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【遺言】

★1.敵を討て、との遺言。

『仮名手本忠臣蔵』4段目「判官切腹」  伯州の城主・塩冶判官は、殿中松の間で高師直に斬りつけたため、切腹を命ぜられる。判官が九寸五分の短刀を腹に突き立てた直後に、国家老・大星由良之助が駆けつける。判官は「この短刀で師直の首を討って、我が恨みを晴らしてくれ」との思いをこめ、「この九寸五分は、汝へ形見」と由良之助に言い遺す〔*「かたみ」を「かたき」とも聞こえるように発音することがある〕。

『平家物語』巻6「入道死去」  治承5年(1181)閏2月2日、重病の入道相国(=平清盛)は、「私が死んだ後は、堂塔など立てるな。供養もするな。すぐに討手を伊豆へ遣わし、源頼朝の首をはねて、私の墓の前へ懸けよ。それが私への供養になる」と、妻の二位殿に遺言した。たいへん罪深いことであった。2月4日、清盛は死去した。64歳であった。

★2.遺言にそむく息子。

『義経記』巻8「秀衡死去の事」〜「秀衡が子供判官殿に謀反の事」  源義経は平泉の藤原秀衡のもとに身を寄せたが、数年を経ずして秀衡は病み、一族を集めて遺言をした。「私が死んだら、鎌倉の頼朝が『判官(=義経)を討て』と要求してくるだろう。その時は、鎌倉からの使者を斬り、念珠(ねず)・白河の両関を閉じて、戦(いくさ)の用意をせよ。これを守れば、お前達の将来は安泰だ」。しかし息子の泰衡は頼朝に懐柔され、父の遺言に背いて義経を討った。

 *義経は死なず、ジンギスカンになったという話もある→〔死体消失〕6の『豹(ジャガー)の眼』。

★3.遺言状。

『失った遺産』(H・G・ウェルズ)  財産家の伯父は、生涯で53冊もの著書を自費出版した。「おれ(テッド)」は伯父の遺産目当てで、そばにいた。伯父は死ぬ少し前に、「わしの最後の著書だ。読みなさい」と言って、1冊の本をくれた。もちろん「おれ」は、そんな本など開いてもみなかった。ところが伯父は、全遺産を与える旨を記した遺言状を本に挟んで、「おれ」に渡したのだった。「おれ」はそれを知らず、12万ポンドの遺産をもらいそこねた。

★4.二つの遺言。

『AとBの話』(谷崎潤一郎)  善の作家Aは、悪の作家Bの代作をしていた(*→〔盗作・代作〕5)。肺病で死の近いBは、「僕の全集を編纂してくれ」とAに遺言する。ところが臨終の時、Bは「僕が悪かった。この前の遺言は嘘だ。作品をすべて君に返そう」と、Aに第2の遺言をする。Bの死後、Aは、第1と第2のどちらの遺言に従うべきか考えた末、第1の遺言に従ってBの全集を刊行した。それが最もAの良心に疚(やま)しくない道だったからである。勝ったのはAだろうか? Bだろうか?

★5.女神の遺言。

穀物の神・矮姫(サヒメ)の伝説  穀物の神・大食之姫(オオゲツヒメ)が死ぬ時に(*→〔食物〕11)、我が子・矮姫を呼んで遺言した。「お前は人並みならぬ小さな身体で、これから苦労するでしょう。私が死んだら、私の身体に穀物の種が生えます。その種を持って安国(やすくに)へ行きなさい」。矮姫は遺言に従い、日本へ渡ってさまざまな種をまいた(島根県那賀郡三隅町)→〔小人〕1b。  

 

*遺言にしたがわない→〔極楽〕4の『死ぬなら今』(落語)。

*したがってほしくない遺言→〔あまのじゃく〕6

 

 

【誘拐】

★1.子供を誘拐して殺す。

『氷点』(三浦綾子)「灯影」  日雇い人夫佐石の内妻コトは、女児を出産すると同時に死んだ。夏祭りの午後、佐石は赤ん坊を家に残して、川へ泳ぎに出かけた。辻口家の3歳のルリ子が家から出て来たのを見て、かわいかったので、川まで連れて行った。しかしルリ子が泣き出したため、佐石はルリ子の首をしめて殺した〔*父辻口啓造は「佐石の娘を引き取って育てよう」と考える〕。

★2a.子供を誘拐し、身代金を得る。

『天国と地獄』(黒澤明)  インターンの竹内は、豪邸に住む会社重役権藤の子供の誘拐をくわだて(*→〔人違い〕2)、巨額の身代金を手にするが、やがて逮捕される。彼は、共犯の2人を口封じのために殺していたので、裁判で死刑が確定する。竹内は権藤に会いたいと望み、面会に来た権藤に言う。「私の3畳のアパートからは、あなたの家は天国に見えた。見ているうちにあなたが憎くなってきて、その憎悪が生きがいみたいになったんです」。

★2b.誘拐犯から要求された身代金を、犯人逮捕の懸賞金にする。

『身代金』(ハワード)  会社社長トムの1人息子・9歳のショーンが誘拐され、犯人一味が200万ドルを要求する。トムは「犯人は金を得たら、ショーンを殺してしまうだろう」と考え、身代金支払いを断固拒否する。彼は「200万ドルを身代金ではなく、犯人逮捕の懸賞金として出す」と宣言し、さらに金額を400万ドルに増額する。犯人一味のリーダーは、仲間3人を殺して彼らに罪をすべて着せ、自分がショーンを救い出したようによそおって、400万ドルを得ようとする。しかし見破られる。 

★2c.誘拐犯ではなく、誘拐された被害者が、身代金の額を決める。

『大誘拐』(岡本喜八)  大金持ちの柳川とし子刀自(とじ)を、3人組の若者が誘拐する。身代金5千万円を要求するつもりだったが、刀自は「百億円要求せよ」と、3人組に命じる。80歳の刀自は、自分が死ねば巨額の相続税を国に取られることを思い(*→〔病気〕5)、損害を少しでも減らすべく、百億円を隠そうと考えたのである。柳川家の親孝行な子供たちは、百億円を工面して3人組に与える。3人組は「これからは真面目に働こう」と改心し、百億円をそのまま刀自に渡す。刀自は庭のお堂の下に、百億円を埋めて保管する。

★3.親の口を封じるために、息子を誘拐する。

『知りすぎていた男』(ヒッチコック)  医師ベンは、妻ジョー・息子ハンクと旅行中に、某国首相の暗殺計画を知る。暗殺者一味はハンクを誘拐し、「暗殺計画を警察に話したら息子を殺す」と、ベンを脅す。ハンクは大使館の一室に監禁される。ジョーは首相の命を救い(*→〔暗殺〕2b)、大使館のパーティーに招かれる。有名な歌手でもあるジョーは、愛唱歌「ケ・セラ・セラ」を歌う。ハンクが口笛でそれに唱和し、自分の居所を知らせる。

★4.若い娘を誘拐する。

『コレクター』(ワイラー)  蝶の収集家である孤独な青年フレディは、賭けで大金を得て、郊外に一軒家を買う。彼は、町で見かけて目をつけていた美術学校の女学生ミランダをさらい、監禁する。フレディは、ミランダから尊敬と愛を得たいと考え、4週間をともに過ごす。雨の夜、ミランダは逃げ出そうとして失敗し、肺炎になって死ぬ。フレディは「ミランダはインテリ女だから、うまくいかなかったのだ」と思い、もっと普通の娘を捜しに、町へ出かける。

*「駆け落ち」と言って若い娘をだまし、誘拐する→〔駆け落ち〕4の『梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)』(河竹黙阿弥)。 

*「若い娘が誘拐された」と思ったら、駆け落ちだった→〔駆け落ち〕6の『黒手組』(江戸川乱歩)。 

★5.花嫁を誘拐する。

『ルスランとリュドミラ』(プーシキン)第1歌  ウラジーミル大公の娘リュドミラと勇士ルスランの婚礼の宴が、はなやかに行なわれる。初夜の床に魔法使いチェルノモールが侵入し、リュドミラをさらって行く。大公はルスランを叱責し、「娘を連れ戻した者に帝国の半分を与えて、娘の婿としよう」と宣言する。「リュドミラを得たい」と願っていた3人の騎士が名乗りを上げ、ルスランとともに4人で、リュドミラを捜しに出発する。

★6.UFOが地球人を誘拐する。

『スローターハウス5』(ヴォネガット)  1967年、45歳のビリーは、UFOによって誘拐され、トラルファマドール星へ運ばれた。ビリーは動物園の檻に入れられ、地球人の女優モンタナをあてがわれて、何年か暮らした後に、地球へ戻された。トラルファマドール星人は時間の歪みを用いてビリーを誘拐したので、地球人からは、ビリーはただの1秒も地球を離れなかったように見えた→〔未来記〕3

UFOに誘拐されて(ブレードニヒ『ヨーロッパの現代伝説 悪魔のほくろ』)  1962年2月のある晩。16歳の少年が、東独シュテンダル近郊の小さな湖でスケートをしていた。突然、月の左わきに光が見え、湖の上へ降りて来る。少年は好奇心にかられ、7色に輝く発光体めがけて走って行き、意識を失った。しばらく後、両親が、湖の氷の上に横たわる少年を発見した。少年は「UFOに誘拐され、身体を検査された」と語った→〔催眠術〕7。 

 

 

【遊女】

 *近代の遊女については→〔娼婦〕 

★1.賤しい職業の男が、高嶺の花の遊女を見そめる。

『今古奇観』第7話「売油郎独占花魁」  油売りの秦重は花魁の王美娘を見そめ、1年余をかけて大金16両をため、王美娘の客になる。しかしその夜、王美娘は他の客の座敷で泥酔し、眠ってしまう。秦重は「一晩おそばにいただけで満足です」と述べて帰る〔*その後、秦重は商売が順調で暮らし向きも良くなり、悪漢にひどい目にあわされた王美娘を救い、晴れて2人は夫婦になる〕。

『好色一代男』(井原西鶴)巻5「後は様付けて呼ぶ」  京都七条通りの小刀鍛冶の弟子が、島原の吉野太夫を見そめ、毎夜1本ずつ53日間小刀を打って、揚げ代53匁をためる。しかし廓には「太夫は身分賤しい者とは逢わぬ」という掟があるので、男は悔しがる。これを知った吉野太夫は男を呼び入れ、思いを遂げさせる〔*世之介が吉野太夫の心意気に感じ、彼女を身請けして正妻にする〕。 

『紺屋高尾』(落語)  染物職人の久蔵が、吉原の高尾太夫に思いを寄せ、初会の揚げ代10両を3年かけて貯める。初対面の挨拶で高尾から「今度はいつ来てくんなます?」と問われた久蔵は、「丸3年たたなきゃ来られない」と泣く。わけを知った高尾は心うたれ、翌春の年季明けを待って久蔵と結婚し、2人は紺屋夫婦となって仲良く働く。

『猿源氏草紙』(御伽草子)  鰯を売り歩く猿源氏が、京の五条の橋で遊女蛍火を見そめ、恋わずらいになる。鰯売りの身分では蛍火と逢う見込みがないので、猿源氏は、「関東から上洛した大名宇都宮弾正だ」と、身分をいつわって、蛍火と契りをかわす→〔寝言〕1

★2.遊女殺し。

『五大力恋緘(ごだいりきこいのふうじめ)(並木五瓶)第2〜3幕  主家の重宝「猛虎の剣」の行方を捜す薩摩源五兵衛は、笹野三五兵衛のもとにその剣があるとにらみ、愛人の芸子・菊野(「小万」の名で演ぜられることもある)を三五兵衛に近づけて探らせる。しかし源五兵衛は、菊野の三味線に書かれた「三五大切」の文字(*→〔書き換え〕2)を見て、菊野が三五兵衛に寝返ったと誤解し、彼女を殺す〔*後、源五兵衛は三五兵衛を斬って『猛虎の剣』を取り戻し、その功で、菊野殺しの罪を赦される〕。

『仙台高尾』(落語)  仙台侯が、花魁高尾を7千8百両で身請けする。しかし高尾には、二世を誓った夫・浪人島田重三郎がいるので、仙台侯の意のままにならない。舟遊びの折、聞こえてくる謡曲の鼓の掛け声に合わせるごとく、高尾が「いやぁ」と拒絶するので、仙台侯は「ぽんぽん」と高尾を斬ってしまった。  

★3.娼妓が男をだます。

『李娃伝』(白行簡)  名家の青年が科挙受験のため長安に行き、美女・李娃に一目ぼれして同棲する。ところが李娃は娼妓であり、1年余にわたって青年に散財させたあげく、姿をくらます。だまされたと知った青年は病臥し、葬式人夫になり(*→〔歌〕8b)、さらに乞食にまで身を落とす。ある雪の日、青年が物乞いに訪れた家に李娃がおり、彼女は乞食姿の青年を見て、過去の自分の仕打ちを反省する。その後は、李娃は青年の妻として献身的に世話をし、彼を励まして科挙にも合格させる。

*客を嫌って死んだふりをする遊女と、客を恋して死んでしまう遊女→〔墓〕9の『お見立て』(落語)・傾城岩の伝説。

★4a.遊女の本体は菩薩であった。

『撰集抄』巻6−10  「室(=兵庫県室津)の遊女の長者(=娼家の女主人)は普賢菩薩である」との夢告を得て、性空上人が長者のもとを訪れる。長者と遊女たちの歌舞を前にして、性空上人は目を閉じる。すると、普賢菩薩が白象に乗って、尊い法文を説くありさまが現出する。目を開けて見れば長者、目を閉じれば普賢菩薩である。この長者は遊女として年月を送ったのだが、誰も、彼女が生身(しょうじん)の普賢菩薩とは知らなかった。性空上人が暇(いとま)を告げて娼家を出るとまもなく、長者は死んだ〔*『古事談』巻3−95の類話では、神崎(=尼崎市)の長者〕。 

*僧と遊女→〔僧〕2

★4b.菩薩のごとき心の遊女。

『手紙 二』(宮沢賢治)  卑しい職業の女ビンヅマティーが祈りによって、ガンジス河を逆流させる。驚いたアショウカ大王が、「そちのような、みだらで罪深い者に、どうしてそんな力があるのか」と問う。ビンヅマティーは答える。「武士族の尊いお方でも、いやしい穢多でも、私を買って下さる方であれば、私は等しく敬ってお仕えします。このまことの心が、ガンジス河を逆さまに流れさせたわけでございます」。 

★5.老人に身請けされることを望む遊女。

『老人』(志賀直哉)  ある遊女に、2人の金持ちの客があった。1人は金鉱を持つ45〜46歳の男、1人は老舗の隠居で72歳の老人だった。2人がその遊女を身請けしようと言い出した時、遊女は72歳の老人を選んだ。老い先の短い人の方が良かったのである。

 

 

【幽霊の有無】

 *関連項目→〔霊〕

★1.幽霊のあるなしの議論。

『捜神記』巻16−3(通巻378話)  阮瞻は、「幽霊は実在しない」とつねづね主張していた。ある時、訪れた客と議論になり、阮瞻は客を論破した。言い負かされた客は怒り、「なぜ貴方は幽霊の存在を認めないのか。この私が幽霊なのですぞ」と言って消えた。

