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【矢】

★1a.矢を射ると、射手の方へ戻って来る。

『アンズーの神話(ズーの神話)』(古代アッカド)  怪鳥アンズー(=ズー)が、エンリル神のすきを見て、主神権の象徴である天命の書板を奪って逃げる。ニンギルス(=ニヌルタ)神がアンズーに向けて葦の矢を放つが、アンズーが「葦の矢よ、もとの茂みへ帰れ」と言うと、矢は戻って来る。

『黄金伝説』95「聖クリストポルス」  異教徒の王が聖クリストポルスを柱に縛りつけ、4百人の兵士に命じて矢を放たせる。矢はすべて空中で止まり、1本が向きを変えて王の眼にささる→〔血〕2

『黄金伝説』122「聖サウィニアヌスと聖女サウィナ」  皇帝アウレリアヌスが聖サウィニアヌスを杭に縛り、矢を射させるが、矢はすべて空中に静止する。翌日、皇帝がサウィニアヌスを嘲ると、矢が飛んできて皇帝の眼をつぶす→〔血〕2

『今昔物語集』巻2−25  阿闍世王が、盗みをした男を殺そうと弓で射る。王は弓を3度射るが、矢は男の身体に当たらず、くるりと回って王の方に向かって落ちた。王が驚き恐れて男に問うと、男は盗みの理由を語る。男は「殺されたい」と願って、法を犯し盗みをはたらいたのだった→〔自殺願望〕3

『今昔物語集』巻9−20  継母のために家を追われた伯奇は川に身を投げて死に、鳥と化して父母の前に姿をあらわす。継母が「悪心ある怪鳥だ」と言って父に射させるが、矢は鳥の方には行かず、継母の方へ飛んでその胸に突きささる。

『法句譬喩経』巻4「利養品」第33  優填(ウテン)大王が、仏に帰依し斎戒する夫人を縛って射殺そうとする。しかし王が矢を放つと、矢は王の方へ戻って来る。数度試みても同じなので、王は恐れて夫人のいましめを解いた。

★1b.射られた矢を、射手に投げ返す。

『古事記』上巻  葦原中国平定のために高天原から派遣された天若日子は、「自分がこの国を得よう」と考え、高天原へ何の報告もせぬまま8年間が過ぎた。雉・鳴女(なきめ)が飛来した時、天若日子は弓で射る(*→〔あまのじゃく〕2)。矢は雉を貫いて、高天原まで届いた。高木神が矢を投げ返し、「もしも天若日子が邪心をもって射た矢ならば、天若日子に当たれ」と言った。矢は天若日子の胸に刺さり、彼は死んだ〔*『日本書紀』巻2神代下・第9段一書第1に類話〕。

★1c.射手が、自分の矢で自分を傷つける。

『黄金のろば』(アプレイウス)第4〜5巻  女神ヴェヌスが息子のエロス(=クピード)に、「プシュケを世界で一番卑しい人間と結婚させよ」と命ずる。ところがエロスは、愛の矢を射ようとして誤って自分の身を矢先で傷つけてしまい、エロス自身がプシュケを恋するようになる。

★1d.四本の矢を受け止める。

『椿説弓張月』前篇巻之1第1回  鎮西八郎為朝(*→〔瞳〕2a)が自らの弓の腕前を誇ったので、少納言信西は弓の名手2人に為朝を射させ、「矢を受け止めてみよ」と言う。2人の名手は、2本ずつ矢を放つ。為朝は最初の2本を左右の手で握り、3本目を上衣の袖に受け、4本目は口でくわえて鏃(やじり)を噛み砕いた。

★2.矢を射る時に、第二の矢を用意する。

『ヴィルヘルム・テル』(シラー)第3幕第3場  代官ゲスラーの命令で、ヴィルヘルム・テルは息子の頭に載せたりんごを弓で射抜く。しかし矢を2本持っていた理由を問われ、テルは「もし息子に矢が当たったら、第2の矢でゲスラーを射るつもりだった」と答えて、捕らえられ連行される。テルは途中で脱出し、ゲスラーを待ち伏せして、弓で射殺す。

『十訓抄』第10−56  高倉院の時、御殿の上の鵺(ぬえ)を源頼政に射させるよう、ある人が奏上した。五月闇(さつきやみ)の中、頼政はみごとに鵺を射当てたが、蟇目矢(ひきめや)のほかに征矢(そや)を持っていたのは、もし失敗した時には、このことを奏上した人を射るためだった。

★3.二本の矢を同時に射る。

吉備津彦と温羅の伝説  百済の王子温羅(うら)が日本に来て、岡山の鬼の城に住んだ。温羅は身長約4メートルで、鬼のごとき姿だった。四道将軍の吉備津彦と温羅が戦ったが、双方の矢が途中で喰い合って落ち、勝負がつかない。住吉大明神が童姿で現れ、吉備津彦に「1度に2本の矢を射よ。1本は喰い合い、1本は温羅に当たる」と教え、吉備津彦は温羅を退治することができた(岡山市吉備津)。

★4.クピードの二本の矢。

『変身物語』(オヴィディウス)巻1  クピードは、アポロンとダフネ(=ダプネ)を射るために、矢筒から2本の矢を取り出す。1本は恋心をかきたてる金の矢で、もう1本は恋を去らせる鉛の矢である。クピードは金の矢でアポロンを射、鉛の矢でダフネを射る。たちまちアポロンは恋心を抱いてダフネを追い、ダフネはこれを嫌って逃げる。

★5a.三本の矢を折る。

『常山紀談』巻之16  重病の毛利元就が子供たちを集める。そして彼らの数ほどの矢を取り寄せて、「多くの矢をたばねて折ろうとしても、折り難い。1本ずつに分けて折れば、たやすい。兄弟心を同じくして相親しむべし」と遺言した〔*一般には、3人の息子に3本の矢を折らせる、という形で伝えられる〕。

『乱』(黒澤明)  戦国武将・一文字秀虎は、引退して子供たちに国を譲ろうと考え、3人の息子(太郎・次郎・三郎)に、「3本の矢を1度に折ってみよ」と命ずる。太郎と次郎が試みるが、折れない。秀虎は「このように兄弟3人力を合わせれば、国は安泰だ」と教訓する。しかし三郎は、父・秀虎の単純な考えを不満に思い、3本の矢を無理やり折ってしまう。

*→〔分割〕4aの『イソップ寓話集』53「兄弟喧嘩する農夫の息子」が原型であろう。

★5b.五本の矢を折る。

『元朝秘史』巻1  アラン・ゴア(=チンギス・ハンの遠祖)は、5人の男児を産んだ。彼女は、5人の息子たちに1本ずつ矢を与えて折らせ、ついで、5本の矢の束を折らせた。1本の矢はたやすく折れたが、5本の矢の束は折れなかった。アラン・ゴアは息子たちに、兄弟団結の意義を教えた。

★6.戦いのために、多くの矢を調達する。

『三国志演義』第46回  諸葛孔明は周瑜に向かって、「3日で10万本の矢を調達する」と豪語する。1日目・2日目は孔明は動かず、濃い霧のたちこめた3日目の夜更け、20隻の船で、揚子江北岸の曹操の陣へ押し寄せる。曹操の陣から射かけられるおびただしい矢を、各船の幔幕や藁束で受け止めてから、孔明は引き上げる。各船に5〜6千本ずつ、計10万本余の矢が孔明の手に入る〔*類話である→〔藁人形〕2の『南総里見八犬伝』第9輯巻之35下第161回では、2〜3万本の矢を得る〕。

『和漢三才図会』巻第74・大日本国「摂津」  神武天皇が長髄彦(ながすねひこ)と戦った時、天皇の軍は矢が尽きて退却した。大和の国神・椎根津彦(しいねつひこ)が、すぐに持っている箱から数万の矢を出し、天皇の軍は気力を得て、逆賊を射て退けた。椎根津彦はさまざまな物資を調達・供給したので(*→〔箱〕3c)、天皇は「汝はどうして自在神力の術があるのか?」と問う。椎根津彦は「我は天祖のはじめの子、蛭子(ひるこ)命の大神である。天下の富持神である」と言った〔*西宮の恵比寿神である〕。

 *イザナキとイザナミの子・蛭子(水蛭子)→〔子捨て〕3の『古事記』上巻・〔足〕1aの『日本書紀』巻1。

★7.無数の矢を身体に受けて倒れる武将。

『高館』(幸若舞)  平泉に身をよせる義経を討つべく、頼朝が軍勢を派遣する。弁慶は敵軍を相手に奮戦するが力尽き、衣川の真砂に長刀を突き立て、真言を唱えつつ、立ったまま死ぬ。敵勢は、弁慶が生きていると思い、遠くから矢を射かける。弁慶の身体に多くの矢が刺さるさまは、蘆を束ねて板戸を突くごとくであった。

『マハーバーラタ』第6巻「ビーシュマの合戦と死の巻」  パーンドゥ一族とクル一族の大戦争が始まって10日目。クル軍の総大将ビーシュマは、パーンドゥ家のアルジュナが次々に放つ矢を全身に射込まれて、ついに倒れる。しかし隙間もなく刺さった矢のために、ビーシュマの身体は地面に触れない。ビーシュマは無数の矢の床に横たわって、静かに死を待つ。

