姫は権助と再会して夫婦になり、市井の安女郎に身を落とす。しかし、吉田家の重宝・都鳥の一巻を奪った犯人が権助で、桜姫にとっては父・弟の仇であることを知り、桜姫は夫権助を殺し、吉田家を再興する〔*桜姫は権助との間に生まれた赤子をも殺す〕。

 

【踊り】

★1.やめられない踊り。

『赤いくつ』(アンデルセン)  カレンは赤いくつが気に入って、黒いくつをはいて行くべき教会の堅信礼にも聖餐式にも、赤いくつをはいて出かける。教会の入口にいた年寄りの兵隊が、「なんときれいなダンスぐつじゃ。ダンスをする時は、しっかりくっついているんだぞ」と言って、手でくつの底をたたく。赤いくつはカレンの足にくっつき、カレンは永遠に踊り続けなければならなくなる。

『ジゼル』(アダン)  結婚前に恋人に裏切られ、心がはりさけて死んだ娘たちは、妖精のウィリになり、夜の墓地で一晩中踊る。通りかかった男は踊りの中に引き入れられ、疲れて死ぬまで踊らされる〔*アルブレヒト伯爵が村娘ジゼルを裏切って死なせ、夜の墓地で踊らされるが、ジゼルはアルブレヒトを恨むことなく、彼を力づけ、アルブレヒトは生きたまま朝を迎えることができる〕。

*夜の踊り→〔眠り〕12の『おどりぬいてぼろぼろになる靴』(グリム)KHM133。

『火の鳥』(ストラヴィンスキー)  悪魔コスチェイとその子分たちが火の鳥を捕らえようとすると、火の鳥が羽を一振りし、悪魔たちは一斉に踊り始める。踊りは、しだいに激しくなって止めることができない。火の鳥がもう一度羽を振ると、疲れ果てた悪魔たちは倒れ、眠りこむ。

★2.踊りの褒美。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)83「踊る猿と駱駝」  動物たちの集まりで猿が踊り、満座の喝采を浴びる。駱駝が妬み、自分も喝采されたいと思って、座から立って踊る。しかし下手な踊りだったので、動物たちが怒り、棍棒で殴って追い払う。

『宇治拾遺物語』巻1−3  右頬に大きなこぶのある翁が山で雨風に遭い、木の洞穴(ほらあな)に入る。夜になり百人ほどの鬼が来て、洞穴の前で酒宴を始める。翁も洞穴から出て踊り、鬼たちは爺の踊りの面白さに感心する。鬼たちは爺に「次回も必ず参れ。その時まで預かっておく」と言って、右頬のこぶを取る。

『小人のおつかいもの』(グリム)KHM182   夜の山で飾り屋と仕立屋が、小人たちと踊り黄金をもらう。翌晩は飾り屋が一人で行くが、黄金ではなく石炭をもらい、背中に前からあった駱駝のような瘤が、胸にも、もう一つ新たにくっつく。

『サロメ』(ワイルド)  エロド(=ヘロデ)王が、妃の連れ子である王女サロメに「踊りを見せてくれ」と望み、「踊りの褒美に、欲しいものは何でも、この国の半分でも与えよう」と約束する。サロメは七つのヴェールの踊りを見せた後に、「捕らわれの預言者ヨカナーンの首が欲しい」と言う。エロド王は驚き、翻意させようとするが、サロメはあくまでも首を要求し、エロド王はやむなくヨカナーンを斬首する。

★3.猫の踊り。

猫の踊りの伝説  戸塚の某家で、手拭が毎晩一本ずつなくなった。主人が気をつけていると、飼い猫が手拭をくわえて逃げたので、主人は不思議に思った。近くの「踊り場」という所で、近所の猫たちが毎夜集まって踊っており、踊る時に頭にかぶる手拭を、猫は持ち出したのだった(神奈川県横浜市戸塚区)。

*踊るところを飼い主に見られた猫が、「もうおられんようになった」と言って出て行く→〔猫〕1の『猫檀家』(昔話)。

『半七捕物帳』(岡本綺堂)「三河万歳」  香具師の富蔵が白猫に、三味線に合わせて踊る芸を仕込む。或る日の夕方、富蔵の留守宅に入り込んだ漫才師市丸太夫が、何気なく三味線を引くと、いきなり白猫が立って踊り出したので、市丸太夫は「これは化け猫だ」と思って、三味線で撲り殺してしまった。

『吾輩は猫である』(夏目漱石)2  正月の或る日、猫の「吾輩」が、主人(苦沙弥先生)の食べ残しの雑煮を試しに食ってみる。ところが餅が噛み切れず、歯にくっついてしまう。「吾輩」は後足で立ち、左右の前足で餅を払い落とそうと、もがく。子供が「あら。猫がお雑煮を食べて踊りを踊っている」と大声を出す。主人は「このばかやろう」と、「吾輩」を叱る。