『捜神記』巻16−4(通巻379話)  尋陽の司令官宅に寄宿する居候は、「幽霊は実在しない」という論を唱えていた。ある時、訪れた客と議論をし、居候は客を言い負かした。客は「貴方は弁が立つが道理に欠けている。私こそ幽霊ですぞ」と言い、「貴方を冥府へ連れて行くために来た」と告げた。

★2.「幽霊はいない」と論ずる幽霊。

『閲微草堂筆記』「ラン陽消夏録」7「幽霊はいないと言う幽霊」  夜、2人の男が藪の茂る荒地を歩き、「墓場には幽霊が多い」と話し合う。老人がやって来て、「幽霊など存在しない」と言い、理路整然と陰陽の原理を説く。2人が感心すると、老人は「冥界の私は、話し相手を求めて、仮に『幽霊はない』という議論をしてみたのだ」と言って消えた。

★3.目前の幽霊が実在するのか、ただ幻覚を見ているだけなのか、わからない。

『ねじの回転』(ジェイムズ)  独身女性の「わたし」は、住み込み家庭教師となり、孤児兄妹(10歳たらずのマイルズと8歳のフローラ)の世話をする。屋敷内で「わたし」は、前任の女家庭教師と下男の幽霊をしばしば見る。ところがマイルズもフローラも、幽霊などいないかのごとくふるまうので、「わたし」は、「子供たちは幽霊と何らかの関わりがあって、わざと見えないふりをしているのだ」と、思う〔*しかし「わたし」1人が、幻覚を見ているだけかもしれない〕。

*赤ん坊の幽霊、あるいは父親の幻想→〔赤ん坊〕10の『空の怪物アグイー』(大江健三郎)。 

 

 

【誘惑】

★1.神女もしくは魔性の女の誘惑。

『歌の本』(ハイネ)「帰郷」2「どうしてこんなに」  ライン河岸のローレライの岩に乙女が腰をかけ、金髪を梳りつつ歌をくちずさむ。そのメロディーを聞く舟人は心乱され、暗礁も眼に入らず、ただ乙女を仰ぎ見る。ついには舟も舟人も、波に呑まれてしまう。

『オデュッセイア』第12巻  人面鳥身の魔女であるセイレンたちは、島の草原にすわり、美しい歌声で船乗りたちを誘い寄せる。歌声を聞いた人々はもはや家郷へ帰ることあたわず、死なねばならない。セイレンたちの周囲には、腐りゆく死骸の白骨がうず高く積もっている〔*しかしオデュッセウスは知略によって、無事にセイレンの歌を聞くことができた〕→〔分割〕7

『今昔物語集』巻29−3  夕暮れ方、30歳ほどの赤鬚の男が通りかかるのを、ある家の半蔀(はじとみ)から手を差し延べて招く。男は、招かれるままに家に上がりこみ、簾の中にいた20歳余りの美女と夫婦になる。やがて、男は女の指図に従い、盗賊団の一員となって働くようになる。

『仕事と日』(ヘシオドス)  ゼウスが人間に災厄を与えるために、美女パンドラをエピメテウスのもとへ送る。愚かなエピメテウスは「ゼウスからの贈り物はうけとるな」という兄プロメテウスの忠告にもかかわらず、パンドラを妻として災いを招く。

『丹後国風土記』逸文  水の江の浦の嶼子(=浦島)の釣り上げた五色の亀は美女に変じ、「貴方と末永く添い遂げたい。一緒に蓬山(とこよのくに)へ行きましょう」と誘う。嶼子は女の言葉に従う(与謝郡日置里筒川村)。

『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」  神々が、兄弟の悪魔スンダとウパスンダを滅ぼすために天女ティロッタマーを造り出す。彼女がスンダとウパスンダの所へ行って誘惑すると、2人の悪魔は、この美女を自分のものにしようと棍棒で殴り合い、ともに倒れて死ぬ。

*愛の女神ヴェヌスの誘惑→〔穴〕1の『タンホイザー』(ワーグナー)第1幕。

★2a.英雄が女に心を奪われ、本来の任務を忘れる。

『アエネーイス』(ヴェルギリウス)第4巻  トロイア陥落時、アエネーアスは部下たちとともに船で脱出し、海上を7年間彷徨した後、カルタゴの女王ディードーと結ばれる。しかしカルタゴにとどまろうとするアエネーアスに、伝令神メルクリウス(ヘルメス)が新国家建設の使命を思い出させる。アエネーアスはディードーを捨ててイタリアへ出発する〔*ディードーはアエネーアスを恨み、かつてアエネーアスから贈られた剣で自殺する〕。

『三国志演義』第55回  劉備は呉の孫権のもとへ赴き、その妹を妻としてめとる。彼は孫権の計略にはまり、女色と遊興にうつつをぬかして荊州へ帰ることを忘れる。趙雲が「曹操の軍が荊州へ押し寄せた」といつわり、出発をうながす。

『春秋左氏伝』僖公23年  故国晋を離れ、諸国をさすらい雌伏の時をすごしていた文公重耳は、斉の国で妻を得たため、安楽な暮らしに満足して斉にとどまろうとする。部下たちが重耳を酔わせ、車に乗せて国外へ連れ出す〔*『史記』「晋世家」第9に類話〕。

*女人国レムノス島での誘惑→〔女護が島〕3aの『アルゴナウティカ』(アポロニオス)第1歌。

★2b.傾国の美女を用いて、帝王の心を惑わす。

楊貴妃の伝説  唐の玄宗皇帝は、東海の楽土(=日本)を攻め取る夢を持っていた。熱田の神が、傾国の美女・楊貴妃を唐へ送り(*熱田の神自身が変身して楊貴妃となったともいう)、玄宗皇帝の心を惑わして、彼の野望を捨てさせた。安禄山の乱で楊貴妃は殺され、彼女の魂は唐土から日本まで飛んで来て、熱田の地にとどまった。かつては、熱田神宮本殿の西北方に楊貴妃の塚があったという(名古屋市熱田区)。 

★3a.超人的な力を持つ男が、誘惑に負けて女と交わり、力を失う。

『ギルガメシュ叙事詩』  粘土から造られたエンキドゥは、山野で獣たちとともに暮らしていた。ウルクの王ギルガメシュが、エンキドゥの力を奪うために、宮殿の遊び女を派遣する。女が裸身を示して誘惑すると、エンキドゥは彼女を抱く。その結果エンキドゥには人間らしい心が芽生えるが、代わりに力を失い、仲間の獣たちも彼を捨てる。

『今昔物語集』巻5−4  一角仙人が龍王を水瓶に閉じこめたため、旱魃が続く。大臣の計略で多くの美女が一角仙人のもとを訪れ、色香に迷った一角仙人はそのうちの1人と交わる。たちまち一角仙人の神通力は消え失せ、龍王が水瓶を破って昇天し、大雨を降らせた。

*闘牛士が悪女の誘惑に負けて、腕が鈍り、牛に突き殺される→〔牛〕7bの『血と砂』(ニブロ)。

★3b.謹厳実直な男が、女ゆえに身を滅ぼす。 

『雨』(モーム)  牧師デイヴィドソンは妻とともに、南洋の島々で住民を教化しようと尽力する。デイヴィドソンは、ホノルルの風俗街から流れて来た女サディをも改心させるべく、彼女を非難し、脅し、数日間女の部屋で一緒に祈り、聖書を読む。降り続く雨で精神の平衡を失った牧師は、サディと関係を持ってしまい、自殺する。

『嘆きの天使』(スタンバーグ)  ギムナジウムの中年独身教授ラートは、学生たちがナイトクラブ「嘆きの天使」に出入りしていることを知り、彼らを堕落から救おうと、店へ乗り込む。ところがラートは、踊り子ローラに心を奪われ、自らが「嘆きの天使」の客になってしまう。ラートは教授職を解任され、ローラと結婚し、芸人一座の一員となる。ついには道化師として舞台に立たねばならなくなり、しかもローラには新しい愛人ができていた。ラートは怒りと屈辱の中で窮死した。 

『日本永代蔵』巻1−2「二代目に破る扇の風」  一代で財を築いた長者の二代目の男は、親以上の倹約家だった。ある時、男は路上で手紙を拾う。それは客が女郎にあてた手紙で、中に1分金(いちぶきん)が入っていた。男は手紙と金を遊郭まで届けるが、あて名の女郎に会えなかったので、「一生の思い出に、この金で1度だけ遊ぼう」と思う。それがきっかけで運命が狂い、男は遊びの味を覚えて、数年で親の遺産を使い尽くした。

★4.女の誘惑に負けなかった男の物語もある。

『過去現在因果経』巻3  魔王が美しい3人の娘を、菩提樹下に結跏趺坐する釈迦のもとに送り、誘惑してその成道を妨げようとする。しかし釈迦は彼女らをしりぞけ、悟りを開く〔*『今昔物語集』巻1−6に類話〕。

『チャンス』(太宰治)  「恋愛はチャンスだ」と教える人が多いが、「私」は「恋愛は意志だ」と思う。弘前高校の1年生の時、宴会で「私」は芸者お篠に誘惑された。お篠は「私」を料亭へ案内し、旅館へ連れて行き、「私」が蒲団にもぐり込んでいる枕元に坐って、いろいろ話しかけた。そのうち「あたしを、いやなの?」と聞くので、「私」は「いやじゃないけど、眠くって」と答えた。お篠は「それじゃまたね」と言って、帰って行った。チャンスがあっても、意志がなければ恋愛は成立しないのだ。

*→〔宿〕7bの『高野聖』(泉鏡花)。

★5a.神・仏・僧などが女に化身し、あるいは女を送って、男の心を試すために誘惑する。誘惑に乗る男も乗らぬ男もいる。

『宇治拾遺物語』巻13−14  聖僧優婆崛多が「女人に近づくな」と弟子を戒め、弟子もそれを誓う。ある時、弟子は、川に流される女を救うべくその手を取って引き上げ、心乱れて女を犯そうとする。女はたちまち優婆崛多に変わり、弟子は恥じ入るが、彼はこれを契機に悔い改め、阿那含果を得る。

『西遊記』百回本第23〜24回  取経の旅をする三蔵法師・孫悟空・猪八戒・沙悟浄の4人が、一軒の家に宿を請う。そこには36歳の寡婦、20歳・18歳・16歳の3人娘が住み、「財産も多いので、三蔵ら4人を婿に取って安楽に暮らしたい」と言う。八戒が誘いに乗って娘を3人とも手に入れようとするが、たちまち縛られる。4人の女は黎山老母・観音菩薩・普賢菩薩・文殊菩薩の化身で、三蔵らの道心を試したのだった。 

『千一夜物語』「羊飼いと乙女の挿話」マルドリュス版第147夜  アラー神が老羊飼いの徳を試すために、美しい処女を送る。老羊飼いは、どのような甘言にも心を動かさず、かえって彼女をののしる。処女は祝福の言葉を残して去る。

『雑談集』(無住)巻7−2「法華ノ事」  若い女が、曇翼法師の寺に宿を請う。夜、女は腹を病んで曇翼に「我が腹・臍の辺をなでさすり給え」と言う。曇翼は手巾を巻いた錫杖を用い、女に触れない。翌朝、女は普賢菩薩となり「汝の心を見るに、水中の月の如し」と賞して空へ上る。

★5b.仏や僧が女に化身し、誘惑に乗る男をそのまま仏道へ導く。

『古本説話集』下−60  大和国の長者の姫君が、門番女の息子・真福田丸(まふくたまろ)から思いを寄せられたので、「祈祷僧となって近づけ。そうすれば密会できる」と教える。真福田丸は学問をし、僧になり、修行に出る。その間に姫君は病死し、真福田丸は道心を起こして、智光という尊い上人となって往生する。実は姫君は、真福田丸を仏道に導くために、行基菩薩が生まれ変わった姿だった〔*→〔転生する男女〕4bの『今昔物語集』巻11−2に類話〕。

『今昔物語集』巻17−33  遊び好きの青年僧が、一夜の宿を請うた家の未亡人に心奪われる。未亡人は「夫に持つなら只人でなく、学僧が望ましい」と言うので、僧は3年間学問に励み立派な学僧となって、いよいよ未亡人を抱こうとするが、疲れで眠りこみ、目覚めると野中に寝ていた。未亡人は、僧を仏道に導くために虚空蔵菩薩が化身した姿だった。

 

 

【雪】

★1.雪に難渋して宿を求める。

『青柳のはなし』(小泉八雲『怪談』)  君命で能登から京都へ向かう若侍が、吹雪の山道を行くうち夜になり、柳の木の近くの一軒家に宿を借りる。その家には老人夫婦と青柳という美しい娘がおり、若侍は青柳に求婚し、妻としてもらいうける。しかし青柳は柳の精だった→〔木〕5

*身延山参りの旅人が雪道に迷い、宿を求める→〔三題噺〕1の『鰍沢』(落語)。

*2人の木こりが、吹雪のため小屋に宿る→〔雪女〕1の『雪おんな』(小泉八雲『怪談』)。

★2.雪の夜に、神仏またはそれに等しい存在が身をやつして訪れ、福を授ける。

『笠地蔵』(昔話)  雪の降る年越しの夜の明け方、6体の地蔵が「6体の地蔵さ、笠取ってかぶせた爺あ家はどこだ、婆あ家はどこだ」と歌いつつ、橇を引いて来る。爺婆が「ここだ」と答えると、地蔵たちは宝物の袋を投げこんで帰って行く〔*仏教説話では、地蔵や観音は、普通の人間の姿に化身して人を助け、後にそれが地蔵・観音であったことがわかる、という形をとるのが一般的であるが、『笠地蔵』は異例で、地蔵の姿のまま、やって来る〕。

『鉢木』(能)  同族の者に所領を奪われ、貧しく暮らす佐野源左衛門常世の庵に、大雪の夜、旅の修行僧(=実は鎌倉幕府の執権北条時頼)が宿を請う。常世は旅僧の正体を知らぬまま、秘蔵の梅・桜・松の鉢の木を焚いてもてなし、幕府への忠義の心を語る。鎌倉へ帰った北条時頼は、武士たちを召集して忠誠心を試し、真っ先に駆けつけた常世に、梅・桜・松の鉢の木にちなんで、梅田・桜井・松枝の荘園を与える。

★3.雪と足跡。

『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第20章  トリスタンは寝室を抜け出して、マルケ王妃イゾルデのいる建物まで行き、密会する。ところがその夜は道が雪でおおわれ、月も照っていたので、内膳頭マリョドーが足跡を見つけ、トリスタンとイゾルデの関係をマルケ王に教える。

『本陣殺人事件』(横溝正史)  一柳賢蔵は婚礼の晩に、屋敷内の離れ家で新妻を殺して自殺する。彼は、賊が自分たち夫婦を殺して逃げたように見せるため、雨戸を開けておくが、その時、外には雪が一面に積もっていた。雪の上に足跡がなければ雨戸を開けても無意味だ、と賢蔵は思い直して雨戸を閉め、やむなく密室殺人事件の形にする→〔初夜〕3