★8.白羽の矢。

『賀茂』(能)  播州室(むろ)の明神に仕える神職が賀茂神社に参詣して、白木綿に白羽の矢を立てた川辺の祭壇を見る。水汲みの2人の女が、その由来を説明する。「昔、秦(はだ)の氏女(うじにょ)が水を汲んでいた時、川上から白羽の矢が流れ来て、水桶に止まった。矢を持ち帰り、庵の軒にさして置くと、氏女は懐妊して男児を産んだ。後に矢は雷となって天に昇った。母と子と矢が、賀茂三所の神である」。

『猿神退治』(昔話)  村の鎮守が毎年1人ずつ娘を食う。人身御供になる娘の家には、白羽の矢が立つ。今年白羽の矢が立った家で皆が泣いている所へ、旅のばくち打ちが通りかかる。ばくち打ちは「鎮守様なら村人を守るはず。これは化け物に違いない」と考え、猛犬「天地白」を使って化け物を退治する(福島県南会津郡)。

*神が矢に姿を変えて、女と結婚する→〔川〕1の『山城国風土記』逸文、〔厠〕1の『古事記』中巻。

★9.矢の落ちた所に住む娘を、妻とする。

『蛙の王女』(ロシアの昔話)  王が3人の息子に命ずる。「各自、別々の方向へ矢を放ち、自分の矢が落ちた屋敷の娘を妻とせよ」。長男の矢は貴族の邸の真向かいに落ち、彼はそこの姫君を妻とした。次男の矢は商人の邸の玄関にささり、彼はそこの娘を妻とした。末子のイワン王子の矢は、きたない沼に落ち、蛙がその矢をくわえていた。イワン王子は、蛙を妻とした→〔蛙〕2b

 

*矢を防ぐペンダント→〔装身具〕4の『ピーター・パン』(バリ)。

*矢をはね返す『観音経』→〔経〕1aの『太平記』巻3「赤坂の城戦の事」。 

 

 

【厄年】

★1.厄年に病気になる。

『源氏物語』「薄雲」  光源氏32歳の年、最愛のひと藤壺(入道后の宮)は、女の厄年である37歳を迎えた。その年の正月以来、藤壺は病悩が続き、3月には重態に陥り、光源氏に見取られて崩御した。

『源氏物語』「若菜」下〜「御法」  紫の上は、厄年である37歳の正月下旬に発病して、重態となった。4月頃には、六条御息所の死霊が出現して、紫の上は一時息が絶え、死去の噂も立った。6月になって小康を得たが、その後も病気がちのまま、紫の上は数年後に没した。

★2.厄年に心中する。

『小袖曽我薊色縫(こそでそがあざみのいろぬい)(河竹黙阿弥)  大磯の遊女十六夜(いざよい)と極楽寺の僧清心は、心中しようと稲瀬川に身を投げる。その時十六夜は、名よりも年は3つ増しの厄年19歳、清心もまた厄年の25歳だった〔*しかし2人は心中に失敗する〕。

『曾根崎心中』  平野屋の手代徳兵衛と天満屋の遊女お初は、曾根崎の森で心中する。その時、徳兵衛は25歳の厄年、お初も19歳の厄年だった。

★3.厄年に生まれた子を捨てる。

『母のない子と子のない母と』(壺井栄)11  迷信深い田舎では、親の厄年に生まれた子は「鬼っ子」だというので、七夜のうちに村の四つ辻などへ捨てるならわしがあった。あらかじめ拾い親が決まっており、すぐにその辺のかげから出て来て子供を抱き上げ、家へ帰る。そのあとを追うようにして、産みの親が子供をもらいに行き、それでもう「鬼っ子」ではなくなる。捨てる代わりに、「捨吉」「捨次」など、「捨」の字の名をつけてすませることもあった。

*無事成長を願って子を捨てる→〔子捨て〕7の『聞書抄』(谷崎潤一郎)その5。 

 

 

【火傷(やけど)】

★1.美女の顔に熱湯をかけて、火傷を負わせる。

『春琴抄』(谷崎潤一郎)  盲目ながら美貌の春琴は琴の師匠をし、同居する弟子の佐助が事実上の夫だった。春琴は37歳の時、ある夜、何者かによって顔面に熱湯をかけられ、火傷を負った。医師の手当てを受けた後も、春琴は終日頭巾をかぶって顔を人に見せず、とりわけ佐助に顔を見られることを恐れた。

 *『春琴抄』の発想源になった小説→〔像〕2の『グリーブ家のバーバラ』(ハーディ)。  

★2.美女が自分の顔を焼いて、醜い傷あとをつける。

『夏祭浪花鑑』「釣舟三ぶ内の場」  一寸徳兵衛の女房お辰は、主人筋にあたる玉島家の若君磯之丞を、大阪から備中玉島まで連れて行くよう依頼される。しかし、「お辰は美貌だから、磯之丞との間に間違いが起こるかもしれぬ。そうなったら、お辰の夫徳兵衛に顔向けできない」と危ぶむ人がいたので、お辰はその場にあった鉄弓(=火箸の類)で自分の顔を焼き、醜い傷をつける。

*同様の状況で、美男のばあいは自分の性器を切断する→〔去勢〕1の『閹人あるいは無実のあかし』(澁澤龍彦『唐草物語』)。  

美人の出ない村の伝説  宇検村石原に、村一番の美女がいた。彼女はその美貌ゆえに、琉球王の侍女として沖縄へ行かねばならなかった。美女はそれをいやがり、自分の顔を火箸で焼いて傷つけ、沖縄行きを免れた。美女は「今後この村には、私のような美女が生まれないように」と太陽に祈り、以来、村には美人が生まれないようになった(鹿児島県大島郡宇検村石原)。

*美女ゆえ、他国の王に嫁がねばならない→〔肖像画〕2

★3.地蔵菩薩や阿弥陀如来が、人の身代わりになって火傷を負う。 

『さんせう太夫』(説経)  さんせう太夫の息子・三郎が、安寿とつし王(厨子王)姉弟の顔に、焼き金を十文字に当てる。その後、姉妹は「山へ行って仕事をせよ」と命ぜられる。山道を登る途中、安寿とつし王は、互いの顔につけられた焼き金のあとが消えたことに気づく。膚守りの地蔵菩薩を見ると、2人の身代わりとなって、白毫(びゃくがう=眉間にある毛)の所に焼き金を受けていた。

 *『山椒大夫』(森鴎外)では、現実に焼き金を当てられるのではなく、焼け火筋(ひばし)を当てられる夢を見る→〔額〕3

『沙石集』巻2−3  金持ちの主人が、赤く焼けた銭を女童(めのわらわ)の片頬に当てて罰した。その後で主人は持仏堂へ行き、本尊である金色の阿弥陀立像を拝む。すると阿弥陀像の頬に、銭の形が黒くついていたので、主人は驚く。女童を呼んで頬を見ると、少しの傷もなかった。阿弥陀像の銭形は、金箔を何重に貼っても隠すことができなかった〔*『東海道名所記』巻1などに類話〕。

★4a.焼きゴテを肩に当てて、焼き印を押す。 

『チート』(デミル)  実業家夫人エディスは、日本人富豪の鳥居によって、左肩に焼きゴテを当てられた(*→〔金貸し〕1b)。エディスは拳銃で鳥居を撃って傷を負わせ、エディスの夫が「私が撃った」と言って罪を引き受ける。エディスは法廷で左肩をあらわして、焼き印の跡を裁判官や大勢の傍聴人たちに見せる。傍聴人たちは鳥居を罵り、エディスと夫は無罪になる〔*日本で「国辱映画だ」と非難の声があがり、後に、「日本人富豪鳥居」から「ビルマ人富豪ハカ・アラカウ」へ、設定が変更された〕。

★4b.焼いた定規を肩に当てて、赤い傷あとをつける。  

『戦争と平和』(トルストイ)第2部第1篇  ロストフ家の少女ナターシャは、従姉ソーニャへの愛を証明するために、定規を火で焼いて肩の下に押しつけ、赤い傷あとを作った。 

★5.月面の模様は火傷のあと。  

『月女のヤケドの跡』(アルゼンチンの民話)  昔は、女が男に命令していた。ある時、男たちは、女にだまされていたことに気づき、女たちを殺した(7歳以下の女児は見逃してやった)。月も女だったが、たいへん強いので、殺すことはできなかった。男たちは、地上に降りた月を捕らえて、火に入れた。その時の火傷のあとが、今も月にはある。 

  

*性器に火傷を負う→〔火〕1aの『古事記』上巻(イザナミ)。  

 

 

【宿】

 *関連項目→〔ホテル〕

★1a.神が宿を請う。

『常陸国風土記』筑波の里  諸神の処を巡行する祖神が、福慈(フジ)の神に宿を請うが、物忌みのため断られる。恨んだ祖神の呪いによって、福慈の岳は常に雪降り人の登らぬ山となる。宿を貸した筑波には、人が参り集い栄える。

『貧乏人とお金持ち』(グリム)KHM87  神さまが見すぼらしい姿で旅をし、宿を請う。大きな家に住む金持ちは宿を断り、古い小屋に住む貧乏人夫婦は心をこめて神さまをもてなす。神さまは貧乏人夫婦に、「生きている間は健康で食事にことかかず、死後は天国へ行く」という恵みを与え、小屋を立派な邸宅に変えてくれる。