★4.死体の踊り。

『狗張子』(釈了意)巻4−4「死骸、音楽を聞きて舞い躍ること」  文禄二年(1593)春、山崎の庄屋宗五郎の妻が病死した。通夜の席に音楽が聞こえ、妻の死骸が動き出して、楽の拍子に合わせて舞い踊り、外へ出て行った。半里ほど離れた野原の墓所まで夫が追い、杖で打つと死骸は倒れ、音楽も止んだ。

『らくだ』(落語)  「らくだ」とあだ名される乱暴者が河豚の毒で死んだので、長屋中が大喜びする。「らくだ」の兄弟分の男が、家主に「通夜をするから、上等の酒と肴を届けてくれ」と要求するが、断られる。兄弟分の男は、屑屋に「らくだ」の死体を背負わせて家主の家に乗り込み、死体の手足を動かして「かんかんのう」を踊らせる。家主は腰を抜かし、酒と肴を届けることを約束する。

*骸骨の踊り→〔橋〕9の『踊る骸骨』(昔話)。

★5.裸踊り。

『カルメン故郷に帰る』(木下恵介)  昭和二十年代。浅間山麓の村の娘おきんが家出して東京へ行き、リリイ・カルメンというストリッパーになる。何年か後、彼女は「故郷へ錦を飾るのだ」と言って、仲間のマヤ朱実を連れて帰って来る。二人は村でストリップショーを上演し、男たちは大喜びする。小学校長は怒り、おきんの父は嘆く。おきんは出演料をすべて父に贈り、父はそれを小学校に寄付する。おきんと朱実は意気揚々と村を後にする。

*アメノウズメの裸踊り→〔性器〕1aの『古事記』上巻。

★6.カーニバルの踊り。

『黒いオルフェ』(カミュ)  リオ・デ・ジャネイロのカーニバルの前日。市電の運転手オルフェはユリディスと出会う。オルフェには婚約者ミラがいたが、オルフェとユリディスは恋におち、一夜をともにする。カーニバル当日。オルフェはミラを相手にせず、ユリディスと踊り続ける。ミラは怒り、ユリディスにつかみかかる。ユリディスは逃げ、高圧線に触れて感電死する。オルフェはユリディスの死体を抱いて、断崖に立つ。狂乱したミラが、大きな石を投げつける。石はオルフェの額に当たり、オルフェはユリディスとともに崖下へ落ちる。

★7.踊り子との恋。

『舞姫』(森鴎外)  某省からベルリンに派遣された「余(太田豊太郎)」は、ある夕方、古寺の門によりかかって泣く十六〜七歳の美少女を見る。彼女の名はエリス。ヰクトリア座の踊り子で、家が貧しく、病死した父親の葬儀の費用もなくて、途方に暮れていたのだった。「余」はエリスに必要な金を与え、それがきっかけで二人は親しくなり、やがてエリスは「余」の子供を身ごもる。しかし「余」は将来の立身出世のため、エリスを捨てて日本に帰る。

『ライムライト』(チャップリン)  バレリーナのテリーは、関節炎で脚が動かなくなったことを悲観して、ガス自殺をはかる。老芸人カルヴェロが彼女を救い、励ましたおかげで、テリーは元気を回復し、舞台で成功を収める。テリーはカルヴェロを慕い、求婚するが、カルヴェロは年齢差を理由に断る。彼女は青年作曲家ネヴィルからの求愛も退け、ひたすらカルヴェロとの結婚を望む。しかしカルヴェロは心臓発作を起こし、テリーの踊りを舞台の脇で見守りつつ、息絶える。

*→〔橋〕3の『哀愁』(ルロイ)。

*→〔道連れ〕2の『伊豆の踊子』(川端康成)。

 

*→〔舞踏会〕に関連記事。

 

【鬼】

★1.人を喰う鬼。

『出雲国風土記』大原郡阿用の郷  目一つの鬼がやって来て、山田を耕作する人の息子を喰った。息子の父母は、竹原の中に隠れていた。

★2.女を喰う鬼。

『伊勢物語』第6段  男が女を盗み出す。雷雨の夜で、男は、あばらな蔵の奥に、鬼のいる所とも知らず女をおし入れる。男が戸口にいる間に、鬼は女を一口に喰う〔*『今昔物語集』巻27−7に類話〕。

『今昔物語集』巻27−8  八月十七日の夜、武徳殿の松原を歩く三人の女のうちの一人を、男が引き止める。男は鬼で、女は喰われ、松の木陰に女の手と足がばらばらに落ちていた〔*『三代実録』によれば仁和三年(887)の出来事〕。

『日本霊異記』中−33  富家の美女万子は、多くの品を贈り求婚してきた男と結婚する。しかし男は鬼で、初夜の床で万子は喰われる→〔初夜〕1

★3a.女が鬼と化す。

『鉄輪』(能)  夫の心変わりを恨む女が、頭に鉄輪(五徳)を載せ三本の脚に火をともし、赤い丹を顔に塗り赤い着物を着て鬼と化し、夫とその愛人を襲う→〔藁人形〕1b

『閑居の友』下−3  男を恨む女が、髪を五つに分け飴を塗って角のようにし、失踪する。三十年後、野中の堂に鬼が棲むとの噂が広がり、里人が堂を焼くと、角五つあるものが現れて、男をとり殺したことを語り、法華経供養を願って火中にとび入る。