*雪を降らせて足跡を隠す→〔足跡〕1bの『跡隠しの雪』(昔話)。

*雪に足跡が残らないように工夫する→〔足跡〕2の『ドイツ伝説集』(グリム)457「エギンハルトとエマ」。

★4.積もった雪が村全体を隠す。

『ほらふき男爵の冒険』(ビュルガー)「ミュンヒハウゼン男爵自身の話」  ロシア目指して旅をする「ワガハイ(ミュンヒハウゼン男爵)」は、一面の雪野原で夜をむかえた。雪から突き出た木に馬をつなぎ、「ワガハイ」は雪中に寝ころんで熟睡する。翌朝目覚めると、「ワガハイ」は村の墓地に寝ており、馬は教会の高い塔からぶらさがっていた。昨夜は村全体が雪に埋もれており、「ワガハイ」が馬をつないだ木は、教会の塔の先端だった。

★5a.雪だるまが死体を隠す。

『半七捕物帳』(岡本綺堂)「雪達磨」  大雪の夜。贋金使いの悪人たちの内輪もめで、1人が興奮して頓死する。仲間たちは役人の調べを恐れ、巨大な雪だるまを作って死体を隠す。しかし2週間ほどして雪は溶け出し、悪人たちは半七に捕らえられる。小細工をせず死体を外へ捨てておけば、行き倒れということで済んだかもしれなかった。

★5b.雪だるまの恋。

『雪だるま』(アンデルセン)  子供たちが、お屋敷の庭に雪だるまを作る。番犬が雪だるまに、地下室の暖かいストーブのことを話すと、雪だるまはストーブを恋い慕い、「ぼくの体の中が妙にミシミシ言う。何とかして彼女(ストーブ)の所へ行きたいものだ」と願う。やがて雪どけ模様になって、雪だるまはくずれ、中からストーブの火掻き棒があらわれた。番犬は、「火掻き棒を芯にして作った雪だるまだから、あんなにストーブにあこがれたんだ」と悟った。

★6.雪山。

『銀嶺の果て』(谷口千吉)  銀行強盗の野尻・江島・高杉が、冬の北アルプスに逃げ込む。高杉は雪崩に流され、野尻と江島は山小屋にたどり着く。そこにいた登山家の本田に道案内をさせて、野尻と江島は山越えをしようとする。山に慣れない2人が滑落しかけるのを、本田はザイルで助け上げる。その時本田は骨折し、動けなくなる。江島は本田を見捨てて行こうとするが、野尻は「そんな恩知らずなことはできぬ」と言う。2人は格闘し、江島は谷底へ落ちる。野尻は本田を背負い、山小屋へ戻る。

『八甲田山』(森谷司郎)  日露開戦に備え、雪中での行軍・戦闘研究のために、明治35年(1902)1月、青森と弘前の部隊が、北と南から厳寒の八甲田山に入る。青森隊は210名の大部隊だったが、猛烈な暴風雪に見舞われ、方向を見失う。「前進」「帰営」と指揮も乱れ、兵たちは雪の中に倒れ、死んでいった。生存者はわずか12名、大隊長山田少佐は拳銃自殺した。一方、弘前隊は少数精鋭の27名編成で、周到な準備のもと、無事に八甲田山を踏破する。しかし2年後の日露戦争で、彼らは全員戦死した。

★7.真夏の雪。

『キリシタン伝説百話』(谷真介)100「雪の三タ丸屋(サンタマルヤ)」  るそんの国の王様が、貧しい大工の娘・丸屋に求婚する。丸屋は、「私は一生びるぜん(処女)でいることを神様に誓った身です(*→〔処女〕4)」と言って、天に祈る。すると、暑い6月(旧暦)なのに雪が降り出し、みるまに5尺も積もった。天から花車が降りて来て、丸屋を天へ連れて行った。雪の日に昇天した丸屋は、神様から「雪の三タ丸屋」という名をもらった→〔恋わずらい〕4b

 

*雪崩を起こす→〔怪物退治〕6の『ゴジラの逆襲』(小田基義)。

 

 

【雪女】

★1.雪女と結婚する。

『雪おんな』(小泉八雲『怪談』)  木こりの茂作と巳之吉が吹雪におそわれ、河の渡し守りの小屋に難を避けて眠る。巳之吉が寒さで目ざめると、茂作は冷たくなっており、白い女が巳之吉に「お前は若いから助けてやる。今夜見たことは誰にも話すな」という。後、巳之吉は知らずしてその女と夫婦になる。

★2a.雪女を風呂に入れたら、消えてしまった。

『雪女房』(昔話)  冬の朝、男が軒のしがま(=つらら)を見て、「あんな細くてきれいな嫁が欲しい」と呟く。その夜、美しい娘が訪れ、男は娘を嫁にする。嫁は入浴をいやがるが、男が無理に風呂に入れると、櫛と簪を残して嫁は消え失せた(青森県南津軽郡。*『百物語』(杉浦日向子)其ノ29に類話)。

★2b.雪むすめを火に近づけたら、消えてしまった。

『雪むすめ』(ロシアの昔話)  おじいさんとおばあさんが、庭の雪を丸めて雪むすめを作る。雪むすめは歩き出し、見る見る成長して、美しい女の子になる。春が来て夏が来るが、雪むすめは外で遊びたがらない。夏の夜、近所の少女たちが、焚火の上を跳び越える遊びをして、雪むすめを誘う。雪むすめはためらいながらも、思いきって火の上を跳ぶ。白い湯気が立ち昇り、雪むすめは消えてしまった。

★3.抱くだけで消えてしまう雪女もいる。

『雪の女』(星新一『マイ国家』)  冬の山小屋にこもる男のもとを、雪女が訪れる。雪女は「私の身体は春に気化して霧状となり、冬に凝結してもとに戻る」と説明する。男の勧めるワインを飲み、雪女は暑がって裸になる。しかし男が抱こうとすると、雪女は消えてしまった。それから毎晩、雪女は来る。男が抱くと、雪女は消える。男は「自分が狂うのと春になるのと、どっちが先か?」と考える。

★4.雪女と話をすると殺される。

雪女(水木しげる『図説日本妖怪大全』)  夜、吹雪の山道を猟師の父子が歩いていると、前方から人が来る。父は「向こうから人が来るが、けっして言葉を交わしてはならんぞ」と子供に言う。その人は赤い縞模様の着物を着た、顔の白い女で、じっと2人を見つめていたが、やがて足早にすれ違い、吹雪の中に消えた。父は「あれは雪女で、言葉を交わすと食い殺されるのだ」と子供に教えた。 

★5.雪女郎を見ると死ぬ。

雪女郎の話(今野圓輔『日本怪談集妖怪篇』下)  新潟地方の雪山で、大学のスキー合宿があった時のこと。夜の練習の後、ベテランのFさんが1人で滑っていて、雪女郎に出会った。ものすごい美人で、天女のごとくフワフワ歩き、Fさんを見てにっこり笑う。雪の上には、まったく足跡がつかない。Fさんはゾッとして山小屋へ逃げ帰った。「雪女郎を見ると1年以内に死ぬ」と言われるが、Fさんもそれから1年後にぽっくりと死んだ。

★6.雪の精を見ても死なない。

『雪』(能)  諸国一見の僧が摂津国野田の里に来かかると、にわかに空が曇り、雪が降ってくる。雪の中から女が現れたので、僧は「雪の精か?」と問いかける。女は「自分の姿すらわからずに迷っている者です。仏法の力で私を成仏させて下さい」と請う。月下に袖を翻して、女は舞う。やがて朝になり、女はどこへともなく姿を消す。

★7.男に裏切られた女が、雪女と化す。

『帰ッテキタせぇるすまん』(藤子不二雄A)「日光雪女」  29歳のまことと、44歳の冬子のカップルが、冬の日光を訪れる。喪黒福造が「男は金目当てだ」と見抜いて、冬子のリュックサックの現金800万円をバラまく。まことは「おれの金だぞーっ!」と叫んで、吹雪に舞い散る紙幣を追う。喪黒は冬子に、「あなたは愛もお金も失ったのです。あなたの行く道は1つしかありません」と告げる。冬子は雪女と化し、「まことさーん! こっちへおいでー!」と、彼を異世界へ誘う。

 

 

【行方不明】

★1.若い女が行方不明になる。

『浅茅が露』  中納言の胤を宿した姫君は、親代わりの兵衛大夫の邪恋から逃れるべく、太秦に参籠し、さらに西の京に身を隠す。中納言も兵衛大夫も、姫君の失踪に悲嘆する。

『失われた時を求めて』(プルースト)第5篇「囚われの女」〜第6篇「逃げさる女」  「私」はアルベルチーヌとパリで同棲しつつ、「彼女は同性愛者ではないか」と疑い、嫉妬の感情に苦しむ。「私」はアルベルチーヌの行動を監視するが、ある朝、「私」が眠っている間に彼女は姿を消す。「私」はアルベルチーヌの行方を捜し、何とかして連絡を取ろうとする。しかし彼女の叔母から、「アルベルチーヌが落馬事故で死んだ」との電報が届く。

『源氏物語』「帚木」  頭中将の愛人(夕顔)は、頭中将の妻(右大臣の四の君)から脅迫じみたことを言われたなどのことがあって、幼い女児とともに突然姿を消し、行方知れずになる。五月雨の夜、頭中将は、行方不明の愛人のことを光源氏に語る〔*行方知れずの女・夕顔は、五条の陋屋に住み、光源氏と関係を持つが、まもなく死去する。遺された女児は乳母に連れられ、九州へ下る〕。

『源氏物語』「浮舟」  浮舟は、薫と匂宮の双方と関係を持ち、板ばさみになって苦悩する。彼女は入水を決意して宇治の山荘から姿を消す〔*後、浮舟が比叡坂本の小野に生存していることを薫は知るが、会えぬままに物語は終わる〕。

『狭衣物語』巻1  狭衣は、法師に誘拐される飛鳥井の女君を救い、以後、身分を隠して女君のもとへ通う。しかし式部大夫が女君に言い寄り、乳母と手を組んで女君を連れ出して、筑紫行きの船に乗せる。女君が突然行方知れずになったので、狭衣は嘆き悲しむ〔*3年後、狭衣は女君の兄僧に出会い、彼女の消息を聞く〕→〔入水〕3

『小夜衣』中巻  按察使大納言の姫君が帝に恋慕され、これを憎む継母が乳母子民部少輔に命じて姫君を監禁させる。行方知れずの姫君を思って、帝も、姫君の愛人である兵部卿宮も、途方に暮れる〔*後、民部少輔の妻の援助で姫君は救い出され、兵部卿宮と結ばれる〕。

★2.若い男が行方不明になり、何年か後に再び姿を現す。

『嵐が丘』(E・ブロンテ)  浮浪児ヒースクリフは、アーンショー氏に拾われる。アーンショー家の長男ヒンドリーはヒースクリフを虐待するが、長女キャサリンはヒースクリフと心を通わせ合う。しかし年月を経て、キャサリンが近隣のエドガー・リントンと婚約したため、ヒースクリフは「裏切られた」と思い、家を出て姿を消す〔*3年後にヒースクリフは富裕な紳士として戻って来る。彼はヒンドリーに復讐し、キャサリンに言い寄る。しかしヒースクリフとキャサリンは、この世では結ばれない〕。

『苔の衣』  苔の衣の大将の妻は、若君・姫君を残して28歳で死去する。大将は悲嘆の余り比叡山の奥に籠もり出家して、行方知れずになる。24年後〔*年立を作って計算すると11年後〕、中宮となった姫君が病気で重態に陥り、それを知った大将は下山して加持し、姫君を救う。

『金色夜叉』(尾崎紅葉)中編第4章  1月17日の夜、間貫一は熱海の海岸で鴫沢宮に別れを告げ、鴫沢家を出て行方知れずになる。宮は富山唯継に嫁して、4年後に田鶴見子爵邸で思いがけず貫一と再会する。その時貫一は、高利貸鰐淵直行の手代となっていた。

★3.初老の男が行方不明になる。

『駅路』(松本清張)  銀行を定年退職した小塚貞一は、「しばらく1人旅をしたい」と妻に告げて家を出、そのまま行方不明になった。小塚には家へ帰る意志はなく、彼は残りの人生を、愛人の福村慶子と暮らすつもりであった。ところが、慶子は急病で死んでしまった。行き場を失った小塚は、持っていた多額の金をねらわれ、慶子の従妹よし子とその情夫によって殺された。

★4.行方不明の隠蔽。

『半七捕物帳』(岡本綺堂)「狐と僧」  某宗派で内紛が起こり、本山の僧たちが、対立する時光寺の住職を連れ去って本山派の寺に幽閉する。住職が行方不明になれば奉行が厳しく詮議するので、本山の僧たちは世間の目をごまかすために、古狐の死骸に住職の袈裟や法衣を着せて、溝(どぶ)の中に放置する。人々は、「時光寺の住職は古狐が化けていたもので、死んで正体をあらわしたのだ」と考える。

*行方不明を駆け落ちに見せかける→〔隠蔽〕6の『大いなる眠り』(チャンドラー)。

 

 

【ゆすり】

★1.人に言いがかりをつけて、大金を要求する。

『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)(河竹黙阿弥)3幕目「雪の下浜松屋の場」  武家娘(=実は弁天小僧)と供の若党(=南郷力丸)が、呉服屋浜松屋を訪れる。娘は緋鹿子の布(きれ)を懐に入れ、万引きするようなそぶりを見せる。店の男たちが見咎め、娘を袋叩きにして額を傷つける。娘は「これは他店で買った品」と言い、山形屋の商標を示す。店の者が過ちを詫びるが、若党は「すまぬと思うなら、百両出せ」と要求する。

『お染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)(鶴屋南北)2幕目「瓦町油屋の場」  百姓久作が、油屋の番頭と喧嘩をして、額に傷を負った。それを聞いた喜兵衛・お六夫婦は、丁稚久太の死体(*→〔取り合わせ〕4)を久作のように見せかけ、「久作は、喧嘩の怪我がもとで死んでしまった。どうしてくれる」と言って油屋へ乗り込み、百両をゆすり取ろうとする。ところが、死体のはずの丁稚久太は息を吹き返し、さらに、百姓久作本人が油屋へやって来たので、喜兵衛・お六のゆすりは失敗した。

『盲長屋梅加賀鳶(めくらながやうめかがとび)(河竹黙阿弥)3幕目「竹町質見世の場」  質屋伊勢屋の主人与兵衛は、小間遣(こまづかい)お朝の身の上話を聞いて憐れみ、5両を与える。お朝の叔父・目明き按摩の道玄が伊勢屋へ乗り込み、「与兵衛が5両という大金を与えたのは、14歳のお朝を毎晩抱いて寝たからだろう」と言いがかりをつけて、百両をゆすり取ろうとする。そこへ鳶の頭(かしら)松蔵が現れ、「正月15日の夜、按摩が人を殺す現場を見たぜ」と言うと、身に覚えのある道玄は、すごすご帰って行く→〔動物教導〕2