*→〔旅〕2aの『変身物語』(オヴィディウス)巻8。

★1b.スサノヲが宿を請う。

『日本書紀』巻1神代上・第7段一書第3  神々がスサノヲを、「底根の国に去れ」と言って天上から追放する。時に長雨が降っており、スサノヲは青草を結んで笠蓑とし、神々に宿を請う。神々は拒絶し、スサノヲは激しい風雨の中、留まり休むことを得ず、苦しみつつ下って行った。

蘇民将来と茅の輪の伝説  兄の蘇民将来は貧しく、弟の巨旦(こたん)将来は富裕だった。夕暮れに旅人が訪れた時、巨旦将来は門を閉ざして中へ入れず、蘇民将来は粟飯でもてなして一夜の宿を貸した。喜んだ旅人は、「私はハヤスサノヲノ神である」と告げ、「世話になった礼に」と言って、疫病を免れる方法を蘇民将来に教えて立ち去った(広島県芦品郡新市町)→〔輪〕2b。  

『備後国風土記』逸文  昔、北の海(=朝鮮半島)にいた武塔(むた)の神が、南の海にいる神の娘を妻問いに行く途中、日が暮れたので宿を求めた。その地には蘇民将来兄弟2人がおり、富裕な弟は宿を断ったが、貧しい兄が粟飯でもてなし、一夜の宿を貸した。それから何年も経た後に、武塔の神は8柱の子(みこ)を連れて戻り、「吾は速須佐雄能神(ハヤスサノヲノカミ)」と告げて、疫気(えやみ)を免れる方法を蘇民将来に教えた→〔輪〕2a

★2.僧が宿を請う。

『あらくれ』(徳田秋声)2〜3  冬の夕暮れ、お島の養家に旅の六部が宿を請うた。翌朝六部は「思いがけぬ幸いがこの一家を見舞うだろう」と告げて、立ち去る。2〜3日後、外に積んだ楮の中から多くの小判が発見され、以後養家は富裕になった。しかし真相は、六部はその晩急病で落命し、死んだ彼の懐にあった小判を、養父母が自分のものにしてしまった、ということらしかった。

『大歳の客』(昔話)  大歳の夜、宿を請う乞食僧を家に泊めるが、夜のうちに乞食僧が死ぬ。朝になって見ると、その死骸が黄金に変じている。

*大雪の夜、旅の僧(実は鎌倉幕府の執権北条時頼)が、宿を請う→〔雪〕2の『鉢木』(能)。

*親鸞上人が宿を請う→〔経〕7の『和漢三才図会』巻第66。

★3a.旅人が宿を請うが、そこには鬼や怪物の類が住んでいる。

『牛方と山姥』(昔話)  牛方が山姥に追われて、木に登る。下の沼に牛方の影が映り、山姥は、沼の中に牛方がいると思って捜し回る。その間に牛方は逃げて一軒の家に入りこむ。ところが、やがて帰って来た家の主は、先程の山姥だった(新潟県南蒲原郡)。

『黒塚』(能)  熊野東光坊の祐慶と同行の山伏とが、廻国行脚して奥州安達が原に到る。日が暮れたので彼らは、庵に1人侘び住いする女に宿を請う。女は実は黒塚に棲む鬼女であり、大勢の旅人を殺し死骸を閨の内に隠していた。女は「閨の内を見るな」と禁じ、山へ薪を取りに出かける→〔部屋〕2c

『注文の多い料理店』(宮沢賢治)  2人の紳士が山奥で猟をした帰り、「山猫軒」という西洋料理店に入る。いくつも扉があって「帽子や靴を取れ」「ネクタイピンや眼鏡を置け」「身体にクリームを塗れ」などの注文が書いてある。2人の紳士は、料理されるのは自分たちであることを悟る。

*→〔空間移動〕1aの『宇治拾遺物語』巻1−17。

*→〔森〕2の『ヘンゼルとグレーテル』(グリム)KHM15。

*→〔化け物屋敷〕に記事。

★3b.宿の主である魔女が、訪れた旅人を動物に変える。宿の主が僧であったという物語もある。

『オデュッセイア』第10巻  オデュッセウスの一行が魔女キルケの住むアイアイエの島にたどりつく。部下たちはキルケの館で出された飲み物を口にし、杖で打たれて皆豚になる。ヘルメスから魔よけの薬草を与えられたオデュッセウスが館へ乗り込み、部下たちを救う。

『カター・サリット・サーガラ』「ムリガーンカダッタ王子の物語」3  ムリガーンカダッタ王子の侍臣ビーマ・パラークラマが、ある女の家に宿を借りる。ビーマは夜中に目覚め、女が大麦を蒔くのを見る。大麦はすぐ穂を出し、女はそこから団子を作って皿に盛る。ビーマはそれを、櫃の中にあった団子とすりかえる。女は、ビーマに食べさせるはずの団子を食べて、雌山羊に変わる。ビーマは雌山羊を肉屋に売る。

『高野聖』(泉鏡花)  飛騨山中の一軒家に白痴の夫と住む美女は、旅の男たちを誘い入れ、飽きれば彼らに息をふきかけて、馬や牛や猿、あるいは蟇蛙や蝙蝠などに変えてしまう。ある夏の日に訪れた薬売りの男は、馬にされて市へ売られて行った→〔宿〕7b

『今昔物語集』巻31−14  四国の辺地を行く3人の修行者が、1軒の家に道案内を請う。家主の60歳余の僧が3人に食物を与え、その後に、僧の部下である法師が笞で百度ほど修行者を打つ。2人は打たれて馬になってしまい、1人はその場を逃れる。

*宿の女主人が、焼餅を与えて客をろばに変える→〔ろば〕2bの『河東記』(唐・作者不詳)「板橋の三娘子」。

★3c.旅人が宿で命をねらわれる。

『神霊矢口渡』4段目「頓兵衛住家の場」  落人となった新田義峯が妻の台(うてな)を連れ、矢口の渡(わたし)まで来て、渡し守・頓兵衛の家に一夜の宿を請う。頓兵衛は、足利方からの褒賞を目当てに、寝所の義峯を殺そうとする。しかし、頓兵衛の娘お舟が義峯に一目惚れし、「この世ではならぬが、未来(=来世)で添うてやろう」との言葉を頼みに、義峯を逃がしてその身代わりとなる→〔子殺し〕7

『本朝二十不孝』(井原西鶴)巻2−2「旅行の暮れの僧にて候」  熊野参詣の旅僧が、岩根村の勘太夫の家に足休めし、饗応を受けて立ち去る。旅僧が大金を所持していたことを、その家の9歳の娘小吟が父に教え「殺して金を取れ」とささやく。父は旅僧を追いかけて殺し、百両を奪う(*同じ西鶴の『新可笑記』巻1−4「生肝は妙薬のよし」では、逆に、宿を借りた僧がその家の娘を殺す→〔五月〕1)。

*旅人がしびれ薬を飲まされ、財布をねらわれる→〔三題噺〕1の『鰍沢』(落語)。

★3d.旅人を殺す大石を仕掛けた宿。

石の枕の伝説  昔、浅草の一つ家に住む姥が旅人を欺いて泊め、石の枕に寝させて、上に吊るした大石の縄を切って落とし、殺しては金品を奪っていた。しかし姥の悪行を悲しんだ娘が、ある夜、自ら旅人の身代わりとなって石の枕に伏した。姥は知らずに自分の娘を殺し、悔いて池に身を投げた。その池を姥ヶ池という(東京都台東区)。

★3e.宿で殺される、と旅人が誤解する。

『エプタメロン』(ナヴァール)第4日第4話  2人の修道僧が肉屋の家に一夜の宿を借りる。夜更けに肉屋夫婦が「明朝、肥った坊主を殺して塩づけにしよう」と話し合う。彼らは飼っている豚を「坊主」と呼んでいたのだが、修道僧たちは、自分たちが殺されるものと思って逃げ出す。

『三国志演義』第4回  董卓に追われる曹操は、陳宮とともに故郷へ向かう途中、父の知人の家に一夜の宿を借りる。屋敷の裏手で刀を研ぐ音がし、「縛って殺すのがよかろう」という声が聞こえたので、曹操と陳宮は剣を抜いて飛び出し、居合わせた8人を斬り殺す。後で厨を見ると、1頭の豚が縛られてころがっていた。

『手打ち半殺し』(昔話)  富山の薬売りが、爺婆の住む家に宿を借りる。夜更けに「明朝は手打ちにするか、半殺しにするか」と相談する声が聞こえる。薬売りは震え上がるが、手打ちは「蕎麦」、半殺しは「かい餅(=牡丹餅)」のことであった(富山県氷見市。「半殺しにするか、本殺し(=餅)にするか」という形もある)。

★4a.旅人が人(あるいは動物)を殺した後、一軒の家に宿を借りるが、そこは旅人が殺した人(あるいは動物)の家族の家だった。

『今昔物語集』巻29−9  旅の法師が、山中で道連れになった男を金杖(かなづえ)で打ち殺し、持物と衣を奪う。ところが、その夜法師が宿を借りたのが、偶然にも殺された男の家だったため、その妻が法師の悪事を察知し、隣人たちに訴える。隣人たちは法師を捕え、犯行現場へ連れて行って射殺した。

『詩語法』(スノリ)第47章  オーディンとロキとヘーニルが、旅に出る。滝のそばで鮭を食うかわうそに、ロキが石を投げつけて殺す。彼らは鮭とかわうそを背負って一軒の家に宿を請うが、その家の主フレイズマルは、殺されたかわうそオッタルの父親だった。オーディンらは縛られ、賠償を要求される。

