6.Q.口腔ケアをするときの観察のポイントを教えて下さい。

A.防衛医科大学医学教育学部歯科口腔外科 教授 埜口五十雄

 はじめに
口腔にはいろいろな病気(疾患)が生じる。口腔にあらわれる疾患とこの症状を見ることが口腔ケアの大切なポイントである。このことによって予防したり、治療したり、対応することができる。このような疾患には口腔の特徴的な疾患と、他の臓器の疾患が口腔に現れることがある。口腔にあらわれる疾患の症状には、口臭、痛み、腫れ、出血、乾燥と違和感、味覚の異常と消失、舌の知覚と運動麻痺、舌と顎の異常運動、咀嚼・嚥下・会話等の機構障害などがある。このような症状を早く見つけて取り除いてあげることが口腔のケアである。しかし他の臓器の疾患の部分症状に対する除去は困難を伴う。
口臭をかぐ:
 口臭は口腔のいろいろな細菌が歯垢(プラ−ク)や歯石あるいは歯周病の歯周ポケットの中に住み増える。あるいは細菌の働きによって出血や膿のタンパクが分解されたり、細菌が産生する揮発性の硫化物を含むいろいろの悪臭物質が発生する不快な臭いである。不快な臭いには疾患固有の臭いもある疾患と識別することができることもある。不快な臭いを発生する疾患にはプラークの付着による歯肉炎や歯周病、あるいは口腔の粘膜に潰瘍を作る急性疾患(例えば急性壊死性潰瘍性歯肉炎)や癌の潰瘍のような粘膜の組織が死んで癌特有の腐敗臭を発生する。そのうえ出血や痛みが強くなるので口腔の清掃が全く行なえないか、または高齢のために不完全な清掃になるので口臭の度合いがますます強くなる。舌表面の白い苔(舌白苔または舌苔)も同じように白血球やいろいろの細菌からなって、これらの細菌の分解産物が口臭となって現われる。高熱を発し身体の水分が不足して脱水する状態になると唾液の量も減ってきて、舌苔の量が多くなって口臭が強くなる。鼻・呼吸器・肝臓等の疾患や糖尿病、尿毒症等の特有の口臭が生じる。あるいはお酒を飲んだり、タバコを吸ったり、ニンニクを食べると消化吸収されて血液に入り肺からの呼気が口臭となることは日常経験する。朝起きたとき、お腹がすいたとき、緊張したとき、女の人の生理のときなどの口臭は生理的な口臭である。
痛みをみる:
 虫歯による痛みや、虫歯や歯周病が歯の根の周囲の骨にひろがると痛みの強さが増してくる。入れ歯が歯肉にあたって潰瘍をつくると痛くて物が食べられない程の痛みを感じる。歯肉・口蓋・頬・舌・口唇粘膜のアフタやヘルペスに見られる口内炎の潰瘍やびらんは物が触れただけで痛みを強く感じて食べ物を口に入れられない。高齢者が入れ歯を入れっぱなしにして入れ歯の洗浄を怠ると粘膜は赤くなって痛みが生じる。それに加えて長期間のステロイド剤を内服すると口の中はヒリヒリと痛くなり、入れ歯の舌の歯肉や口蓋の粘膜に多数の白い斑点が生じる。(写真1,2)これはカンジダという真菌の異常発生による感染である。口腔癌の放射線治療の際にも口腔粘膜は乾燥して赤くなりカンジダ菌が発生する。このために物が食べられず身体は衰弱して免疫の機能は低下して悪循環を繰り返すことになる。
写真1.上顎の入れ歯の裏の歯肉と口蓋の粘膜に白い斑点が発生している。カンジダ菌である。 写真2.上顎の口蓋・頬・舌粘膜の白い斑点はカンジダ菌の異常発生。
腫れをみる:
 感染による口唇・歯肉・舌・頬粘膜の腫れや、歯周病による歯肉の腫れ、薬(ヒダントイン、Ca拮抗剤、シクロスポリンAなど)の副作用により歯肉が増殖して腫れたり、口腔癌の腫れがある。頬や唇を噛んでできるポリープや入れ歯や歯にかぶせた金属冠の刺激でできるエプ−リスなどの腫れもある。唾液がでるところがつまってできる嚢の腫れ、血液が異常に増えてできる赤紫色の腫れ、青紫色のメラニンの腫れがある。
出血をみる:
 歯周病に見られる歯肉の感染によって出血しやすくなる。白血病患者では歯肉の辺縁から絶えず出血することがある。白血病患者のブラッシングや歯肉のポケットの中の歯石を除去することは極めて危険であり不可能となる。
乾燥をみる:
 口の中が渇いてネバネバしたり、口の中の違和感がある。催眠鎮静剤、抗不安剤などの薬剤を長期間内服していると、唾液の分泌が押さえられて唾液の量は5分の1から10分の1に減ってしまうために口の中が乾燥してネバネバした感じになる。放射線治療で唾液の凌駕20分の1に減ってしまうか殆ど出なくなることもある。
味覚の異常をみる:
 血圧降下剤を長期間内服していると味に異常をきたして味がわからなくなる。味の神経がおかされると同じようなことが起こる。
舌の知覚異常をみる:
 舌の知覚を司る神経が異常をきたすと舌の表面・側面・突端の知覚が異常をきたしてピリピリ舌過敏な知覚や麻痺感が生じる。
舌と顎の動きをみる:
 舌を動かす神経がおかされたり、脳の麻痺や頭部の外傷による意識障害などが生じると舌の運動が異常になったり、なくなったりすると食べることが出来なくなったり、飲み込みが難しくなって、あやまって気管に入って誤嚥性の肺炎を起こしたりする。脳が障害されると口を開いたり閉じたりする顎の運動が障害されて食べ物を咀嚼することが難しくなったり、口の中を清掃することが難しくなって不潔なままで誤嚥して肺炎を生じる。顎がはずれてしゃべることも、食べることも出来なくなることもある。
 まとめ
記載した口腔に生じる障害は殊に高齢障害に見られる。口腔の障害を早く見つけて取り除いたり、対処することが口腔ケアのポイントである。そしてブラッシングやプラークコントロール、含嗽剤によるうがいは高齢者の誤嚥性肺炎の予防となる。また抗真菌剤のうがいはカンジダ菌の異常発生を防ぎ感染の予防と治療になる。