★2.犯罪やスキャンダルに関わりのある人物を脅して、金品を要求する。

『黒革の手帖』(松本清張)  産婦人科の院長・楢林は、堕胎手術等で得た所得を隠すために、架空名義および無記名の預金口座を、複数の銀行の支店に分散して20以上も作っていた。預金総額は、3億2千5百万円にのぼった。銀座の小さなバー「カルネ」のママ原口元子は、楢林の裏預金のリストを手に入れ、「これを公けにされたくなければ、『カルネ』のために5千万円出してほしい」と要求した〔*元子は、銀座で一流の大きなバーのママになるのが夢だった。しかし最後には、金も「カルネ」も失った〕。

『犯人は二人』(ドイル)  ミルヴァートンは、貴族や富裕層の人士が愛人にあてた手紙を手に入れ、それをもとに大金をゆすり取ることを、長年の稼業としてきた。ホームズとワトソンは、ある依頼人を救うために、夜、ミルヴァートンの屋敷へ忍び込み、ゆすりのネタの手紙を盗み出そうとする。ところがその同じ夜、かつてミルヴァートンによって生活を破滅させられた女性が訪れ、ホームズたちが隠れて見ている前で、ミルヴァートンを射殺して去って行った。

『恐喝(ゆすり)(ヒッチコック)  ある夜、雑貨店の娘アリスは殺人を犯し(*→〔濡れ衣〕3b)、現場に手袋を忘れた。アリスの恋人の刑事フランクが手袋の片方を拾い、心配して、翌朝アリスの店に来る。そこへ、もう片方を拾った男が訪れ、「私が拾って良かった。こういう場合、金をせびる者がいる。私にはできない」と言いつつ、店の高級葉巻を要求し、アリスに朝食の用意をさせ、フランクから何枚かの紙幣を受け取る。

*裸身を撮影した写真を示して、金をゆすり取る→〔ホテル〕5の『影男』(江戸川乱歩)、〔唇〕2bの『悪魔の百唇譜』(横溝正史)。

★3a.恐喝する相手が、自分の愛人だった。

『与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)3幕目「源氏店妾宅の場」  仲間の蝙蝠安が「小遣い稼ぎに、和泉屋多左衛門の妾の家へ行く」というので、与三郎もついて行く。蝙蝠安は妾をゆすり、一分銀をもらって満足し、帰ろうとする。与三郎は妾の顔を見て、それがかつての愛人お富だったので驚く。彼はお富と関係を持ったゆえに、全身34ヵ所を斬られたのだった。与三郎は「これじゃあ、一分(いちぶ)じゃ帰(けえ)られねえ」と、ほおかぶりを取って顔を見せ、「お富。お主ゃ俺を見忘れたか」と言う。  

★3b.恐喝する相手が、自分の妻だった。

『老後の仕事』(星新一『ボンボンと悪夢』)  55歳の「私」はリスクの多い密輸業から足を洗い、今後は恐喝をして、ささやかな定収を得たいと思う。「私」は、恐喝物件を売買する男と接触し、恐喝見込み金額・安全性などを考慮して、1つの物件を買い取る。渡された封筒を開け、中の書類をのぞいた「私」は驚愕する。恐喝対象は、長年連れ添った「私」の妻。恐喝理由は、「子供が浮気の結果であることを、夫に隠しているから」。 

 

 

【指】

★1a.指先から光を放つ。

『イスラーム神秘主義聖者列伝』「ラービア・アダヴィーヤ」  ある晩、聖者ハサンが朋友数人と連れだって、聖女ラービアの家を訪れた。彼女の家にはランプがなかった。ラービアは熱い息を自分の指に一吹きし、指は朝まで明かりをともし続けた。

『今昔物語集』巻2−12  ある男が前世で、仏像の指が1本かけ落ちているのを見て、修理した。この功徳により、男は現世では、1本の指から光を放つ男児として誕生し、「燈指」と名づけられた。指の光は10里を照らし、闇夜も昼のようになった。父母の死後、彼は一時期貧しくなったが(*→〔死体〕1b)、後には黄金を得て、富貴の身となった。

★1b.指先から水を出す。

『古今著聞集』巻17「変化」第27・通巻596話  五の宮の御室(=覚性法親王)が餓鬼を憐れみ(*→〔憑依〕6b)、水生の印(=水を出す印契)を結んで、指を餓鬼の口にあてる。餓鬼は指に吸いつき、水を飲む。しばらくすると、御室は指に苦痛を感じ、それが全身に及んできた。御室は餓鬼をはらい捨て、火印(=火熱を生じさせる印契)を結ぶと苦痛は止んだ。

★2.人の指が蛇に変わる。

『東海道四谷怪談』(鶴屋南北)「浪宅」  民谷伊右衛門は、邪魔な妻お岩が死んだ後、下僕小仏小平(こぼとけこへい)を斬り殺し、「お岩と小平が不義をした」と言って、2人の死骸を戸板の両側に釘で打ちつける。この時、小平の両手の指が、残らず蛇の形となってうごめく〔*しかし伊右衛門はひるむことなく、お岩と小平の死骸もろとも戸板を川へ流す〕。

『発心集』巻5−3  女が「今後は念仏など唱えて暮らしたいから」と、年下の夫に暇を請い、代わりに自分の連れ子である娘を、夫の新しい妻として勧める。しかし年月がたつうちに、女は自分の娘に対し嫉妬の心を抱くようになり、両手の親指が蛇と化した〔*女も娘も夫も、これをあさましいことと思い、そろって出家する。やがて蛇は、もとの指に戻った〕。

★3.指に噛みつく女。

『源氏物語』「帚木」  左馬の頭がつき合っていた女はたいへん嫉妬深く、彼の浮気をめぐって口論が絶えなかった。ある時、女は怒って左馬の頭の指の1本に噛みつき、傷をつけてしまった。左馬の頭は、女と別れようとは考えなかったが、意地を張ってしばらく遠ざかっているうちに、女は思い悩んで死んでしまった。

★4a.指をくわえて得る知恵。

『ケルトの神話』(井村君江)「フィンと知恵の鮭」  ドゥルイド僧フィネガスが「知恵の鮭」を捕らえ、弟子のフィン・マクヴァルがそれを料理する。鮭を焼く時、火が燃え上がり、フィンは親指にやけどをしたので、指を口に入れる。これ以来、フィンは親指をくわえれば、何事につけても良い智恵が浮かぶようになった。

『ニーベルングの指環』(ワーグナー)「ジークフリート」  ジークフリートは、名剣ノートゥングを大蛇の心臓に突き刺して殺した。大蛇の血が手につき、それは火のように熱かったので、彼は思わず指を口に入れる。するとジークフリートは、鳥の言葉が理解できるようになった。鳥は彼に、指環と隠れ兜のありかを告げ、炎に包まれて眠るブリュンヒルデのことを教えた→〔眠る女〕1

★4b.指先に残る記憶。

『雪国』(川端康成)  東京から雪国へ向かう汽車に、島村は乗っていた。半年前に知った駒子に、再び逢いに行くのである。島村は左手の人差し指をいろいろに動かして、眺めた。この指だけが、女をなまなましく覚えている。指は女の触感で今も濡れているかのようで、島村は鼻につけて匂いを嗅いでみたりした。

★5.指と痛み。

『桜桃の味』(キアロスタミ)  自殺しようとする中年男バディ(*→〔自殺願望〕1a)に、老人バゲリが笑い話を語って聞かせる。「ある男が病院へ行って訴える。『全身が痛い。指で頭をさわれば頭が痛い。足をさわれば足が痛い。腹も首も手も痛い』。医者は診察して言う。『身体はどこも悪くない。指を骨折している』」。老人バゲリはバディに、「あなたは身体は元気でも、心が病気だ。考え方を変えてみたらどうか」と言う。

★6a.女が自らの指を一本切り取る。

『五大力恋緘(ごだいりきこいのふうじめ)(並木五瓶)第1幕  笹野三五兵衛が芸子・菊野(「小万」の名で演ぜられることもある)を口説くが、彼女は三五兵衛を嫌っていた。菊野は三五兵衛の求愛を拒否するために、薩摩源五兵衛に「私の愛人のふりをしてほしい」と頼む。そのうち菊野は、源五兵衛を本当に好きになってしまい、刀で自分の指1本を切り落とし、紙に包んで「これ取って下さんせ」と言う。源五兵衛は指を懐へ入れ、2人は深い関係になる。 

『七羽のからす』(グリム)KHM25  行方知れずの7人の兄たちを捜して、末娘が旅立つ(*→〔太陽と月〕11)。お星さまの集まっているところまで行くと、暁(あけ)の明星がひょっこの肢(あし)を1本渡して、「兄さんたちは、ガラスの山にいる。この肢で、ガラス山の門の錠が開けられる」と教える。娘は途中でその肢をなくしてしまい、自分の小指を切り落として、門の鍵穴へ差し込んで扉を開ける→〔末子〕3。 

★6b.賭けに負けると、指を一本切り取る。

『南から来た男』(ダール)  賭け事好きの男がいた。男は、賭けに負けると相手に自動車を与え、賭けに勝つと相手の指を1本切り取った。男は、自動車を11台失い、指を47本得た。男の妻は、男の所有物をすべて取り上げ、賭け事ができないようにする。それには長い時間がかかった。男が無一物になった時、妻の左手の指は2本しか残っていなかった。

★6c.指を一本切り取って、悟りに導く。

『無門関』(慧開)3「倶胝竪指」  倶胝和尚は、問答をしかける相手に、いつも指1本を立てて答えとした。童子が真似て、他所から来た客の問いに、指1本を立てて見せる。これを聞いた倶胝は童子を捕らえ、刃でその指を切断する。童子は号泣して逃げる。倶胝は童子を呼び止め、自分の指を1本立てる。これを見た童子は、たちまち悟りを開いた。

*皿を1枚割ったので、指を1本切り捨てる→〔宝〕3aの『番町皿屋敷』(講談)第10〜12席。

*999本の指を切る→〔九百九十九〕2の『賢愚経』「指鬘の宿業の話」。

★6d.切断された指が動く。

『指』(江戸川乱歩)  ピアニストの男が凶漢に襲われ、鋭い刃物で右手首を切断されて意識を失った。彼は手術を受け命をとりとめたが、右手首が失われたとは知らず、新しく作った曲の練習をしたがる。手術室の棚のガラス瓶に、彼の手首がアルコール漬けにしてあり、5本の指がピアノのキイを叩く調子でしきりに動くのを、医師と看護婦は見た。

 *古代〜中世には、切断されても動く首の物語がしばしば見られるが(*→〔動く首〕)、近代の小説で「動く首」を描くのは、いかにも不自然である。「動く指」ならば、20世紀の読者もある程度納得する、と乱歩は考えたのであろう。

★6e.殺人犯の指を噛み切る。

『富士額男女繁山(ふじびたいつくばのしげやま)(河竹黙阿弥)  伊香保に住む貧しい学者・妻木右膳は、人力車夫・御家直(ごけなお)に殺され、大金2百円を奪われた。殺害される時、右膳は御家直の小指を喰いちぎったので、死骸の口には小指が残っていた。右膳の娘お繁(女書生・妻木繁→〔男装〕3c)が、小指のない御家直を犯人と知り、彼を酔わせて動きを封じ、斬り殺して父の仇(かたき)を討った。

 *殺人犯の指を噛んで傷つける→〔傷あと〕4の『八つ墓村』(横溝正史)第7〜8章。 

★7.ヤクザが指をつめる。

『本日休診』(渋谷実)  ヤクザの青年が三雲病院へ来て、「指をつめるから、麻酔を打ってくれ」と言う。三雲医師は、戦死した自分の息子のことを語る。「戦友が息子の小指を切り落として焚き火にくべ、お骨(こつ)にして、メンソレータムの容器に入れて届けてくれた。振ると、カラカラッと音がする。寂しい音だよ。君も、切った指を田舎のお母さんに送って上げるといい」。青年は指をつめるのをやめて、帰って行く。

★8.握った指が掌を貫いて、手の甲へ抜ける。

『大鏡』「為光伝」  左衛門督誠信(さねのぶ)は中納言への昇進を望んだが叶わず、彼の弟・斉信(ただのぶ)が中納言に任ぜられた。誠信は憤激し、除目(ぢもく)の翌朝から、手を強く握りしめ、食事もせずに、ずっとうつ伏していた。やがて誠信は病気になり、7日目に死んだが、握りしめた指は手の甲にまで抜け出ていた。 

 *苦行者の手の爪が、掌を突き抜ける→〔無言〕1aの『玄奘三蔵(げんぞうさんぞう)』(谷崎潤一郎)。 

★9.指を細くして、指輪に合わせようとする。

『ろばの皮』(ペロー)  王子が指輪を示して、「この指輪が合う人と結婚する」と宣言する。大勢の娘たちが、指を掻き削ったり、指先を切り落としたり、指の皮をむいたりするが、皆、指が太すぎて指輪にはまらない。農家の下女である「ろばの皮」の細い指が、指輪にぴったり合い、彼女は本来の美しい姿にもどって王子と結婚する。

 *足の指や踵を切り落として、靴に合わせようとする→〔足〕4b。 

★10.足の趾(ゆび)。

『続ラ洞先生』(谷崎潤一郎)  ラ洞先生(*→〔椅子〕3の『ラ洞先生』)の妻となった美女真弓は、梅毒ゆえ「鼻ふが」で、天刑病のため足の趾が1本か2本欠けていた。B新聞記者(『ラ洞先生』のA雑誌記者と同一人物)が先生の書斎をのぞくと、真弓夫人がデスクに腰かけ、脚をぶらんぶらんさせている。ラ洞先生は跪き、ロウ細工かゴム細工の、実物そっくりの足の趾を夫人の足に取りつけていた。「うまくはまった? 痛いかね?」「ひひえ、ひっともひとうはなひわ」。 

  

*手術によって、指先を他人のものと付け替える→〔同一人物〕4の『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「刻印」。 

*仮面の男の正体を、指紋で判定する→〔面〕1cの『犬神家の一族』(横溝正史)。

*母神の掌の指の間から、こぼれ落ちた子→〔手〕7

*釈迦如来の掌の指が、5本の柱に見える→〔掌〕3の『西遊記』百回本第7回。

*ガラスの指→〔ガラス〕4の『ガラス指の李二』(北京の伝説)。

 

 

【指輪】

★1a.はめた人の姿を見えなくする指輪。

『国家』(プラトン)第2巻  羊飼いギュゲスは、穴の中に偶然見つけた屍体から、黄金の指輪を抜き取った。指輪の玉受けを手の内側に回すとギュゲスの姿は消え、外側に回すと姿は現れた。ギュゲスは指輪の力を使って王妃と通じ、王を殺して王権を我が物とした。