『処女の泉』(ベルイマン)  豪農テーレの1人娘が遠方の教会へ出かける。森の中で娘は、3人兄弟に襲われる。娘は暴行され殺されて、衣服も剥ぎ取られる。その夜3人兄弟は、娘の家とは知らずにテーレの屋敷に宿を請う。3人兄弟が娘の血ぞめの衣服を持っていたため、テーレは彼らの悪事を察知し、刀をふるって3人を殺す。

★4b.旅人が人を傷つけた後、一軒の家に宿を借りるが、そこは旅人が傷つけた人の家族の家だった。

『手負山賊(ておひやまだち)(狂言)  山賊が旅僧を襲い、逆に旅僧の持つ剃刀で斬られて、谷底へ突き落とされる。夜になり、旅僧は一軒の家に宿を借りるが、そこの女主人は山賊の妻であった。山賊は手傷を負いながらも家へ帰り、奥の間にいる旅僧を見る。旅僧は逃げ出し、山賊と妻が後を追う。

★4c.旅の娘が不良青年に暴行されかかったが、その晩、娘が旅館へ行くと、旅館の若旦那は昼間の不良青年だった。

『男はつらいよ』(山田洋次)第23作「翔んでる寅次郎」  夏の北海道。不良青年(演ずるのは湯原昌幸)が旅の娘(演ずるのは桃井かおり)を口説いて、暴行に及ぼうとする。娘の悲鳴を聞いて寅次郎が駆けつけ、青年を追い払う。その夜、寅次郎と娘は一軒の旅館に宿を求めるが、思いがけないことに、旅館の若旦那は昼間の不良青年だった。娘が「警察へ行く」と言うので、若旦那は寅次郎と娘を懸命にもてなす。

★5.宿で、人々が思いがけぬ巡り合いや再会をする。

『伊賀越道中双六』6段目「沼津」  呉服屋十兵衛は、街道で旅人の荷物かつぎをする老人平作と出会い、彼の家に1泊する。ところが平作は、十兵衛が2歳の時に別れた実の父親であり、その家の娘お米は妹だった。しかもお米は和田静馬の恋人、十兵衛は静馬の父の仇沢井股五郎の縁者であり、兄妹ながら敵どうしになるのであった。

『歌行燈』(泉鏡花)  能役者恩地源三郎と鼓の名人雪叟が、桑名の旅籠湊屋に泊まる。呼ばれた芸妓お三重は、実は、かつて源三郎の甥喜多八が芸競べをして憤死させた宗山(*→〔わざくらべ〕1a)の娘お袖であった。源三郎がうたい、雪叟が鼓を打ち、お三重が舞う。折しも、外には、勘当され流浪の門付けとなった喜多八がたたずみ、叔父の謡に合わせてうたう。

『源氏物語』「玉鬘」  筑紫からほぼ20年ぶりに上京した玉鬘一行は、母夕顔の消息を尋ねるすべもないまま、長谷寺へ参詣する。椿市の宿で、はからずも一行は夕顔の侍女だった右近に巡り合い、玉鬘は光源氏の邸へ引き取られる。

『曽我物語』(真名本)巻10  大磯の虎は、曽我十郎の死後、廻国修行の旅に出る。彼女は、天王寺に参籠して往藤内(敵討ちの場に居合わせ曽我兄弟に殺された)の妻と巡り合い、また、松井田に宿って、その宿の女房が亡き京の小次郎(曽我兄弟の異父兄)の妻と知り、奇縁に驚く。

『二人比丘尼色懺悔』(尾崎紅葉)  年若い行脚の尼が、同じく年若い尼の住む庵に一夜の宿を請い、お互いの発心の由来を語り合う。主の尼は俗名若葉、夫小四郎の討死を機に出家したのであり、客の尼は小四郎の伯父の娘芳野、小四郎とは幼ななじみの許嫁で、2人の尼は奇遇に驚く。

『望月』(能)  信濃の住人安田友春は望月秋長に討たれ、安田の妻と子は放浪の旅に出る。2人が守山で兜屋という宿に泊まると、偶然にも宿の主は安田の旧臣小沢友房であり、小沢と安田母子は思わぬ巡り合いに涙を落とす。折しもそこへ、敵望月が宿を借りにやって来たので、小沢と安田母子は力を合わせ仇討ちをする。

『八島』(幸若舞)  山伏姿で奥州へ下る義経・弁慶らの一行が、佐藤信夫の里に到り、ある家に宿を請う。意外にもそこは、義経の身代わりとなって命を捨てた佐藤継信・忠信兄弟の家だったので、兄弟の母尼・妻子を前に、弁慶は佐藤兄弟の最期の有様を物語り、義経も自らの名を明かす〔*『接待』(能)に類話〕。

*→〔兄妹婚〕3の『ニーベルングの指環』(ワーグナー)「ワルキューレ」。

★6.宿を請う人を、実の子であると知らずに殺す。

『奥州安達ケ原』4段目  生駒の助・恋絹夫婦が、安達ケ原の一つ家に宿を請う。宿の主老女岩手は、懐妊している恋絹の腹を切り裂き、胎児を取り出す。しかし恋絹は岩手の実の娘だった。

*→〔生き肝〕1の安達ヶ原の鬼婆の伝説。

『霊を鎮める』(イギリスの民話)  貧しい農家の息子が家を出てオーストラリアへ移住し、金脈を掘り当てた。彼は大金を得て帰国し、夜、我が家へたどりつくが、顔つきがすっかり変わっていたので、年老いた両親は、それが自分たちの子供だとは気づかなかった。息子は「明日の朝、お金を見せてびっくりさせてやろう」と考え、旅人のふりをして一夜の宿を請う。両親は金欲しさに、眠る旅人(=息子)を殺し、死体を家の裏手に埋めた→〔成仏〕1

 *フランスにも同様の物語がある→〔ホテル〕4bの『誤解』(カミュ)。

★7a.宿の女と関係を持つ。

『さまよえるオランダ人』(ワーグナー)  さまよえるオランダ人は7年ぶりに陸地に上がり、ノルウェーの船長ダーラントに出会って、彼に宿を請う。オランダ人はダーラントに宝石を与え、「お宅に娘さんがあるなら、私の妻にしたい」と言う(*→〔さすらい〕2)。ダーラントはオランダ人が大金持ちだと知って喜び、家へ招く。ダーラントの娘ゼンタは、父が連れて来た男を一目見て、さまよえるオランダ人であると知る。ゼンタは彼を悪魔の呪いから救うべく、結婚しようと決意する。

『砂の女』(安部公房)  昭和30年(1955)8月、男(学校教師仁木順平)が海辺の村に昆虫採集に出かけて、砂穴の底の民家に泊まり、そのまま、そこに住む寡婦と同棲する。男は何度か脱出しようとするが成功せず、砂穴の生活にしだいに順応する。翌年には寡婦が妊娠し、男は5月頃には「逃げ出す必要はないのだ」と考えるようになる。

*→〔一夜妻〕1の『遊仙窟』(張文成)。

★7b.宿の女に心ひかれるが関係を持たない。

『高野聖』(泉鏡花)  ある夏の日、青年僧が飛騨から信州へ山越えをして道に迷い、一軒家に宿を請う。その家には美しい女が白痴の夫と一緒に住んでおり、女は青年僧を水浴に誘うなどして誘惑する。しかし青年僧は女に触れることなく、翌朝出発する→〔宿〕3b

『沼』(つげ義春)  鳥を撃ちに来た青年が、沼の近くで出会った少女の住む離れ家に泊まる。少女は鳥籠に蛇を飼っており、「蛇がたびたび籠を抜け出て首をしめに来るのが、死ぬほど心地良い」と言う。青年はその夜眠る少女の首をしめ、悶えるさまを見るが、翌朝には少女と別れ、また猟をする。

★8.消え失せる宿。

『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)(スノリ)  スウェーデン王ギュルヴィが「ガングレリ(旅に疲れた男)」と名乗ってアースガルズまで旅をし、壮麗な館に宿を請う。彼はそこで3人の神と問答をし、アース神族や巨人族に関するさまざまな神話を聞く。しかし問答が終わった時、大音響とともに館は消え失せ、ギュルヴィはただ1人、平原に立っていた〔*館は、アース神たちがギュルヴィに見せた幻にすぎなかった〕。

*→〔部屋〕1cの『鶯の浄土(鶯の里)』(昔話)でも、男が宿を請うた立派な屋敷が消え失せ、男は谷底あるいは野原などに1人立っていた、という終わり方をする。

★9.一宿一飯の恩義。

『沓掛時次郎』(長谷川伸)  旅人(たびにん)沓掛の時次郎は、ある親分の所で一宿一飯の恩を受けたため、親分に敵対する六ツ田の三蔵を斬り殺した。三蔵は「身重の妻おきぬと、幼い太郎吉のことを頼む」と言い遺して、息絶える。時次郎は、おきぬと太郎吉の面倒を見ながら旅をするが、おきぬは難産で死んでしまった。時次郎は「太郎吉を博徒にはしたくない」と考え、「鋤鍬持って五穀をつくろう」と思い定める。 

 *殺した男の娘の成長を見守る→〔伯父(叔父)〕4の『冬の華』(降旗康男)。

 

*→〔雨宿り〕に関連記事。

 