『今昔物語集』巻27−22  猟師兄弟の母が年老いて鬼と化し、息子を喰おうとする→〔片腕〕1a

『徒然草』第50段  応長(1311〜1312)の頃、鬼になった女を連れた一行が、伊勢国から上京したとの風聞があり、二十日間ほど、京・白河の人々が大騒ぎで鬼を見に出かけた。しかし実際に鬼を見た人は誰もいなかった。

*→〔面〕3の『磯崎』(御伽草子)。

★3b.僧が鬼と化す。

『今昔物語集』巻20−7  金剛山の聖人が染殿の后に愛欲の心をおこし、現世では思いを遂げられぬので絶食して死に、鬼と化す。鬼は内裏に現れ、帝や大臣・公卿の見る前で、后と交合した。

★4a.鬼と戦う。鬼を退治する。

『大鏡』「忠平伝」  貞信公忠平が南殿の御帳の後ろを通る時、鬼が毛むくじゃらの手で、忠平の太刀の石突をつかまえた。「勅命で参る者をとらえるとは不届き」と忠平は叱咤し、太刀を抜いて鬼の手をつかむと、鬼はうろたえて丑寅の隅の方へ逃げ去った。

『太平記』巻16「日本朝敵の事」  天智天皇の代、藤原千方が金鬼・風鬼・水鬼・隠形鬼の四鬼を使って、伊賀・伊勢両国を侵した。紀朝雄が「草も木も我が大君の国なればいづくか鬼のすみかなるべき」の歌を詠むと、四鬼は非を悟って失せ、千方は朝雄に討たれた。

『田村』(能)  坂上田村丸が勅命を受けて、鈴鹿山の鬼神を退治に行く。鬼神は黒雲・鉄火を降らせ、数千騎に身を変じて襲いかかる。その時、虚空に千手観音が飛来し、千の手で千本の矢を雨あられと放って、鬼神を残らず討ち取る。

『日本霊異記』上−3  元興寺の鐘堂に鬼が夜ごと来て、人を殺す。童子(後の道場法師)が待ち伏せし、鬼の髪をとらえて引っ張る。朝になり、鬼は頭髪を引きはがされて逃げ去る。その鬼は、寺で罪を犯した奴の霊であった。

*桃を用いて鬼を追い払う→〔桃〕3の『日本書紀』巻1・第5段一書第9。

*鏡が鬼を退治する→〔鏡〕4e

*鬼と賭け事をして勝つ→〔賭け事〕1aの『長谷雄草子』(御伽草子)。

★4b.鬼退治の供。

『神道集』巻4−18「諏訪大明神の五月会の事」  満清将軍は光孝天皇の命令を受け、従者十二人を連れて、戸隠山の鬼王退治に出かける。途中で行き逢った二人の男が供をするが、二人は熱田大明神・諏訪大明神の化身であり、彼らの援助によって、将軍は鬼王を捕らえ、首を討つことができた。

『桃太郎』(昔話)  鬼退治に出かけた桃太郎は、途中で出会った犬・雉・猿に日本一の黍団子を与えて、供とする。桃太郎たちは黍団子を食べて何千人力にも強くなっており、鬼が島の鬼たちを降参させ、多くの宝物を得て帰る(青森県三戸郡)。

★5.鬼が美女に化ける。

『太平記』巻23「大森彦七が事」  大森彦七が、若い女から夜道の案内を頼まれる。露深い道ゆえ、彦七は彼女を背負う。半町ほど歩いた時、女は背丈八尺の鬼と変じて、熊のごとき手で彦七の髻をつかみ、虚空に飛び上がろうとする。彦七は鬼と取り組んで、ともに田の中に転がり落ちるが、鬼は消え失せてしまった。

『紅葉狩』(能)  平維茂が従者とともに信濃国戸隠山へ鹿狩りに行き、紅葉狩りに来た美女たちに出会って、酒宴となる。実は美女たちは、戸隠山の鬼神の化身だった。酔って眠りこんだ維茂は、「鬼神を退治せよ」との八幡神の夢告を得て目覚め、正体を現した鬼神と闘って斬り伏せる。

*→〔のぞき見〕1aの『聊斎志異』巻1−40「画皮」。

*鬼が母に化ける→〔変身〕8aの『羅生門』(御伽草子)。

*鬼が弟に化ける→〔変身〕8cの『今昔物語集』巻27−13。

★6.鬼の面をかぶって人を脅す。

『伯母が酒』(狂言)  酒屋を営む伯母の家を甥が訪れ、酒をただ飲みしようとするが、飲ませてもらえない。甥は鬼の面をつけて夕刻に行き、伯母を脅して酒蔵に入り、思う存分に飲む。しかし面をはずして眠りこんだため、伯母に正体を知られ、追い出される。

『清水』(狂言)  茶の湯の会のため、太郎冠者が野中の清水に水を汲みに行かされる。太郎冠者はいやがり、「清水に鬼が出た」と言って戻って来る。主が確かめに行くので、太郎冠者は鬼の面をつけて主を脅す。主は、鬼の声と太郎冠者の声の類似に気づき、面をはがして正体をあばく。