『指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)(トールキン)第1部「旅の仲間」2  昔、デアゴルが川底から金の指輪を見つけ出したが、仲間のスメアゴルがデアゴルを絞め殺して指輪を奪った。指輪をはめると姿が見えなくなることをスメアゴルは知り、さまざまな悪事を働いた。彼は喉を鳴らす音から「ゴクリ」と呼ばれ、洞穴に1人住んだ。自らその所有者を選ぶ魔力を持つ指輪は、やがてゴクリを捨て、ホビット族のビルボ、次いで彼の甥フロドにとりついた。

*世界を支配する力を与える指輪→〔宝〕9aの『ニーベルングの指環』(ワーグナー)。

★1b.動物と語り合える指輪。

『ソロモンの指環』(ローレンツ)6「ソロモンの指環」  ソロモン王は魔法の指環のおかげで、けものや鳥や魚や地を這うものどもと、語り合うことができたという。しかし1羽のナイチンゲールが、「王様の999人のお妃のうちの1人が、若い男を愛しています」と告げた時、ソロモンは怒りのあまり指環を投げ捨て、動物の世界に対する彼の心は、閉ざされてしまった。

★1c.眠りをさます指輪。

『ルスランとリュドミラ』(プーシキン)第5〜6歌  騎士ルスランが、さらわれた花嫁リュドミラを捜して魔法使いの住処(すみか)まで来る。魔法使いチェルノモールはリュドミラを眠らせておいて、ルスランと戦う。ルスランはチェルノモールを倒して(*→〔髪〕1)捕らえるが、リュドミラの眠りはさめない。洞窟の老人(*→〔老婆〕3c)がルスランに指環を与え、ルスランが指環でリュドミラの額にふれると、彼女は目覚める。

★1d.「回想の指輪」と「忘却の指輪」。

『ゲスタ・ロマノルム』10  ウェスパニアヌス王が遠国へ行き、美女を妃として一子をもうけた。王が子を連れて自国へ帰ろうとすると、妃は「わたしを置いて行くのなら、自殺します」と言う。王は職人に「回想の指輪」と「忘却の指輪」を造らせ、自分は「回想の指輪」をはめ、妃には「忘却の指輪」をはめさせる。妃は指輪をはめると、すぐに王の愛を忘れ始めた。王は帰国し、妃のもとへ戻らぬまま、安らかに一生を終えた。

★1e.愛を成就する一対の指輪。

『愛の指輪』(星新一『おせっかいな神々』)  なかなか結婚にふみきれぬ恋人を持つ青年が、それをはめた2人は必ず結婚するという、一対の愛の指輪を手に入れ(*→〔二つの宝〕4)、その1つを恋人に贈る。しかし恋人からの手紙には、「後見人の伯母が結婚を許してくれない。独身の伯母は意地悪く、指輪も取り上げられた」と書いてあった。青年は驚くが、自分にも独身の伯父がいたことを思い出す。愛の指輪は見事な効果をあげる。

*若返りの指輪→〔若返り〕2の『ペンタメローネ』(バジーレ)第4日第1話。

★2a.愛のしるしとして、男から女へ・女から男へ、贈られる指輪。

『ヴェニスの商人』(シェイクスピア)第3〜5幕  ポーシャは、バッサーニオの妻となるしるしに指輪を渡し、「もしもこの指輪をなくしたら、それはあなたの愛がなくなった証拠」と言う。後、ポーシャは男装して法学博士となりバッサーニオを救うが、その返礼に指輪を要求し、バッサーニオは相手がポーシャとは気づかず、やむなく指輪を与える。ポーシャは女の姿に戻り、バッサーニオが指輪を手放したことを責め、からかう。

『七賢人物語』「妃の語る第七の物語」  王が気に入りの騎士と狩りに行く。王は、かつて妃に愛の証しとして贈った指輪が、騎士の指にはまっているのを見る。騎士は病気と称して先に帰り、秘密の通路を抜けて妃の所へ行き、指輪を返す。狩りから戻った王は「指輪はどこだ」と妃に迫り、妃は指輪を見せる。王は「邪推をしてすまなかった」と妃に詫びる。

*→〔魚の腹〕1の『シャクンタラー』(カーリダーサ)第5〜6幕。 

*→〔像〕8bの『ヴィーナスの殺人』(メリメ)。

*愛のしるしとして贈られる装身具→〔装身具〕1bの『三銃士』(デュマ)。

★2b.男が指輪を二つに折り、半分を自分が持ち、半分を女に渡す。

『熊の皮をきた男』(グリム)KHM101  熊の皮を着た若者が、美しい娘と婚約する。しかし若者は、あと3年間、熊の皮を着続けねばならないので、いったん娘と別れる。若者は指輪を2つに折り、自分の名前を書いた半分を娘に渡して、娘の名前を書いた半分を自分が持つ。3年が過ぎ、若者は熊の皮を脱いで立派な軍人の姿となり、娘に会いに行く。2人の指輪がぴったり合ったので、娘は、目の前の軍人がかつての熊男だったことを知る。

*鏡を2つに割って、夫婦が半分ずつ持つ→〔鏡〕11の『今昔物語集』巻10−19。

★3.指輪を示して、その持ち主の存在を知らせる。

『七羽のからす』(グリム)KHM25  烏に変じた7人の兄たち(*→〔呪い〕1)を救いに、末娘がガラス山まで行く。末娘は、烏たちの留守に、食事用の7つの小皿と盃から一口ずつ食べ、盃の1つに両親の指輪を入れる。烏たちが帰って来て指輪を見つけ、「これは、お父さんとお母さんの指輪だ。妹が来ているんだといいなあ。そうすりゃ、みんな救い出されるんだがなあ」と言う。それを聞いた妹が姿を見せると、たちまち烏たちは人間に戻った。

『ろばの皮』(ペロー)  農家の下女「ろばの皮」が、病臥する王子のために、ケーキを作る。「ろばの皮」はケーキの中に指輪を入れておき、それを見つけた王子は、「この指輪がぴったり合う人と結婚したい」と両親に言う→〔指〕9

★4.海に投げ捨てた指輪が、持ち主の所へ戻って来る。

『魚と指輪』(イギリス昔話)  領主が息子の嫁を嫌い、指輪を海に投げこんで、「あの指輪を取って来て私に返すまでは、顔を見せるな」と命じ、追放する。嫁は、ある城の台所仕事をして働く。ある時、魚を料理していると、見覚えのある指輪が魚の腹から出て来る。その日はたまたま、夫とその父領主が客として城に来ていたので、嫁は彼らに指輪を示す。

『白蛇』(グリム)KHM17  妃の指輪がなくなり、家来の若者が疑われる。若者は動物の言葉がわかったので、鴨が指輪を呑みこんだことを知り、捜し出す。若者は他国へ旅をし、美しい王女の婿になるための難題に挑む。王が指輪を海に投げ入れて、「拾い上げよ」と命ずる。若者にかつて救われた魚たちが、指輪を持ってくる。他の難題も成し遂げて、若者は王女と結婚する。

『ドイツ伝説集』(グリム)240「女の砂州」  富裕を誇る女が、「私が貧困に苦しむ日など決して来ないであろう。この指輪を再び見ることのないのが確かなように」と豪語して、指輪を海に投げ捨てる。数日後、女中が鱈を買い腹を開くと指輪が出て来たので、女主人に見せる。女は、それが自分の捨てた指輪であると知って青ざめる。

『歴史』(ヘロドトス)巻3−40〜42  幸運続きのポリュクラテスは、友人から「不幸も経験しておくのが御身のため」とすすめられ、大切な指輪を海に捨てる。しみじみ不幸の味をかみしめるポリュクラテスの所へ、5日後、漁師が魚を献上する。その腹を開いて見ると、捨てた指輪が出て来た。

★5.投げ捨てた指輪が戻って来ることを確信する。

『旧雑譬喩経』巻上−27a  母親が「私は物をなくすことがない」と、いつも言っていた。ある日、子供が母親の金の指輪を川へ投げ捨ててしまったが、それでも母親は「私は物をなくすことがない」と言った。何日か後、母親は客を食事に招き、召使を市場へやって魚を買わせる。その魚を調理すると、中から金の指輪が出てきた。母親は子供に「私は物をなくすことがない」と言った→〔因果応報〕2

★6.指輪の自慢。

『指環』(川端康成)  貧しい法科大学生の「彼」が、翻訳の仕事を持って山の温泉場へ行く。湯船に11〜12歳の少女がいて、突然左手を上げ、「あら! はずすのをすっかり忘れていたわ」と叫ぶ。少女は、左手の指環を見せたかったのだ。「彼」が「いい指環ですね」と声をかけると、少女は「蛋白石(オパール)よ」と言って、嬉しそうに「彼」に身を寄せて来た。

★7.指輪を取ろうと、指ごと切り落とす。

『金剛石(ダイヤモンド)の指環』(黒岩涙香)  「余」は妻に、高価な金剛石の指環を買い与えた。3ヵ月ほどすると、指環をはめた無名指(くすりゆび)が腫れてきて、妻は痛みを訴える。医師を迎えても指環を抜くことができず、妻は苦しんだあげく死んでしまう(これはカタレプシーという病で、仮死状態になっただけだった)。「余」は泣く泣く妻を埋葬したが、盗賊が死体を掘り起し、指環を奪おうと、妻の無名指を切り落とす。その痛みで妻は息を吹き返し、盗賊は驚いて逃げ去った。

 

*3つの指輪→〔三者択一〕7aの『賢人ナータン』(レッシング)第3幕・『デカメロン』(ボッカチオ)第1日第3話。 

 

 

【弓】

★1a.弓の名手。

『アイヴァンホー』(スコット)第13章  弓術の試合に臨んだロクスリー(=ロビン・フッド)は、それまでの勝者ヒューバートの矢がささっている的にむけて矢を射かけ、ヒューバートの矢を引き裂いた。さらに、地面にさした柳の枝を、百ヤード離れた所から射て引き裂いた。

『ヴィルヘルム・テル』(シラー)第3幕第3場  ヴィルヘルム・テルと息子ヴァルターは、竿にかけた代官の帽子に拝礼しなかったことを咎められる。代官ゲスラーは、ヴァルターの頭上にりんごを置き、「80歩離れた位置から弓で射よ」と、ヴィルヘルム・テルに命ずる。ヴァルターは父の腕を信じ、目かくしも断って平然と立つ。ヴィルヘルム・テルの放った矢は、りんごの真ん中を射抜く。

『三国志演義』第16回  呂布は、玄徳と紀霊の合戦を止めさせるため、150歩離れた所に戟を立て、「もし1矢で戟の枝を射当てたら、和睦が天の意志である」と宣言して、見事に矢を枝に命中させる。

*小舟の上で揺れる扇を射る→〔扇〕5の『平家物語』巻11「那須与一」。

*弓の名手が太陽を射る→〔太陽〕3b・3c

★1b.弓を用いない名手。

『捜神記』巻11−2(通巻264話)  戦国時代の頃、弓の名手・更羸(こうえい)が「私は矢を射る真似をするだけで、鳥を落とせる」と魏王に言った。魏王が「やってみよ」と命じたので、更羸は、東方から飛んで来た雁にむけて矢を射る真似をした。それだけで雁は落ちた。

『名人伝』(中島敦)  邯鄲の都の人・紀昌は、天下第一の弓の名人を目指して修業する。彼は弓を射ては百発百中の腕前となり、さらに奥義を求めて、弓を使わずに飛ぶ鳥を落とす「不射之射」を学ぶ。紀昌は「至為は為すなく、至言は言を去り、至射は射ることなし」と述べて、以後、弓を手に取らなくなる。晩年にいたって、ついに弓そのものを忘れ、弓を見ても、その名前も用途も思い出さなかった。

★1c.弓を引けないように、腕を不具にする。

『椿説弓張月』前篇巻之5第12回  保元の乱の後、鎮西八郎為朝は捕らえられ、伊豆の大嶋へ流罪と決まった。信西入道が、「為朝の肘(かひな)の筋(すぢ)を断ち、2度と弓を引けないようにすべき」と主張し、為朝は不具の身となって大嶋へ送られた。

★2.強弓を引く。

『オデュッセイア』第21巻  夫オデュッセウスの留守を20年間守り続ける妻ペネロペに、大勢の男たちが求婚する。ペネロペは、オデュッセウスの大弓を彼らに示し、「この弓で12の斧の穴を射通した人の妻になりましょう」と言う。何人もが試みるが、弓に弦を張ることもできない。物乞い老人に変装してその場に入りこんでいたオデュッセウスが、弓をとり弦を張って12の斧を射通し、自らの正体を明かす。

『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」  王女ドラウパディーの婿選び(スヴァヤンヴァラ)が催され、強弓で的を射抜く者がドラウパディーを得ることができる。多くの求婚者が弓を引こうと試みて失敗し、カルナが弓を引き絞るが、ドラウパディーはカルナの妻になることを拒否する。パーンドゥ5兄弟の三男アルジュナが的を射当て、5兄弟はドラウパディーを伴って帰宅する→〔一妻多夫〕1b

『百合若大臣』(幸若舞)  別府兄弟によって玄海が島に置き去りにされた百合若大臣は、3年後に筑紫に帰還する。百合若は顔にも手足にも苔の生えた異様な姿になっており、誰も百合若とは気づかない。別府兄弟がこれを面白がり、「苔丸」と名づけて、屋敷に置く。正月の弓始めの場で、苔丸は鉄(かね)の強弓を引き、「我こそ百合若である」と正体をあらわして、別府兄弟に復讐する。

『ラーマーヤナ』第1巻「少年の巻」  シヴァ神の強弓に弦を張り得る男だけが、シータを妻とすることができる。諸王諸侯が挑戦するが皆失敗する。ラーマが弦を張るべく弓を曲げると、力余って弓は真二つに折れる。

★3.神々の武器。

『変身物語』(オヴィディウス)巻1  アポロンは、大地から生まれた大蛇ピュトンに、弓で多くの矢を浴びせかけて殺した〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第4章に類話〕。

★4.姿を変える弓。

『今昔物語集』巻30−14  美しい妻が「私は遠い所へ行きます。形見を残しておきます」と夫に夢告する。夫が目覚めると妻は姿を消し、枕元に弓がある。夫は弓を肌身離さず持つ。月日を経て弓は白い鳥に変じ、南へ飛び去る。夫は後を追って紀伊国まで行く。鳥は再び人になる。夫は「これは只者ではなかったのだ」と悟り、そこから帰って行った。

『白鳥の関』(松谷みよ子『日本の伝説』)  矢で射られた白鳥を、男が助ける。白鳥は「願い事を叶えよう」と男に夢告する。男は移り気で、まず美女を妻にするが、やがて村に狩猟が流行すると、「妻はもう不要だ」と言う。妻は姿を消し、代わりに立派な弓矢が手に入る。しかし何も射止められず村人たちから馬鹿にされたので、男は「みごとな白鳥を皆に見せ、見返してやりたい」と望む。弓矢は白鳥に変身し、空へ舞い上がる。男は後を追って走り、紀の関を抜けようとして、女関守に制止される。その関守はかつての妻だった。男は真っ青になって逃げ去った。以来、紀の関は「白鳥の関」と呼ばれるようになった(和歌山県)。