 

【屋根】

★1.屋根の上の人。

『屋上の狂人』(菊池寛)  讃岐地方の某小島。勝島家の長男・義太郎(24歳)は、今日も屋根の上へすわって海上を凝視し、「金毘羅さんの天狗さんの正念坊さんが、雲の中で踊っとる。緋の衣を着て天人様と一緒に踊りよる。わしに『来い来い』言うんや」などとわめいている。両親は困り果て、巫女に祈祷を頼む。義太郎の弟・中学生の末次郎(17歳)が、「兄さんは今のままが幸せなんじゃ。僕が一生、兄さんの世話をする」と言って、巫女を追い払う。屋根の上の義太郎は夕日に顔を輝かせて、「雲の中に金色の御殿が見える」と喜ぶ。

 *讃岐の源太夫は木に登って西の海へ呼びかけ、阿弥陀仏の声を聞く→〔呼びかけ〕6の『今昔物語集』巻19−14。

★2a.屋根の上で働く職人に、情事を見られてしまう。

『屋根を歩む』(三島由紀夫)  人妻である愛子は、ある日の午後、恋人と安ホテルの一室にいるところを、屋根の修理に来た職人・黒川に見られてしまう。黒川は、愛子の家に出入りする顔見知りの屋根職人だった。以後、愛子は、自宅の屋根の上を誰かが歩く幻聴に悩まされる。夜、夫との行為中に、「あっ、屋根に人が」と叫んでしまったこともあった→〔口封じ〕5

 *木に登った人に、性交を見られてしまう→〔木登り〕3cの『武道伝来記』巻4−3「無分別は見越の木登」。

★2b.屋根から見た情事の話がきっかけで、男女が関係を持つ。

『寝敷き』(松本清張)  ペンキ職人の源次は、屋根の上で作業をしている時に、隣家の情事や屋外の情事をしばしば目撃した。彼はそれらの目撃談を、世間話の1つとして、仕事先の奥さんやお手伝いさんに聞かせる。源次のたくみな語り口に、彼女たちは強い刺戟を受け、それがきっかけで源次と関係を持つことがあった〔*1度か2度の関係で終わるのが常であったが、処女だった季子は源次につきまとい、結婚を迫ったので、源次は季子を殺した〕。

★3.屋根裏から下の部屋をのぞき見る。

『屋根裏の散歩者』(江戸川乱歩)  下宿屋「東栄館」に止宿する遊民の郷田三郎は、天井裏へ上がり、他の下宿人たちの部屋を上から覗いて回るのを楽しみとしていた。日頃虫の好かぬ遠藤という男が、大きな口を開けて眠っているのを見て、郷田は天井の節穴からモルヒネの液を垂らす。モルヒネは遠藤の口に入り、遠藤は寝床で死んでしまった〔*郷田はモルヒネの瓶を部屋に落としておき、遠藤が自殺したように見せかける。しかし明智小五郎が、郷田の犯行だと見破る〕。

★4.下へ下へ行くと屋根があった。

『下の国の屋根』(昔話)  大嘘つきの話にも、いろいろと珍しいのがある。ある村で井戸を掘ったが、水が出ないので、毎日毎日掘り下げて行くと、くすぶった藁が出て来た。それを取り除けてなお掘ろうとしたら、下から大声で怒鳴られた。「上の国のやつらは何をするか。それは、おれの家の屋根の藁だ」と、非常に怒られた。

 *井戸の底が異郷に通ずる→〔井戸〕7

『奇談異聞辞典』(柴田宵曲)「地下生活三十三年」  信州浅間ケ嶽の辺で、百姓が井戸を2丈余りも深く掘ったところ、水は出ず、屋根があって、その下に50〜60歳の人が2人いた。2人は、33年前の浅間焼けの時、土蔵に避難したが、山崩れのためそのまま閉じ込められた。土蔵には米3千俵、酒3千樽があったので、2人はそれで命をつないでいたのであった(『半日閑話』巻15)。

★5.屋根へ上がって駱駝を捜す。

『イスラーム神秘主義聖者列伝』「イブラーヒーム・アドハム」  聖者イブラーヒームは、かつてはバルフの王だった。ある晩、彼が寝床にいると天井が揺れ、知り合いの男が屋根の上にいることがわかった。行方不明の駱駝を捜しているのだという。イブラーヒーム「何という無知な男だ。屋根の上に駱駝などいるものか」。男「迂闊な王よ。あなたは黄金の玉座の上と豪奢な服の中に、神を求めている。屋根の上で駱駝を捜すことが、どうして不思議なことでしょうか」。この言葉によって、イブラーヒームの心中に恐れが生まれた。

★6.屋根へ上がることの禁忌。

『酉陽雑俎』巻11−423  5月は屋根へ上がることを忌む。5月には、人は蛻(ぜい。=ぬけがら)になっており、屋根へ上がると、影を見て、魂が体外へ去ってしまうからだ、という。

*魂が屋根の上から、自分や他の人々を見下ろす→〔自己視〕4a・4b

*死者の魂は、四十九日までの間は屋根の棟に留まっている→〔魂呼ばい〕1の『大菩薩峠』(中里介山)第30巻「畜生谷の巻」。

★7.屋根の破風を破って飛び去る。

『茨木』  渡辺綱は羅生門で茨木童子と闘い、その片腕を斬り取って屋敷へ持ち帰った。茨木童子は片腕を取り戻すべく、渡辺綱の叔母真柴に化けて、綱の屋敷へやって来る。綱の油断に乗じて、茨木童子は片腕を取り返し、屋根の破風を破って虚空へ飛び去った。

 

 

【山】

★1a.山に登って神に祈る。神と出会う。

『北野天神縁起』  筑紫へ流罪となった菅原道真は、無実を訴える祭文を書き、高山に登って7日の間、天道に祈った。祭文は雲を分けて昇天し、帝釈宮を過ぎて梵天にまで到達した。道真は7日7夜、蒼天を仰ぎ、身を砕き心を尽くして、天満大自在天神となった。

『史記』「秦始皇本紀」第6  始皇帝28年、始皇は封禅の儀式を行うため、まず泰山に登って石を立て土盛りし、天を祭った(封)。下山時に風雨に遭って樹下に休み、その樹に五太夫の位を与えた。次いで麓の小山梁父山に登り、地を祭った(禅)〔*「封禅書」第6に類話〕。

『史記』「封禅書」第6  元封元年、漢の武帝は侍者1人だけを供に連れて泰山に登り、封の祭りをした。次いで麓の東北の粛然山で禅の祭りをした。風雨の災いが起こらなかったので、方士たちが「蓬莱の神々にまもなくお会いになれましょう」と奏上した。

『出エジプト記』第19〜31章  神がシナイ山の頂きに降り、モーセを召した。イスラエルの人々を麓に残して、モーセは山に登り、神から十戒を受けた。モーセはまた、40日40夜、山で神の言葉を聞き、神の指で書かれた石の板2枚を授けられた。

『春雨物語』「樊噌(はんかい)」  腕自慢の大蔵は、心も豪胆であることを仲間に示すべく、恐ろしい神が住むという伯耆大山に1人登る。夜になり、社の賽銭箱を証拠に持ち帰ろうとすると、賽銭箱は空に飛び上がり、大蔵は隠岐島まで連れて行かれる〔*後、大蔵は盗賊になり、最後は和尚となって大往生する〕。

*王が山に登る→〔国見〕2・3・4・5

★1b.山にこもって思索・瞑想する。

『暗夜行路』(志賀直哉)後篇  妻・直子の過ち(*→〔暴行〕6a)に拘泥し続ける時任謙作は、別居して京都を立ち、鳥取県の大山の寺に止宿する。半月ほどを経たある夜、彼は頂上登山の一行に加わるが、体調不良のため途中の山腹に1人残る。彼は不思議な陶酔感の中で永遠を思い、夜明けの光景に感動を受ける。

『ツァラトゥストラはこう言った』第1部「序説」  ツァラトゥストラは30歳になった時、故郷を去り山奥に入った。彼はそこで智恵と孤独とを楽しみ、10年の間飽くことがなかった。しかしある朝、彼は自らの思想を人々に語るべく、世間へ下ることにした〔*以後、ツァラトゥストラは山ごもりと下山を何度か繰り返す〕。

『魔の山』(マン)  20世紀初頭。23歳のハンス・カストルプは、アルプス山麓、海抜5千フィートの高地にある国際サナトリウム「ベルクホーフ」を訪れて従兄を見舞う。ところがハンスの肺にも異常が発見され、彼はそのまま「ベルクホーフ」に留まって療養生活に入る。病状は好転も悪化もせず、ハンスは生と死の中間にあって次第に時間の観念を失い、7年が経過する。第1次大戦が勃発し、眠りを破られたハンスは、下界へ降りて戦場に赴く。

★1c.山に隠れる。

『十八史略』巻1「春秋戦国」  晋の文公(重耳)が亡命時代、飢えに迫られた時、供をした介子推は自分の腿の肉を文公に与えた。しかし文公が帰国して即位した後、介子推には恩賞の沙汰がなかった。介子推は怨んで綿上の山中に隠れた。文公は自らの過ちを悟り、介子推を山から出すために、山を焼いた。介子推は山から出ず、そのまま焼死した。