*→〔面〕3に関連記事。

★7.百鬼夜行。

『宇治拾遺物語』巻12−24  風雨の夜、一条の桟敷屋に男が傾城と臥していると、軒と等しい高さの馬頭の鬼が「諸行無常」と詠じて通った。これが百鬼夜行というものであろうかと男は恐れ、一条の桟敷屋には二度と泊まらなかった。

『大鏡』「師輔伝」  九条殿師輔公が夜更けに宮中から退出して大宮通りを南へ下る時、あははの辻で百鬼夜行に出会う。随身や前駆たちには何も見えないが、師輔は牛車を停め、簾を下ろし、笏を持ってうつ伏して、尊勝陀羅尼を読誦する。一時間ほどして、ようやく師輔は牛車を出発させる。

『古本説話集』下−51  西三條殿の若君常行が、夜、女のもとへ通う途中、美福門の前で百鬼夜行に出会った。捕らえられそうになったが、尊勝陀羅尼の護符を身につけていたので、無事だった〔*『今昔物語集』巻14−42に類話〕。

*→〔空間〕2aの『宇治拾遺物語』巻1−17・〔唾〕1の『今昔物語集』巻16−32。

★8.心の優しい鬼。

『泣いた赤おに』(浜田広介)  赤おにが人間と仲良くしたいと思い、「おいしいお茶やお菓子がございます」と書いた立て札を家の前に立てる。しかし皆恐れて近よらない。友達の青おにがわざと村で暴れ、赤おにが青おにを殴って追い払う、という芝居をすると、人間たちは赤おにを信用し、遊びに来るようになる。青おには赤おにに、「君と僕が友達だとわかると、人間は君を疑うかもしれない」との書置きを残して、遠くへ去る。赤おには、しくしく泣く。

 

*節分の鬼→〔うちまき〕2a

 

【親孝行】

★1.老父・老母に孝行を尽くす。

『今昔物語集』巻19−26  右近の馬場の騎射で舎人下野公助が、三つの的をすべて射外す。老父敦行が怒り、何度も公助を殴打する。公助は逃げずにおとなしく打たれる。後にその理由を人に聞かれて、公助は「父は八十余歳なので、逃げる私を追って倒れでもしたら大変だから」と答える。

『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版第40巻101ページ  中年男が「庭の紫陽花が盛りですよ」と言って老母を背負い、庭に出る。これを見た近所の主婦たちが「心理的に乳離れできてないのね」「マザーコンプレックスなのよ」と噂する。中年男は「昔は親孝行と言ったもんだ」と怒る。

『二十四孝』(御伽草子)  孟宗は老母のために雪中の竹林に筍を求めた。天に祈ると、大地が裂けて筍が多く生え出た(「孟宗」)。七十歳の老莱子は、両親が老いを意識して悲しまぬよう、若々しい衣を着て舞い戯れ、ことさらに子供じみた振る舞いをした(「老莱子」)。姜詩夫妻は母のために、六〜七里離れた江の水を汲み、魚の膾を調理した。天が感じて、家の傍に水が湧き、鯉が得られるようになった(「姜詩」)。九歳で母を失った黄香は以後父によく仕え、夏は父の枕や敷物をあおいで涼しくし、冬は自分の身体で父の夜具を温めた(「黄香」)。蔡順は桑の実を拾いに行き、熟したものと熟さぬものとを分けた。熟したものは母に与え、熟さぬものは自分で食べるためだった(「蔡順」)。八歳の呉猛は、夏の夜は裸で寝て自分の身を蚊に食わせ、親の方へ蚊が行かぬようにした(「呉猛」)。黄山谷は妻も使用人もいるのに、自分で母の大小便の器を扱い、汚れていれば手づから洗った(「山谷」)。

*老父に酒を飲ませる→〔酒〕2aの強清水の伝説・『十訓抄』第6−18。

*老母に魚を食べさせる→〔禁制〕1の『十訓抄』第6−19。

★2.親の罪を訴える孝行息子。親の罪を隠す孝行息子。

『鶏猫』(狂言)  大名の飼い猫が行方不明になり、「猫の行方を知らせた者に、望みどおりの恩賞」との高札が立つ。少年が来て、「我が父・藤三郎が猫を殺した」と訴える。鶏を猫に取られたため、藤三郎は猫を殺したのだった。大名が藤三郎を捕らえて斬ろうとすると、少年は「訴え出た勲功に、父の命を助けよ」と請う。大名は、少年の孝心に免じて藤三郎を許す。

『論語』巻7「子路」第13  葉公(しょうこう)が言った。「私の村に正直者がいる。父親が羊を盗んだ時、正直者の息子がそれを知らせた」。孔子が言った。「私の村の正直者はそれとは異なる。父は子のために隠し、子は父のために隠す。正直さは、そこに自然に備わるのだ」。