★5.弓の絃(つる)。

『古事記』中巻  忍熊王(おしくまのみこ)が、太子(ひつぎのみこ。後の応神天皇)に反逆して乱を起こす。太子の側は、建振熊命(たけふるくまのみこと)を将軍として戦う。建振熊命は計略をめぐらし、自軍の弓の絃を断ち切って、偽りの降伏をする。忍熊王の軍はそれを信用して、弓の絃を外し、武器を収めた。建振熊命の軍は、髻(もとどり)の中に隠してあった絃を取り出して弓に張り、忍熊王の軍を攻撃して打ち破った。

 

 

【夢】

 *関連項目→〔死夢〕〔二人同夢〕〔正夢〕〔夢告〕

★1.繰り返し見る夢。

『真田山』(落語)  男が、毎晩同じ夢を見る。「真田山に埋めた『トラの子のカネ』を掘り出してほしい」と、何者かが訴える夢である。大金を期待して男が掘ってみると、骨壺があった。女の幽霊が現れて、「私の名はトラ。壺の中は、私の娘カネの骨です。娘の骨を見て、私もようやく成仏できます」と礼を述べる。男はがっかりして、「骨掘り損(=骨折り損)だ」と言う。 

『トータル・リコール』(ヴァーホーヴェン)  クエイドは毎夜、火星旅行の悪夢を見てうなされる。実は彼は、火星の支配者コーヘイゲンの下で働く諜報員ハウザーで、任務の必要から、記憶を消されて地球へ送り込まれていた。しかし意識の奥底に火星の記憶が残っており、それが毎夜の夢に出て来るのだった〔*クエイドは火星へ渡り、コーヘイゲンが悪の組織の親玉であることを知る。彼はレジスタンスたちと力を合わせて、コーヘイゲンを倒す。彼は、もとのハウザーの人格には戻らない〕。

★2.夢の中で見る夢。

『諧鐸』10「夢の中の夢」  曽孝廉は会試に第1位で及第し富貴の身となって、妓女4人と寝所で戯れる。不意に妻が大声で呼ぶので曽は目覚め、「せっかく女人国の夢を見ていたのに」と怒る。妻も負けずに言い返し2人は口論するが、それもまた夢で、曽は会試受験のため上京する旅の途中だった。

『祖母の為に』(志賀直哉)  ある晩の夢で「私」は、祖母の夜着の袖口から小さな妹の手が出ているのを見た。見直すと、今度は「私」の髪が一塊あった。葬儀社の「白っ児」(*→〔死神〕4)が背後をすり抜けるので、「私」は組みついた。目覚めて夢の話をすると、祖母も「同じ夢を見た」と言うので、「私」はぞっとした。しかし翌朝起きると、それもまた夢だった。

*男がうたた寝をしてうなされ、女房に起こされる。しかしそれも夢だった→〔円環構造〕5の『天狗裁き』(落語)。

*夢の中の夢の中の夢。入れ子構造の夢→〔入れ子構造〕5

★3.夢と自覚している夢。

『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第28巻112ページ  悪漢に追われた美女が、夜道を帰るマスオに助けを求める。マスオが「絶世の美人。夢のようだ」と思いつつ悪漢に立ち向かうと、意外にも簡単にやっつけることができた。「やっぱり夢らしい。夢と決まったら派手に行くぞ」と言って、マスオは悪漢を殴り飛ばす。

『敵のエピソード』(ボルヘス)  敵が「私(ボルヘス)」の家へやって来る。彼は杖をついて、覚束ない足取りで歩き、ノックの音は弱々しい。「私」が扉を開けると、彼は拳銃をつきつけ、「家に入り込むために同情を誘う手段に訴えたのだ」と言う。「僕は君を殺さねばならない。ボルヘス君。もう、どうすることもできないよ」。「1つだけ、できることがある」と「私」は答える。「目を醒ますことさ」。そして「私」は目を醒ました。    

★4.他者の夢の中の存在。

『鏡の国のアリス』(キャロル)  鏡の国の住人・2人の太った小男トイードルダムとトイードルディーが、アリスに、「今、赤の王様が君の夢を見て寝ている。君は、赤の王様の夢の中の存在にすぎない。王様が目覚めたら、君は消える」と告げる。物語の最後で、アリスは鏡の国から自分の家に戻り、「夢を見たのは、わたしか赤の王様かどちらなのだろう?」と考える。

『ユング自伝』11「死後の生命」  1944年の重病の後、「私(ユング)」は夢を見た。礼拝堂で1人のヨガ行者が結跏趺坐しており、彼は「私」の顔をしていた。彼が、「私」について黙想している人間であり、彼は夢を見、「私」は彼の夢なのだった。彼が目覚める時、「私」はこの世に存在しなくなることが、「私」にはわかった〔*→〔アイデンティティ〕3の『円環の廃墟』(ボルヘス)に類似する〕。

*自閉症児の心の中の世界に入り込む→〔時間旅行〕2aの『火星のタイム・スリップ』(ディック)。

★5a.夫が眠って夢を見る。妻が覚醒した状態で、夫の夢の内容を目撃する。

『西鶴名残の友』巻1−1「美女に摺小木(すりこぎ)」  俳諧師正道は、著名な女流俳人美津女(みつじょ)にあこがれ、「夢でもいいから一目見たい」と願っていた。ある夜、正道の妻が帰宅すると、見知らぬ年増の美女が奥座敷に寝ているので、妻は怒って、すりこ木で打ちかかる。とたんに夫正道の夢は覚め、美女の姿は消えてしまった。正道は「いちずに思い込んだために女の姿が現れたのだろう」と告白した。

★5b.人間が眠って夢を見る。夢の内容を人造人間が目撃し、まわりの人たちに説明する。

『ファウスト』第2部第2幕「実験室」  ガラス瓶の中の小人ホムンクルスは、眠るファウストの身体の上に浮遊し、「美しい景色だ。森の中の清い水。美女たちが着物を脱ぐ。白鳥が1人の美女の膝もとにすり寄って来る」と、ワグネル教授や悪魔メフィストフェレスに語り聞かせる。それは、今ファウストが見ている夢の内容だった〔*白鳥はゼウスの化身。美女はレダ。ゼウスとレダの間には美女ヘレネが誕生する〕。

★5c.妻が眠って夢を見る。妻の身体から抜け出した魂を、夫が目撃する。

『三夢記』(白行簡)第1話  劉幽求が夜道を帰宅する途中、家の近くの寺の中で、妻が10人あまりの女たちとともに食事をし談笑している姿を見る。不思議に思いつつ家に着くと、寝ていた妻が起き出して、「先程、夢の中で見知らぬ人たちと寺へ遊びに行き食事をした」と語る〔*類話である→〔夢遊病〕7の『閲微草堂筆記』「姑妄聴之」212「農婦の夢」は、夢遊病の症状のようにも見える〕。

『遠野物語』(柳田国男)100  夜の山道を帰る漁夫が妻に出会うが、「狐であろう」と察して、魚切包丁で刺す。その同時刻、家で寝ていた妻は、夫を迎えに出て山道で何者かに刺されそうになる夢を見ていた〔*妻の夢=魂が身体から抜け出、狐の体にとりついて野山に遊び出たのだった〕→〔死体変相〕4a

*娘が眠って夢を見る。娘の身体から抜け出た魂を、婚約者の男が目撃する→〔蛍〕3の「蛍」(小泉八雲『骨董』)。

★5d.母親が眠って夢を見る。母親の身体から抜け出した魂を、息子が目撃する。

『諸国百物語』第5話  木屋の助五郎の老母は、吝嗇で無慈悲な性格だった。ある朝、助五郎は用事で一条戻り橋へ出かけ、老母が橋の下で死人を引き裂いて喰らうさまを見た。助五郎は急いで帰宅し、眠っていた老母を起こすと、老母は「一条戻り橋の下で死人を喰らう夢を見て身の凍る思いをしていたら、折よくお前が起こしてくれた」と言う。この後、ほどなく老母は病気になって死んだ。

★6.懐妊を知らせる夢。

『今昔物語集』巻11−9  弘法大師の母阿刀氏は、夢に聖人が来て胎内に入ると見て懐妊した。

『今昔物語集』巻15−16  千観内供の母は、観音に「子を授けよ」と祈り、夢に1茎の蓮華を得たと見て懐妊した。

『史記』「高祖本紀」第8  劉オンは、ある時神と通ずる夢を見た。夫の太公が見ると、蛟龍が妻の身体に乗っていた。こうして生まれたのが、漢の高祖劉邦である〔*『漢書』「高帝紀」第1上に同話〕。

『神道集』巻6−34「児持山大明神の事」  児持御前は児守明神の申し子である。「女が左袂から唐鏡を与える」と母が夢に見て、児持御前は生まれた。

『天鼓』(能)  唐土の女が、「天より鼓が降り下り胎内に宿る」との夢を見て子を産み、天鼓と名づけた。

『とはずがたり』(後深草院二条)巻3  二条は後深草院の寵愛を受ける身でありながら、他に複数の愛人があり、高僧「有明の月」もその1人だった。ある夜、後深草院が夢で、「『有明の月』が二条に、密教の仏具である五鈷(ごこ)を与え、二条はそれを院に隠して懐に入れる」と見た。それは、二条が「有明の月」の子を身ごもったことを意味していた。

『花世の姫』(御伽草子)  花世の姫の母は、正観音の御前から梅花1輪が膝の上に飛び来たり、それを右の袂へおさめる、と夢に見て懐妊した。

*猫の夢は懐妊のしるし→〔一夜孕み〕1bの『源氏物語』「若菜」下。  

*象の夢を見て懐妊→〔象〕7の『過去現在因果経』巻1。

*→〔太陽〕2〔妊娠〕2

 

*夢で異郷へ行く→〔クリスマス〕1a〔人形〕1の『くるみ割り人形』(チャイコフスキー)。

*宝のありかを知らせる夢→〔魂〕2に記事。

*太陽の夢・月の夢→〔太陽と月〕6〜9

*尿をする夢→〔尿〕2

 

 

【夢オチ】

★1.長い時間にわたる経験が、実は短時間の夢だったことが、物語の最後にわかる。

『隠れ里』(御伽草子)  中秋の名月の夜、木播の野辺で鼠の隠れ里を見つけ、穴の中に入る。折しも、恵比寿に召集された魚貝軍と大黒天に召集された鼠軍との間に戦争が始まろうとしていたが、布袋和尚が仲裁に入り、恵比寿・大黒が布袋の宿所で和睦の宴をする、と見て目覚めればすべては夢であった。

『金々先生栄花夢』(恋川春町)  金村屋金兵衛は金儲けをしようと江戸へ出かけ、目黒不動前の粟餅屋で居眠りをする。そこへ迎えが来て、彼は富商和泉屋の養子となる。彼は派手な遊びをして「金々先生」ともてはやされ、30年間の栄華の暮らしのあげく、家産を傾けて追放される。それは、粟餅ができあがるまでの僅かの時間に見た夢にすぎなかった〔*原拠は『枕中記』(唐・沈既済)→〔夢オチ〕5〕。

『沙石集』巻1−9  若い僧が、上総から熊野詣でに来た娘を見そめる。僧は、参詣を終えて帰る娘を追いかけ、船を待つ間に夢を見る。僧と娘は上総で結婚し、子供も2〜3人生まれる。やがて長男が13歳になり、元服のため船で鎌倉へ向かう。しかし長男は、誤って海に落ちてしまう。皆あわて騒ぐうちに、僧の目が覚める。13年の間のことは、すべて片時の夢であった。

『南柯大守伝』(唐・李公佐)  淳于汾が、家の南にある槐の木の下で酔って寝ていると、槐安国王の使者が彼を連れに来る。大槐安国へ行って王の婿となり、南柯郡の大守に任ぜられて治めること20年の後、家に送り帰される、と見て淳于汾は目覚めた。槐の木の下を掘ると、大きな穴があり蟻の国があった。

『元のもくあみ』(仮名草子)  京の西山に住む貧僧・木阿弥(もくあみ)が、志を立て江戸へ下る。芝居見物の帰りに大金を拾い、新吉原へ乗りこんで高尾太夫と床入り、というところで目覚め、見まわせばもとの京の貧家だった。「もとのもくあみ」とはここから出た諺である。

*→〔賭け事〕3の『魔術』(芥川龍之介)。

★2.眠れない夢を見ていた、という夢オチ。

『不眠症』(星新一『ボッコちゃん』)  ケイ氏は事故で頭を打ってから、まったく眠れなくなった。昼も夜も働けて収入は倍増するが、ケイ氏は「何とかして眠りたい」と願い、医者に薬を注射してもらう。しかし、なぜか、あいかわらず目覚めている。医者は、「あなたは事故以来眠り続けで、高価な薬を用いて今ようやく目覚めたのだ」と説明する。薬代は高く、ケイ氏は当分、昼も夜も眠らず働かねばならなかった。

*眠れない、という夢を見ている夢遊病者→〔不眠〕1の『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)「ねむれぬ夜に砂男」。

★3.夢オチの提案。

『新生』(島崎藤村)第2巻115  小説家岸本捨吉は、姪節子との過ちを告白する長編小説を、新聞に連載し始める(*→〔伯父(叔父)〕1a)。世間の人々は驚き、親類縁者たちは怒る。ある読者は、あんなふうに書かれては節子がかわいそうだと思い、「何とかならないものだろうか。『夢だった』とでもするわけにはいかないものか」と言った。

★4.二十世紀中頃になっても、正攻法の夢オチの物語が作られることがある。

『飾窓の女』(ラング)  大学の准教授ウォンリーは、クラブで夜の食事をした帰途、美しい女に誘われて彼女のアパートへ行く。そこへ女の情夫がやって来て争いとなり、ウォンリーは鋏で情夫を刺し殺す。ウォンリーは死体を森に捨てるが、殺人を察知した男が現われて、大金を恐喝する。切羽詰ったウォンリーは、自殺しようと毒を飲む。意識の薄れ行くウォンリーを、クラブのボーイがゆり起こす。ウォンリーは酔って悪夢を見ていたのだった。

『乞食学生』(太宰治)  4月半ば。32歳の小説家である「私」は、玉川上水を泳ぐ少年と出会う。彼は佐伯五一郎という高校生だった。「私」は彼と議論しつつ、彼の友人・熊本を下宿から呼び出し、3人で街へ出て、喧嘩し仲直りして、ビイルで乾杯する。「私」は、失った青春を取り戻し得たと思い、大声で歌っているところで目が覚めた。目の前の少年に「佐伯五一郎だろう?」と問うと、「違う」と言われ、友人・熊本の存在も否定された。