★2.山での説法。説教。

『法華経』  釈尊は、無数の修行者や信者たちとともに霊鷲山に滞在していた時、最高の教えである法華経を説いた。

『マタイによる福音書』第4〜7章  イエスが多くの病人を癒したので、諸地方からおびただしい群衆が来てイエスに従った。イエスは群衆を見て、山に登り、座について「心の貧しい人たちは幸いである。天国は彼らのものである」に始まる長い説教をした。

★3a.神が山へ降り立つ。

『古事記』上巻  アマテラスとタカギ(=タカミムスヒ)の命令を受けて、天孫ニニギノミコトは地上へ降臨することとなった。八尺(やさか)の勾玉・鏡・草薙の剣を持ち、アメノコヤネ、フトダマ、アメノウズメ、イシコリドメ、タマノオヤなどの神が随伴した。ニニギノミコトは高天原の御座を離れ、天の八重のたな雲を押し分けて、筑紫の日向の高千穂の峰に天降った。

『三国遺事』巻1「紀異」第1・古朝鮮〔王儉朝鮮〕  天帝桓因(ファンイン)の庶子である桓雄(ファンウン)は、つねに下界(=人間世界)に思いをよせていた。桓因は息子桓雄の気持ちを察し、下界を治めさせることにする。桓雄は部下3千を率いて太伯山(テベクサン)頂上の神檀樹の下に降り、そこを神市(シンシ)と呼んだ。これが桓雄天王で、彼は天下を治め人間を教化した。

『日向国風土記』逸文  ニニギノミコトが日向の高千穂の二上の峰に天降った時、空は暗くて昼夜の区別がなかった。大鉗(おほはし)・小鉗(をはし)という2人の土蜘蛛の勧めにしたがって、ニニギノミコトは多くの稲穂を揉んで籾とし、四方に投げ散らした。すると空は晴れ、日も月も照り輝いた。

*岩山の麓に宇宙船が降り、地球人類と接触する→〔宇宙人〕2bの『未知との遭遇』(スピルバーグ)。

★3b.神が舟で川をさかのぼって、山にいたる。

『日本書紀』巻1・第8段一書第4  高天原を追われたスサノヲは、子(みこ)イタケルノカミを連れて新羅の国へ天降り、曾尸茂梨(そしもり)という所にいた。スサノヲは「この地にはいたくない」と言い、土で造った舟に乗って東方へ渡り、出雲の国の簸(ひ)の川上(=斐伊川上流)にある鳥上峯(とりかみのたけ)に到った。

 *スサノヲが、高天原から直接出雲へ降下する→〔箸〕2の『古事記』上巻。

★3c.船が山の上に止まる。

『創世記』第7〜8章  洪水が40日間、地上をおおい、ノアの箱船は大地を離れて浮かんだ。水は地上にみなぎり、山々を覆った。人も、家畜も、這うものも、空の鳥も、すべて息絶えた。やがて風が吹き、雨はやみ、150日の後には水が減って、第7の月の17日に箱船はアララト山の上に止まった。水はますます減り、第10の月の1日には山々の頂が現れた。

★3d.古代神話の山を探す。 

『類推の山』(ドーマル)  「私」は、世界各地の古代神話に出てくる山の象徴的意味を研究した。山は、神性が人間に啓示される通路であり、その頂上は永遠の世界に通ずるのだ。現在も、地球上のどこかにそのような山があるはずだが、おそらく周囲の空間の歪曲によって、山は不可視だろう。しかし麓には近づき得る。計算上では、山は南太平洋上にある。「私」・妻・登山家・言語学者・画家など8人の男女は、「不可能号」という名のヨットで船出し、大洋の中に陸地を発見する。そこは山の麓であり、「私」たちは登山を開始する〔*この小説は未完である〕。

★4a.日本の山の起源。

『逆矛(さかほこ)(能)  イザナキ・イザナミ2神が、天の逆矛(=天の沼矛。*→〔橋〕4aの『古事記』上巻)を青海原へさし下ろして、大八洲国を造り成した。はじめ、国は荒れた葦原だった。2神が矛を振ると、疾風が起こって葦原をなぎ払った。その葦を引き捨てて置いたものが、山になった。これを「あしびき(葦引き)の山」と言う。

★4b.一もっこ山の起源。

一もっこ山の伝説  天狗が「榛名富士を一晩で作ろう」と考え、もっこでどんどん土を上げた。ところが、「もう一もっこ」という時に鶏が鳴き、朝になったので、天狗は残念がり、その場へもっこの土を投げた。それが榛名富士の傍にある一もっこ山である(群馬県渋川市行幸田)。

★4c.駒が嶽の起源。

『沼の主のつかい』(昔話)  沼の主が孫四郎に、毎日黄金1粒ひり出す駒を与えた(*→〔書き換え〕3)。孫四郎の弟が、もっと黄金を出させようと、1斗の米を駒に食わせる。駒は精がついて、一声高くいななくと、飛んで行って陸中と秋田の国境の山にくっついた。これがいまの駒が嶽だ(岩手県江刺郡)。

★4d.富士山の起源。

『和漢三才図会』巻第56・山類「富士山」  伝えによれば富士山は、〔第7代〕孝霊天皇5年(B.C.286)に初めて出現した。一夜のうちに地が裂けて、江州(おうみ)の琵琶湖ができた。その土が大山となったのが、駿州の富士である。しかしこれは妄説(でたらめ)であろう。駿州と江州は相去ること百有余里、どうして土が運ばれようか。

★5a.山の背比べ。

『近江国風土記』逸文  タタミヒコは夷服(いぶき)の岳の神であり、その姪アサヰヒメは浅井の丘にいた。2つの岳と丘が高さを比べ争った時、浅井の丘が一晩のうちに高さを増したのでタタミヒコが怒り、剣でアサヰヒメを斬った。アサヰヒメの頭は江(=琵琶湖)の中に落ちて竹生島となった。

山の背比べの伝説  富士山の女神と八ヶ岳の男神が高さを争い、阿弥陀如来が2つの山の頂上に樋をかけると、水は富士山の方へ流れ落ちた。富士の女神は負けた悔しさに八ヶ岳の頭をたたいたので、頭が8つに割れ、権現・編笠・旭岳・西岳・阿弥陀・赤岳・横岳の8つの峰ができた(山梨県北巨摩郡大泉村)。

★5b.二つの山の一方が背伸びし、一方が身を縮める。

下田富士と駿河富士の伝説  下田富士と駿河富士は仲の良い姉妹だった。ところが年頃になると、姉の下田富士は自分の醜さを恥じ、妹の駿河富士との間に屏風(天城山)を立てた。美しい駿河富士は姉を気遣い、背伸びをして姉の様子を見ようとしたが、姉は卑屈になり、いっそう身を縮めた。こうして駿河富士は日本一の高山になり、下田富士は低い山になってしまった(静岡県下田市本郷)。

★5c.山の背伸びを止める。

言語の分裂(メラネシア、アドミラリティ諸島の神話)  大昔、永遠に続く夜に乗じて、チャウォム山脈はひそかに成長していた。山の背にいる蛇がそれに気づいて、成長を禁じる。突然、昼になり、山はもう大きくならなかった。山は蛇に言う。「私はお前(=蛇)を天に登らせようとしたが、お前はそれを禁じた。今後、私の言葉とお前の言葉は、別のものになる。私たちの子孫も皆、別々の言葉を話すだろう」。

『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」  宇宙の創造主は、太陽と月がメール山(=須弥山)のまわりを巡るように軌道を定めた。ヴィンディヤ山がこれに嫉妬し、伸び上がって太陽と月の道筋をさえぎろうとした。アガスティヤ聖仙がヴィンディヤ山に、「今から南へ行くので道をあけてくれ。帰って来るまで背伸びを待って欲しい」と頼み、南へ行ったきり帰らなかった。それでヴィンディヤ山は背伸びを中止し、現在にいたっている。

★6a.山崩れ。

『子不語』巻8−186  私(=『子不語』の著者・袁枚)の友人・沈永之が雲南駅道に任ぜられ、鳳凰山の80里を開いて道路を通じた時のこと。ある日、1人の美女が山中の洞穴から走り出た。作業中の男たち数千人が後を追って洞穴の外へ出、美女を眺めていたが、年をとった連中は動かなかった。すると急に山が崩れ、洞穴から出なかった者は圧死した。沈永之はこの話をして、「人間は色を好まなければいけないね。こんなこともあるのだから」と言った。

*→〔鼠〕5の『太平広記』巻440所引『宣室志』では鼠、〔胸騒ぎ〕の『日本霊異記』中−20では僧たち、〔鷲〕2の『イソップ寓話集』296「農夫と助けられた鷲」では鷲のおかげで、建物や壁が崩れる前にそこから逃れ、圧死を免れる。 

★6b.山を少しずつ崩して行く。

二子山(高木敏雄『日本伝説集』第2)  アマンジャクが「富士山を取り崩そう」との大望を抱いた。夜のうちに富士山を少し崩し、土を天秤で運んで相模灘へ棄てた。棄てた土からできたのが、伊豆の大島である。翌晩は仕事を始めるのが遅かったため、箱根山まで土を運んだところで夜が明けた。そこに棄てた土が、同じ形の2つの山になった。これが箱根の二子山である(相模国足柄上郡曾我村)。