★3.罪を得た親を、子供が命を捨てても救おうとする。

『最後の一句』(森鴎外)  船乗業・桂屋太郎兵衛が捕らわれ、斬首の刑に決まる。十六歳の娘いちが、弟妹を連れて奉行所へ乗り込み、「自分たちの命と引き替えに、父を助けてほしい」との嘆願書を差し出す。奉行が「お前たちは父親と対面せぬまま殺されるぞ。それでもよいか?」と問うと、いちは「はい。お上のことに間違いはございますまいから」と答える〔*奉行所が協議している間に、大嘗会による特赦があり、桂屋太郎兵衛は助命される〕。

★4.究極の親孝行。

『好色敗毒散』巻1−1「長崎船」  五十三歳の角左衛門は、色里の十九歳の大夫に入れあげ、大金を積んで身請けする。ところがその祝いの酒宴で、二人が父と娘の関係だったことがわかる(*→〔父娘婚〕1)。大夫は、「知らぬこととはいいながら、実の父を抱いて寝ていたのが情けない」と嘆く。すると口達者な姉女郎が、「お父様のいやがることをしたわけではなし、お父様をよろこばせたのだから、二十四孝もできなかった親孝行ですよ」と言って、その場をおさめた。 

 

【親捨て】

★1.老親を遠方へ追い遣る・捨てる。

『いじわるばあさん』(長谷川町子)朝日文庫版第4巻33ページ  息子夫婦が「おかあさん、たまにゃ一緒にのみましょう」と、いじわるばあさんを誘う。いじわるばあさんは気持ち良く酔って歌い踊る。眠りこんだいじわるばあさんは、行李に入れられ、老人ホームの門前に捨てられる。

『姨捨』(能)  旅人が中秋の名月を眺めようと信濃の姨捨山へ来る。里の女が旅人に話しかけ、「自分は昔この山に捨てられた者だ」と告げて、姿を消す。夜になり、満月の光が澄み渡ると、白衣の老女が現れて舞う。

『遠野物語』(柳田国男)111  遠野郷の処々に、蓮台野という地名の所がある。昔は、六十歳以上の老人をすべて蓮台野へ追い遣る習わしがあった。老人たちはそのまま死んでしまうわけにもいかず、日中は里へ降り農作をして食物を得ていた。

『楢山節考』(深沢七郎)  信州の貧しい山村には、七十歳まで生きた老人を楢山へ棄てる掟があり、それを「楢山まいり」といった。来年の正月で七十歳になるおりんは、「早く楢山へ行きたい」と思っていた。十二月の末、おりんは「明日、楢山まいりに行く」と息子の辰平に告げ、背負われて山へ入る。おりんの予言どおり、彼女の山入りの日には雪が降った。山の頂上で念仏を唱えるおりんの身体に、雪が降り積もった。

『列子』「湯問」第5  南方の越の東の某国では、祖父が死ぬと、子供が祖母を背負って山などへ棄ててしまう。鬼妻(=死者の妻)とはいっしょに住めないからだという。

*自ら深山に入って死を待つ→〔山〕7bの『源氏物語』「若菜」上。

★2a.老親が子供たちに冷たくされ、自ら家を出る。

『リア王』(シェイクスピア)  退位した老リア王は、長女ゴネリル夫妻の館と次女リーガン夫妻の館に、交互に一ヵ月ずつ滞在して余生を送ろうと考える。しかし二週間もたたぬうちに、ゴネリルは「供の騎士百人は多すぎるから五十人にせよ」と要求する。リア王は怒ってリーガンの館へ行くが、リーガンは「騎士など二十五人で充分」と言う。リア王は二人の娘の忘恩を嘆き、道化一人だけを供として、嵐の荒野へさまよい出て行く。

★2b.『リア王』の日本版。

『乱』(黒澤明)  戦国武将・一文字秀虎は引退して、長男太郎夫婦の住む一の城に身を寄せる。ところが太郎夫婦は、秀虎の郎党たちの振る舞いを無礼であると非難し、家督すべてを譲るよう、秀虎に迫る。秀虎は怒り、次男次郎の住む二の城へ行くが、そこでも冷たくあしらわれたため、主のいない三の城へ向かう。しかし太郎・次郎の兵に攻められて、郎党たちは討ち死にし、三の城は焼け落ちる。秀虎は従者・狂阿彌とともに野をさすらう。

★2c.『リア王』の二十世紀庶民版。

『東京物語』(小津安二郎)  昭和二十八年頃。尾道に住む老夫婦、周吉・とみが、東京見物をかねて子供たちの家へやって来る。長男夫婦も長女夫婦もはじめは歓迎していたが、十日もたたぬうちに、二人を持て余すようになる。そんな中で、戦死した次男の嫁・紀子が、心をこめて二人の世話をする。二人は子供たちに礼を述べ尾道へ帰るが、その直後に、とみは急死する。葬儀を終えた周吉は、「一人になると一日が長い」と言う。

*二十世紀のアメリカ。七十二歳のハリーは、住んでいたアパートを追われ、長男を訪れて、「リアのことを考えていた」と言う→〔猫〕2の『ハリーとトント』(マザースキー)。