★5.若者が一生のことを夢に見て、「目覚めたらもとの若者だった」という物語と、「目覚めたら老人になっていた」という物語。

『枕中記』(唐・沈既済)  青年盧生が青磁の枕(*→〔枕〕2)に頭を乗せた時、茶店の主人・呂翁は黍の飯を炊いていた。枕の両端の穴が大きくなり、盧生は穴の中へ入って50年の栄枯盛衰を経験し、老齢に達して病死する。ふと目覚めると、もとの茶店であり、黍の飯はまだ炊き上がっておらず、盧生は青年のままだった。盧生は、困窮と栄達の運命、死と生の実情を悟り、呂翁に礼を述べて店を出て行った。

『枕』(星新一『これからの出来事』)  猟師の少年が「偉い人になろう」と決意して、山から出て来る。麓の一軒家で、少年はセトモノの枕を借りて眠り、長い夢を見る。彼は兵士となって手柄を立て、船を買って貿易に従事し、富と地位を得る。しかし台風で多くの船を失い、貧しく憐れな生活におちいってしまった。夢から覚めた彼は、「栄達はむなしい。人生をやりなおそう」と考えて山へ帰る。途中、川で水を飲もうとすると、先の短い老人の顔が映っていた。

 

 

【夢語り】

★1.良い夢を見たら、それが実現するまでは人に語ってはならない。

『源氏物語』「若菜」上  明石の入道は、娘・明石の君が生まれる少し前に吉夢(*→〔太陽と月〕8)を見た。入道はその夢を心に秘めて、明石の君を育てる。30数年が過ぎ、明石の入道の曾孫として、将来の帝となるべき皇子が誕生した。これは、かつて見た夢の実現だった。明石の入道は、夢の内容を打ち明ける手紙を明石の君に送り、「光いでむ暁(=皇子の即位の日)近くなりにけり今ぞ見し世の夢語りする」の歌を書き添えた。

『夢見小僧』(昔話)  節分の夜に良い夢を見た小僧が、その内容を言わなかったために家を追われる。小僧はさまざまな冒険の後に2人の長者の娘の命を救い、両家の婿となる。小僧は半月ごとに2人の妻に送り迎えされる身の上となり、両家の間にかけた金のそり橋の渡りぞめをして、「このありさまを夢に見たのだ」と、はじめて語る(福井県遠敷郡名田庄村西谷)。

*良い夢も悪い夢も、一定期間、人に語ってはならない→〔夢の売買〕1の『曽我物語』巻2。

*皆から「どんな夢を見たか?」と聞かれて、「夢など見ない」と否定し続ける男→〔円環構造〕5の『天狗裁き』(落語)。

*夢の内容を盗み聞きされてしまう→〔夢の売買〕2の『宇治拾遺物語』巻13−5。

★2.良い夢を語って、悪く夢合わせされると、夢が実現しない。

『大鏡』「師輔伝」  九条殿師輔公は若い頃に吉夢を見たが、お付きの女房に悪く夢合わせされたために、夢は実現しなかった(*→〔のりなおし〕3)。子孫にも不幸なことが起こり、曾孫の伊周(これちか)が筑紫へ配流されたのも、この女房の夢合わせが悪かったゆえであろう。「すばらしく縁起の良い夢も、悪く合わせるとはずれる」と、昔から言い伝えている。ものの道理のわからない人の前で、軽率に夢の話などをしてはいけない。

★3.悪い夢を見た時、その日のうちに人に語れば、夢は実現せずにすむ。

『二老人』(武者小路実篤)  セムシの老画家・野中英次は、ある日の暁方に、「首に縄をまきつけられた妻の死骸が椅子にかけている」という悪夢を見た。彼は、「夢をその日のうちに人に話せば夢の魔力はなくなる」と母から聞いていたが、まさか妻に話すわけにはいかない。そこへ折りよく山谷五兵衛が訪れたので、野中は山谷に夢を語った〔*「良い夢は3日黙っていないと効き目がなくなる」とも野中は言う〕。

*野中英次は若い頃、最初の妻・千代子を殺した→〔兄弟〕6bの『愛慾』。

★4.悪い夢を見たが、その内容を誰にも話さなかった。

『現代民話考』(松谷みよ子)4「夢の知らせほか」第1章の1  昭和57年(1982)のこと。「自分」は次のような夢を見た。「妹が遊びに出たまま帰らず、夜中にようやく帰宅した。玄関に立った妹は全身血だらけで、顔は無残にグシャグシャだった。妹は『さよなら』と言って、すうっと消えた」。朝、目覚めてから、「自分」は誰にも夢の内容を話さなかった。それがいけなかったのかもしれない。その日、妹は交通事故に遭い、顔を傷つけてしまった(岩手県盛岡市)。

★5.夢で見た虫の話をしていたちょうどその時、現実にその虫が現れた。

『自然現象と心の構造』(ユング/パウリ)第1章  「私(ユング)」が治療していたある婦人は、治療過程の決定的な時期に、黄金の神聖甲虫を与えられる夢を見た。彼女がその夢を「私」に話していた時、背後でトントンと音が聞こえた。振り返ると、1匹の虫が外から窓ガラスをノックしている。「私」は窓を開け、入って来る虫をつかまえた。それは神聖甲虫に良く似た黄金虫であり、通常の習性に反して、明るい屋外から暗い部屋へ入りたがっていたのだ→〔偶然〕7。 

 

 

【夢で得た物】

★1.夢の中で見たもの・得たものが、現実にある。

『怪談牡丹灯籠』(三遊亭円朝)4  萩原新三郎は夢でお露と枕をかわし、「これを私と思え」と言って香箱の蓋を手渡されるが、目覚めるとそれが現実にあった。

『雁の草子』(御伽草子)  雁の化身の男と契った女が(*→〔鳥〕4)、ある夜の夢で、「空を飛ぶ雁が、枕元に手紙を置いて行った」と見た。目覚めると現実に手紙があり、「私は故郷へ帰る途中、狩人の矢で射殺されたので、もう逢えない。どうか御世(ごせ)を弔ってほしい」と書いてあった。女は嘆いて尼となり、仏道修行して往生を遂げた。

『太平広記』巻282所引『異聞録』  ケイ鳳がある日昼寝をしていると、夢に美人が現れて巻物を手に吟詠する。巻物にはその美人の作った詩が何編か書かれており、鳳は美人の許しを得て冒頭の1編『春陽曲』を筆写する。目覚めて後、懐から書き写した詩が出てくる。

『平家物語』巻3「大塔建立」  平清盛は安芸守在任中に、厳島を修理した。修理を終え、厳島に通夜した折の夢に、「宝殿から天童が出て『この剣をもって天下を鎮め、朝家の御守りたれ』と告げ、銀の蛭巻をした小長刀を授ける」と見た。目覚めると枕元にその刀があった→〔剣〕3

『発心集』巻2−7  相真は、暹俊から由緒ある三衣の袈裟のうちの一衣を譲り受け、臨終時の遺言によって袈裟とともに埋葬される。後、暹俊の夢に亡き相真が現れ「袈裟を返す」と告げる。暹俊が夢覚めて三衣の箱を開けると、袈裟があった。

『松浦宮物語』巻2  弁の少将は神兵の助けを得て、宇文会率いる敵軍を打ち破る。夜、木の下に露営した少将の夢に神が現れ、甲冑・武器・馬・鞍を授けられる、と見て目覚めると、それらが目の前に置かれていた。

*夢で幣(ぬさ)を授かる→〔道しるべ〕7の『椿説弓張月』後篇巻之5第28回〜巻之6第30回。

★2.夢の中で見たもの・得たものと類似のものが、現実にある。

『一千一秒物語』(稲垣足穂)「赤鉛筆の由来」  昨夜、「自分」は夢に、赤いホーキ星が煙突や屋根をかすめて通ってきて、物干場の竿にひっかって落ちるのを見た。今朝起きて調べてみると、この赤いコッピーエンピツが落ちていたのである。

『入鹿』(幸若舞)  鎌足は春日の宮に参籠して、逆臣入鹿誅殺を祈願する。鎌足が少しまどろむと、夢ともなく現(うつつ)ともなく、葵の榊葉1房が直衣の袖に落ちかかる。目覚めてあたりを見ると、榊の細杖が1本あった。鎌足はこの杖をつき、盲目になったふりをして、入鹿を油断させる→〔盲目〕7

『とはずがたり』(後深草院二条)巻5  48歳になった二条は熊野に参詣し、那智山にこもった。夢で、前年崩御された後深草院の霊と対面し、「熊野の神木である梛(なぎ)の2枝を賜る」と見て、目覚めると、檜の木の骨の白扇が1本あった。二条は「夢覚むる枕に残る有明に涙ともなふ滝の音かな」と詠み、扇を後深草院の形見と思って、帰京した。

『平家物語』巻1「願立」  山門で後二条関白師通を呪咀した夜、ある人が、「八王子権現から鏑矢の声発し、王城をさして鳴り行く」との夢を見る。翌朝、関白邸の格子には、露にぬれた樒1枝が立っていた。

★3.逆に、夢の中で人に物を与える形もある。

『大和物語』第147段  旅人が塚のほとりで眠る。血まみれの男が来て「敵に攻められている」と言い、刀を請う。目覚めた旅人は、「夢を見たのだ」と思うが、実際に刀を貸していたのだった。翌朝見ると、塚のもとに血が流れ、刀にも血がついていた。

★4.一方で物を得れば、他方ではその物がなくなっている。

『好色一代男』巻6「心中箱」  世之介の愛人だった藤浪太夫は、某旦那に身請けされたが、彼女は今でも夢や幻、時には現(うつつ)に、世之介の前にあらわれた。昨夜、藤浪は、「これを羽織にして貴方に着せたら素晴らしいでしょう」と言い、新しい縞縮緬を置いて帰った。夢のはずなのに、世之介が目覚めると現実に縞縮緬があった。これを聞いた人が藤浪を訪ねると、彼女は「縞縮緬がなくなった」と言って捜していた。

『剪燈新話』巻2「渭塘奇遇記」  金陵の王青年は、渭塘で一目見た娘に恋し、毎夜のように娘と逢う夢を見る。ある夜の夢で、娘が王青年に指輪を贈り、王青年は返礼に娘に扇の下げ飾りを贈る。王青年が目覚めるとその指輪をはめており、扇の下げ飾りはなくなっていた。

 

 

【夢で見た人】

★1.夢で見た人と現実世界で出会う。

『秋夜長物語』(御伽草子)  比叡山の桂海律師は、夢に美しい稚児を見て心乱れ、後、三井寺の前でその稚児梅若と出会い、艶書を贈って契りを結ぶ→〔稚児〕1

『是楽(ぜらく)物語』(仮名草子)  京の富裕な町人・山本友名は妻帯の身でありながら、昼寝の夢で語らい合った美女に恋して、病の床に臥す。出入りの遊民・是楽の勧めで友名は有馬へ湯治に行き、その帰途、夢で見たのとそっくりの美女「きさ」を見出して、愛人とする〔*しかし友名の本妻や使用人たちが、「きさ」を敵視し呪詛する〕→〔二人同夢〕5

『デミアン』(ヘッセ)  青年シンクレールは、大きく力強い女性が彼を抱擁し、歓喜と戦慄を与える夢を繰り返し見る。大学入学後シンクレールは友人デミアンと再会し、その母エヴァ夫人と出会うが、彼女こそ夢の中の女性だった。エヴァは、シンクレールの心を理解しつつも、彼の求めには応じなかった。

『ローエングリン』(ワーグナー)第1幕  ブラバント公国の公女エルザは、父没後の悲しみの日々、神に祈りつつ眠りにおち、輝かしい武具をつけた騎士の夢を見る。騎士は空から現れてエルザに近づき、彼女を慰めた。後、テルラムント伯爵がエルザを弟殺しの嫌疑で告発した時(*→〔姉弟〕3b)、彼女は「私をお救い下さい」と、夢で見た騎士に呼びかける。1羽の白鳥が引く小舟に乗って甲冑姿の騎士が現れ、テルラムント伯爵と闘って打ち倒した。

*→〔花〕4の『青い花』(ノヴァーリス)。

*夢で「木」と「南」を見て、楠正成と出会う→〔漢字〕2の『太平記』巻3「主上御夢の事」。

★2.夢の中の存在である女学生が、現実世界に出現する。

『笑ゥせぇるすまん』(藤子不二雄A)「夢に追われる男」  中年男が、喪黒福造にもらった遊夢糖を飲んで、好きな夢を見る。セーラー服の女学生から、「おじさまに奥様がいることは知っているけど、あたしを恋人にして。それ以上無理は言わない」と請われる夢を見て、男は喜ぶ。「遊夢糖は1晩に1粒だけ」と注意されていたが、ある夜、男は女学生の夢をもっと見たいと思って、3粒飲む。すると女学生は現実世界に現れ、「あたしと一緒に死んで」と言ってナイフで男を刺した。

★3.夢で逢う人の家を、目覚めてから訪れる。

『フォスフォレッスセンス』(太宰治)  「私」には夢の中で逢う妻がいて、性欲とは無縁な恋の会話を楽しんでいる。ある日、目覚めてから、「私」は編輯者と一緒に「そのひと(=夢の中の妻)」の家を訪れた。「そのひと」は不在だったが、女中が家へ入れてくれた。居間に「そのひと」の夫の写真が飾られていた。南方の戦地へ行ったきり7年間消息がないのだという。写真の下には花があった。それは、夢の中で「そのひと」から教えてもらった "Phosphorescence" という名の花だった。

★4.夢で見た鹿を探す。

『今昔物語集』巻5−18  天竺の后が、身の色九色で角が白色の鹿を夢に見る。后はその鹿の皮と角を欲し、鹿を探すよう国王に請う。かつて鹿に命を救われた男が、鹿の居所を告げるが、国王は男の忘恩行為を知って(*→〔恩知らず〕2)、鹿を解放する〔*『宇治拾遺物語』巻7−1の類話では、五色の鹿〕。

 

 

【夢解き】

★1a.王が見た夢を、賢者が解釈して将来を予言する。

『アーサーの死』(マロリー)第5巻第4章  アーサー王が、ローマ皇帝と戦うために遠征する船中で、夢を見る。1匹の龍が西方から飛んで来て、東方の猪と戦い、これを殺すという内容であった。王は当惑し、哲学者に夢の意味を問う。哲学者は「龍は王自身、龍の翼はこれまでに征服した国々、龍の尾は円卓の騎士を指します。猪は、これから戦うことになる敵です。心配せず進軍なさい」と答える〔*アーサー王は、ローマ軍との戦いに勝利する〕。

『ダニエル書』第2章  ネブカドネツァル(ネブカデネザル)王が即位2年目に、夢を見て不安にかられた。ダニエルが王の問いに答えて、「王は『金・銀・銅・鉄などからなる大きな像が石に撃たれて砕け、石が大きな山となって地に満ちる』という夢を見た。それは、やがて王の代が終わり、その後いくつかの国が起こり、最後に神の立てる国が永遠に続くことを意味する」と、解き明かした。