★6c.山を他所へ移動させる。

『列子』「湯問」第5  90歳近い愚公が、往来に邪魔な2つの山を崩して道を開くべく、家族とともに工事を始めた。ある人が「貴方の年では不可能だ」と笑うと、愚公は「私の死後も子々孫々が掘り続ければ、山はこれ以上高くならないのだから、いつかは平らになる」と答える。天帝は愚公の志に感じ、2つの山を他所へ移した〔*海の水を汲みつくそうとする大施太子の物語と類想→〔海〕4bの『三宝絵詞』上−4〕。

★6d.山を動かす。

『イスラーム神秘主義聖者列伝』「イブラーヒーム・アドハム」  ある偉大な方から「完全の域に達した人間とは、どのような人か?」と問われて、聖者イブラーヒームは、「山に向かって『動け』と語りかければ、山が動き出す人だ」と答えた。途端に山が動き出したので、イブラーヒームは言った。「山よ。お前に言ったのではない。だが、命令を出してやろう。静まれ」。すぐに山は静止した。

★6e.山が動かないのなら、人間が動く。

『行人』(夏目漱石)「塵労」39〜40  「モハメッド(=マホメット)は、『向こうの山を自分の足元へ呼び寄せて見せる』と宣言して、群集を集めた。彼は山に、「こっちへ来い」と3度命令する。しかし山は動かない。モハメッドは「私が呼んでも、山は来たくないようだ。それなら私が行くよりしかたがない」と言って、山の方へ歩いて行った」。Hさんは一郎にこの話をして、「なぜ君は、山の方へ歩いて行かない」と問うた→〔三者択一〕1b

★7a.山は、死者の世界との接点でもある。山へ登って、死者と出会う。

『現代民話考』(松谷みよ子)5「死の知らせほか」第2章の2  中年男が、亡くなった妻を偲びつつ、恐山の湯に入っていた。黄昏時、窓の外を愛しい妻が通って行く。声をかけるのは禁忌だったが、男は妻を、この世の名前で呼んでしまう。すると妻は、何とも形容できない恐ろしい眼をして、真正面から男をにらんだ。男は恐怖でうつぶし、しばらくして顔をあげると、妻はもういなかった。男は下山後、ブラブラ病になって死んだ(青森県)〔*→〔冥界行〕5の『古事記』上巻、イザナキ・イザナミ神話の現代版の趣がある〕。

『今昔物語集』巻14−7  越中の国・立山には地獄があり、百千もの熱湯が湧き出ている。諸国修行の僧が立山へ登った時、若い女が現れ、「私は生前の罪で、死後地獄に落ちたが、毎月18日には観音が身代わりに苦を受けて下さるので、こうして出て来ることができた」と告げ、供養を願った。

*立山の地獄で死者に出会う→〔霊〕8の『善知鳥(うとう)』(能)・『片袖』(落語)。

★7b.現世に別れを告げ、深山に入って死を待つ。

『源氏物語』「若菜」上  明石の入道の娘・明石の君は、光源氏と結婚して姫君を産んだ。姫君は東宮妃となって皇子を産んだ。これで、明石の入道の曾孫が将来の帝となることが、確定的になった。明石の入道は、現世における宿願が達成されたので、娘・明石の君と、妻・明石の尼君にあてて、「極楽浄土で再会しよう」との別れの手紙を送る。入道は僧1人と童2人だけを供として、深い山の峰へ入って行った。 

*山に老人を捨てて、そのまま死なせる→〔親捨て〕に記事。

★7c.飛行機で高い山の頂上へ向かう夢を見つつ、死ぬ。

『キリマンジャロの雪』(ヘミングウェイ)  小説家ハリーは妻といっしょに、アフリカへサファリ(=狩猟旅行)に出かける。ちょっとした掻き傷から菌が入って、ハリーの右脚が壊疽になり、彼は簡易ベッドに横たわって死を待つ。夢の中でハリーは小型機に乗せられ、空高く舞い上がる。前方に、キリマンジャロの白い頂上が見える。そこが彼の目指す所だ。妻がハリーの名を呼ぶが、すでに彼の息は絶えている。 

★7d.人間は死ぬと、山に登る。

『現代民話考』(松谷みよ子)7「学校ほか」第1章「怪談」の17  死んだ人は、七ヶ宿(しちがしゅく)から蔵王山に登って行く。蔵王には三途の川があり、賽の河原がある。流れに沿って登り、いちばん奥どまりに立っている地蔵さんの所まで行く。この世で楽しい思いをした人は笑って登り、悲しい思いをした人は泣き泣き登る。河原に死者の足跡を見つけることができる。死者の泣き声は、七ヶ宿の里の人に聞こえる(宮城県)。

★8.人間の寿命と山。

『山の音』(川端康成)「山の音」  8月上旬の深夜、62歳の尾形信吾は、雨戸を開けて涼んでいて、家の裏山が鳴る音を聞いた。地鳴りのような深い底力のある音だった。音がやんだ後、信吾は「死期を告知されたのではないか」と、寒けがした。かつて信吾の妻の姉も、死ぬ前に山が鳴るのを聞いたのだった〔*しかし小説の最後まで、信吾は病気にもならず、死にもしない〕。

*山を崩されると死ぬ男→〔魂〕1aの『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」。

 

*女人禁制の山→〔禁制〕3b

*山を棒軸として、海を攪拌する→〔海〕7cの『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」。

*雪山→〔雪〕6

 

 

【山姥】

★1.山奥に住む白髪の老女。

『山姥』(能)  善光寺参詣の旅人たちが上路(あげろ)の山を越えようとすると、にわかに日暮れとなり、皆困惑する。女が現れ「宿を貸そう」と言って、旅人たちを庵へ案内する。女は「自分は山姥である」と告げ、白髪朱顔の姿をあらわし、深山の光景を語り、山廻りのさまを見せて、いずこともなく去って行く。

★2.山姥が人間や動物を食う。

『牛方と山姥』(昔話)  1人の牛方がたくさんの塩鯖を牛の背に積んで売りに行く途中、峠で山姥に出会う。山姥は、塩鯖を食い、牛を食い、「今度は貴様を食う」と言って、牛方を追いかける(新潟県南蒲原郡)→〔宿〕3a

『天道さん金ん綱』(昔話)  母が3人の子に留守番をさせて寺参りに出かけた後に、山姥が母に化けて帰って来る。山姥は3人の中のいちばん小さい子を抱いて寝間に入り、がりがりと食ってしまう。残る2人の子は逃げて木に登る〔*類話である『狼と七匹の子山羊』(グリム)KHM5では、狼が母山羊に化けてやって来て、子山羊たちを食う〕。

★3.山姥が富を授ける。

山姥(『水木しげるの日本妖怪紀行』)  男が山仕事を終え、「今日はこれが食べたい」「あれが欲しい」などと思いながら帰ると、留守宅には、いつも望みの物が用意されていた。米櫃の米は、使っても使っても減らなかった。ある日、男は早く帰り、障子の破れ目から中をのぞく。部屋に白髪頭の山姥がいて、せっせと掃除をしていた。男が驚いて声をあげると、山姥は窓から外へ飛び去った。以来、男の家は見る見るうちに衰えた(高知県土佐山郡土佐山村)。

 *白髪の山姥ではなく、うら若い天女が炊事をするのをのぞき見る、白水素女の物語がよく知られている→〔のぞき見〕8の『捜神後記』巻5−1(通巻49話)。

★4.人間が山姥を殺す。

『焼棚山(やいだなやま)の山んば』(松谷みよ子『日本の伝説』)  焼棚山の奥に住む山んばは、時々、伊那谷に下りて、村人の仕事を手伝った。ある時、村の子供2人がわらび取りに出かけて行方不明になり、村人は「山んばに食われたのではないか」と疑う。何日か後、山んばが下りて来たので、村人は、毒入りの酒と、囲炉裏の燠火(おきび)をくるんだ団子を、「土産だ」と言って与える。山んばは喜んで、山へ帰って行く。その夜、山火事が起こり、村人は「団子の燠火から火が出たんだろう」と話し合う。それ以来、山んばは現れなくなった(長野県)。

★5.山姥が子を産む。

山姥と山焼きの伝説  山姥が山を歩いていた時、急に産気づき、岩屋に入ってお産をした。ちょうど蕎麦をまく時期で、その日村人が山焼きをしたため、山姥は焼け死んでしまった。その後、村に災難が続いたので、村人は岩屋から山姥の頭骨を取り出して、祀った(高知県香美郡香北町西川)。

★6.山姥は金太郎(=坂田金時)の母親である。

『金太郎』(昔話)  相模の国・足柄山に、山姥とその子金太郎が住んでいた。金太郎は赤ん坊の時から力持ちで、8〜9歳の頃には大きなまさかりを玩具にし、熊・鹿・猿たちと相撲ごっこをして遊んだ。源頼光の家来・碓井の貞光が金太郎を見込んで都へ連れて行き、武士とした。

『嫗(こもち)山姥』  坂田蔵人(くらんど)時行は、自分が討つべき父の敵(かたき)を、妹白菊が先に討ってしまったと聞き、恥じて切腹する。時行は「我が魂を、汝の腹へおさめよ」と妻・八重桐に言い、自らの臓腑をつかみ出して、八重桐の口へ入れる(*近松門左衛門の原作浄瑠璃では、切腹した切り口から焔のかたまりが飛び出て、八重桐の口に入る)。八重桐は身ごもり、足柄山に住んで山姥と呼ばれ、怪童丸(後の坂田金時)を産む。