★3.息子が反省して老親を連れ帰る。 

親捨ての伝説  息子が、老親をモッコ(=背負い梯子)に乗せて、山の洞窟へ捨てに行く。息子がモッコを捨てて帰ろうとするので、老親は「この次、お前が来る時に(=年老いて捨てられる時に)、モッコがいるだろう」と言う。息子は深く反省し、老親をまたモッコに乗せて、家に連れ戻る。それ以来、老親を捨てる風習がなくなったという(千葉県長生郡一宮町高藤山)。

『ジャータカ』第446話  男が妻にそそのかされて、年老いた父親を墓場へ連れて行き、穴を掘って埋めようとする。すると七歳の息子がもう一つ穴を掘り始め、「お父さんが年を取ったら、この穴に埋める」と言う。男は自らの非を悔い、老父を家へ連れ帰る。この賢い七歳の息子は、ボーディサッタ(=釈迦)の前世であった。

『としよりのお祖父さんと孫』(グリム)KHM78  身体の弱った老父が、食事の時に皿を落として割る。息子夫婦が老父を厭い、木皿を与える。四歳の孫が木切れを集め「これで木皿を作って、僕が大きくなったらお父さん・お母さんの食器にする」と言う。夫婦は反省する。

*→〔おじ・おば〕5の『大和物語』第156段

*→〔道しるべ〕2の『うばすて山』(昔話)。

★4.棄老国で孝行息子が老親をかくまう。 

『今昔物語集』巻5−32  天竺の某国では、七十歳以上の老人を他国へ流した。その国の大臣は家の隅に土の室を掘って、七十歳を越えた老母を隠した。

『枕草子』「蟻通し明神」の段  帝が若い人を寵愛し四十歳以上の老人を殺したので、老人たちは他郷へ逃れた。某中将は家の中に土を掘って、七十歳近い両親を隠した→〔知恵比べ〕

★5.親を売る。

『淮南子』「説山訓」第16  楚の都に、自分の母親を売りに出した者がいた。彼は、「母親は年老いています。大切に養って、苦しめないで下さい」と、買う人に頼んでいた。これは、大きな不義を行なっていながら、小さな義をしようというものだ。

『親売り』(落語)  明治の頃。養育院で育った男女が夫婦になり、つつましく暮らしている。二人は親を知らない。ある時、新聞に「親を百円で売る」との広告が出る。夫婦は「引き取って孝行したい」と思うが、百円は大金ゆえ用意できない。実は広告を出したのは、地位も名誉もある金持ちの老人であった。老人には実子がないので、この夫婦を見込んで養子にした。

 

【恩返し】

★.人間に救われた動物が後に恩返しする。

『ギリシア奇談集』(アイリアノス)巻13−46  少年が小蛇を買い、丹精こめて育て、ともに遊び一緒に寝たりもした。やがて巨大な大蛇に成長したので、町の人がそれを荒野に放した。少年は成長後、ある時山賊に教われたが、大蛇が現れて山賊たちを殺し、追い散らして、彼を救った。

『今昔物語集』巻16−15  男が、捕らわれた小蛇を買い取って池に放す。小蛇は十二〜三歳の美女に変じて礼を述べ、男を池へ導き龍宮へ連れて行く。六十歳ほどの父龍王が男をもてなし、厚さ三寸ばかりの金の餅を半分に割って土産に与える→〔無尽蔵〕1a

『西遊記』百回本第9回  江州長官として赴任途中の陳光蕋(ちんこうずい)が、病母に食べさせるため金色の鯉を買う。しかし鯉がまばたきをするので、「ただものではない」と思い洪江に放生する。その後、陳光蕋は悪人に殺されて水中に投げ込まれるが、金色の鯉は実は龍宮の王であり、かつて救われた恩返しに、陳光蕋を蘇生させる〔*陳光蕋の息子が玄奘三蔵である〕。

『十訓抄』第1−6  戦に敗れ岩屋に隠れた余五太夫が、蜘蛛の巣にかかった蜂を助けた。その返礼に二〜三百の蜂が余五太夫に味方して、敵軍の兵にとりついて刺し苦しめた。

『捜神記』巻20−1(通巻449話)  背中にできもののある龍が老人に姿を変え、隠者孫登に治療を請い、治ったら礼をすると言う。孫登が治療してやると、折からの日照りに大雨が降り、大石が割れて、水をいっぱいにたたえた井戸が現れた。

『日本霊異記』中−12  八匹の蟹を焼き食おうとしていた童に女が着物を与え、蟹を買い取って放生する。蛙を呑もうとする蛇には、汝の妻になろうと約束して蛙を解放させる。七日後、蛇がやって来るが、八匹の蟹が蛇を殺し女に恩返しする〔*・中−8に類話〕。

『日本霊異記』中−16  讃岐の富者綾君の召使いが、釣人から牡蠣十個を米五斗で買い取って、放生する。後、召使いは松から落ちて死ぬが、冥界で法師五人・優婆塞五人(=牡蠣十個の化身)に救われ、蘇生した〔*『今昔物語集』巻20−17に類話〕。

