3.Q.口を開けてくれないお年寄りの口腔ケアは

A.大生信愛病院歯科 部長 阪口英夫

 口を開けてくれないお年寄りは、重度の痴呆をもつお年寄りによくみられます。口腔ケアへの理解が無いため口を開けてくれないのだとは思いますが、まれに顎骨骨折や破傷風などの開口障害を症状とする疾患の場合もありますので注意して下さい。理解がないと思ってはみてもやさしい語り方で声かけを行なうと開口することもあります。
 口を開けてくれないからといって口腔ケアをしなくてよいということはありません。ある程度強引にでも開口させて口腔ケアを行なう必要があります。

 流れを追って口を開けてくれない人の口腔ケア手順を説明します。
 まず、用意する器材は歯ブラシ、ガーゼ、開口器(またはガーゼを巻いた割りばし:写真1:やバイトブロック)、吸い飲み、膿盆または吸引器、ゴム手袋を用意します。歯ブラシはなるべくヘッド(毛が生えている部分)の小さいものを選んでください。
 なるべく複数(2人以上)で口腔ケアを行なうようにします。いやがって手を出してくる人もいますので、手を出す人の場合は抑制も考慮にいれます。(ただし、抑制等を行なうときは家族等に了解を求めましょう)
 はじめは、口角から指を入れ唇を広げるようにします。歯の表面が見えるようにしてから、噛まれないように注意して歯ブラシやガーゼで、歯の表面をきれいにしていきます。このとき首を横に振ったり、いやがったりすることもありますので、他の人に頭を抑えてもらうようにしましょう。歯の表面は開口しなくても充分磨けますので、時間をかけてゆっくりやって下さい。特に力を入れてゴシゴシやるのではなく、やさしくこするように磨いてください。
 表側が磨き終わったら、歯の裏側を磨くことになります。歯の裏側は開口してくれなくては磨けないので、ちょっとした工夫をします。首を後屈させると閉口しにくくなりますので開口器などを入れるときに応用してください。また、口角から指を入れいやがって発声したところをみて素早く開口器を入れると云うやり方もあります。ただ、素手などで行なうと受傷事故の原因となりますので、必ずゴム手袋などを着用しましょう。
 開口させることに成功したら、歯の裏側を磨きます。片手で開口器を抑えながら歯ブラシで磨いていきましょう。特にお年寄りの場合、歯の欠損が多いのでその欠損部に歯ブラシを入れて磨くようにすると、歯ブラシを動かせる範囲が大きくなります。
 裏側は磨きにくいのは当然です。無理のない範囲で磨いてあげてください。今日できなかったら明日、さらに次の日と根気よくやってみることが大切です。
 磨き終わったら、うがいができる場合はうがいをして終わりです。口を開けてくれない人ではうがいもうまくできない場合が多いと思いますので、吸引器を使って口腔内の汚物を取ってください。吸引器がない場合はガーゼで口腔内を拭くようにします。くれぐれもそのままにしないでください。そのままにすると歯からおちた汚れが口腔内に貯留し、それを誤飲する危険性があるからです。
 以上の様な方法で毎日口腔ケアを行なうことはかなりの労力を必要とします。しかし、筆者の体験では毎日口腔ケアをしっかり行なっていれば、1ヵ月から2ヵ月で口を開けてくれない人もあけてくれるようになることが多いようです。
 長い間、口の中を触られたことがなかった人は、突然触られるようになると不快を感じるようです。それが開口してくれないことや口腔ケアへの抵抗へと繋がっているのです。たとえ痴呆になっても口の中の爽快感はわかるようです。口を触られることに慣れ、爽快感を覚えれば、痴呆を持つお年寄りでもやや協力的になるはずです。
 我々の元によせられる「口を開けてくれないお年寄りにはどうしたらいいんですか?」という質問の裏側には、「口を開けてくれないから口腔ケアをやっていない」ということが、隠れている場合も多いのです。
 効率的かつ効果的な口腔ケアの提供には毎日の地道な努力が必要といえます。