『山姥』  源頼光の命令で勇者を捜す三田の仕(つごう)は、足柄山で山姥と怪童丸(7歳)に出会う。山姥は、昔、都にいた頃、坂田蔵人時行の子を身ごもり、時行の死後、足柄山に分け入って怪童丸を産み落としたのだった。三田の仕は怪童丸と力くらべをしてその非凡な力量を認め、「坂田金時」と名乗らせて、頼光の家来とすべく都へ連れて行く。山姥は、我が子の出世を喜びつつも、2度と逢えぬ別れに涙して、山奥へ姿を消す。

 

 

【闇】

 *関連項目→〔夜〕

★1.闇の中の戦闘。同士討ち。

『アルゴナウティカ』第1歌  アルゴ船のイアソン一行は、ドリオネス人たちの島に寄港し手厚く歓待された後、出航するが、逆風で再びその島へ吹き戻される。真夜中だったので、イアソンたちは、そこが同じ島とは気づかない。またドリオネス人たちも、「敵が攻めてきた」と誤解して、同士討ちとなる。

『三国志演義』第93回  諸葛孔明は、蜀の陣地を空にしておいて、魏軍が夜襲するようにしむける。魏軍が左右から攻めこみ闇の中で同士討ちとなったところを、蜀軍が外から攻撃し、魏軍を打ち破った。

★2.闇の中の人殺し。人違いして別人を殺す。

『親指小僧』(ペロー)  木樵りの7人の息子が人食い鬼の家に迷いこみ、食われそうになる。皆が眠った真夜中に、末子の親指小僧が自分たちの頭巾と人食い鬼の7人娘の金冠を、取り替えておく。人食い鬼がやって来て頭巾を手さぐりし、それが自分の娘たちとは知らず、包丁で喉をかき切る。

『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)(鶴屋南北)「五人切の場」  薩摩源五兵衛は、芸者小万と笹野屋三五郎に百両を騙し取られたので、彼らを殺すべくその寝所を襲う。暗闇の中で源五兵衛は、誤って別の芸者およびそこに居合わせた男たち、計5人を次々に斬り殺す。その間に小万と三五郎は逃れ出る〔*その場は逃れたが、後に小万は源五兵衛に殺される。三五郎は自害する〕→〔金〕1a

『五十年忌歌念仏』(近松門左衛門)中之巻  清十郎は、主家の娘お夏と通じている現場を発見され、また、手代勘十郎の悪計により70両を着服したとの濡れ衣を着せられて、店を追放される。その夜、清十郎は店に忍び入り勘十郎を殺そうとするが、誤って同輩の源十郎を刺し殺す。

『曽我綉侠御所染(そがもようたてしのごしょぞめ)(河竹黙阿弥)序幕「逢州殺しの場」  御所の五郎蔵はもとは武士だったが、現在は侠客となっている。彼は、妻さつきに愛想づかしされたことを怒り(*→〔愛想づかし〕1)、彼女を殺そうと、夜更けに待ち伏せる。そこへ、さつきの朋輩である花魁逢州がやって来る。五郎蔵は、逢州をさつきと見誤って斬り殺す〔*逢州は、五郎蔵の主人の愛人だったので、五郎蔵は面目なさに切腹する。さつきも、逢州の死に責任を感じて自害する〕。

『ひらかな盛衰記』「大津の宿」  木曾義仲討死後、妾の山吹御前と一子駒若丸は家臣鎌田らとともに落ちのび、大津の宿に身を休める。その夜源氏の討手が宿を襲い、暗闇の中、泊り合わせた船頭権四郎の孫槌松が駒若丸と取り違えられ、首を討たれる。

*早野勘平は、闇夜に猪と誤認して斧定九郎を撃ち殺した→〔仇討ち〕8の『仮名手本忠臣蔵』5段目「山崎街道」。

*衣服を取り替えたため、闇の中で人違いされる→〔衣服〕5の『東海道四谷怪談』(鶴屋南北)「浅草裏田圃」。

★3a.闇の中、相手を間違えて交わる。

『デカメロン』第9日第6話  青年ピヌッチョとアドリアーノが、ある親爺の家に泊まる。3つの寝台に、親爺と女房・その娘・ピヌッチョとアドリアーノが、それぞれ寝る。夜中にピヌッチョが娘の寝台に入りこむ。女房が、飼い猫の様子を見に起きたあと間違えてアドリアーノの寝台に入り、彼と交わる。娘の所からもどったピヌッチョは親爺の寝台に入り、隣にいるのを友人と思って娘との首尾を語る〔*『カンタベリー物語』「親分の話」に類話〕。

『東海道中膝栗毛』(十返舎一九)3編上「日坂(にっさか)」  巫女(いちこ)の母娘と同宿した弥次郎兵衛と喜多八の2人は、ともにその娘に目をつける。まず喜多八が夜這いするが、闇の中なので間違えて母親と交わる。その後へやって来た弥次は、喜多八を娘と間違え、夜着の上からもたれかかる〔*この他に、2編下「蒲原」では喜多八が、巡礼娘と思って60歳の老婆のふとんへ入り込み、5編上「四日市」では弥次郎兵衛が、宿の女中をねらって石地蔵に夜這いする〕。

*→〔身代わり〕5の『大経師昔暦』「大経師内」。

★3b.自分の正体を隠すために、闇の中で交わる。

『懺悔話』(谷崎潤一郎)  学生時代からの友人・木村の話。「2年前のこと。ある待合(まちあい)で、『電燈をつけず部屋を真っ暗にする・互いに一言も言葉を交わさない』という条件を守れば、お金は1文もいらない、という女を紹介された。一夜を共にした翌朝、僕は待合を出た所で、人力車で帰る女と出くわし、その顔を見た。27〜28歳の美人だった。後に、彼女が某華族の未亡人であることを、僕は知った」。

『変身物語』(オヴィディウス)巻10  ミュラは、父王キニュラスを恋した。彼女は自らの正体を隠すために、暗闇の中で父王との逢瀬を重ねた→〔木〕4a

★3c.醜貌の男が、闇の中でのみ妻と逢う。

『今昔物語集』巻3−15  天竺の燼杭(ジンコウ)太子は、醜貌のため、妻を持っても昼は姿を見せない。不審に思った妻が、乳母に命じて太子の姿を火で照らさせると、夫の容貌は鬼神のごとくであった。妻はその夜のうちに実家に逃げ帰った。

*醜貌の男が「美男子」と称して婿入りする→〔顔〕8の『宇治拾遺物語』巻9−8。

★3d.「二度と恋人の姿を見ない」との誓いを守るために、闇の中で密会する。

『パルムの僧院』(スタンダール)  ファブリスは殺人罪で収監され、毒殺されかかる。監獄の長官コンチ将軍の娘クレリアがファブリスに恋し、ファブリスの叔母ジーナと協力して、彼を脱獄させる。その折にコンチ将軍の命が危険にさらされたため、クレリアは自責の念から「2度とファブリスの姿を見ない」と、聖母マリアに誓う。以後ファブリスとクレリアは、誓いを守る方便として、暗闇の中でだけ密会する。

★4.闇の中では盲目の人は、目の見える人よりも、かえって有利である。

『暗くなるまで待って』(ヤング)  盲目の人妻スージーが留守番をしていると、3人の男が、麻薬を隠した人形を捜しにやって来る。3人の間の仲間割れで2人は死に、残った1人の男が、夜、部屋へ押し入る。スージーは家中の電球を割って、暗闇に隠れる。男はマッチをつけてスージーを捕らえようとするが、スージーにガソリンをかけられたため、男はマッチを捨てる。男は冷蔵庫を開け、内部の電灯で部屋を明るくする。スージーは隙を見て、台所の包丁で男を刺し殺す。

★5.闇の中の盗み。

『盗み心』(昔話)  白昼、男が知人の家へ行くと中は真っ暗だったので、出来心で鉈を盗み懐に入れる。ところが目が慣れると、それほど暗くなく、男の盗みは家の人に見られていた。そこへ客が来て「ああ、暗い」と言うので、男は「鉈を懐に入れると、すぐ明るくなる。私も今試してみた」と言って鉈を客に渡し、その場をごまかした。

★6.だんまり。闇の中で、何人かが無言のまま手探りで絡み合う。

『小袖曽我薊色縫(こそでそがあざみのいろぬい)(河竹黙阿弥)  遊女十六夜(いざよい)と僧清心は稲瀬川へ入水心中する。しかし十六夜は俳諧師白蓮の船に救われ、清心も死に切れず岸に這い上がる。闇の川端で、白蓮・十六夜たちと清心はすれ違い絡み合うが、互いに相手を誰と知らずに別れる。

『東海道四谷怪談』(鶴屋南北)「砂村隠亡堀」  直助は、佐藤与茂七と間違えて別人を殺した後、隠亡堀で鰻を取る。そこへ民谷伊右衛門が釣りに来る。入相の鐘が鳴り、お岩と小仏小平の死骸を打ちつけた戸板が流れ寄る。非人姿の佐藤与茂七が現れ、闇の中で直助や伊右衛門とすれ違い探り合ううち(*茶屋女あるいは小平女房が絡むばあいもある)、与茂七の持つ塩冶浪士の廻文状が直助の手に入り、直助の持つ鰻掻きの柄が与茂七の手に入る。

 

*醜貌ゆえ闇の中でのみ活動する→〔橋〕5の『俊頼髄脳』(一言主神)。

 

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