*蟻の恩返し→〔蟻〕2に記事。

*亀の恩返し→〔亀〕1に記事。

*狸の恩返し→〔狸〕5に記事。

*猫の恩返し→〔身売り〕5の佐渡おけさの伝説。〔猫〕1にも記事。

*鼠の恩返し→〔鼠〕5に記事。

*鷲の恩返し→〔鷲〕2に記事。

*死者の恩返し→〔死体〕9bに記事。

*髑髏の恩返し→〔髑髏〕2bに記事。

 

【恩知らず】

★1.動物が、人間から受けた恩を仇で返す。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)176「旅人と蝮」  冬、凍えて死にかけた蝮を旅人が見つけ、可哀想に思い、懐に入れてあたためてやった。蝮は体があたたまると動き出し、旅人の腹をかんで殺した。

『ジャータカ』第43話  苦行者が毒蛇の子供をかわいがり、自分の息子のようにして育てる。ボーディサッタが「毒蛇は信用ならない」と忠告しても、聞き入れない。苦行者は二〜三日留守にして帰り、毒蛇に餌を与えようと手をさしのべる。空腹だった毒蛇は怒ってその手にかみつき、苦行者を殺した。

★2.人間が、動物から受けた恩を仇で返す。

『カター・サリット・サーガラ』「『ブリハット・カター』因縁譚」  王子ヒラニヤグプタが、森の樹に登って一夜を過ごす。熊が獅子を怖れて樹に登り、王子に「君は友人だ。君を傷つけたりはしない」と約束する。獅子が、「熊よ、人間を落とせ」と要求するが、熊は断る。熊が眠った後に、獅子が再び来て「人間よ、熊を落とせ」と要求すると、王子は熊を落とそうとする。熊は目を覚まし、王子を呪う。王子は狂人になる。

『今昔物語集』巻5−18  天竺の深山に隠れ住む九色の鹿が、川で溺れる男を救う。男が「どのようにしてこの恩に報いたらよいか」と感謝すると、鹿は「この山に私がいることを人に語るな」と言う。しかし男は褒賞欲しさに、鹿の存在を国王に知らせ、国王は鹿を捕らえる〔*『宇治拾遺物語』巻7−1の類話では、五色の鹿〕→〔夢〕7a

★3.動物の、動物に対する忘恩。 

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)156「狼と鷺」  鷺が狼の喉に首をつっこんで、ささった骨を抜いてやる。鷺が返礼を求めると、狼は「狼の口から無事に首を引き出せたことだけで満足すべきだ」と言う。

★4.人間の、人間に対する忘恩。

『ジャータカ』第73話  洪水で川を流される王子・蛇・鼠・オウムを、苦行者ボーディサッタが救う。蛇・鼠・オウムは、命の恩人であるボーディサッタに、多くの財産を提供するが、王子は即位してからボーディサッタを処刑しようとする。ボーディサッタは一部始終を町の人々に語り、人々は王を殺してボーディサッタを新王とする。

★5.恩知らずのように見えて、実は恩返しをしていた。

『淮南子』「人間訓」第18  陽虎が魯国で乱を起こし、捕らわれそうになったので、自刃を覚悟する。門衛の一人が陽虎に情けをかけ、混乱に乗じて城門から脱出させる。ところが、陽虎は戈(ほこ)でその門衛を突いて重傷を負わせ、逃げて行った。門衛は、陽虎の忘恩を怨む。後に魯君が、城門の門衛たちを重く罰する。しかし、陽虎の戈で傷を負った門衛には、大賞を与えた。 

 

【温泉】

★1.温泉発見。鳥獣に教えられたり、夢告を得たりして温泉を見出す。

小野川温泉の伝説  小野小町が、行方不明の父を捜して旅に出るが、途中で病気になる。夢に薬師如来が現れて「吾妻川の岸に温泉が湧き出ており、そこに浴すれば病気が治り、父にも会えるだろう」と告げる。小町は夢告にしたがって病気を治し、父と再会する(山形県米沢市三沢)。

鹿教湯(かけゆ)温泉の伝説  矢傷を受けた鹿が山中の水たまりに入り、たちまち回復して走り去る。猟師が行って見るとそれは温泉であり、鹿が教えてくれた湯なので、鹿教湯(かけゆ)と称するようになった。この鹿は、文殊菩薩の化身だったという(長野県小県郡丸子町)。

四万温泉縁起  碓井定光が日向見のあたりを通る時、夜になったので石に腰かけて眠る。夢に童子が現れて「四万の病を治す湯を授ける」と告げる。目覚めると傍らに湯が湧いていた(群馬県吾妻郡中之条町四万)。

白鷺と山中温泉の伝説  後白河院の代のこと。能登の地頭長谷部信連が狩りに出かけ、白鷺が芦のしげみに入り傷ついた足を洗うのを見て、温泉が湧き出ているのを知った。この白鷺にちなんで、山中温泉を別名「白鷺の湯」ともよぶ(石川県江沼郡山中町)。

★2a.温泉の功徳。温泉に入って死者が蘇生する・病者が回復する。

足立山の伝説  道鏡のために足を傷つけられ歩けなくなった和気清麿は、宇佐八幡宮で「ここより二十里北の山裾の湯に二十一日浸れば足が治る」とのお告げを得る。神の使いの猪に乗って清麿は山の麓の湯に行き、二十一日目に自分の足で立てるようになる。以来そこを足立山と呼ぶ(福岡県北九州市小倉北区)。