*ファラオ(パロ)が見た夢を、ヨセフが解釈する→〔年数〕3の『創世記』第41章。

★1b.王が、自分の見た夢の内容を語らずに、「私が見た夢の内容とその解釈を示せ」と、賢者たちに要求する。

『ダニエル書』第2章  ネブカドネツァル(ネブカデネザル)王が、何度か夢を見て不安になり、「私が見た夢を言い当てて、その意味を示せ」と、賢者たちに命ずる。賢者たちは「夢をお聞かせ下されば、解釈いたしましょう」と言うが、王は「夢を言い当てられないのなら、賢者を皆殺しにする」と怒る。ダニエルが天の神に祈り、夜の幻によって、王の夢の内容を知る→〔夢解き〕1a

★2.凶夢を解釈しなおす。夢違え。

『大鏡』「道長伝」  顕信は、藤原道長と高松殿明子との間に生まれた男子だった。ある時、明子は「顕信の左方の髪を、後ろ半分ほど剃り落とす」という夢を見た。その後しばらくして顕信は出家したので(*→〔観相〕3c)、明子は「あの夢は出家の前兆だった」と悟り、「夢解きに命じて吉夢に変えさせるべきだった」と述べた。

『今昔物語集』巻1−4  悉達太子の妃耶輸陀羅(ヤシュダラ)は、ある夜、月が地に落ちた夢・歯が欠け落ちた夢・右臂を失った夢、という3つの夢を見た。これを聞いた太子は「月は依然として天にあり、歯は落ちず、臂も身についている。夢は虚妄だ。恐れることはない」と言った〔*しかし悉達太子は、この時すでに出家の決意を固めており、ある夜、妃や従者たちが眠っている間に、太子は宮殿から出て行ってしまった〕。

『太平記』巻38「太元軍の事」  元の老皇帝(クビライ)が夢に、自らは羊となり、宋の幼帝が獅子となると見る。羊が獅子に恐れて倒れ、2つの角と1つの尾を失うので、不吉な夢と思う。西蕃の帝師が「『羊』の字から2つの角と1つの尾を取れば、『王』の字になる。これは天下の主となる瑞相」と解く。

★3.夢は、いったん解釈されてしまったら、もう解釈し直すことはできない、という話もある。

『遠野物語拾遺』150  ある侍が、物見山を腹の中へ呑み込んだ夢を見た。気にかかるので、大徳院で夢占(ゆめうら)を引いて来るよう、下男に命じた。下男は途中で某という侍に出会い、夢の話をする。某は「物見山を呑んだら腹が裂けよう」と言って笑う。大徳院では「この夢は、もう誰かに判断されてしまったので、当院ではわからぬ」と言って、答えなかった。夢を見た侍は、その後どういう事情かで、切腹して死んだ。

★4.夢を誤って解釈する。

『三国志演義』第78回  かつて曹操は、3頭の馬が1つの槽で秣(まぐさ)を食う夢を見て、「馬騰・馬休・馬鉄が、曹家(=槽)を滅ぼすか」と疑い、彼らを殺した。しかし曹操は、後にまた同じ夢を見た。「馬」は司馬氏のことで、司馬懿・司馬師・司馬昭の3人が権勢を得て、曹家を廃することを意味していたのだった。

*予言を誤って解釈する物語と関連がある→〔予言〕3

 

*素人の夢判断と易者の夢判断の違い→〔梯子〕3の『御慶(ぎょけい)』(落語)。

*鳥が口に入る夢の解釈→〔口〕4の『蒙牛』141。

*鳥が針をもたらす夢の解釈→〔針〕2aの『うつほ物語』「俊蔭」。

*眼が抜け出た夢を、「目出たい夢」と解く→〔目〕3eの『源平盛衰記』巻1「清水寺詣の事」。 

 

*→〔のりなおし〕2a2bに記事。

 

 

【夢と現実】

★1.夢か現実かわからない。

『ドグラ・マグラ』(夢野久作)  「わたし」は目覚めた時、一切の記憶を失っていた。「わたし」は自分が何者であるかについての説明を聞き、文献を読むが、そのうちに、今自分が現実の世界にいるのか夢を見ているのか、わからなくなった→〔謎〕5

*自分は蝶なのか? 荘周なのか?→〔蝶〕3の『荘子』「斉物論篇」第2。

*毎日、昼は妻と交わり、夜は夢の中の女と交わって、どちらが夢か現実か、わからなくなる→〔二人妻〕7cの『子不語』巻24−738。

『硝子戸の中』(夏目漱石)38  「私(夏目漱石)」は子供の頃、2階で昼寝をしていて、変な夢を見たことがある(*→〔不眠〕3)。「私」は他人の金銭を多額に消費してしまい、それを償うことができず、苦しんで、階下の母を大声で呼んだのだ。母は2階へ上がって来て、「心配しないでいいよ。御母(おっか)さんがいくらでもお金を出してあげるから」と言ってくれた。「私」は安心して、すやすや寝てしまった。この出来事が全部夢なのか、半分だけ本当なのか、「私」は今でも疑っている。

★2a.夢と現実を等価と見る。

『パンセ』(ブランシュヴィック版)第6章「哲学者たち」386  ある職人が毎晩12時間、「自分は王様だ」という夢を見るとしたら、その職人は、毎晩12時間「自分は職人だ」という夢を見る王様と、同じくらい幸せであろう。

 *起きている12時間はジエキル博士、眠っている12時間はハイド氏→〔眠り〕5の『シャボン玉物語』(稲垣足穂)「ジエキル博士とハイド氏」。

『列子』「周穆王」第3  老下僕が、昼間は主人尹氏にこき使われるが、夜の夢では国王になって安楽に暮らす。彼は「人の寿命が百年として、昼と夜は半分ずつ。昼は下僕だが夜は王様だから、怨みはない」と言う。一方、主人尹氏は、昼は俗事に悩み、夜は下僕になる夢を見て、昼夜休まる時がない。

 *昼も夜も働く夢を見て目覚めると、昼も夜も働かねばならぬ現実が待っていた→〔夢オチ〕2の『不眠症』(星新一『ボッコちゃん』)。

★2b.夢が現実に影響を及ぼす。

『幸福』(中島敦)  島の長老に仕える下僕が、毎晩「長老になった夢」を見るようになった。痩せて病気がちだった下僕は、「長老になった夢」を見るうちに、肥って健康になった。長老は逆に、毎晩「下僕になった夢」を見るようになった。肥満していた長老は、「下僕になった夢」を見るうちに、痩せ衰えてしまった。ある日、下僕と長老は互いの夢を語り合い、それが一致することを知る。下僕は満足げに微笑し、長老は妬(ねた)ましげに下僕の顔を眺めた〔*パラオのオルワンガル島の昔話。オルワンガル島は80年ほど前に海没し、今は無い〕。 

★3a.現実に起こったことを、「夢だ」と言う。

『鸚鵡七十話』第30話  懐妊中のマンドーダリーは、国王愛玩の孔雀を殺して肉を食べ、そのことを友人に打ち明ける。友人はマンドーダリーを裏切り、孔雀を食べた話をもう1度させて、それを王の家来に聞かせる。マンドーダリーは話の終わり頃に、誰かが聞いていることに気づき、「その時、夜が明けて太陽が昇り始めた。この夢はどんな意味だったのだろう」と言いつくろう。

『じゃじゃ馬ならし』(シェイクスピア)「序劇」  酔っ払いの鋳掛け屋スライが眠っているのを、領主が見て、御殿の寝間に運ばせる。目覚めたスライに従者たちが「殿様」と呼びかけ、「15年間、悪い夢を見ていらっしゃったのです」と説明するので、スライは「では自分は殿様なのか」と思う。従者は「御病気本復を祝し、喜劇をご覧に入れましょう」と言って、『じゃじゃ馬ならし』の芝居を見せる。

*大金を拾ったのに、夢にされてしまう→〔三題噺〕3の『芝浜』(落語)。

*目覚めた娘に、老人が「これは夢なのだ」と言う→〔眠る女〕6cの『山羊またはろくでなし』(チェーホフ)。

★3b.「すばらしい夢からさめて、みじめな現実に戻った」と絶望するが、それこそが夢であり、「すばらしい夢」と思っていたことが現実だった。

『顧りみれば』(ベラミー)  19世紀のボストンに生まれた「私(ジュリアン・ウェスト)」は百年以上も眠り(*→〔催眠術〕5a)、西暦2000年に目覚める。そこは、すべての人が平和に幸福に暮らす理想社会だった。「私」はイーディスという美しい恋人も得た。ところが、ある朝目覚めると「私」は、貧困と喧騒の町、19世紀のボストンへ戻っていた。「すべては夢だったのか」と、「私」は絶望する。しかし「19世紀のボストン」は、ただの悪夢だった。「私」は再び目覚めて、自分が現実に西暦2000年に生きていることを知った。 

★4a.人間の一生は夢だ、と悟る。

『人の世は夢』(カルデロン)  ポロニア(=ポーランド)国王の息子セヒスムンドは、生まれるとすぐ、岩山の牢獄に閉じ込められた。彼は成長後、国王の命令で麻酔薬を飲まされ、宮殿に運ばれて、王子としての待遇を受ける。しかし乱暴をはたらいたため、彼は再び眠らされ、岩山へ戻される。彼は「宮殿での出来事は夢だった」と思う。後に彼は現実に国王となるが、「人間は、『生きている』という夢を見ているにすぎない。死ぬ夢を見て、はじめて目覚めるのだ」と考える。

★4b.神も人間も宇宙もすべて夢だ、と教えられる。

『不思議な少年』(トウェイン)  1590年のオーストリア。村の少年である「わたし(テオドール)」たちの前に、1人の美少年が現れる。美少年は「ぼくは天使で、名前はサタン」と言い、超能力を用いてさまざまな不思議を見せる。彼は「神も人間も宇宙も実在しない。すべて夢だ。このぼくも、君の夢が作り出したものだ」と、「わたし」に教える。「君の身体もない。存在するのは、空虚な空間と君の思惟だけだ。果てしない空間を、君は友もなく、一片の思惟として永遠にさすらう運命だ」。

 *虚無の宇宙空間→〔空間〕7の『狼疾記』(中島敦)。

★5.夢の中で体験したことの痕跡が、身体に残る。

『カター・サリット・サーガラ』「マダナ・マンチュカー姫の物語」5・挿話11  ウシャーは夢の中で美しい男と結婚する。目覚めると男の姿はなかったが、夫婦の契りを結んだしるしが見られたのでウシャーは驚く。神通力を持つ侍女チトラレーカーが、男は6万由旬彼方のドヴァーラヴァティー城に住む、ヴィシュヌ神の孫アニルッダであることを知り、2人の仲を取り持つ。ウシャーとアニルッダは、ドヴァーラヴァティー城で幸福に暮らす。

*夢の中の性体験→〔精液〕4の『紅楼夢』第5〜6回。 

『源氏物語』「葵」  六条御息所は、「左大臣邸の葵の上の所へ行って荒々しく打ちかかる」などの夢を何度も見る。左大臣邸では、葵の上を苦しめるもののけを退散させるため、加持の僧たちが芥子を焚く。六条御息所は、自らの身体に芥子の香がしみついていることに気づき、着物を替え髪を洗うが、香は消えない。

★6.夢から覚めて、その夢のもとになったことがらを知る。 

『不思議の国のアリス』(キャロル)  「あの娘の首をはねよ」と廷臣たちに命ずる女王にむかい、アリスは「あんたたちなんか、ただのトランプじゃないの」と言う。そのとたん、トランプたちは空に舞い上がり、アリスの上にひらひらと落ちて来る。アリスが悲鳴をあげて目覚めると、姉が、木からアリスの顔に落ちて来た葉を払いのけているところだった。

『夢判断』(フロイト)T−C−1「外的(客観的)感覚興奮」  フランス革命の恐怖政治時代、ある人が有罪の宣告を受けて断頭台へ上がる。ギロチンの刃が落ち、彼は首が胴体から離れるのを感じて、目を覚ます。するとベッドの板が落ちて、ちょうどギロチンの刃のように、彼の頸椎に当っていたことがわかった〔*他に、教会の鐘が鳴る夢や、幾枚もの皿が床に落ちて砕ける夢を見て目覚めると、目覚し時計が鳴っていたなど、多くの例があげられている〕。

*本を読んで眠り、夢を見る→〔本〕4b

*膝枕で眠り、夢を見る→〔膝〕3の『古事記』中巻(サホビメ)。

 

 

【夢の売買】

★1.幸福をもたらす夢を売り買いする。

『現代民話考』(松谷みよ子)4「夢の知らせほか」第1章の10  「私」の祖母は昭和26年(1951)に86歳で死んだが、生前、「火事とか火の夢を見ると、必ずその日にお金が入る」と言っていた。家族の者が「火の夢を見た」と言ってその夢の話をすると、祖母は「そりゃ、えい夢。その夢は買うた」と言い、自分のものにした。すると不思議に、誰かがお金を払いに来るとか、物を買いに来るとかした。家の職業は農業だった(高知県)。

『三国史記』巻6「新羅本紀」第6・第30代文武王前紀  宝姫が夢に、「西兄山の頂上で尿をし、それが流れて国内に行きわたる」と見た。妹がその夢を買い取った。数日後、春秋公が訪れた時、宝姫はさわりがあったので、代わりに妹が春秋公の前に出て、彼の衣の紐を縫い繕った。妹は春秋公と結婚して文明皇后と呼ばれ、文武王を産んだ。

『沙石集』(古典文学大系本)拾遺70  宇治殿に仕える女房宰相局は、友達が「三日月を懐に抱く夢を見た」と言うので、その夢を買い取った。後に宰相局は、宇治殿の思われ人となった。

『曽我物語』巻2「時政が女の事」〜「橘の事」  北条家の長女(=政子)は、次女が見た吉夢(*→〔太陽と月〕6)を、「これは凶夢である。良い夢を見ては3年語らず。悪い夢を見て7日以内に語れば凶事が起こる。私がこの夢を買って、あなたの難をのぞいてあげよう」と言葉巧みにだまし、買い取った。まもなく長女は、源頼朝の妻となって運命を開いた〔*次女の夢を長女が買い取った頃、頼朝の側では、次女あての恋文を長女あてに書き換えていた→〔書き換え〕5〕。

★2.両人が承知で売り買いするのとは異なり、夢を見た当人の知らぬうちに、その夢が他人に取られる話もある。

『宇治拾遺物語』巻13−5  備中守の息子が良い夢を見、夢解きの女の家を訪れて問う。女は「これは大臣に出世する夢です。他人に言ってはなりません」と教える。郡司の息子ひきのまき人(=吉備真備か?)が隣室で盗み聞きし、備中守の息子が帰った後、女に礼物を与えてその夢を買い取る。ひきのまき人は栄進して大臣となり、備中守の息子は官職もないままで終わった。

『遠野物語』(柳田国男)2  母女神が3人の娘に「今夜良き夢を見た者に、良き山を与えよう」と告げる。夜更けに天から霊華が降り、姉姫の胸の上に止まる。末姫がそれに気づき、姉の胸から霊華を取り上げて、自分の胸に載せて眠る。その結果、末姫が、遠野三山の中の最も美しい早池峯(はやちね)を得ることになった。

*→〔太陽と月〕4の、月と太陽の伝説と共通する発想。

 

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