『伊予国風土記』湯の郡(逸文)  オホナモチは、死んだスクナヒコナを活かすために、大分の速見の湯を地下樋で引いて、スクナヒコナに浴びさせた。スクナヒコナは蘇生して起き上がり、長大息して「ほんの少し寝た」と言った。

『小栗(をぐり)(説経)  土葬にされて三年後に蘇生した小栗判官は、足腰立たず餓鬼道の亡者のごとき有様だったが、熊野本宮湯の峰に入湯して、七日で両眼・十四日で両耳・二十一日で言語通じ、四十九日で六尺豊かな姿に回復した。

★2b.湯治しても、病気が治らない。

『大菩薩峠』(中里介山)第21巻「無明の巻」  「信州白骨の湯に一冬籠もれば、どんな難病も治る」といわれるので、甲州上野原月見寺の娘お雪は、盲目の机龍之助を白骨へ連れて行き、彼の眼を治そうとする。しかし龍之助は眼の治らぬまま白骨を去り、平湯・高山へと旅を続ける。

★2c.温泉地で、生と死について考える。

『城の崎にて』(志賀直哉)  山の手線にはねられて怪我をした「自分」は、傷が脊椎カリエスになれば致命傷ゆえ、用心のため、城の崎温泉で養生をする。三週間滞在する間に、「自分」は蜂・鼠・いもりの死を見、生きている「自分」をかえりみて、生と死は両極ではなく、それほどに差はないと感ずる。さいわい「自分」は、脊椎カリエスには、ならずにすむ。

★2d.温泉治療で、心機一転をはかる。

『8 2/1』(フェリーニ)  四十三歳の映画監督グイドは、新作映画のアイデアが浮かばず、医者の勧めで温泉治療に出かける。大勢の湯治客たちとともに、グイドは鉱泉水を飲み、蒸し風呂に入り、マッサージを受ける。しかしシナリオは、まったく書けない。グイドは、映画の制作中止を記者団に発表する。その時、不意にグイドは幸せな気分を感じる。撮影現場を去ろうとするキャストやスタッフたちを、グイドは呼び戻す。皆は音楽を演奏し、輪になって踊り出す。そのありさまを映画にしようと、グイドは考える。 

★3.温泉に入って死ぬ。

『温泉だより』(芥川龍之介)  明治三十年代。大工で巨体の萩野半之丞は、「死後に解剖を許す」との条件で、大金五百円を得る。彼はまもなく放蕩で金を使い尽くして自殺するが、それは、修善寺温泉の独鈷の湯に一晩中つかって心臓麻痺を起こす、という死に方だった。解剖用の身体に傷をつけてはすまない、と思ってのことらしかった。

★4.温泉と男女。

『伊豆の踊子』(川端康成)  二十歳の高校生である「私」と旅芸人一行の一人栄吉が、宿の湯に入っていると、近くの共同浴場に旅芸人の女たちも来ており、「私」たちに気づいた踊子が全裸のまま走り出て手を振る。それを見た「私」は、踊子がまだまったく子供の身体であることを知った〔*踊子は十七〜八歳に見えたが、実際は十四歳だった〕。

*大学生の「彼」と十一〜二歳の少女→〔指輪〕5の『指環』(川端康成)。

『草枕』(夏目漱石)7  春の夜。画工の「余」が那古井の宿で一人温泉につかっている。その家の出戻り娘・那美さんが、裸身を現して浴室の階段を下りて来るが、湯烟の中、たちまち身をひるがえして階段を駈け上がり、あとには、「ホホホホ」という鋭い笑い声が残った。

『美少女』(太宰治)  甲府に住んでいた「私」は、家内と一緒に近くの温泉部落へ行った。浴場には十代後半の長身の少女がいて、豊かな乳房と固くしまった四肢を持ち、「私」に見られても平然としていた。後日、散髪屋に行くと、少女はそこの娘らしく、鏡に映る「私」をちらちら見た。「私」が笑いかけると、少女は無表情に奥の部屋へ歩いて行った。

『明暗』(夏目漱石)  津田由雄は、清子(*→〔夫〕6b)が流産後の身体の回復のため、或る温泉地に逗留していることを聞く。津田は自身の痔の手術後の保養を名目に、清子の滞在する宿へ行き、なぜ清子が自分と別れたか、彼女の心を知りたいと思う。津田は清子の部屋を訪れ、二人は対面する〔*作者漱石死去のため、『明暗』はここまでで終わっている〕。

★5.温泉の起源。

『パンタグリュエル物語』第二之書(ラブレー)第33章  巨人パンタグリュエルが病臥し、侍医が利尿剤を飲ませたため、パンタグリュエルは多量の尿を排泄する。尿の熱度は高く、尿が流れて行ったフランスやイタリアの諸地方では、現在でもなお冷たくならずにあり、人々はそれを温泉と呼んでいる。  

 

 

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